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徒然



2003/10/05  仲間




小さい頃、弱かった自分。
そんな自分が、疎ましかった。

そんな自分も、例外などなく年を重ね、
次第に、疎ましく思う事は減っていった。

スポーツに出会い、それはさらに遠くなった。
また、年をとる事により訪れるものと、
手を取り合い、それはさらに遠ざかっていった。
周囲よりも遠くなったとさえ言えるかもしれない。

慢心が、それを身近なものとし、
細心が、それを遠くに追いやり、
無理、精進、過信、注意、
いろいろなものが、その距離感を教えてくれた。

何もせずにいれば、見えないようでいて
それはゆっくりと近づいている。


もちろん、すればよいとされていてることでも、
タイミングを誤れば、逆効果になることも、
あせらず、じっくりと待つ大切さも、
それらは、丁寧に教えてくれていた。


それほど劇的な変化が訪れなくなった頃、
与えられた距離を知り、
次に訪れたのは、「密度」。
そうすると、意識的に浮かんでくるのが「対話」

はじめは、漠然としたもの、
「疲れた」「元気」「無理」「大丈夫」
次第に言葉は長くなっていった。
おそらく、究極は魂と細胞の対話。

おっと、また知識偏重に、
せっかくの道が、見えなくなるところだった。


ただ、目標としての存在する確たるゴール、
それは、なるべく早く意識以上の認識へ
そうすれば、知っているだけの知識は、
強大な敵ではなく、心強い友になる。

一生のつきあいであり、
時として、裏切られたと『感じる』
そんなことも、あるかもしれない。

考えてみれば、

究極的に、運命共同体、共存共栄でしかない
そうでしか、ありえない。

裏切りに見えても、実はサイン、それを見逃せば
こんどは『感じられる』のかもしれない。



ともに生きよう、これからもよろしく。