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『PRUNABLE WORLDS』
第一章「少年、幻想を嫌悪する」


《6》

 そこは薄暗い袋小路となっており、そしてそこで大守が目にしたものは、大きく分けると三つであった。
 ひとつは周囲に散乱している、元は植木や看板などであったと思われる破片や残骸の数々。
 ひとつは、その周りで倒れている人影。数にして三人。三人が三人とも、黒ずくめのスーツに全覆(フルフェイス)のヘルメットを装着しており、彼らの素性を知らないものにはまるで窃盗団か、はたまたテレビの子供向け特撮番組の悪の戦闘員かといった印象を感じさせなくもない。そのいずれもが地面に倒れ()しており、中には腕や足がありえない方向に折れ曲がっているものもあるのが(うかが)えた。しかし、(うめ)き声すら洩らしてはいないが(わず)かに胸が動いているのを確認して大守は安堵(あんど)の溜息をもらす。
 ──よかった、まだ生きている。
 そして、視線を奥に向ける。
 視線の先──袋小路の奥には残るもうひとつ、この黒ずくめの集団を倒した張本人と(おぼ)しき存在が、突如この場に闖入(ちんにゅう)してきた大守を見据えていた。大雑把に見れば身の丈は大守より少々高い程度といった感じの人影だが、その細部はとても普通の人間とは思えないものであった。
 それは下半身にこそブラウンのトランクスのようなものを穿()いているものの、それ以外は青みがかった暗緑色の──まるで青銅(ブロンズ)の彫像のようにも感じさせる──体躯と、その上に鎮座するのは肉食獣を想起させる頭部。
 これは何かの冗談なのであろうか。特殊メイクを駆使した扮装(コスプレ)だとかいうものでなければ、どう解釈すればよいのであろうか。
 多くのものはそれを「ばけもの」と答えたであろう。もしくは、少なくとも「なにもの」か、と誰何(すいか)の言は発するはずである。
 しかし、大守の口からもれ出た言葉はそのいずれとも異なるものであった。
 「《選抜者(シード)》────」


 《選抜者(シード)》と称ばれたそれは、目を丸くしたような表情──少なくとも大守にはそうとしか感じられなかった──をしながら口を開いた。
 「ほおう、《選抜者(シード)》という言葉を知っているのか。ならば貴様も、そこに転がっている【普蔓人(フーマ)】の走狗(イヌ)なのか?」
 目の前の異形が人の言葉を話したこと自体が驚きの事態のはずなのであるが、大守は動じなかった。それどころか、犬のような顔をした奴に犬呼ばわりされるのはどうなんだろうと思いながらも(こた)える。
 「俺はこの人達と立場は違う。ただ──お前達(・・・)の存在は知っている」
 そう、だからこの異形が人の言葉を理解し、(あまっさ)え会話を成立させていることにも驚かない。だが、大守は「彼ら」のように、奴ら(・・)と闘う義務を負わされているわけではない。
 「成る程──『事情』には通じているようだな。この【普蔓人界(フーマニア)】は我々(・・)に対する情報封鎖が行き届いていると思っていたが、貴様のような子供(ガキ)がこの事を知っているとは、案外そうでもないらしい」
 独り納得するような素振りを見せながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
 「だがそこまで判っているのなら、何故この場にのこのこと現れた? この連中と同じような目に遭うとは想像もつかなかったのか?」
 顎を(しゃく)るようにして周囲の黒服達を指し示す。
 勿論、不用意に「奴ら」に近づくのは危険であることは判っている。だからこそ彼らは大守に「奴ら」と戦わせる義務を負わせようとはしなかった。そして、大守に代わり彼らが戦いを挑んだが、結果この異形の前に破れ、倒れ臥している。
 普通に考えれば、一介の学生がこの状況で、明らかに悪意をもって近づくこの異形の存在に対し抗う術を持っていることなどまずありえる話ではない。だが──大守に限っては違っていた。
 ──でも、俺の「力」は果たしてこいつに通じるのか。
 通用するかどうかは判らない。だが、大守にはこの異形に対抗できる可能性のある「力」を持っている。
 ──でも、俺はこの場に来てしまった。そして、今この場で戦えるのは俺だけ。
 ──四の五の言っている場合じゃない。やるしかないんだ。
 狗頭の異形は、半ば見下したような視線を向けながらにじり寄ってくる。
 大守は左腕を異形に向けて差し出し──
 一度大きく息を吸い込んで、声を発した。
 「────《擲ち穿つ左拳(ポ・ルートゥクス)》!!」
 その叫びとともに、大守の拳から輝線が放たれた。


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