ペソアさん通信
第3便
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田舎で年の暮れ2

部屋に荷物を置いて散策開始。友人が、まずパンを買いに行くと言う。ここには、薪釜で焼くパン屋さんがあるらしい。道で会った人にパン屋の場所を尋ねると、坂の途中を指差す。ほら、あの入り口…。示された方へ行ってみたが、着けば、看板も何も無く、普通の民家の入り口があるのみ。いや、こではなかろうと通りすぎ、また別の人に聞く。通り過ぎて来た方向を指して「あの犬がいる所」。再び引き返す。やはり民家のような入り口で良かったのだ。今度はためらわずに入る。ドアの先の土間にはパン焼き釜。静かにおじさんが現れ、焼きたてのパン一塊を買う。日本円で100円足らず。夜食にするつもりが、焼き立ての誘惑には勝てず、歩きながら何口かちぎって口に運ぶ。ほっこりおいしい。肌理の細かいパンの表面がまだ蒸気でしっとり。このパンとワインだけで立派な宴になりそうだ。

半分ほどパンを食べて私たちは満足し、今度は城を目指す。石畳の道を上へ上へと進み、辿り着く広場の先が城の入り口。石の門をくぐり、ぐるりと村を囲む城壁の上を登り降り。標高900メートル近い山の頂の城壁からは付近一帯の平野が一望できる。静謐。たまに、下界から車の音が聞こえてくる以外は、小鳥の気ままなさえずりと、はるか下方に見える緑の牧草地から、カランコロンとのどかな家畜のベルの音が届くだけ。

ところどころにある見晴台に登り、城壁の上を一周。けっこういい運動になる。その後、着かず離れず歩いていた友人といつの間にかはぐれたが、宿は分かっている。そぞろ歩きを続けた。大分、日が傾き、気温も下がってきたようだ。でも、まだ宿に戻るわけにはいかない。1999年、最後の落日を見届けなくては。

一度来た道を行き来したり、小さな公園をぐるぐる回ったり、夕日の落ちる方角を確かめたりしながら、しばらく時をやり過ごす。ぶらつくうちに、友人にぱったり出くわすかとも思ったが、やっぱり一足先に宿に戻りくつろいでいるかもしれない。空の色が薄闇に変わり始め、だんだんと冷え込み始める。あちこちで家の明りが点り、外を歩く人影もあまりない。

夕空が変わっていく。空は灰色のような薄いブルー。どこまでも続く地平線の辺りには暖かな黄色、細く流れる雲はサーモン・ピンクに染まっている。そして、刻一刻、全体のトーンが濃く、深くなっていく。ドボルザークの交響曲「新世界」の「家路」の一節が浮かぶ。遠き山に日は落ちて…。街の喧騒から隔離された、静かな静かな夕刻。日暮れと共に、丘の下の世界が闇に包まれていく。まばゆいネオンサインも街灯もなく、時折響くのは、犬の吠える声。

今年最後の太陽が沈み切る。来年はどんな年になるだろう。何が待ちうけているのか。少しだけ、そんな物思いにふけったが、しんしんと迫り来る寒さで我に返り、宿への道を急いだ。
ペソアさん通信
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落日の後。         
1999年最後の日暮れ。         
夕暮れの空。         
城壁からの眺望。         
第1便
第2便
第3便(2003年2月)は、マルヴァオンの第2弾。丘の上の城壁の村から眺める、
夕暮れと日暮れ、そして落日の後。美しい光景が広がる様子が、文章からも読み取れます。
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