徒然
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2004/04/05 歩みを止めるもの
相談を受けるほうか、するほうかといわれれば
…どっちだろう?(悩)
どっちも、よくある気がする。
ここ最近は、されるほうが多いかな。
いや、するほうもかなり多いな(笑)
で、ちょっと思った。
相談されて自分の口から出る言葉は、もしかしたら自分が言われたいんじゃないかと。
いや、相手の話を聞いてないってわけではなく、人の悩みなは、シンプルに考えてもいいんじゃないかという原点回帰で。
原因、結果。
過去、現在、未来。
自分の中、外。
解決できるもの、できないもの。
つまり、これだけ
この組み合わせでしかない。
冷静に考えれば、過去、結果、自分の外、解決できないもの。それは、悩んだり悲しんだりするだけ無駄ともいえる。だって、何も変わらないのだから。
それと同じで、未来、結果、自分の外、解決できないもの。それは悩むだけもっと不毛だともいえる。
そして、これは当たり前だけれども、未来は誰にもわからない。だから、”結果”に分類していることが既に間違いだとも言える。
でも、よく人はそこに分類し、勝手に絶望したりもする。
自分の軸の外にあることであるなら、自分の中で折り合いをつけなければならない。
捨てるか、置くか、任せるか、埋めるか、持ち続けるか。
終わりのないマラソンは辛い。何故なら、多くの人にとってマラソン自体が辛く、そしていつ終わるかわからないからだ。
それと同じ、どうしようもないとわかっているから、持ち続けることにもなる。そして、いつ終わるかわからないのだ。
だから、ここで逆算をする。今の悲しみは、今の悩みは、いつまで自分の心を占めているのか。過去の自分と照らし合わせてもいい、他の人の話を参考にしてもいい。
逆算すると、それほど長くないことを、知ることが出来る。いわゆる”慣れ”が存在することも知る。勿論、その過程で問題解決それ自体の見通しがつくなら、それこそ万々歳だ。
そうすると、”解決できない”の部分にも疑問符が付くこともある。
そして、踏み出す時間ための時間を今、浪費していることにも気がつける。
そうすれば、受け入れられる時に到達できる。
少なくとも、頭では、そうなる。
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