1993年『ゲド戦記』シリーズ4巻、『帰還』が出版された時、『ゲド戦記』1〜3巻を読んできた読者に大きな波紋を投げかけました。
1〜3巻で充分にファンタジーの中でも至高の作品として多くの読者を魅了してきたのに、まだ何を書こうというのだろう、と期待と不安が交錯していました。
老いたゲドは魔法の力を失っています。第2巻で登場したテナーは1人の女性として、また、男たちに心も体も傷つけられ、
テナーの養女となる少女テハヌーという新たな登場人物を得て、物語は個から類へ、現在から始源へ、人間の世界を超えて、
アースシーという世界へと広がります。『帰還』のサブタイトルは「ゲド戦記 最後の書」でしたが、これでは終わらないと予感させるものが残りました。
そして、本当の完結編『アースシーの風 ゲド戦記X』が出ました。第4巻でもすでに提起されている「フェミニズム」「知の相対化」(第4巻の解説より)に加えて、
「異文化の理解」(第5巻の解説より)等、今、私たちが突きつけられている問題が示されています。
3月23日付の朝日新聞読書欄に、川上弘美さんの書評が出ていました。『「役立たず」の何か、が世界を救う』。
魔法の力を失って「役立たず」となったゲドの変化を焦点に、読み応えのある文です。
第5巻の原題は「THE OTHER WIND」(もう一つの風)です。今、この時に私たちに求められているのは、
もう一つの風をおこし、それにのることかもしれません。
最後に一言。第5巻解説にも触れられているように、第4巻と第5巻の間に『外伝』と言える本があり、追って訳されるそうですが、その中の一編だけが
『伝説は永遠に』(ハヤカワ文庫、860円)に収録されています。
第5巻の主要登場人物の1人、アイリアンの「わたし、ここに住んでいたのよ、トンボだったとき。」というセリフに、
「おや?」と思った方だけお読みになってはいかがでしょう。清水真砂子さんの訳ではないので多少違和感がありますが。
アーシュラ・K・ル=グウィン作 清水真砂子訳 『アースシーの風 ゲド戦記X』(1,800円)
T・U巻(各1,600円)V巻(1,700円)W巻(1,800円) *全巻揃えてます。