石やんのよろず見聞録 | ![]() |
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約半世紀に亘る社会経験と学生時代も含めて振り返るというよりも、回想してみる。 これまでにはどんな方たちと巡り合い、支えてくれたか感謝でいっぱいであります。 さあ〜どんな人生だったかな!! |
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リニューアル前の「我が夫婦」でのWebサイト 学生時代 @高校時代 今風の学生は部活動する学生は少なく、我々の時代は運動部、文化部を含めて何らかの部に所属して文武両道で過ごしてきた。そこで所属していた部はバレーボール部で今は6人制のバレーボールではありますが、その時代はまだ9人制のバレーボールでレフトアタッカーを専念する。 今はバレーボールの練習場所は室内が常識ですが、われわれのときは屋外のグランドで夏は汗に埃がつき水を浴びながらの練習を思い出す。 卒業して50年目の3月に同期会を開催して半世紀を振り返っての同期会で年齢には勝てないものの会話は学生時代そのままで、また、恩師も出席していただきタイムスリップしたひと時を過ごすことができた。 A大学時代(神奈川大学) 大学時代は授業はそこそこでゼミが主体のような学生時代であった。 卒業後も機会あるごとにゼミの同期会合を恩師とともにひと時を楽しみ、特に京都での一番の思い出である。 OBとしては後輩たちの活躍は気になるものであり、正月の風物詩である東京箱根間の駅伝のは優勝無論のこと次年度のシード権争いのデッドヒートや予選会での出場結果が気になるものであります。 サラリーマン 社会人のスタートは昭和30年代でまだ日本経済も混沌として経済も安定しておらず就職してまもなく給料遅配は普通で就職できただけでもよかった時代であった。 日本産業の発展はこれからで会社の機械設備もアメリカの中古払い下げで一時稼動していたが、日本経済も朝鮮戦争での特需産業により景気がある程度潤い始める。 京浜工業地帯では今では考えられないほどの石油コンビナート・製鉄所等からの立ち上がる煤煙で近隣住宅地では洗濯物も短時間で色が変わるほどの環境でその結果喘息患者が増加する結果となるが経済は発展を遂げる。 会社では社員増員で学卒採用で全国の学校訪問や集団就職での受け入れと若年労働者の社員教育・育成に注がれる、その後日本の技術向上による東南アジア、中近東の海外企業への進出や技術者派遣が増加傾向となり一層若年者の教育指導に力が入る。 いつの時代も若年労働者の教育と後継者育成が継続的に行われることにより企業の存続され、これまでにその一翼を担ってきたものであります。 しあわせ紀行 2001年から散歩程度のものから1・2泊の旅行をした記念と記録 趣味 独身時代・サラリーマン・定年後での趣味というかレジャーを楽しむ 介 護 |
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