ペソアさん通信
第5便
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島の主役はカモメ。
第5便(2003年9月)は、リスボンの北北西80キロの大西洋に浮かぶ、美しい海に囲まれたベルレンガ島へのエクスカーション。港町ペニシェから1時間弱の船旅で辿りつける神秘の島。
船着場。 
ペニシェの港。 
 3年前の8月末。ポルトガル西部の漁港ペニシェの海上約12キロに位置する自然保護区ベルレンガ島へ行った。午後5時発のバスでリスボンを発ち、ペニシェ到着は7時前。町の広場で声をかけてきたおばさんの貸し部屋を見て、清潔さと港への近さに即決する。近所のレストランで鰯の夕食を取り、宿に帰って休んだ。
 
 翌朝、早めに起床し宿を後にする。体調はまずまず。これから船に乗ると思うと不安で、朝食は取らずカフェでミルクコーヒーを一杯。念のため、菓子パンとパック入りのジュースを買って港に向かう。船着場近くの小さなブースで乗船チケットを購入する。親子連れ、少年たちのグループなど、40人ほどの列の最後に並ぶ。後ろにも次々と人が並んでいく。船は予想より小さく、こんなに人が乗って大丈夫かと思う。他の人たちは、ビーチパラソル、5リットルのミネラルウォーター、重そうなバッグと大荷物。島には何もないの?と少し不安になる。観光パンフレットには「カモメと自然のパラダイス」とあったが。そんな思いは乗船の期待感に紛れてゆく。小さく見えた船も、乗れば案外ゆったりしている。空いたベンチに座る。老練な船乗りといった風情のおじさんが、一人一人に何かを配り始める。私のところにも来て「使い方、分かる?」と尋ねながら手渡されたのは黒いビニール袋。一瞬訳がわからないが、「自然保護区だからゴミを持ち帰れってこと!」と納得。

船の出港後、それが間違いであることに気付く。最初の大波と続く大波。船全体がグラリと揺れ、甲板で歓声が挙がる。客たちは顔を見合わせる。「すごい!」と最初は面白かった。次第に波と波との間隔が狭まり、胃が回転するような耐え難い浮遊感。遊園地の空を舞う海賊船のアトラクションと同じだが、本物の海には時間制限はない。執拗な繰り返し。島までの小1時間、ずっとこの状態?と思った時、ビニール袋はゴミ用でないことに気付く。何とか耐えたいが気分は悪くなる一方。船室の小さな窓から外を見遣る。灰色の波しぶきしか見えない。辛い。激しい縦揺れの波動が胃を翻弄する。血の気が引く。他の乗客たちは特に苦しそうな様子ではない。甲板からは、時折、楽しそうな歓声が聞こえる。何度か軽い吐き気。急に船体が大きく傾く。もうだめだ!と立ち上がる。乗員のおじさんに「トイレはどこ?」示された片隅の扉にフラフラと辿り着けば、幸か不幸か、何も出て来ない。小さな鏡に映る自分の蒼白な顔。島に着いてからどうしよう。途方に暮れる。
  
 船室へ戻る。おじさんが「少し風に当たりなさい」と言う。人でいっぱいの甲板。潮風が心地よいが、やはり、揺れは繰り返す。皆、老いも若きも、潮風や波しぶき、大きな揺れまでも楽しんでいるのに、ひ弱なわが身が情けない。近くにいた親子連れが心配そうにこちらを見ている。「大丈夫?」「ええ、有難う」しばらくして船室へ戻る。乗員のおじさんが近くの席に座り、時々「気分は?」と尋ねながら、最後まで気遣ってくれた。早く揺れない地面の上に降りたい。帰りの船までどうしようか…などと思ううちに、到着の船内アナウンス。やっと、長かった…。気持ちが顔に出たのだろう、「良かったね」と言いたげに微笑むおじさん。「ありがとう」手を振りながら船を降りる。
 
 日差しが眩しい。船からの人の群れで混み合う中をゆっくり歩き出す。青く澄んだ空。船着場のすぐ脇にカフェが一軒あり、そこから緩やかに上に向かって道が伸びている。急がずに進む。少し、楽になる。歩けるところまで歩いてみよう。船着場を見下ろす広い空き地には色とりどりのテントが見える。船にいた若者の集団がそちらへ歩いて行く。キャンプ場のようだ。そこを通り過ぎ、しばらく歩き続けると、切り立った岩などが目につき始める。振り返ると、さっき船を降りた船着場がずいぶん下の方に見える。視界の端から端まで広がる透明な海の青さが目に心地よい。吹き渡る穏やかな風と青空、眼下に臨む果てしない海に元気づけられながら、だんだん気力が蘇って来るのを感じる。坂道を登るに従い、カモメの鳴き声が大きくなる。開けた台地状の頂点に着くと、人の背の高さを飛行し、あるいは、地面にうずくまるカモメの姿があちこちに見える。近くに、さらに2つの小島が浮かんでいる。これらの小島(無人)とこの島(大ベルレンガ島)を合わせ、ベルレンガ諸島というのが正式なようだ。あとは海だけがどこまでも広がる。海風に頬を撫でられながら持参したパンを一口かじる。少し元気が出る。今度は、岩を荒く削った階段を下り、海に突き出たサン・ジョアン・バプチスタ要塞へ向かう。不揃いな段差に苦労するが目前に迫る要塞の姿は圧巻。昔見たフランス映画「冒険者たち」のラストシーンに出てきた要塞を彷彿とさせる。階段の下、ジグザグの橋を渡れば要塞の入り口。17世紀に建設された堅牢な石造りの要塞は、長年に渡り海賊や外国軍の襲撃に遭って来たという。現在、内部は宿泊施設に利用されている。ここでトイレを拝借。綺麗とは言い難いが、絶海の孤島で贅沢は言えない。展望台に上り、景色を眺めて一休み。

 要塞を出ると、出口右手の小さい階段の下で人が手を振っている。降りてみると、奇岩めぐりのモーターボート。定員に空きがあるので乗らないかと言うことだった。値段を聞くと500円程度。先ほどの船酔いが頭をよぎるが、海の青さに惹かれ、ボートに乗り込む。島の周囲はほとんどが切り立った断崖。穏やかな波と、海風に爽快感を覚えながら、自然の彫刻を見て回る。岩には、その形にちなみ、「象」、「横顔」等、それらしい名前がつけられている。やがてボートは洞窟に入る。「夢の窪み」と紹介された広い洞穴の天井部分からは陽光が微かに洩れて神秘的だった。20分程の小さな船旅を終えて陸に上がる頃には、もう、充分、元気を取り戻していることがわかった。

 
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ベルレンガ島の船着場を見下ろす。
サン・ジョアン・バプチスタ要塞。
透明感のある海はダイビングにも最適。
岩間の小さな砂浜。
近くには二つの無人島。
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