SOMEDAY



 花道の腕が、身体の熱さを伝えてくる。
 唇がオレの首筋を求めて這い回る。手の指が輪郭線をなぞって、オレの欲望の全てを浮き彫りにする。重なりあう吐息。髪のすきまに五指を滑り込ませて、そのままオレの熱さは花道に吸い取られていった。
 初めてでもないのに、初めて感じる気がする。
 オレの身体に、花道の指が触れる。それが花道の指だってだけで、オレの身体は他の誰の時よりも際立った。指を伝わって花道の気持ちが流れ込んでくる。穏やかでいて激しい心。一見矛盾するような二つの心は、等分にオレに染み込んできてオレの中で一つになった。穏やかな、湖の水面の様に澄みきったオレに対する愛情と、激しい、渦潮のような欲情。オレはその両方を均等に受け入れて、同じように花道に返していた。
 本当に好きな人に抱かれると、人は幸せよりも先に懐かしさを感じるらしい。
 遠い日の記憶なのか、オレの身体は何かを覚えている。その心の暖かさはオレにただ懐かしさだけを微かに伝えていた。初めて感じる想いが懐かしいだなんて、その矛盾にちょっとあきれながらも、オレはその気持ちごと全て花道に返していた。花道と同じ想いを共有できるように。
 やがてオレは、花道の身体を受け入れる。
 身体も心も完全に一つになる。オレの身体は花道を受け入れて奇妙な浮遊感に我を忘れた。どんどん落ちているような想い。……いや、これはきっと落ちてるんじゃない。花道に抱かれてオレが落ちる訳がないんだ。天も地も判らず、海面も海底も判らないけど、花道に導かれてオレは確実に上へ上へと向かうだろう。花道がいれば、オレは二度と地の底をかいまみることはない。
 オレはもう元のオレには戻れない。それでもいいんだ。苦しかった時間があって、やっとオレは掴み取ることができたのだから。
 熱い吐息を交わしながらうっすらと目をあけると、汗まみれの花道の向こうに恐ろしい目をした豹がいた。
 んなところで睨んでんじゃねえよ。
 オレは今幸せなんだ。なんたって花道とやってんだからな。悔しかったらお前も好きな奴とやってみろよ。
 天井の豹はさっきまでのオレのように見えた。でも、今オレはこっちの世界にいる。幸せで懐かしくて、天にも上るくらい気持ちのいい世界に。
 天井の豹はいつまでもいつまでも、オレと花道を見下ろしていた。

 触れるだけのキスのあと目を開けると、花道はキスの前と少しも変わらない笑顔でオレを迎えた。
「洋平、好きだ」
 花道はさっきからばかの一つ覚えみてえに繰り返してる。キスしちゃ言い、抱きしめちゃ言い。オレもばかになっちまったらしい。飽きもせずに繰り返していた。
「ああ、オレもだ」
 オレの返事に、花道はまた満面の笑顔で答えた。だけど、今回はちょっと違う。そのあと気づいたように花道は真顔になった。オレも尋ねるように首をかしげてみる。
「そういやお前、身体平気か?」
 そうか。花道の中のイメージじゃ、やったあとにやたらたくさん血が出たオレが根づいてるんだな。オレもけっこう慣れたし、今じゃそんなに身体にくるようなことはない。
「ダテに経験つんでねえよ。今回お前もあんま無茶してねえし」
 経験て言葉に花道は反応して黙りこんじまった。まあ、これについちゃオレもあとでけっこういじめられるだろうからな。今のうちに花道いじめといてもばちはあたらねえだろう。
「……それならよかった。オレ、風呂入ってくる」
 ちょっといじめが陰湿だったかもな。花道の奴はオレを置いて風呂に去っていく。まあ、時間もけっこう気になってたとこだし、ここらで潮時だろう。オレの方は風呂は宿で入るつもりだから、そろそろ着替えに入っておくか。
 と、立ち上がって脱ぎ散らかした服を探していたとき、オレは小さな紙が床に落ちてるのに気がついた。
 なにげなく拾って広げてみる。……これ、もしかしてあんとき牧に渡された手帳の一部じゃねえか?
 読んでみて、オレはすべての謎が解けていた。いくら考えても判らなかった、花道とエビルマウンテンの関係。
『エビルマウンテン
 確実に男同士でも入れるホテルだ
 場所はタクシーで遠くない
 必ず好きな奴と行け
 連絡先 〇〇荘
 ×××−××××
 がんばれ洋平!』
 花道! さてはオレのポケットからこいつをすりやがったな!
 心の中で叫んで、それからオレはおかしくなって一人で笑いだした。花道、お前は最高だ。これ読んでお前、オレの好きな奴が誰だと思ったんだ? オレが好きな奴が自分しかいねえって、いつもの過剰なまでの自信で思ったってのか? だとしたらお前、信じらんねえくらいばかで最高な奴じゃねえか。
 服を着ながら、オレはそのメモを大切にポケットにしまった。そして、浴室のシャワーの音に耳を傾ける。こうして待つ時間も、一人のときも、花道がかかわりゃみんな最高の宝物になる。オレの時間は全部宝物になる。

 そしてオレは世界一幸せな奴になった。



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