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■救済詩<ANXIETY編>

凍った空に、みぞれが降る夜に……

みぞれが降る夜に
僕は旅支度をはじめた
凍りついた風はひんやりと冷たくて
やわらかい僕の頬に爪をたてていた

怖いくらいに澄んだ夜空には
消えていった夢や希望や
溢れでてくる迷いや後悔の数だけ
小さく光る無数の星が舞っていた

目の前に広がる真っ白い景色と
それと同じくらい真っ白い息をはきながら
凍える両手をこすって……
小さいリュックに入れたのは、
古いコンパスとしわだらけの地図とわずかなお金と
あてにならない小さな希望みたいな感情と

みぞれが降る夜に
僕は旅支度をはじめた
凍えるほど寒い夜なのに
僕はここを離れることを決めた

雪になった真っ白いみぞれが
青黒く凍った夜の空からおちてきて
何気なくふと見上げた
僕の頬にふれて涙になった

遠くで聞こえる汽車の音が
眠りについた山々にこだまする
灯りのないプラットホームで、僕は汽車の到着を待っている
ぴんと張った夜の寝息に耳をすまして……


■救済詩<ANXIETY編>

暗い森

踊ろうか
薄暗い陰気な森たちと一緒に

踊ろうか
湿った霧に愛撫されながら

踊ろうか
昼と夜が混ざりあうときまで

きれいな紫色をした光が
身体を駆け抜けていく
もう苦しまなくていい
苦しまなくていいんだ……

やすらかで静かな時間が
ここでは……
永遠に湧きでてくるのだから
枯れることもなく

踊ろうか
こんな晴れやかな日に

踊ろうか
君は僕、僕は君

踊ろうか
陰惨な歌声を響かせる妖精たちと

踊ろうか
この森で……


■救済詩<ANXIETY編>

僕と神様

あなたはいい気ですね
こんなに僕が苦しんでいるのに
いつも見て見ぬ振りをしてばかりなんだから……
実際あなたにとって僕みたいな存在は
小さすぎて見えないのかもしれない
だから同情なんて最初からないのかな
あわれみも慈しみもやさしさも愛も
期待するほうが間違いなんでしょう
あなたは僕を裏切りましたね?
みんなの目の前で僕を裏切りましたね?
あの時の悔しさを僕は忘れることができない
僕はいつかあなたを裁きに行くでしょう


■救済詩<ANXIETY編>

そっと……

低くうなる、低くうなるんだ
誰にも知られないように、
恋人にも、親にも、子供達にも知られないように

低く叫ぶ、低く叫ぶんだ
誰にも知られないように、
激しい憎しみも強烈な敵意も気づかれないように

そっと批判する、そっと批判するんだ
僕達を幾重にも取り巻いている
嘘つきたちに気づかれないように

優しくそっと
そっと……


■救済詩<ANXIETY編>

救済者

生まれ変わり
この世界をもう一度見てみよう
真新しい身体と瞳をもって

慈悲深い崇高な救世主となり
人々を愛そう
喜びに震るえ
孤独な顔をゆがめ涙を流し
足元にひれ伏す人間達に
優しく語りかけてあげよう
「あなたを愛しています」と―――

頭のよい愛らしい理想的な子供となり
親を愛そう
満面の笑顔で私に話しかけるあなたへ
優しい声で語りかけてあげよう
「あなたを愛しています」と―――

思いやりのある優しい親となって
子供を愛そう
感傷的でわがままな態度をとるあなたを
誰よりも優しく見守ってあげよう
そして言ってあげよう
「あなたを愛しています」と―――

真新しい身体と瞳で
もう一度この世界を愛してみよう
救済者となった今
この世界は私のものになった


■救済詩<ANXIETY編>

天獄

天国にも雪は降るのだろうか
そこでも
裏切りと悲しみはあるのだろうか?
まだ涙を流すのだろうか?

天国の住人達も
私達と同じように
過ちを犯すのだろうか
天国にも雨は降るのだろうか
冷たい雨にうたれて
悲しみにくれる時があるのだろうか……

そんな気持ちになった
この世界とたいして変わりがないんじゃないかと
そう思った
天国なんてものも目に見えない牢獄の中と
一緒なんじゃないか
そう思えた……


■救済詩<ANXIETY編>

ひとり

孤独なんだ
わかっているよ……

一人なんだ……
ぼくがそばにいるよ……

死にたいんだ
一緒に死んであげるよ……

寒いんだ
ぼくが暖めてあげるよ……

僕はなに?
ぼくの命……

さみしいんだ
ぼくと話そう……

あいつが憎いんだ
ぼくもあいつが憎いよ……

許してくれる?
許してあげる……

ほんとう?
本当だよ……

愛してほしいんだ
ぼくが愛してあげる……

永遠に?
永遠に……

だって、ぼくたちはひとつなんだから……


■救済詩<ANXIETY編>

機械と亡霊

背中にたれ流される嫉妬が
思索に絡みつく黒い獣にかわった
それはすぐに、あっちにもこっちにも増え始め
何か餌を見つけたようなしぐさをみせた……

機械は走りはじめ肉体は引きずられてゆく
浅い雨の中を走り去る亡霊
あの亡霊もまだ誰かを探しているのだろうか
そんなばかげたことばかり頭の中を駆け巡る

きれいな貝殻をあけたら前歯が一本入っていた
僕はそれを噛み砕いた


■救済詩<ANXIETY編>

灰色の空

灰色の空は、夢の中では青色と虹色
孤独な影に身を震わせ
不条理な契約を交わした僕は
霧のたちこめる黒い池に
寂しい心を浮かべた

鬱蒼とした草むらをかきわけて
ここまで来たのに
足元にまとわりつく冷たい手を振りほどいて
ここまで来てみたのに
血色の雲が空を燃やしはじめている
死色の雲が真っ黒い闇を吐き出している
頭の奥で餓鬼みたいな人間がじっと僕を睨んでいる

闇色の空は、心の中では血色と死色
人を欺くのは蝶の化身
うまそうに獲物の血をなめている
白い猫の舌がきれいだ
黒い池に埋もれてゆく右手
疲れを知らない無知な感情の首をつかみ
うらめしそうに沈んで消えた

霧の向こうで白い影が
ぼんやりと手をふっている
そっと手招きしている
じっと僕を見て
そっと手招きをしている


■救済詩<ANXIETY編>

神が夢見た世界

着いた!
神が夢見た世界に!
神さえも嫉妬する世界に!

どこまでも美しく
どこまでも透明で
意識だけが存在する世界
すべてが許されていて
すべてが禁断の匂いがして
すべてが閉ざされていて
神でさえも立ち入ることができない
この場所!

今、私はその場所に着いた!
ただの人である私が!

遠くから神々の泣き声が聞こえる
巨大な炎が暗黒の空を焦がし渦巻いている
わかっている、後を追ってきたのだろう
あの神々たちも……

雷鳴が鳴り響く空の下
神々は安息の場所を目指して進む
一歩、また一歩と――
永遠にたどり着くことのできない、この場所へ

焼け落ちる指先を見つめながら
燃えあがるその身体は
クロス十字の火柱となって
青白い光を放ちながら
この不気味な暗黒の空を
彼方まで焼き尽くしそうとしている


■救済詩<ANXIETY編>

予言者

予言者は人間に呪いをかけた

互いに解かり合えないように
互いに憎しみあうように
互いに騙しあうように
互いに命を奪い合うように
互いに許し合えないように

暗闇に飲み込まれてゆく未来が見えると―――
砂に埋もれてゆく過去ははかないと―――

そう言うと、予言者は去っていった


■救済詩<ANXIETY編>

月下界

赤黒い炎が混ざり合う空の下で
我が子が奪いあい、貪りあい、殺しあう

火傷しそうな熱風が吹き荒れる大地で
我が子が騙しあい、盗みあい、憎しみあう

氷のように冷たい雨が降りそそぐ街で
我が子が傷つけあい、許しあい、愛し合う

青白い月の光が差し込む地の下で
我が子が泣きながら、震えながら、眠りについていく


■救済詩<ANXIETY編>

死月

遠くで聞こえる笛の音に
耳をすまして
そっと耳をすまして

この物憂い思いをかさねよう
白く輝くあの月に
静まりかえる森の匂いに
きらめく星の瞬きに

死月が照らす蒼い光で
孤独な影は自由になれる
遠くで聞こえる笛の音で
憂鬱な影は微笑んだ

ああ―――
罪は清められ
そう―――
感情は浄化されてゆく

もう意識の入り込む余地もなく
まるで生まれる前の生命のように

静まりかえる森の匂い
きらめく星の瞬き
白く輝く死月の光

誰かが誘っている森の奥へと
誰かが誘っている森の奥から

残酷なほどに
無残なほどに
千切れるほどに
悲しく憂鬱で救いもない
死月の夜に


■救済詩<ANXIETY編>

純白の天使

暗い大地に
降り立つあなたは
まるで純白の天使みたいだ

痩せた荒地で道に迷い
泣き叫ぶ未熟児の僕は
ただ、あなたにすがりついて
涙を浮べた

あなたは地上に舞い降りた光
僕はあなたにひざまづき
飢えた孤児のようにあなたを
求めて、求めて、求めてしまう

あなたの瞳はどこまでも優しくて
どこまでも慈悲に満ちていて
どこまでも愛に満ちていて

痩せた荒地で道に迷っていた
泣き叫ぶ未熟児の僕は
ただ、あなたにすがりついて
泣いているだけだった

その細い腕を差し伸べて
僕をきつく抱きしめてくれた
あなたを今でも忘れられない
今でも僕は目を閉じて
あなたの微笑みを、温もりを、愛を、慈悲を、抱擁を、
繰り返し思い出している


■救済詩<ANXIETY編>

愛されてみたい

傷口から吹き出る血を舐めるように
純粋に愛されてみたい
食い込んだ爪が肉を引き裂くように
残酷なほど愛されてみたい

愛憎にまみれた身体と魂は、純粋な証
肉欲に汚れた精神と身体は、苦悩の証

遠吠えが……
人の啼く遠吠えが聞こえる
求めても、求めても、手に入らないものを
嘆いて
すすり泣いて
手探りで探して
また捨ててしまう

愛されてみたい
盲目的な信仰にも似た迷いのない愛で
愛されてみたい
彼方からやってくる別離の悲劇など寄せつけない強さで
愛されてみたい
地獄の業火に焼かれる宿命を望んで受け入れる覚悟で
愛されてみたい

愛憎に狂った心と体は、人間の証
肉欲をむさぼる欲望と衝動は、人間の証

身体の奥で全能の支配者が取り乱している
人間の深き愛に狼狽して、頭を抱えて喚いている
人間の飽くなき愛にただうろたえている
たかが人間の愛に飢えている


■救済詩<ANXIETY編>

詩人の少女が教えてくれたこと

詩人の少女が教えてくれた
大切な事を
かけがいのないものを

季節が過ぎ去るたびに
知らずに、ポケットからこぼれ落ちて
気が付くと
ふと、失くしてしまうものを

君はしてくれた
人を自分を愛するように愛することを
人を自分を慈しむように慈しむことを
悩み苦しみながら
笑い泣きながら

僕はまだ出来ていない
時々立ち止まってしまうんだ
人を自分を愛するように愛することを
人を自分を慈しむように慈しむことを
易しそうだけど
とても難しいんだ

君に出会えてよかった
ありがとう


■救済詩<ANXIETY編>

信じてみたい、この世界を!

信じてみたい、全てを
信じてみたい、この世界を

憎しみが憎悪から生まれるのではなく
互いの愛から生まれることを!
裏切りが怠惰と欲望から生まれるのではなく
互いの愛から生まれることを!

信じてみたいんだ
少し歪んだ愛でも真実の輝きを手に入れられることを!
傷ついた信念が愛の力で復活できることを!
信じてみたい、全てを
信じてみたい、目の前にあるものを

信じてみたいんだ、この世界を
抱えきれないほどの感情の嵐に打ちのめされ
抑えきれないほどの感情の矛盾に迷いながら
やっと手にしたのが、この気持ちだった
だから何度でも言おう

信じてみたい、全てを
信じてみたい、この世界を!


■救済詩<ANXIETY編>

U R G E

通りすぎる枯れた大地に
赤い太陽が燃える
いつか見た映画のように
乾いたアスファルトの上
白い車とばして

遠ざかる景色の中
失ったものは
痛みのない世界へ

空が赤く染まっていく
最後の幕が静かに上がっていく
がらんとした舞台が熱気を帯びて
僕はそこで、また……
逃げて、求めて、待って、叫んで、吼えて、
最後にこう言うのだろうか……
遠ざかる景色の中
失ったものは
痛みのない世界へ

どこに向かおうか
どこに向かえばいい?

この空の向こう側へ続く道
今は振り返るのはやめよう
すべてをかき消されてゆく毎日でも
乾いたアスファルトの先に
信じられる未来を求めて


■救済詩<ANXIETY編>

奇跡をください

奇跡をください
神が起こしてくれる奇跡ではなく
あなたが起こす奇跡を

奇跡をください
世界に喜びが満ち溢れるように
暗黒の悲劇が晴天の希望に変るように
嫉妬と欲望に執りつかれた悪霊と亡者が
優しく慈悲深い存在になれるように――

奇跡をください
神が起こしてくれる奇跡ではなく
あなたが起こす奇跡を

小さな幸福と大きな幸福がもとは同じであり
小さな喜びと大きな苦悩がもとは兄弟であり
小さな祝福と大きな犠牲がもとは姉妹であり
生と死がもとは親子である事を感じられるように――

あなたの奇跡は神より創にあり
あなたの奇跡は神を凌駕し
あなたの奇跡は神でさえも決して起こせない

この世界は愛に満ちている
この世界は驚きに満ちている
この世界は奇跡に満ちている
あなたの奇跡をください
神が起こしてくれる奇跡ではなく
あなたが起こす奇跡を


■救済詩<ANXIETY編>

石占い

小石を一つ乗せてみた
鬱蒼とした薄暗い未来に
小石を一つ乗せてみた
暗闇に怯える人々の胸に
小石を一つ乗せてみた
目の前に広がる漠然とした孤独に
小石を一つ……

危うい均衡を保っている小石の塔
幸福と不幸を互い違いに積み重ねていく

小石を一つ置いてみた
荒れ狂う嵐を呼び起こす雷鳴に
小石を一つ置いてみた
白い羽を引き裂かれた天使の唇に

小石を一つ置いてみた
高鳴る鼓動に突き動かされた衝動に
小石を一つ……

危うい均衡を保っている小石の塔
明と暗を互い違いに積み重ねていく

宙に浮んだ記憶の迷宮
夥しい数の悪夢が空を埋めつくしても
心の中に広がる青空は誰にも奪えないと信じてた

小石を一つ乗せてみた
二つに分かれた道の手前で
小石を一つ乗せてみた
必然と運命が僕を見つめている
小石を一つ乗せてみた
幸福と不幸が未来をじっと見つめている
小石を一つ……


■救済詩<ANXIETY編>

夢を見た

夢を見た
ひとりの人間が英雄的に朽ち果てていく悲劇を

夢を見た
ひとりの人間が破滅して崩壊していく悲劇を

そうだ……
宿命と運命を取り違えて生きてきた
偶然と必然を混同して生きてきた
きっとそうだ……


■救済詩<ANXIETY編>

秒針

やわらかい悲鳴
したたり落ちる血
荒い息使い
頬をつたう涙
震える身体
祈り

鳥のさえずり
車が通り過ぎる音
誰かの足音
こみあげる嗚咽
光る凶器

立ち尽くす女
倒れて動かない男
床に広がる血液
風に揺れるカーテン
時を刻む秒針

憎しみ
果てしない悔恨
絶望と希望
かすかな光
深い闇


■救済詩<ANXIETY編>

T V

「ひき逃げ事件は去年一年間だけで、およそ2万件。8年前と比べると3倍……」
「台風18号が今日の深夜未明に、四国地方に上陸する模様です……」
「明日のプレミア上映会に出席する、あの方が番組においでになっています!」
「今朝早く、小学3年生の女子児童が、校舎内で首を吊っているのが発見されまし
た」
「為替相場は、若干の円高、ドル安となっており……」
「お前それはないやろっ!」
「日本の年間自殺者の数は異常であるとしか考えられません!」
「それでは現在シングルチャート急上昇中の、この曲からスタートですっ!」
「現在、日本では貧富の格差が増大しており、きわめて深刻な問題となって……」
「さあ、今週のランキングをチェック イット アウト!」
「私はそうじゃないと思う。弱者を省みない強者の言い訳だと思う」
「まあー、あまり盛り上がらない話だったですけど……」
「ちょっと違う方向から考えてみようよ!」
「今の国の財政を一般家庭に置き換えてみると、毎月の収入が四十万円なのに対し
て支出が五十八万円、今までの借金が五千二百万円もあることになります……」
「僕は君のためなら何でもできるよ! だって君を愛しているから!」
「六ヶ所村の核再処理施設は一日に原子力発電所の一年分の核廃棄物を作りだしま
す。それに加えて周辺地域にも深刻な汚染が広がり……」
「今日のあなたの運勢は? この後すぐ!」
「Big is evil,Small is beautiful. の精神が今後ますます大切になってくると……」
「人はどこへいくのか? 今後数年間で、世界は全く違うものとなるでしょう」
「あーあ、いいなー。やっぱ夏休みは海ですよねー」
「先生は言ってくれたんです。あなたの病気は治りますと……」
「はやいですね……」
「サイボーグ技術が人類を変容せていくのは必然として、それをどのように……」
「私は目が見えないから、お客が2人でも、2万人でも関係ないんです」
「恋すると胸が大きくなるのよ!」
「このまま地球温暖化が進むと地域によって深刻な水不足が起きる可能性が……」
「さあ次はどんな世界が僕達を待っているのかな?」
「お値段なんと22万9千800円! さらにお手持ちのテレビを3万円で……」
「自民党は結成50周年の党大会において、『新憲法草案』を採択しました……」
「おいしいところばっかもっていくねー!」


■救済詩<ANXIETY編>

天を指さす人

月明かりに照らされて
うつむくあなた
すぐ目の前にいても
はるか遠くに感じてしまう
同じ地上にいるのに……

約束してくれるの?
謎めいた笑みで天を指さすひと
僕をつれていってくれるの?
うそじゃなくて、幻じゃなくて

まぶたに陰る背徳の匂い
三日月にけむる甘い吐息
孵化した赤子の泣き声が聞こえる
それは人である運命に翻弄されて
うろたえてばかりいる預言者の声だ
いじらしくささやかな反抗をする救世主の声だ

漆黒の背景に浮かびあがる
カンバスに描かれた栗色の髪の乙女
誰も見たことがない天国を指さして
謎めいた笑みをたやさない

きっと……
預言者がこの世界を去ったあとでも
きっと……
救世主がこの世界を去ったあとでも
きっと……
人がこの世界を去ったあとでも


■救済詩<ANXIETY編>

背神

血に飢えた白い薔薇に
真紅の血をそそいだ
花びらに
花弁に
一滴、一滴と……

のどを枯らした
白い薔薇はうっとりと
そそがれる血にまみれて
無邪気な微笑みで
うまそうに舌を絡ませた

錆びついたクロス十字
私だけに罪を押しつけて
去っていった救世主
背中に刻んだ罪の刻印が
またうずきはじめている

烏が
泣き叫ぶ天使達が
獲物を食い千切る魔物が
幾重にもうごめいて
声をあげた

祝福されることのない
神々の双生児
口にくわえた生贄の血がv 白い花びらを濡らす
一滴、また一滴と……
したたり落ちる血はすぐに
黒い血に変わってしまった


■救済詩<ANXIETY編>

道化の契約

猥雑で、複雑で、混沌とした世界
解き放とう
自我を、意識を、縛りつけるもの全て

YHWH……………

宿命と本能と愛欲に
もだえて、窒息して、苦悩して、溺よう

あの時交わした契約の意味
そんなもの忘れてしまった
呪いの刻印を背中に焼き付けられて
身動きがとれない
背徳に舌を絡ませて
ただ、思い切り突かれているだけなんだ

甘い契約
こんなことになるなんて
安っぽいこの命じゃ
どうしようも出来ない
血の一滴にもなりやしない
やっと解かった気がする

あいつは最初から知っていたんだ
黒い髪と赤い目で
退屈な道化の芝居を
すぐ側で見ていたんだ
天使の羽でつくった靴を履いて
その心臓を食べながら
笑って見ていたんだ


■救済詩<ANXIETY編>

感情の天秤

生まれたばかりの魔女が囁いた……

光色の病院で叫ぶ囚人達は
私達の生まれ変わりで
私達の身代わりで
私達の代弁者で
苦しんでいるからじゃない
病んでいるからじゃない
ましてや
狂っているからじゃない……

神聖と邪悪が
一緒に暴れだして
取り乱しているだけなのだから

雲行きがあやしい
嵐がやってくる前触れ
小さな世界で何かが壊れて
たくさんのものが蠢いて……

大きな木の切り株に座って
年老いた魔術師が大きなあくびをした……

血色の広場で叫ぶ指導者達は
欲望の生まれ変わりで
醜悪の権化で
無知な共犯者で
君達のためじゃない
私達のためじゃない
ましてや
この世界のためじゃない……

見渡すかぎりの大地が
朱色に燃えている
声にならない悲鳴が
何度も心に響いた……

なりたての神と悪魔が笑って話した……

死色の洞穴で叫ぶ亡者たちは
憎悪の生まれ変わりで
不気味な生き物で
恥知らずで
仲間のためじゃない
相手のためじゃない
それに
自分のためじゃない……


■救済詩<ANXIETY編>



この心を
汚れなき荊の鎖で縛ってください
つよく、つよく
もう迷うことがないように

腐肉を重ねあわせ
邪淫の亡者が垂れ流す
腐った幻影に惑わされないように

鋭い牙をむき出しにした
邪悪な悪霊が
この心に咬みつけないように

きつく、きつく
身動きがとれないほど
血がにじみでるくらいに

大きな口を開け
うめき声あげ
さまよい歩くいきものに
この血の意味を伝えるために


■救済詩<ANXIETY編>

森の奥へ

森の奥へ
誘われるままに
あなたが呼んでいる
早く行かないと
鬱蒼とした茂みを
かきわけて
冷たく濡れた地面を
踏みしめて

あなたが呼んでいる
穢れたものは
みんな置いてきました
全部捨ててきました
だから早く行かないと
あなたのいる森の奥へ

血色の太陽が沈んでいく
暗い森が吼えて
獣のにおいを撒き散らしはじめる
いつもそうです
また死色の月が輝きはじめて
迷路を複雑にしてしまう

あなたが呼んでいる
遠くから悲しそうな声で
だから早く行かないと
鬱蒼とした暗い森を
つまずきながら
手探りで
迷いながら
途切れそうな声に誘われるままに


■救済詩<ANXIETY編>

美しい夜に咲いていた桜

静かな夜
僕は誰もいない歩道を歩いていた
目の前にはずっと先まで
道に沿って桜の花が咲いていた
蛍光灯の明かりに照らされて
寂しそうに咲いていた

こんな綺麗な夜に
こんな孤独な真夜中に
桜が咲いている
こんな救いのない夜に
桜が咲いているんだ

希望を持て
前進しろ
後ろを振り返るな
失ったものは帰っては来ないのだから
忘れるんじゃない
捨てるんじゃない
置き去りにするんじゃない
もっと静かで、穏やかで、寂しいことなんだ
悲しくて、つらくて、苦しいものなんだ

だから
忘れるんじゃない
憎むんじゃない
嘆くんじゃない
泣くんじゃない

黒い夜が落ちてくる
壊れそうな心に夜が忍びこんでくる
明日は何があるだろう
今日と変わり栄えしないだろう
幸せな気持ちなんて
つかの間の出来事なのか

孤独も、悲しみも、言ってはいけない言葉
美しい、みんな美しい
この夜も、あなたも、私も、この世界も
ああ、美しい、みんな美しい
この夜に消えてみたい


■救済詩<ANXIETY編>

奇跡の風景

真紅の大地が裂けて
幻の花が咲いた
見渡す限り
あたり一面に

ああ、なんていう光景だろう
ああ、小さい胸が高鳴っている

乾いた大地は
光輝く緑の草原に
薄暗い空は
鮮やかで晴れやかな青色に

奇跡!
すばらしい奇跡!

夢じゃない!
夢じゃない!

早く教えてあげよう
みんなに教えてあげよう

こんな美しい草原は見たことがないよ!
ああ、こんなきれいな空を感じたことがないよ!

早く起こしてあげよう
眠っている人達を
早く起こさなくちゃ!
みんなに教えてあげなくちゃ!


■救済詩<ANXIETY編>

ガラスの古城

おやすみなさい
安心しておやすみなさい
暖炉は夜の間中
燃やしておきます
冷たい肌が温まるように

ここは地上から
はるか彼方
上方にそびえたつ
ガラスの古城
何百年、何千年もの昔から
人々の記憶から
忘れられてしまった
神話の世界

おやすみなさい
ゆっくりおやすみなさい

まぶたを閉じて
夢の中を駆け巡り
星座のかけらを集めましょう
光り輝く流星に乗って
果てのない旅に出かけましょう
そうして
疲れたらまた眠りなさい

きらめく星々のため息が
聞こえるでしょう
羽化した天使と悪魔の吐息が
耳の奥で囁いているでしょう

この祝福に身を委ねなさい
迷うことなんて
何の意味もないのです

ほら、またひとつ
神話が生まれました
あなたを優しく包みこむように
手招きして、笑っている


■救済詩<ANXIETY編>

暗黒の夜に、怒れる嵐の中で

すさまじい嵐が
行く手をさえぎって
僕の体を暗闇の中に
ひきずり込もうとして
おびただしい数の
見えない手がまとわりついて
うらめしそうに離れない

だけど
そのくらいの脅しくらいじゃ
この蹄の音はかき消せないよ
僕には見える
新しい世界が
新しい希望が
見えるんだよ
確かな確信をもって

馬の蹄の音は高く
胸の内なる鼓動は熱く激しく
荒れ狂う稲妻だって
少しも怖くない

大地を揺らす地響きだって
新しい船出のファンファーレとなり
真っ暗な大空に鳴り響いている

火花を散らし、燃えている木々の炎は
歓喜に湧く、勝利の炎
見てくれ!
行く手を照らす勝利の松明を

一緒に行こう
怖くなんかないさ
嵐の夜にこそふさわしい
ロマンティックで悲劇的で英雄的な
一大叙事詩の幕はもう上がっている

馬の蹄の音は高く
高鳴る胸の鼓動は早鐘のようさ
迫り来る稲妻よ
大地を揺らす地響きよ
共に祝おう
新しい世界に!


■救済詩<ANXIETY編>

その時まで……

静かな日々が訪れる
ああそれはいつになるのだろう
すべてを捨てて、まだ捨てて
やっと純粋な自分に戻って
あの祝福を感じることができるのか

この世界は苦しいことばかりで
この世界では愛されないことばかりで
だけど
悲しんでいるだけじゃだめなんだ
悩んでるだけじゃだめなんだ
その先の未来へ
勇気をもって行かなくちゃ

くじけそうで、泣き出しそうで、周りが敵だらけでも
その先の世界で勝利の美酒を高く掲げるために
力の限りを尽くして戦い抜くんだ

高潔で、慈悲深く、愛に溢れた
気高い群集の拍手喝采を手に入れるまで
命なんて惜しがるな
甘い誘惑に惑わされるな
揺るぎない信念を忘れるな

そうして神々の身元で
静かな日々が訪れたその時は
もうその腕も足もいらないだろう
その目も耳も必要としないだろう

ただ一つの思惟になって自由に大空を羽ばたけばいいさ
大空に飽きたら、今度はあの星座へ行けばいいさ
そう何ものにも囚われずに
どこまでも行けばいいさ
どこへでも行けるんだから


■救済詩<ANXIETY編>

思惟

気持ちがいい!
こんな晴れ晴れとした気持ちは久しぶりだ
何もない幸福を感じる
何もない幸福?
そう、今の僕には何もない
生まれた時と同じか……
いや、まるで違うんじゃないか
少なくともあの時は、もっと愛されていたような気がする

思う、思う、思う、幸福を思う
それだけで幸せと感じるように
思う、思う、思う
幸せって何だっけ?
必要以上に苦しむ必要はないんだ
苦しくなるだけだから……
必要以上に幸福になる必要もないんだ
苦しくなるだけだから……

生まれてきてよかったと思っている
生まれてきて正解だったと考えている
だから間違えながらでも、勇気をもって前に進んでいくんだ
暗く沈んだ心の海を照らす、灯台ような言葉を探しながら
寂しい心に寄り添って暖かい灯りをともす
蝋燭ような言葉をつむぎながら……

僕を導いてくれる言葉が
この世界に、まだたくさん隠れているはずなんだ
この世界に、そっと潜んでいるはずなんだ
見つけてもらうのを待っているはずなんだ


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