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地域社会と共生するために

■救済詩<VAGUENESS編>

暗黒夜の小高い丘で

水を垂らした水彩画みたいに
形なく滲んだ風景
重い足どりで死出の道を急ぐ
運命をもてあそぶ暗い夜に導かれて

ぼんやりと赤い月が空に浮かぶ
血を流した無念の色のよう
熱くもなく、冷たくもなく
祈りの声を口にしてみた
精霊と悩める霊魂が安らかになるようにと
それは――
物憂く寂しい暗黒夜の儀式なのか
それとも――
忘却と悔恨の狭間での悲しい出来事なのか
ひとつ、ふたつ、みっつ、と
消えそうな光が現れては消え、消えては現れ

小高い丘の青い地面には
銀色の花が辺り一面に咲いていた
私は女みたいに涙を流した
めめしく、すすり泣いた

憂鬱な気持ちはいつも
甘い蜜の匂いをふりまいて
彼方からやって来ては
私を楽しそうに苦しめ
麻痺させ、落としいれ、突き落とす

青い霧が冷めた肌を湿らせた
戻ることのない過去の幸福のよう
悲しくもなく、嬉しくもなく

少女の右目から生まれた真紅の蝶と
老女の左目で死んだ漆黒の蝶が
そっと吐息をもらし
ひらひらと羽をはためかせた

あなたは言うだろう
奇跡をためしたらいいと


■救済詩<VAGUENESS編>

あいまいな心象風景

簡単な事じゃないか
人生は―――だけなんだ
そんな事も知らずに
今まで生きてきた

人生はあいまいだから
ふと希望なんてものも
あるんじゃないかって思っていた

だけど……
最初からなかったんだね
そんな事も知らなかった

淡い色彩の心象風景に浮かぶ
ぼんやりとした人影みたいなもの
僕を見て微笑んでいるように見える
誰が立っているのだろう?

お母さん……?
お姉さん……?
弟……?
妹……?
お兄さん……?
お父さん……?
娘……?
息子……?
妻……?
それとも、あのひと……?

あいまいな心象風景に浮かぶ
少しの孤独と寂しさみたいなもの
あっちで僕を見てる表情はわからないけど
楽しそうな向こう岸へ行ってみたい
あの川岸で立っている人たちの所へ

青く晴れた空は穏やかで
風になびく草木はきれいで
太陽の光は輝きに満ちている

ああ、こんなに寂しい気持ちもいつかは
あいまいになっていくのだろうか
川岸の小高い丘へ上った時には


■救済詩<VAGUENESS編>

あなたの墓標にて

あなたを思う時
私の胸は揺らぎはじめる
実際、あなたは一体、なんであったのか?
私は一体、なんであったのかと……

今日まで、あなたに生を授かり生きてきた
それは神聖と邪悪の奴隷として生きよと、
愛と憎しみの奴隷として生きよと、
欲望と憎悪の奴隷として生きよと、
宣告された時だった

もう、すでに私は年老いて
孤独で何も持たない老人となった
死神がその糸を断ち切る用意をしているのが、
私にはよく解かる

そして今、私は回顧する……

あなたはたくさんの人に愛された
ああ、しかし私はたくさんの人に疎まれた

あなたはたくさんの人に祝福された
ああ、しかし私はたくさんの人に憎悪された

あなたはたくさんの人の胸に生きている
ああ、しかし私はその光彩に嫉妬することしかできない

私の人生は、愛と憎しみの人生だった
欲望と憎悪の人生だった
神聖と邪悪がいつも頭の中でせめぎあっていた人生だった……

いま、あなたの墓標にて
こんな解かりきった事を告白する自分を恥じています
でも告白する衝動に駆られた自分も同じくらい愛しいのです

もう、すでに私は年老いて
孤独で何も持たない老人となっています
死神がこの魂に牙を突き立てようとしているのが
はっきりと解かるのです

でもなぜ今、こんな事をあなたに言うのでしょう?
これは老人の空しい断末魔の叫びなのでしょうか
それとも、孤独な老人の独り言なのでしょうか……
もう私には明日がないのです
夕暮れに沈む太陽のように消えていくだけなのです
命の砂時計が尽きようとしているのです

ただ、私が朽ち果てていく前に、
あなたに解かって欲しい事が一つだけあります

あなたと共に歩んだ時……
あなたと共に過ごした時間の中で
ほんの一瞬でしたが……

あの時だけは、あなたよりも強く感じたのです!
神聖と邪悪の大きな渦の中で、
神が天使が悪魔が、私の内に舞い降りて来たのを
あの時だけは、あなたよりも強く感じたのです!
はっきりと!
確信を持って!

私はここで孤独に死んでいきます
人知れず孤独に死んでいく
私はあなたのようには生きられなかった
ただ、私にしか出来ないこともいくつかあった
それだけ解かってほしかったのです……


■救済詩<VAGUENESS編>

救済詩

あなたとも、
これでお別れですね
振り返ってみると
生まれてから死ぬまで
一瞬のようでもあり、
千年のように長い月日のようにも感じられます

今、ここを去る前に
あなたに何か話そうと考えたけど
あまり思いつきません
たぶん、何も言いたくないのかもしれません

あなたが私に与えてくれたものは
あまりにも多すぎたので……
苦悩とか、嫉妬とか、妬みとか、憎悪とか、差別とか、虚栄とか、
幸せとか、不幸とか、挫折とか、無力とか、愛されない悲しみとか、
社会とか、不満とか、争いとか、抑圧とか、対立とか、暴力とか、犠牲とか、
裏切りとか、無視とか、親とか、家族とか、子供とか、愛する人とか……

みんな、灰になって消えていきます
みんな、空に散っていきます
あなたの救いも教えも戒律も手の届かない
意味を持たない世界へ
わたしは一人で旅立ちます

私は炎に焼かれ灰になり
ひょっとするとあなたより
崇高な存在になれるかもしれません

お別れですね
どきどきするのです
本当にどきどきするのです
けれど、私は一体どこへ行くのでしょう?
ただ消えてなくなるだけなのでしょうか

最後に、救いでもなく、祈りでもなく、
あなたに思惟してほしいのです
一つの命が消える時に祝福を!
一つの命が散るときに祝福をと!


■救済詩<VAGUENESS編>

『K』

西日の影が長く伸びている
遠く物静かな、なぜか懐かしい思い
そして、悲しくもなく、うれしくもない
寂しく憂鬱な気持ち

血を溶かしたような赤色の太陽
その光に照らされて
僕はここで立ち尽くしている
あてもなく、こうして……

――、僕が生きているこの世界は、なんなのだろう?
――、この世界とは、なんなのだろうか
――、こんな簡単な事も時々分からなくなる
――、こんなに大切な事も時々分からなくなる

地面に夜のしじまが染みこんでいく
教会の鐘の音が耳にこだまして
また、僕はこの世界がいやになってしまう

――行くあてはあるのか?――
消えそうな影みたいな男が、渇いた声で問いかけてきた
僕は答えにつまって、こう言った
あるのかもしれない、と……

影だけの男は、その答えに無表情な顔で少し笑った
つられて僕も少し笑った――

西日の影が長く伸びている
遠く物静かな、なぜか懐かしい風景
寂しく憂鬱な思い出
もう取りかえす術もない時と
これからやって来る必然と運命に戸惑っている


■救済詩<VAGUENESS編>

リビングチェアに座って

ぼんやりとした明かりの下
僕はリビングチェアに座っていた
両肘をテーブルについて
憂鬱な想いに心を巡らせて

朝がやってくる
父の声、忙しそうにパンを食べて
『行ってきます!』とドアを開けて出ていった

午後の日差しが強くなる
母の声、電話で話をしている相手の声に
楽しそうに笑っていた

午後十時
帰宅した僕の『ただいま』の声
奥の方でテレビの音が聞こえた
僕は靴を脱いで家に上がった

ああ、もうこんな時間か……

ぼんやりとした明かりの下
僕は家族を見ていた
時々言葉を交わしながら
父と母と
楽しいような、悲しいような、これで終わりのような

誰かが目の前で悩んでくれた
誰かが目の前で怒ってくれた
誰かが目の前で泣いてくれた
誰かが目の前で笑ってくれた
大切な誰かのために……

ぼんやりとした明かりの下
僕は僕を見ていた
リビングチェアに座っている僕を
両肘をついている僕を

朝がやってくる
父の声はもうしない
『行ってきます!』とドアを開ける音も聞こえない

午後の日差しが強くなる
母の声は風の音になって
やわらかい朱色の光にとけていった

午後十時
帰宅した僕の『ただいま』の声
奥の方でテレビの音が聞こえた
僕は靴を脱いで家に上がった

ああ、もうこんな時間か……

ぼんやりとした明かりの下
僕はリビングチェアに座っていた
時々言葉を交わしながら
憂鬱な想いに心を巡らせながら……


■救済詩<VAGUENESS編>

幻詩

霧のたちこめる
月明かりに浮かびあがる
白い蝶の群れ
ひらひらと羽をはためかせ
魂の水面を、あてもなく飛んでいく

漆黒の空は心の影
輝く白い月は儚い人の夢
足元の水草はまとわりつく生の迷い
今私はこの時を静かに思う
水の波紋が広がり、やがて消えるまで

艶めく長い黒髪に絡む
遊女の背中に咲いた睡蓮の花
つかの間の自由に身をゆだね
孵化したばかりの蝶の羽音に耳をすます
なまめく紅の唇に小指をそえて

霧のたちこめる
月明かりに浮かびあがる
白い蝶の群れは、ひらひらと降りだした雪になって
艶めく長い黒髪に絡む
遊女の背中に咲いた睡蓮の花は水面にかえって
水の波紋が広がり、やがて消えるまで
私はこの時を静かに思う


■救済詩<VAGUENESS編>

夏に

夏に生まれました
初夏ではなく、蝉の鳴く暑い夏に
小川のせせらぎが、耳の奥で心地よく響く夏に
あの晴れた日に

風鈴の音
鮮やかな赤と黒の模様の金魚
青空に映える入道雲
透き通るような澄んだ空気
素肌に照りつける心地よい太陽の光

僕が生まれたのはそんな夏でした
アスファルトに浮かんで揺れる蜃気楼に
なぜか心が弾んで、歩く足を早めた
昼下がりの午後でした

鬱蒼とした背の高い木々から
蝉の鳴く声が、耳にうるさいくらいに響く
暑い夏でした


■救済詩<VAGUENESS編>

孤独の海

沈んでいく体が、深く、深く、深く
ほの暗い青い海の、奥へ、奥へ、奥へと
ひとり、ひとり、ひとり……ひとり
コドク、コドク、コドク、コドク……

消えていく苦悩が、やわらかに、やわらかに
消えていく悲しみが、ゆるやかに、ゆるやかに……
なくなっていく、なくなっていく
みんな分からなくなっていく

こんな広い海で、ただひっそりと
あてもなく、さまよい漂って
こんな深い海の底で、ただいつも
また、思い出してしまうんだ

あの人は死んでいった
そっと消えていく、そっと消えていくように
目を閉じて、あの人は死んでいった

物思いにふける
夕暮れが押し寄せてくる
こんな広い海で、ただひっそりと


■救済詩<VAGUENESS編>

僕と影

ぽつぽつと降り積もる雪が
ただ、この心を白く染めていく
凍える肌にとけていく冷たい雪
点々と灯る街灯に影が映る

もうこんなところまで来てしまった
でも、まだ耳障りな話声が響いてくる
遠くからも、近くからも

ぽつぽつと降り積もる雪に
ふと、人のやさしさを思い出した
ところどころに赤い血の跡を残して
僕と影が寄り添って歩いていく

もうこんなところまで来てしまった
でも、まだ街の匂いが鼻についてくる
向こうからも、こっちからも

足元に残した赤い血の跡が
ぽつぽつと降り積もる雪に消されていく
それはまるで、
僕の生きてきた足跡が消えていくような
僕をこの世界からなくしてしまうような
そんな寂しい夜の光景だ

ぽつぽつと降り積もる雪
僕と影が寄り添って歩いていく


■救済詩<VAGUENESS編>

瞬き

記憶の隅にある薄暗いカフェで
気難しい小説家が
熱心に歴史書を読みふけっていた
太陽の光とは無縁な白い顔で
眉間に苦悩のしわを寄せて

裸電球の落とすわずかな光の下
街のにぎやかに行き交う人波に目もくれず
しんと静まり返った空間にぽつんと座って
過去に起きた悲劇について、これからのことについて
小説家は歴史書に思いを巡らせていた

記憶の隅にある薄暗いカフェで
僕はその小説家を見かけたことがあるかもしれない
それがずいぶん前だったか、ずっと最近だったかはよく覚えていないが……


■救済詩<VAGUENESS編>

舞台

美しき女庭師、足元のあなた
薄曇りの柔らかな空の下で
なぜそんなに楽しそうに、遊んでいらっしゃるのです?
幕の向こう側のざわめきが聞こえないのですか

こちらときたら
悲劇の予感と焦燥と
運命の歯車がきしむ音に
心をかきむしられる有り様なのに

それにもう、舞台の幕が上がろうとしています
主役はもちろん、あなた達に決まっていますが、
どうか、道化の役だけはいつも通り私にお任せください

勘定高い商人でも、傲慢な王様でも、気のふれた娼婦でも、
けちな盗人でも、残酷な殺人者でも、権威をかざす聖職者でも、
神様から見放された人間の役なら、本物と寸分違わず演じてみせます

さあ、元気よく舞台に上がっていきましょう
主役はあなた達にお任せします
私はすぐ隣で、大声で嘆いたり、罵ったり、悔やんだり
それから遠く離れた所で、叫んだり、苦しんだり、立ち止まったり
運命に翻弄される人間の役を、おもしろおかしく演じますから

主役はあなた達にお任せします
悲劇の幕が上がり、やがて静かに閉じるまで
楽しんで演じてくれればいいんです
私はその周りで、また……


■救済詩<VAGUENESS編>

柔らかな夜

しめやかな夜に響く
凛々しくて、悲しくて、たどたどしくて
痛くて、気高くて、自虐的で、救いのない歌声

胸の奥から聞こえる魂の咆哮
赤い衣をまとった呪われた生きもの
鋭い爪がさっと光って、赤い線ができた

もう、あの自由には帰れない
もう、あの気高さには戻れない

溢れだす赤い雫が大地に吸い込まれていく
鋭い牙が震える肉を咬みきって
剥きだしの心臓に狙いをさだめる

高鳴る鼓動は早鐘のようだ
剥きだしの魂が叫び声をあげている
見せかけの永遠が手招きをしている

もう、あの自由には帰れない
もう、あの気高さには戻れない

柔らかな夜が降りてくる
苦悩と憂鬱の幻影が辺り一面に広がって
黒い生きものが真紅の花を咲かせた

柔らかな夜が落ちていく
予兆と予感の幻影が僕を惑わせて
黒い生きものが僕の身体と魂に……

もう、あの自由には帰れない
もう、あの気高さには戻れない

もう、あの自由には帰れない
もう、あの気高さには戻れないんだ


■救済詩<VAGUENESS編>

わがままと退屈

神よ、なぜ私達はこんなにも未熟なのでしょうか
神よ、なぜ私達はこんなにも未熟なままなのでしょうか

成熟することを放棄してしまった私達は
ほんの短い人生でも持て余してしまいます

わがままに夢中になりすぎて
それでいて、満たされない欲望に振り回されて
また大切なものを見失ってしまうのです
あなたを憎んでしまうのです

大切なものを、かけがえのないものを
心の奥底に秘めて生きていきたい

神よ、なぜ私達はこんなにも未熟なのでしょうか
神よ、なぜ私達はこんなにも未熟なままなのでしょうか

無限の時の長さに退屈しているあなたに
無限の時の真ん中で佇んでいるあなたに
このような問いが無意味なのは分かっています

だけど……
永遠の時の長さに失望しているあなたに
永遠に存在しなければならないあなたに
永遠に存在し続けるしかないあなたに
今は問いかけるしか、私達には術がないのです


■救済詩<VAGUENESS編>

あって、ないような僕と世界


あって、ないような僕の存在
なくて、あるような僕の存在
どちらも、そんなに違いなんてないのか
この思いも、感覚も、感情も……

あって、ないようなこの世界
なくて、あるようなこの世界
どちらも、ただの思い込みにすぎないのか
この空も、海も、世界も……

現在があって、過去があって、未来があって
明日があって、昨日があって、また明日があって

――だけど、それもあってないような……

出会いがあって、別れがあって、再会があって
希望があって、苦悩があって、つかの間の喜びがあって

――だけど、それもなくてあるような……

あって、ないような曖昧な時の階段を
なくて、あるような曖昧な時の階段を
あてもなく昇ったり、降りたり

僕は……
いったい、僕はいつまでしなければならないのだろう?
いや、いつまでするべきなのだろう?
あってないような僕と世界をつなげている
この曖昧な時の階段を……


■救済詩<VAGUENESS編>

その本当、その真実


人間の敵は、人間だったという皮肉
人間の敵は、人間だったという、この矛盾
遥か昔から、考えるまでもなく導きだされてきた
受け入れがたくも、受け入れなければいけない、その逆説

これは悪い夢なのか、悪い冗談なのか
できればそう思いたいと、何度思ったことか……

僕の敵は、君だったという悲劇
君の敵は、僕だったという喜劇
ずっと前から、悩むまでもなくそこにあった
目をそらしたくても、そらすことのできない、その無常

ああ、これは悪い夢だと、悪い冗談だと
何度そう思いたかったことか……

できれば気づきたくなかった
気づいても、気づかない振りをするべきだった
その現実に、その事実に、その本当に

人間の敵は、人間だったという不条理
人間の敵は、人間だったという、この苦しさ
遥か未来まで、変わることなく
忘れたふりをしても、ぴったりとそばに寄り添っている、その真実


■救済詩<VAGUENESS編>

寂しい景色


秋の終わり
枯れた背の高いすすきが
広い野原に生い茂っている
黄金色の穂がたなびいている

見上げれば、白い空は褪せているけれど
かといって何もない訳ではなくて
ところどころ凍えた息を吐いたような雲があって
冷たい冬がもう近いのを感じさせる

目の前の細い道は
風で揺れるすすきが邪魔で
この先どうなっているのかよく分からない
その上、大きく曲がっているようだ

寂しい景色
この野原には寂しさ以外に何もなくて
僕の心にも寂しさ以外に何もなくて
希望という言葉さえも
今ではもう何の意味も持っていない

輪廻と輪廻の間の細道をのろのろと
痩せた体を引きずって、歩みを進める二本の足
僕は大きくため息をついて
乾いた地面の上、そっと立ち止まった

避けられない宿命や逃れられない運命に
抗って、翻弄されて、戦って、苦悩して、沈黙して、また抗って、
そんなことばかり繰り返しながら
ほんのわずかな希望みたいなものを探してた

秋の終わり
もの悲しく、寂しい景色
枯れた背の高いすすきが
広い野原に生い茂っている
黄金色の穂がたなびいている


■救済詩<VAGUENESS編>

虹色の世界


希望を色にたとえるなら、何色になるだろう?
明日を色にたとえるなら、何色になるだろう?
そして、今を色にたとえるなら、何色になるだろう?

色彩のグラデーション
過ぎていく時の只中で、迷子になったまま
秋の空を見上げて

失ったものがあまりにも多すぎて
失くしたものがたくさんありすぎて
心の痛みさえも、だんだん感じなくなって

そう、苦悩を色にたとえるなら、何色になるだろう?
そう、過去を色にたとえるなら、何色になるだろう?
そして、今を色にたとえるなら、何色になるだろう?

悔恨の深淵の奥底で、僕が見てきた世界とは?
すれ違う人影に首を振りながら、僕が感じてきた世界とは?

感情のグラデーション
時の流れの無神経さに、溜息まじりのつばを吐き捨て
青い空を見上げてみた

失ったものがあまりにも多すぎて
失くしたものがたくさんありすぎて
心の痛みさえも、だんだん感じなくなって

すくいあげた現実はいつも幻に変化してしまう
すくいあげた真実はいつも虚構に変化してしまう
すくいあげた思いはいつも言い訳に変化してしまう

色彩のグラデーション
過ぎていく時の只中で、迷子になったまま
辿り着くことのない虹色の世界を思い描いてみた


■救済詩<VAGUENESS編>

走馬灯

太陽が草原を横切った
一本、一本の草をなでるように
光が僕の中を駆け抜けた
とても爽やかで、きらめいて
全てを失った僕に勇気を与えてくれた

戸惑いは果てしなく
迷いは永遠だけど……

斜めに伸びる急な坂道
目の前に広がる広大な草原
空高く流れていく雲
通りすぎた太陽が笑って
僕の気持ちも少し軽くなった

遥か下方に街が見える
色あせてちっぽけな存在だ
ここから眺めてみると、はっきりわかる
心の中で思い出が駆け巡った
もう少し生きてみたいと思った


■救済詩<VAGUENESS編>

聖なる……

観衆の罵声が耳にこだまする
ののしる声が広場に響きわたる
何の罪で囚われたのかも知りもせずに

皮膚一枚の憎しみ
薄皮一枚の嫉妬
畏れ、救い、孤独と

鋭い切っ先が背中に触れる
鎖に繋がれた体を引きずって
私はせかされるように歩いていく

熱く鼓動する精神は、何にもまして
迷いなく気高く高潔で
煮えたぎる憎悪は、何にもまして
浅はかで壊れやすくて

怒号が耳の奥でこだまする
押しつぶされた人々の顔がゆがんで
大きく口を開けた群集が真理に食らいついて

皮膚一枚の喜び
薄皮一枚の幸福
祈り、贖い、悔恨と

群集は、それぞれ顔は違うのに
なぜか同じ目をしていて
仕掛けた罠にかかる獲物を
嬉々として待っているような表情だ

鋭い切っ先が背中に触れる
鎖に繋がれた体を引きずって
私はせかされるように歩いていく


■救済詩<VAGUENESS編>



そんなに優しくしないでください
そんなふうに優しくしないでください
お願いです、お願いです
凶暴でこんな恐ろしい姿をした獣に
優しく微笑まないでください
慈悲の言葉をかけないでください

あなたは分かっていないんです
今まで私がどれほどひどいことをしてきたかを
どれほど、このからだを真っ赤な血で染めてきたかを
この鋭い牙で、獲物の肉を引き裂いてきたかを

分かって欲しいとは思いません
生きるためにはしかたがなかった
生きるためにはそうするよりなかった
たったそれだけのことです

用心深く獲物の背後に忍びより
次の瞬間、全速力で襲い掛かり
必死で逃げ惑う一番か弱い動物の喉に
飢えた牙を突き立てるしか術がないのです

あなたには想像できないでしょう?
薄暗い森を何日も歩き続ける憂鬱を
目が霞むほどの空腹で見上げる太陽を
凍るほど冷たい地面をさ迷い歩く孤独を
その姿を白く照らす月の光を……

優しいあなたの瞳に映る、牢獄のようなこの世界
彼方まで続いていく時のただ中で
私がここにいる意味なんてあるのでしょうか
天上の光届かない深い森の奥で
冷たい土に帰るこの身体に意味なんてあるのでしょうか
ああ、本当に……

でも、時々……私はこう思うときもあるのです
私はあなたよりも恵まれているのではないかと
それ以上に幸福なのではないかと
なぜなら、あなたが犯す罪を私は犯さないからです
いや、犯せないといったほうがいいでしょうか

私は野蛮で獰猛な獣だけど
からだを真っ赤な血で染めているけれど
なおこのからだは美しく、精神は厳かに光り輝いて
地上の生きとし生けるもの全てを受け入れて
慈悲深くそれを照らしているような気持ちがするのです


■救済詩<VAGUENESS編>

影の街

乾いたアスファルトに影が映る
ひとり、ふたり、さんにん、よにんと……
静かな街、交差点、横断歩道
僕はひとり誰もいない街を眺めている

午後の昼下がり
横断歩道の信号が青になった
晴れ渡った空は青く
心地よい風が吹いている

僕は歩き出す
誰もいない街の雑踏をかき分けて
無数の影だけがざわめく歩道をすり抜けて
そう、心の空白をかき消すように

どんと誰かが僕の肩にぶつかった
だけど目の前には誰もいない
足元の影が通り過ぎていくだけだ

姿の見えない人の波
そこにはかすかな溜息や諦めや悲鳴がこだまして
そこには夥しい嫉妬や罠や矛盾が溢れていて
そこには無慈悲や苦悩や沈黙が街を覆っていて……

午後の昼下がり
忙しそうに人影が思い々々の方向に歩いていく
僕は横断歩道の信号が青になるのを待っている
この信号が変わるのを、この現実から開放されるのを……

横断歩道の信号が青にかわった
僕は歩き出す
晴れ渡った空は青く
心地よい風が吹いている


■救済詩<VAGUENESS編>

地上にて

許されるなら
地上の罪の全てを
私の命とひきかえに

許されるなら
地上の幸福の全てを
私の命とひきかえに

流れ星……
本当にきれいだと思う

ああ、生きていれば罪を犯してしまう
薔薇の棘みたいな罪を……
そのあとには、点々と小さな赤い傷跡が残って……

僕は両手を広げる
何もない空に向かって、心の空に向かって

叶えられるなら
地上の罪の全てを
私の命とひきかえに

叶えられるなら
地上の幸福の全てを
私の命とひきかえに

父の言葉が天上から降りてくる
精霊の歌声が耳の奥でこだまする

僕は罪ではない罪を、犯しているのかもしれない
天使の許されていない罪を、悪魔の許されていない罪を
そんなことばかり、いつも考えてしまう

物思いにふける、夕暮れが近づいてくる
そう……やがて、太陽が燃え尽きる時がきても
あなたと私を同時に愛せないことは分かっているのに……


■救済詩<VAGUENESS編>

千年後……

遥か以前に夢見た理想郷は
もう瓦礫の下に埋もれてしてまって
電子の花が咲き乱れていた
あのきらびやかな摩天楼は
今では、おとぎ話にでてくるだけで

人間の栄光とは、英知とは?
話せば長くなるばかり
思えば悲しくなるばかり

太陽の日差しが高くなる頃
世界は希望に輝いて
叶わない夢はないと思っていた
そう思い込んでいた

そして……太陽も沈まないと思っていた
そう、あの時がくるまでは

それは音もなく静かにやってきて
みんなに終末をもたらした

かつて、ここには神をもしのぐ文明があって
夥しいほどに無数の人々が、生きて愛し合って
芸術やら音楽やら文学を楽しんでいた

砕け散ったガラスの破片
ひび割れた地面のアスファルト
朽ち果てた高層ビルの群れ

ひっそりと沈黙した都市に
ぼんやりと浮かぶ満月
誰もいない海岸に打ち寄せる波
点々と灯る命の残り火

かつて、世界は希望に輝いて
叶わない夢はないと思っていた
遥か永遠に続く物語だと信じていた
それがただの幻想であることも知らないで……


■救済詩<VAGUENESS編>

煉獄

目が覚めるような青空の下で
僕は目覚める
軽やかに羽ばたく蝶達に鼻をくすぐられて
芳しい花の香りに頬をなでられて

きれいな花が咲いた小高い丘で
僕は深呼吸をする
透きとおった空気が、からだの中を駆け巡る
夢の匂いが心にしみこんでいく

ああ、なんて気持ちがいいんだろう
そして、なんて美しいんだろう
この世界は……

深く沈んだ瞳に映る
水面のきらめき
淡い色の花びらがひとつ、ふたつと
静かに寄り添って揺れている

まとない別離
またとない再会……

無言の美しい風景
悲しい出来事を内にひめて
僕は目を閉じたまま
手のひらに太陽の光を感じた

深く沈んだ瞳に映る
この世界の向こう側
虹色の蜘蛛がひとあし、ふたあしと
巣にかかった獲物に近づいて

晴れていた空にどんよりした雲がかさなる
天上からふりそそぐ光が消えていく
精霊の歌声も、聖なる母の微笑みも、厳かな父の慈悲も
渦巻く灰色の雲に引き寄せられて、音もなくのみこまれていく

ああ、なんて憂鬱な気持ちだろう
そして、なんて悲しいんだろう
この世界は……

僕は軽いめまいを感じて目を閉じ
祈りの言葉を口にしてみた、そう、何度となく
遠のく意識を感じながら、無言でつぶやいた

屍がうず高く積まれた小高い丘で
僕は目覚める
その人たちはうつろな目を開いたまま
遥か遠くを見ているようだった

渦巻く雲が空を覆っていく
なにかが起きる予感
悲しい世界から生まれた魔物が黒い翼を広げ
ものほしそうに屍を狙っている

救いのない灰色の空の下
やがて、また晴れる空を思いながら
僕は天国と煉獄の間を
行ったり来たりしているだけなのかもしれない


■救済詩<VAGUENESS編>

What is life?

What is me?
What is you?
What is human?

What is horner?
What is courage?
What is growry?

What is thought?
What is mind?
What is sophia?

What is nation?
What is economy?
What is money?

What is power?
What is wealth?
What is peace?

What is urge?
What is anxiety?
What is happiness?

What is family?
What is child?
What is lover?

What is myself?
What is yourself?
What is existence?

What is world?
What is cosmo?
What is univerce?

What is life?
What is my life?
What is this life?


■救済詩<VAGUENESS編>

時の門番

高くそびえ立つ巨大な門に
午後の太陽が影をつくりはじめると
時の門番が、大きなあくびをした

浮かない顔をした僕は
退屈そうな門番を横目で見ながら
心の底で憂鬱な気持ちを感じていた
再びここに来てしまった自分を恥じた

風もない、音もない、真空地帯のようなこの場所
僕はここで生まれて、ここを旅立って
あてもなく世界を彷徨って
こうして、またここに帰ってきただけだった

門番は時々鼻歌を歌い、ご機嫌の様子で
僕を道化師まがいの面白い見世物とでも思っているのか
度々僕に話しかけてきた

どうだい、外の様子は? 相変わらずかい?
人生は楽しかったかい?

とたんに僕は答えに詰まった
そして何も言えなくなってしまった

黙っていちゃ、分からねえやな!
まあ、その顔をみる限り、あんまりいい事はなかったみてえだな、はっはっ!
門番は声高に笑うと、興味深そうに僕の顔を眺めた

――人生は楽しかったかい……
僕はその言葉を口にしてみた、と同時に体中から記憶が溢れ出してきた
次から、次へと、とめどなく、あてもなく、大きなうねりとなって……

さあ時間だ、そろそろ門を閉めるが、お前はどうする?
まだ、しばらくここに残るか、それとも門の中にはいるか
さっさと決めてくれ!

僕はここに残る理由もあまりなかったので、門をくぐることを決めた
痩せた体を引きずって、のろのろと一歩々々進んでいく
すると、意外にも心が軽くなっていくのが分かった
素足で感じる砂の感触が気持ちいい

巨大な門が目の前に迫る、口うるさい門番はもういなかった
そして、中に入ったとたん、僕は光の粒になって消えてしまった


■救済詩<VAGUENESS編>

芸術において

ある芸術家が、

「芸術においては、

最上のものも、
最低のものも、

美しいものも、
きたないものも、

富めるものも、
貧しいものも、

幸福なものも、
不幸せなものも、

すべてが素材である」と、

神々の前で説いていた


■救済詩<VAGUENESS編>

Life in mirror

静謐な空間に
僕はひとり椅子に座っている

窓の向こう側は寒そうな曇り空で
つんと冷えた空気が街をおおっている

赤く燃えるストーブに、凍えた手をかざす
血の気のない冷たい肌が、飢えたようにその熱にしがみついて
ストーブの熱を奪っていく

窓の外が明るくなった
曇っていた空から、太陽の光がさしてきたからだ
僕はなんだか気分がよくなって、窓をあけてみた
つんと冷えた空気が鼻から入ってきた

今、今日、昨日、明日、同じようだけど、
少しづつ、だけど確実にかわっていく毎日

失ったもの、そのかわりに得たもの、
劇的に、微細に、だけどかわらない自分もいる

物音もしない室内で
僕によく似た鏡の向こうの男は、そう伝えたいようだった
そして僕は無表情に、鏡の男の話に耳を傾けていた

寒くて凍えそうな風景
つんと冷えた空気が体を締めつける
大きな窓に白い空が映っている


■救済詩<VAGUENESS編>

夢の匂い

夢見た夢は、はるか遠くなって
愛した愛は、濃い霧につつまれて
生きてきた生は、まだ道に迷って

夢見た夢の匂い
愛した愛の手ざわり
生きてきた生の足跡

春、甘い花びらの匂い
夏、輝く太陽の匂い
秋、孤独な街路樹の匂い
冬、凍てつく白い空気の匂い

夢見た夢は、夢見たままで
愛した愛は、なつかしく響き
生きてきた生は、まだ道の途中で

なにひとつ……
そう、なにひとつ……


■救済詩<VAGUENESS編>

ある日の僕と刹那と永遠

ある日の午後、僕は刹那と永遠と野道を歩いていた
眩い太陽が心地よく、小鳥のさえずりが春の訪れを告げて
青く澄みきった空を舞っていた

そんなとき、刹那が退屈そうに呟いた
「僕は永遠なんだ、なぜなら僕の連続が永遠だからさ」と

すると永遠がほのかに微笑して、
「まったくその通り、僕らは一卵性双生児みたいなものだからね」と、
くすっと、うなずいた

あの日の刹那と永遠のたわいない会話に、
僕は救われたのと同時に身震いをしたのを、今でも覚えている


■救済詩<VAGUENESS編>

秘密の花園

夢、夢、夢と死がつぶやいて
幻、幻、幻と生が囁いた

夢、夢、夢と君がつぶやいて
幻、幻、幻と僕は囁いた

穏やかな森の奥深く
そこに僕らの故郷はひっそりと佇んでいる
誰もやってこない、隔離された秘密の花園

すずめ、小鳥、窓、そこから見える風景
そよ風、土の匂い、緑の香り、匂い
ああ、美しい僕らの楽園

春、おとぎ話のつづき、深い森
繭、みなし子、ゆがんでもなお美しく気高い
残酷で優しい天使

天国、地獄
そう、僕らはとても無力な平和主義者
古い木製のベンチに腰掛けて、いつも笑いあっている

命、生命、愛
いずれ、あの人達は僕らを殺しにやってくるだろう
無表情な薄笑いを浮かべて……
だけど、僕らはそれを愛をもって受け入れて、
この命を惜しまず与えるつもりだよ

夢、夢、夢と生がつぶやいて
幻、幻、幻と死が囁いた

夢、夢、夢と僕がつぶやいて
幻、幻、幻と君は囁いた


■救済詩<VAGUENESS編>

霧にまぎれて

生暖かい空気に息をつまらせ
真夜中の霧雨にうたれていた

ここは……
記憶の奥底で何かが囁く
歌声のような、溜息のような、悲しい叫びのような……

澄んだ水晶の瞳に、満月の光がこぼれる
そこに映るのは妖艶ないきもの
水晶の湖に、古来から住んでいる聖なる紋章

湿った肌が体の熱を奪っていく
もう、ずいぶん彼方まで来てしまったような気がする
きりのない人生と、きりのない刹那に
あてもなく心踊らされている間に

夢の先に見える夢に恋焦がれていた
そうだ、それだけのことだった

瑠璃色の手鏡に、細い蝋燭の炎がゆれる
つかの間の永遠がしたたり落ちていく

森の奥から声が聞こえる
霧にまぎれてさまよう霊が、そっと寄り添って
堕ちていくのは悲劇か喜劇かと、僕に尋ねた……

僕は答えにつまって、手鏡を握り締めた
細い指に絡みつくうたかたの美貌が
にやっと笑っているような気がして
ぞっとして後ろを振り向いた


■救済詩<VAGUENESS編>

神と表象

私達の神を信仰しなくなれば
私達の神は消滅するのでしょうか
それとも、認識されなくなるだけなのでしょうか

私達の神を信仰しているのは
私達だけなのでしょうか
それとも、全ての理性に信仰されているのでしょうか

あなたは姿を変え、形を変え
私達の前に現れては消えていきました
誓い、契約、犠牲を残して……

――わたしは人間だけに作用するのではない、それは自然物全てに等しく作用する――
あなたは確か、そんな事も言っていました
ずいぶん遠くから聞こえてきた声でしたが……

あなたはなにも言わず、ただ見ています
つりあいのとれない善と快楽の天秤を
不安定に揺られ揺られて、必死で日々を生きる私達を
あいまいな救済の手がかりを、死に物狂いで探し続ける私達を

ただ私達は、ぼんやりと分かっているのです
私達の信仰する神は、あなたの残り火にすぎず
私達が誓いをたてる神も、あなたの残像にすぎず
私達が祈りを奉げる神も、あなたの表象にすぎないことを!


■救済詩<VAGUENESS編>

そのわけは、

生きている
そのわけは、

わからない
そのわけは、

死んでいく
そのわけは、

わかる
そのわけは、

苦悩する
そのわけは、

祈る
そのわけは、

許しがある
そのわけは、

天を見上げた
そのわけは、

奇跡がある
そのわけは、

歩いていく
そのわけは、

迷いがある
そのわけは、

私がいる
そのわけは、


■救済詩<VAGUENESS編>

確かにいた場所

ぼんやりと思い出す、あの部屋の光景
誰かの部屋なのか、僕の部屋なのかわからない
そこにはベッドが、確か上下に二つ、壁から伸びていた

人のいた気配は身近に感じられた
だけど今は誰もいない無機質で殺風景な部屋だった
乾燥機の音が低く鳴っていた

部屋の奥には窓があって、明るい陽射しが差し込んでいた
頑丈そうな洗濯機とステンレス製の台所が、
ベッドの向かいに備え付けてあった

僕はしばらく誰かが来るのを待っていた
けれど誰も来る様子がなかったので、
やわらかな陽射しが満ちていた部屋を、僕は後にした

道路沿いにひっそりと建っている白いアパート
僕はその一部屋に住んでいた
アパートはガラス張りで、外からは丸見えだった
建物のまわりは笹の木がたくさん生えていて、
アパートを覆い隠すほどだった

僕はアパートの前で男達と話していた
3人くらいいたようだった
何を話していたのか思い出せないけれど、
男達の口数は少なく、その表情は硬かった

そのうち夕闇が辺りを夜のほうに引き寄せてくると、
アパートにひとつ、ふたつと灯りがつき始めた
すぐ横では、あいかわらず車が行ったり来たりしていた

オレンジ色に光る街灯の下を僕は歩いていく
その影はみんな灰色になる
目の前に古びたホテルが見えた
記憶の底で一度行ったことのあるホテルだった


■救済詩<VAGUENESS編>

感情の天秤

天秤が揺れている
右に、左に浮いたり、沈んだりして……
天秤にかけられているのは
感情のない水銀でできた心臓と、
理性の鎖に繋がれた不安定な感情だ

漆黒の闇に浮かんで光る
華麗に装飾された銀色の天秤
そこに刻まれているのは、
天上を夢見るキクロプスと、
堕落に焦がれる無邪気な人間の姿

白く長い指で弧をえがく
背の高い窓から青い霧が迷いこんで
うたた寝をしていた黒い獣をしめらせる
感情のない水銀でできた心臓から
一滴、二滴と雫が垂れ落ちる

不均衡な感情の天秤は
そっと触れただけでも、
そのバランスを崩してしまう
カチッと小さな音を残して……
くだけた感情の破片さえも、
粉々に壊してしまうほどに……

僕は青い霧を深く吸い込んだ
その霧はからだの奥でとけて
暗闇にかわり産声をあげ
鬱蒼とした深い森の木々の彼方へ
悲しい叫び声をあげた

天秤が揺れている
右に、左に浮いたり、沈んだりして……
乾いた唇で少し微笑んだ僕は、
今、その動きをじっと見ている


■救済詩<VAGUENESS編>

白い部屋

明るい室内
広い部屋
白い壁と
白い天井と
白い床に落ちる影

黒い雨
額に落ちる真っ黒な雨
焼けた皮膚のような
焦げた肉のような
燃えつきた命のような

溶けていく手
溶けていく体
溶けていく心

赤い波
首もとまでせまる赤い波
傷口から流れだした血のような
口から吐いた嘔吐のような
閉じた目からこぼれた涙のような

沈んでいく手
沈んでいく体
沈んでいく心

明るい室内
広い部屋
白い壁と
白い天井と
反射する白い光と黒い影


■救済詩<VAGUENESS編>

写真

母の撮った写真を時々見ることがある

夕焼け空
青空
それと、山と花と木々

そのとき母は何を思っていたのだろう

晴れた日
曇りの日
雨の日

母はその景色をどんな思いで見ていたのだろう

青空からこぼれる日の光
それに照らされる山と花と木々
澄みきった空気の香り


■救済詩<VAGUENESS編>

儚月の夜に


冬の夜に浮かぶ月が
ぼんやりその姿を浮かべて
山吹色に光って滲む

濃い墨を流した夜の空は
うねる暗闇が静かな声をもらし
辺り一面に満ちて広がり

炎、松明、灯、蝋燭、吐息、白い蛇
頬をなでる柔らかくなまめかしい風
見上げれば鵺が輝く翼をはためかせ

この世のもの
あの世のもの
そっとまぶたを閉じて
夜の息を吸い込んで

手のひらに死にかけた蝶
その羽は万華鏡からのぞく宝石箱の輝き
夜空に散りばめた星の瞬き

この世では美しすぎたいきもの
あの世でまた命を授かるいきもの
儚月の夜に物思いに沈む

輪廻の花、転生の蜜
手のひらの蝶は
そっと羽を閉じて
僕を残して死んでいった


■救済詩<VAGUENESS編>

天界


ああ、天を見上げれば
この心も少しは明るくなりそうだ
夜道を歩く僕の足は、
少しだけ軽い

長い間考えていた事
答えも見つからないまま
もうすっかり大人になってしまって

一日が過ぎて
一ヶ月が過ぎて
いくつもの季節が過ぎて
思い出すことが多くなって……

星の瞬き
蒼い夜に浮かぶ月のまどろみに
寄り添う寂しい魂
遠くで光る雷鳴とあたたかい雨

てのひらに幻の蝶が
そっと舞い降りる
指先で燃える命の炎が
頼りなげな影をゆらす

死の底から見える
楽園みたいな天界は、
夢のまた夢
幻と影のおとぎ話

ああ、ここからでもそれを眺めれば
この心も少しはやさしくなれそうだ
夜道を歩く僕の足は、
少しだけ軽い


■救済詩<VAGUENESS編>

感じてきたこと、そして思い


孤独と自由
感じてきたこと
北風に吹かれて
消えた思い

忘れていたこと
寒さに凍え
暖炉の前で
眠りにおちる

聞いていた音楽が
沈黙の炎をあげて
さまよい歩く魂に
愛撫と口づけを

この世界では、
ああ、生きてはいけないのか……

時が消えてみれば
何かがかわると
あなたが言っていたような
気持ちがした

「もうお別れですね、ごきげんよう、さようなら」
そんな気持ち、あとは、
「私の命は、あってないような、そんなもの……」
そんな気持ちにもなってます

必然と運命
感じてきたこと
南風に吹かれて
生まれた思い

思いだしたこと
日の光に喜び
草原に立ち
うぶ声をあげる


■救済詩<VAGUENESS編>

天使の子供


僕は天使の子供
なぜって?
簡単なことさ!
だってあなたの子供なんだから
ちゃんと胸をはって生きていけるよ!


■救済詩<VAGUENESS編>




僕は困った嘘つきだけど、
馬鹿正直なところもいっぱいさ
でも、そんな矛盾はみんな当たり前か

嘘と本当
その深淵には苦しくてやりきれない気持ちが
裸の心に向かって咆哮してるんだ

鏡の向こう側
鏡のこちら側
嘘の世界と本当の世界
僕が迷い込んでいる世界はどっちなんだろう?

僕は不完全であることにおいて、全く完全である
ただ、不完全であることにおいて……

僕は真実が好きだ
嘘はきらいだ
なんて言ってみたくなる時がある

僕は困った正直者だけど、
嘘つきなところもいっぱいさ
でも、みんなそんな感じなのかな

見慣れた街と見慣れた人たち
嘘の顔と本当の顔
向こう側の世界で会ったら
みんなどんな顔なんだろう


■救済詩<VAGUENESS編>

大切なもの


大きな波が
彼方から押し寄せてきて
大切なものを
みんな持っていってしまった

お母さんも
お父さんも

お兄ちゃんも
お姉ちゃんも

妹も
弟も

おじいちゃんも
おばあちゃんも

仲良しの友達も
大嫌いな同級生も

優しい先生も
憎たらしい先生も

さわぎあってた教室も
みんながいた学校も

みんな持っていってしまった


■救済詩<VAGUENESS編>

逢魔時に


黄泉の国で
もう一度会いましょう

睡蓮がうたうたと
浮かんでいる湖のほとりで
ほたるが宵闇を彩り
鵺がにび色の夕山をかけていく
たそがれ時に

死んでいくのは必然か
それとも偶然か

あなたがこたえてくれるわけもなく
ぼくがこたえられるわけもなく……

さしだした手のひら
もうずいぶん長いあいだ
冷たくなっています

生まれてきたのは偶然で
生きてきたのは必然で

ほたるがぽうっ、ぽうっと
消えたりあらわれたり舞う空は
華やかな花火のようで
穏やかな水面を
静かに照らしていきます

ほのかな匂い
睡蓮のはなびら風に揺られ
そらに散りゆき
花ひらく黄泉の国


■救済詩<VAGUENESS編>

聖なる傷跡


まだ癒えていないような
深い傷が痛む

真っ赤な血はでないけれど
ずきずきと脈打つ
鋭い痛み

幻じゃない?
思い込みじゃない?

冷たい肌を切る
深い傷の痛み

それが、
手のひらにひとつ
足首にひとつ
脇腹にひとつと、あらわれてくる

幻なのか?
思い込みなのか?
この傷が見えるのは……

もう消えてしまったと思っていたのに
もうなくなったと、思っていたはずなのに……


■救済詩<VAGUENESS編>

その永遠に!


奈落の底の奥の奥
もがき苦しむ魂の群れすれすれに
光の翼で舞い踊る

俺は羽ばたく
火炎が噴き出る奈落の底を
メシアが見捨てたこの俺が
ここではみんなの人気者

天を覆うグロテスクな暗黒の空
凄まじい雷鳴が辺りかまわず鳴り響く
悲劇の残骸が大きな目であたりを見回し
理性の破片が大地に棘を突き立てる

するとさっきまで悲しい顔をしていた亡者どもが
声を張りあげて歌いだしたのさ!
泣きそうな笑顔を歪ませて
大声をだして歌いだしたのさ!

その歌声は薄気味悪いほどしわがれていたけれど
天使の歌より情熱的できれいで美しかった

ああ、雷鳴が鳴り響く
土砂降りの雨が亡者どもの顔に降りそそぐ
凄まじい嵐が枯れた大地吹き抜ける

するとにわかに空に一点の光がこぼれだし
みるみるうちに暗黒の空が明るくなって
小鳥のさえずりさえ聞こえてきそうな
光り輝く穏やかな空にかわっていくじゃないか!

あれほど荒れ狂っていた嵐も
すっかり息をひそめ、おとなしくなったよう
まぶしい天界の光が暗く湿った大地を照らす
天上から天使の羽がひらひらと落ちてくる

それが合図だったのか
今度は空の上から、この上もない綺麗な音色
そして天使の歌声が響きだした

その歌声に聞き入っていた亡者どもは
思い出したように、またしわがれた声で歌いだす
言葉にならない言葉をだして
声にならない声をだして

それは純粋な天界と奈落の底の共演だ
天国と地獄が愛しあう瞬間だ
天使と悪魔が愛し合う刹那だ

こんなに素晴らしい景色はないだろう!
これは奇跡以上の奇跡で
神でさえ思い描けなったことで
神でさえ成しえなかったことがここにある

それがすぐに引き裂かれる運命だとしても
この瞬間は永遠に続くのだ!
永遠に!
その永遠に!


■救済詩<VAGUENESS編>

春の朝に


さくらの花びら
いつもの病室
母の横顔がみえる

春の日差し
うららかな朝
母がベッドで寝ている

温かい母の手
僕はそっと手を握って
また話しかける

叶いそうもない夢のことや
夢みたいな夢のことを
僕の誕生日の次の日に
母は静かに息をひきとった


■救済詩<VAGUENESS編>

Silence in Stillness


夢、幻、沈黙と静寂
夜の底に溶けてゆく月の破片に
青白く光る涙がきらめいて

その目からあふれでてくるのは
狂気、芸術、苦悩と愛
理性、欲望、罪と悲しみ

その口からもれてくるのは
堕落、退廃、美と幻想
許し、贖い、死と救い

わたしは天を仰ぎみている
刹那と永遠が混ざりあい
破壊と創造が抱きあう空に向かって
そう、仰ぎみている

妖しく光る月光より
艶やかで美しかった顔も身体も
いつのまにか消えうせて

すりきれた心だけが
まるで死んだ小鳥の亡骸のように
手のひらに残った

夢、幻、沈黙と静寂
ただそれだけが欲しかった
それだけを求めていた

わたしは手をのばす
無限と極限が溶けあい
輪廻と転生が貪りあう空に向かって
そう、手をのばしている


■救済詩<VAGUENESS編>

幻影と……


散りゆくリラの花びらに
すけてみえる
孤独の影、夕暮れの景色

耳をなでるあたたかな風
幻詩の歌に耳をすませば
赤い雲ににじむ囁き声

幻と夢と
刹那と幻想の迷宮に
また夜が訪れて

こうしてもうずっと
自分によく似た幻影と
ここで暮らしている

ざわめく肌
背徳と退廃の迷路に
迷い込んだまま

静かな思いに
恋こがれて


■救済詩<VAGUENESS編>

悲しくはないよ


悲しくはないよ
あのひとと同じ夕焼けを見てるから
おなじ夕日をあびているから

悲しくはないよ
あのひとと同じ小鳥のさえずりを聞いているから
おなじ空を感じているから

もうあのひとは
ここにはいないけれど
そんなだから、僕は寂しくなんかないよ


■救済詩<VAGUENESS編>

芸術と神の前で


麦畑の地平線から
夥しい黒い鳥が
真昼の空を埋めつくす

僕が描きたいのは
目の前の景色ではなく
ましてや精神の内側の心象風景でもない
新しい芸術なんだ

僕はなにか大きな力に、つき動かされている
その力は確かで疑いようがない

それが神の意志なのか
僕自身の宿命なのか
はっきりとは区別できないが


■救済詩<VAGUENESS編>

DECADENCE


夢の夢
そのまた夢の夢
さかしまの宴

盛装の犬男爵が笑う
三本足の伯爵夫人が華麗なドレスをひるがえす

その汚れた
その汚れ無き精神

その祈り
その贖い
その沈黙
その静寂

人工の夢
その光、その暗闇
その無垢な精神

盛装の犬男爵が踊る
三本足の伯爵夫人が華麗なドレスをひるがえす

煉獄の天使が吹き鳴らす笛の音
月光に浮かぶ古城に響き、響きわたれば
明日のことなど溶けてしまいそう

今夜の生贄はとびきり綺麗な生きもの
震える肌青ざめた顔が欲望を誘い、駆りたて
とてもとても狂おしい

髪を振り乱し犬男爵は牙を剥く
伯爵夫人のドレスに飛び散る叫び声
笑いあう二人の揺れる影

さかしまの夢
そこに陰る刹那と退廃
そこに宿る神と孤独


■救済詩<VAGUENESS編>

この世界


夢も希望もなくなることはない
この世界

不安も絶望もなくなることはない
この世界

生も死もなくなることはない
この世界

神も救いもなくなることはない
この世界

君の
僕の
この世界



■救済詩<VAGUENESS編>

なんにもないところへ


目的もない
求めるものもない
時間もない
空間もない
飲むものもない
食べるものもない
希望もない
絶望もない
明日もない
今日もない
救いもない
苦悩もない
神もない
宇宙もない
人間もない

そんなところへ、僕は行きたい


■救済詩<VAGUENESS編>

革命前夜


澄みきった夜
瞬く星
揺れる松明の炎

いそがしく行き交う人々の群れ
あるものは声高に明日を叫び
あるものは希望の詩を歌う

みんなの顔は希望に輝いて
瞳は遥か未来を見つめてる

もう誰もかれも
神の祝福さえも
忘れている感じだ

新しい未来図
誰もが夢見る世界

ここから始まるのか
これで終わりかなんて
考える必要なんてない

素晴らしい明日は
それを望むものにしか
訪れては来ないんだから

みんなの笑い声
みんなの歌
みんなの明日


■救済詩<VAGUENESS編>

知恵の実


知恵の実をひとつ
愛欲の溺れる

知恵の実をひとつ
欲望の燃えあがる

知恵の実をひとつ
刹那に身をゆだねる

知恵の実をひとつ
怒りの心震える

知恵の実をひとつ
嫉妬の湧きおこる

知恵の実をひとつ
背徳に恋焦がれる

知恵の実をひとつ
おごりに戯れる

知恵の実をひとつ
もうひとつ


■救済詩<VAGUENESS編>

Music of past and future


波のうたごえ
風のさえずり
砂のささやき

遥か昔から
遠い未来でも
かわらずに響く音楽

僕は耳をすます
ふれあう旋律に
かさなりあう音色に

波はうたい
風はさえずり
砂はささやく

僕は耳をかたむける
遠い未来へ旅立つために
遥か昔へ帰るために


■救済詩<VAGUENESS編>

世界の片隅で


飢えた鬼がうろつく
荒涼とした大地で
逃げまどう人の群れ

僕はそんなところで
ふと目を覚ました

紅色の雲が渦巻く憂鬱な空
赤茶けた乾いた大地
肌をなでる生あたたかい風

僕が目を覚ましたのは
そんなところだった

泣き叫ぶ悲鳴
牙を剥く咆哮
人が人であることを忘れた世界

やっぱりな……
僕は苦笑いをして
ぐるりと周りの景色を眺めた

血と肉の焦げる匂い
飢えた鬼は狩りに夢中で
獲物の群れは逃げ惑うばかりで

紅色の雲が渦巻く憂鬱な空
赤い太陽が沈んでいく
低い地鳴りの音とともに

やがて
月の光が白く輝く夜の空
水鏡に映る我が身の姿
こぼれ落ちる涙の軌跡

ああ、そうしていつのまにか
僕も人であったことをすっかり忘れて
飢えた鬼に追いかけられるのだろうか
この殺風景な世界の片隅で……


■救済詩<VAGUENESS編>

青い月


夜が堕ちてくる
この胸に堕ちてくる

孤独で寂しい心に堕ちてくる
沈黙した悲しい心に満ちてくる

湖のほとり
青い月の夜の底

魔女の言葉が耳に響く
――ここから出ていくのかい?
――まだここにいるのかい?

青白い月の光
咲き乱れる銀の花

――ここから出ていくのかい?
――まだここにいるのかい?
魔女の声が木霊する

青い月の夜の底
揺れ動く銀の花
僕は思いを巡らせる

ここではないところへ
ここではないどこかへ
行けることができたなら……

僕は声もなく
そう言った
そう叫びながら
夜の底へ堕ちていった


■救済詩<VAGUENESS編>

僕がいなくなっても


僕がいなくなっても
この世界はなくならないし

君がいなくなっても
この世界は終わらないし

他の誰かがいなくなっても
この世界はあり続ける

だけど、
僕がいなくなったら
この世界は少し変わるし

君がいなくなっても
この世界は少し変わるし

他の誰かがいなくなっても
この世界は少し変わるだろう

みんなこの世界を少し変えて
いなくなっていくだけ
ただそれだけのことなんだ


■救済詩<VAGUENESS編>

刹那と永遠の狭間で


芸術と神と愛と
それ以外に何が欲しい?

悲しみと憎しみと孤独と
それ以外に何を捨てたい?

慈悲と救いと家族と
それ以外に何を得たい?

刹那と永遠の狭間で、
僕は何度もそんな言葉を繰り返していた


■救済詩<VAGUENESS編>

あの空の向こう


ねえ、おかあさん
あの空の向こうには
なにがあるんだろう

あの夕日の向こうには
まだ明日があるんだろうか

ねえ、おかあさん
あの空の向こうを見てごらんよ
なにかあるような感じがするだろう?

あの夕日の向こうには
きっと、まだ希望があるんだよ

ああ、おかあさん
あの空の向こうには
なぜか素晴らしい明日があるような
気持ちがするんだ

あの夕日が沈むところには
光り輝く未来があるような
そんな気持ちがするんだよ

もうすぐ夜がやってくるというのに
夜になっていくというのに


■救済詩<VAGUENESS編>

真面目な悪魔と薄情な天使


ある晴れた日の午後、浮かない顔をした悪魔が、翼をはためかせ陽気に歌う天使に出会った。

悪魔「君は楽天家だね。どうしたら、そんなふうになれるのかな?」
天使「あはは、それは君が真面目すぎるからだよ」

悪魔「だって、この世の中を見てごらんよ、気が滅入ることばかりじゃないか」
天使「だから君は真面目すぎるんだよ。いいじゃないか、そんなこと放っておけば。それが一番さ」

悪魔「僕は君が羨ましいよ。ここでは薄情な君が愛の使者とか、神の使いとか言われてるんだから」
天使「それは、ここにいる人間が勝手に思っているだけさ。僕達天使は、誰に対しても、神や創造主に対しても自由な存在なんだから」

悪魔「そんなものかなあ、いったい君は誰かのために悩んだことあるのかい?」
天使「悩む? 誰のために? 何のために?」

悪魔「ああ、君と話してるとなんだか悲しくなるな」
天使「僕のほうこそ、君と話してるとなんだか情けなくなるよ。君は人間に同情しすぎるのさ。知っているだろう、人間の狡猾さ野蛮さ残酷さに、神でさえも呆れ果てていることを!」

悪魔「知ってるさ、そんなことくらい。だけどね、人間には愛や知恵や勇気もあるんだよ」
天使「そんなの僕の言ったことに比べれば、ないのと一緒さ!」

悪魔「君は天使の姿をしてるけど、実際、悪魔だよ。僕のほうがよほど天使にふさわしい」
天使「たぶん、そうだろうね。運命の皮肉というやつさ」

悪魔「それじゃ、僕はもういくよ。手に入れた魂をサタン様に届けにいかなくちゃだから」
天使「じゃあ、僕は退屈しのぎに愛の矢でも放ってこようかな」

悪魔「それじゃ、さよなら、薄情な天使さん」
天使「それじゃ、さよなら、真面目な悪魔さん」

浮かない顔の悪魔と陽気な天使は、またそれぞれ思い々々の方向に翼を広げて飛び去っていった。


■救済詩<VAGUENESS編>

初夏、パラソルをさした君と


光輝く空
鮮やかな緑
初夏の草原

色彩と印象
その影に踊るコバルト

パラソルをさした君
揺れる緑の草原に
微笑んで立って

ああ、芸術と幸福はいつも
仲がとても悪いのに
ここではまるで親友みたいに
とても仲がいいようだ

君が微笑んでいる
色彩と印象
この風景に物憂い影はない

穏やかな初夏の草原
明るい日差しが絵筆を走らせる


■救済詩<VAGUENESS編>

神について


なぜ私は、あなたの似姿を求めるのでしょう
なぜあなたの言葉を求めるのでしょう

そう、あなたは、
夜になると、創造主へ
夜が明けると、キリストへ
太陽が昇ると、預言者へ
夕暮れが訪れると、仏陀へ
その姿を自在に変えていきます

眩い光
あなたは『すべて』
厳かな永遠の沈黙

優しい静寂
あなたは『ひとつ』
暗闇に浮かぶ月明り


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