SOMEDAY



 花道の先に立って歩いて、オレは今日二つ目のおこのみ焼き屋を見つけていた。笑顔で振り返って花道に同意を求める。花道は終始無言だった。ここまでうちひしがれた花道ってのは、一生にそう何度も見られるもんじゃねえだろう。
 そろそろ昼飯時だ。席を選ぶぜいたくは許されず、オレと花道とはほとんど真ん中の席に座らされた。だいたいさっきの店と同じような物を注文して、水を飲みながら間を持たせる。花道がかもしだす気まずい雰囲気は、オレの笑顔にも吹き飛ぶ様子は見られなかった。
 まあ、なるようになるだろ。焦らなくても花道のことだ。いずれ耐え切れなくなるに決まってる。
 そのうちにおこのみ焼きの材料が運ばれてきたから、オレはテーブルのわきに立ててある焼き方の手本を見ながら熱くなりつつある鉄板に材料を流し込んだ。
 じゅーじゅーいいながら煙を上げるおこのみ焼き。エビやイカの入ったシーフードに、広島風だからなぜか焼きそばも入ってたりする。いいかげんオレも腹減ってるからな。花道が一人で空気を重くしちゃいるが、せめて食いおわるまでは変なこと言いださねえでくれよ。店飛び出して流川殴りに行くってのもなしだぜ。……まあ、このつぎそうなったときはもう止めやしねえだろうけど。
 おこのみ焼きを上手にひっくりかえして、勝手にソースで味つけする。それを半分に割って花道の皿の上に乗せてやった。トッピングは自分でやるだろう。ようやく食えると思って箸を割った瞬間、花道は初めて声を出した。
「洋平……」
 なんかえらい重々しい声だぞ。お前あんま頭よくねえんだから考えすぎんじゃねえよ。
「いただきまーす。……ほれ、うまそうだぞ。花道も食えよ」
「食いながらでいいから答えてくれ。嘘言わねえで」
 味が判らなくなりそうだな。でもまあいいか。こっちからいろいろ言うより聞かれて答える方が、花道の頭の中が判り易いから対応も楽だろうしな。
「何だ?」
「お前……ルカワが好きなのか?」
「別に好きじゃねえよ。いい奴だとは思うけど」
 うん、このシーフードはなかなかいけるな。つぎの豚玉も乗せておくか。
「じいが好きなのか?」
「そうだな。まあ、好きか嫌いかって言われりゃ好きかもしれねえけど、あの人別に恋人いるみてえだし。今どうこうなるってのはないんじゃねえ?」
 おこのみ焼きに箸もつけないで下を向いてる花道。今までのは小手調べだな。本番はつぎだろう。
「それじゃあ……オレは?」
 そらきた。
「お前のことは好きだぜ。でなけりゃ三年もつきあっちゃいねえだろ」
「それって、ダチとしてって事か?」
「ああ」
 おもむろに、花道は箸を割っておこのみ焼きを口に流し込んだ。まさに自棄食い。いったい何がそんなに気に入らねえんだ。
「花道、そんなに一気に食ったら喉に詰まるぞ」
「……!」
 ほらいわんこっちゃねえ。このシーフードのイカのどでかさといったら並じゃねえんだぞ。胸を叩きながら水を飲む花道にオレは苦笑した。やっと落ち着いてきたのか、深呼吸して花道は言った。
「お前は好きじゃねえ奴とも寝るのか! 好きでもねえのに……」
 声がでけえ。もっと小さな声でしゃべれねえのかお前は。
「オレはお前が思ってるような清純派じゃねえんだよ。ただ肉欲でやりてえって思うときもある。そういう時にたまたま流川がいて、牧がいたんだ。お前のいうとおり、オレは好きじゃねえ奴とも寝るんだ」
 花道がものすごい痛そうな顔をして呆然としていた。痛そうだ。オレに傷つけられた心の痛みが肉体の痛みになって花道の中をかけ抜けてるのかもしれねえ。お前の痛みがオレに伝わる気がする。いや、これはたぶん、花道を傷つけた自分の心がその傷つけた事実で痛んでるんだ。オレにもその程度の痛みは残ってる。
 お前にオレの気持ちを知られないためならどんなことでもしてやる。お前を傷つけることでも、自分を傷つけることでも。
「たぶんだれでもいいんだよ。オレの身体満足させてくれる奴ならよ。女でも男でも……野郎の方が気は楽だな。がきはできねえし」
「……洋平」
 短めの言葉でたのむぜ。お前の最後の言葉を思い出すたびに涙こらえなきゃならなくなるから。
「オレは……オレのときもか? オレとやったときもお前、ただやりたいってだけだったのか?」
 あのな。こっちが別れの言葉覚悟してっ時に変に間をはずすんじゃねえよ。
「花道は違ったのか? お前が言ったんだぜ。オレとやりてえって」
「オレは……お前だから……」
「オレだからとりあえずいいと思ったんだろ? オレだって同じだ。やりたい盛りってやつでさ、別に意味なんかねえんだよ」
 豚玉ひっくりかえして、オレは更につづけた。
「それでお前は失恋のどん底から浮上できた訳だし、それにお前、晴子ちゃんに惚れたんだろ? いつまでもオレとのことなんか覚えてて訳判んねえこと言ってんじゃねえよ」
 晴子ちゃんの名前が出たせいだろう。花道は複雑な顔をした。そうだ。このまんま晴子ちゃんへの気持ちの方に話をもってっちまえば、何とか嘘をつかずにオレの気持ちのことから話をそらせるかもしれねえ。
「お前は晴子ちゃんに惚れてんだろ? だったらただの親友のオレのことより、晴子ちゃんとうまくいくこと考えろよ。……残酷なようだけどよ、オレが恋愛したりだれかと寝たりするのって、結局はお前には関係ねえ事なんだよ。オレがお前と晴子ちゃんのこととやかく言えねえのと同じでさ。お前だってオレが晴子ちゃんに余計な事したら困るだろ?」
 オレの言葉の途中から、花道の様子がまた変わり始めていた。こいつ、目が座ってる。ここまで言えばお前も切れるか? 逆に言えば、ここまで言わなけりゃ切れねえくらい、お前はオレのこと信じてたって事か。
 早く切れてくれ。オレもそろそろ限界だよ。
「関係ねえ……だと?」
 しぼり出すように、花道が言う。
「オレがどんだけお前のこと……前に言ったことあんだろ。けっこういつもオレはお前のこと抱きてえって思ってる。だけどお前はそういうのはごめんだって……」
 たしかに言ったよ。だけどお前には晴子ちゃんがいたから。
「なのにお前はほかんとこでオレにないしょでやってた。オレよりそいつのことが好きだってんならかまわねえよ。仕方ねーよ。だけどお前はそいつらのこと好きな訳じゃねえって……あげくのはてに関係ねえ、かよ!」
 声がでかい花道!
「お前……晴子ちゃんは」
「ハルコさんは好きだ。かわいいし好みだしそばにいると幸せな気分になれる。オレの女神だ。だけど洋平は……いつもそばにいてオレのこと考えてくれて居心地よくて、だけどお前といるとオレ、ハラハラして余計なこと心配して、オレはいつの間にかお前のことばっか考えてて……お前はオレのそばにいなけりゃならねえ。オレはお前といなけりゃ」
 回りがオレ達に注目し始めてる。あんま興奮すんなよ。こんなとこでこれ以上 ――
「関係ねーなんて言わせねえ! オレが一番洋平のこと思ってて、一番洋平のこと知ってんだ! ルカワでもじいでもねえ! 洋平のそばにいていいのはオレだけだ!」
 は……花道のばかたれ ――
「オレは洋平が好きなんだ!」
 最高に注目を浴びていたときの花道の大声は、店中の客を一気に凍りつかせちまった。オレの頭に一番最初に浮かんだのは、もうこれ以上この店にはいられないなって事。つまり、今鉄板の上でいい具合に焼けかかっている豚玉との永遠の別れのことだった。
 花道の糞馬鹿野郎!


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