『PRUNABLE WORLDS』 第一章「少年、幻想を嫌悪する」 |
「── 少し遠くから、緊急車輌のサイレン音が聞こえてくる。それは 「あ、本当だ。メガ 純菜が応える。なお、「メガ姐」とは担任教諭であるところの円岳メガラの名前を、彼女の 「どうしよう、なんだか怖いよね」 「あーあ、せっかく今日は部活休みだから駅前でもぶらぶらしようかと思ってたのになぁ。危ない目に遭ったら 「うん、そうだね」 元々やや控えめな性格の唯一華はともかくとして、純菜は一見快活で好奇心旺盛、悪く言えば野次馬趣味──それこそ大守と凡平の馬鹿話にも割り込むくらいなほどに──な印象を持たれてはいるが、実際のところはそうそう それを凡平のように「処世術」と称ぶのであればそうかもしれない。しかし、彼とは異なり純菜の場合はそれを「処世術」などとは、たとえ仲間うちであろうとも吹聴することはない。また、大守のように意識的にそれを実践しているわけでもない。そもそも彼女自身がそれを「処世術」と認識すらしていないからである。 ともあれ、二人が 「あ」 「どした、ワン子?」 「いま、誰か走っていかなかった? まさかと思うけど、あれ──」 しかし、その言葉の続きは突然に起こった衝撃音と、それに対して反射的に発せられた二人の悲鳴によって続かなかった。 勿論ながら、こんな街中で 「ど、ど、どうしよう」 「うわぁ、これ 純菜は唯一華の手を引いて駆け出そうとする。 「わ、ちょ、ちょっと純菜、急に走らないでよ。それに、さっきの──」 若しかしたら──大守くん? つい先程、踵を返そうと一瞬振り向いた唯一華の目に映った人影。それは、彼女の視界に入ってきてすぐに駅前の方へと走り去っていったため、はっきりと認識することは出来なかったのだが、そのとき唯一華は何故か、ある ──でも、それはないよね。確か大守くんのバイト先って、こっちと反対の方向だって言ってたし。だけど──。 「ほらワン子、早く!」 「う、うん」 そして、二人はその場を離れていった。 一方、大守はあちらこちらでサイレンの聞こえる中を、独り駆けていた。先程の黒塗りの車が向かったと思われる方へ向けて。 ──やはり来ていたのか。 黒塗りの車は一瞬横を通り過ぎただけな上に、窓には 確かに彼らは言った。「君は平穏な生活を歩め」と。 しかし、その「平穏な生活」を破らんとする そして、大守の持つ「秘密」──それは、彼らと同質の、奴らに対抗しうる可能性のあるものである。 だから、自分一人が、まだ学生であるから、という理由だけでこうして安穏と暮らしていても良いのであろうか。常に心の片隅に しかし、こうして奴らの脅威が身近に迫ってきて初めて、その ──俺に何ができるのかは判らない。でも、まだ俺ならば それがある意味で逃避に過ぎないことが判っていても。ただ一時的に彼の心の重石を そしていくつかの曲がり角を抜けて、ついに大守は目指していたもの──同時に、それは目にはしたくなかったものでもある──を直に目の当たりにすることになる。 |
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