SOMEDAY



 そういや、花道と二人っきりなんてほんとに久しぶりだ。一度熱だしてガッコさぼったことがあって、心配した花道が見舞いに来てくれたことがある。その時以来だ。最近の花道はほんっとバスケ一筋だからな。試合に勝った興奮も手伝って、こうして話してる会話の内容も、バスケ以外のことは一つもなかった。
「……Aランクだかなんだか知らねえけど、この天才に言わせりゃたいしたことねーな。カリメロもチョンマゲもオレが倒したし」
「カリメロっていや、流川は大丈夫なのか?」
「へんっ! あのキツネがそう簡単にくたばるかよ。あいつはオレが倒すんだ。それまでは何が何でも生きててもらわなけりゃ困る」
 花道の奴、流川に対する見方が少し変わったらしいな。こいつなりに流川のすごさは判ってるんだろう。素人のオレが見ても流川はすげえ。とくに今日の試合は鬼々迫るものがあったもんな。
「お、おこのみ焼き屋発見!」
 両目とも二.〇の花道が遠くの店を発見して騒ぎだした。オレ達はどっちかって言えば繁華街を一本はずれた道を歩いてたんだよな。時間がまだ早いせいもあるんだろう。回りにはほとんど歩く人もいねえ。そんな中、駆け出そうとした花道がふいに足を止めたんだ。見ると、わき道から見覚えあるTシャツの男。
( ―― 牧……)
 ちょっとこれってすごいまずい組み合わせじゃねえか? オレは牧とやったことは花道には話してねえ。隠すつもりもねえけど、何のきっかけもなくて言えるようなことじゃねえし、話してこいつがどういう反応するか想像できねえしな。オレは花道をつれて消えちまいたかった。だけどほとんど人のいない道で隠すものがあるわけじゃなし、牧はすぐにオレ達に気づいて笑顔満面に近づいてきた。
「じいじゃねえか」
「よう、兄弟!」
 牧の奴、花道に何言うんだよ! 牧はオレに色っぽい流し目を向けてにやっと笑った。オレは顔面蒼白。花道だけが意味不明の顔してやがる。
「何だ? 兄弟って」
 オレに聞くなオレに!
「見てたぞ試合。少しは上達したようだな」
「フハハハ……! この天才に不可能はない。じいもこの天才と戦いたければ途中で負けるんじゃねえぞ」
「そうだな。まあ、努力しよう。こればっかりは実際やってみねえ事には判らん」
 頼むぜ牧さん。このままバスケの話しだけしててくれよ。……と、そんなオレの祈りもむなしく、牧は花道をあしらってオレに近づいてきた。うわ、来るな! あっちいけ!
「あれからどうした。少しは進展したか」
 オレは牧を見上げたまま目が離せねえ。でも、見えねえけど判る。花道の奴ハトに豆鉄砲って面してるはずだ。オレが何も答えねえでいると、牧は少し憐れっぽくオレと花道を見比べた。
「かわりばえなさそうだな。まあ関係ねえって言えばそうなんだが ―― とか話しながら牧は手帳に何かを書き始めた ―― オレはお前のことは心配でね。お節介かも知れねえが協力させろ」
 手帳のページを破いてオレの手に握らせる。オレはひたすらどうやって花道にごまかそうかただそれだけを考えていた。だから牧に肩を引き寄せられたときも、何も反応できなかった。
「な……!」
 オレの驚きと焦りはあっという間に牧の唇に塞がれちまった。絶望的だ。オレ、花道に殺されちまう。
「てめえじい! 洋平に何しやがる!」
 花道は叫びながら牧に殴りかかっていった。牧逃げろ! と言う間もなく、牧はオレを引き離してくるっと反転した。花道の拳が宙を泳ぐ。すげえ。花道の本気のパンチをこれだけ華麗にかわした奴は初めて見たぜ。
「次の対戦までにその直線的な動きをどうにかしろ。それじゃいつまで経ってもオレは倒せんぞ」
「何だと!」
「洋平、結果は報告しろ。こじれたときは責任はとってやる」
 そう言って牧はさっさと逃げちまった。じたんだを踏んで自分と戦ってるらしい花道を横目で見ながら、オレは溜息をついた。どうせ責任とる気があるなら、今この状況をどうにかしてくれ。花道だって何がどうなってるのか判りゃしねえんだ。オレだって判んねえよ。この状況でどうやりゃいいんだよ。
「洋平……」
 花道が低い声で言う。花道の精神状態が判る。頭ん中に渦巻くものが多くて複雑すぎて、発散させることすらできねえんだ。こうなっちまった花道はまるで時限爆弾だ。いつ爆発するのか判らねえ。
「どうなってんのかオレに判るように言え。それまで帰さねえからな」
 花道の視線が痛い。これからオレはどうなるんだ。
 誰か助けてくれ ――

 オレはただ下を向いて、その作業に没頭していた。
 おこのみ焼き屋を選んだのは正解だったかも知れねえ。焼いてる間は花道と目を合わさずにすむし、ジュージュー音がするから他人に話を聞かれる心配も少ないしな。まあ、時間的にはまだ昼前だから、客がそれほどいるわけじゃねえけど。
 沈黙のまま、オレと花道はおこのみ焼き屋まで歩いた。それから一番奥まった席に腰を下ろして、適当に注文をすませる。材料が運ばれてくる間も花道は無言だった。でも花道って奴はそれほど辛抱強い訳じゃねえ。もうそろそろぶっちぎれることは判ってる。テーブルにのせられた手が割箸掴みながら震えてるのがその証拠だ。
 その間オレが何もせずにうろたえてた訳じゃねえよ。花道が知ってる事と知らねえ事を頭ん中で整理して、どう話したら一番ショックが少ねえか考えてた。とにかく話すにしても流川のことは一番最後だ。だけどそうすると順序が逆んなるから、どうやってつなげりゃいいか悩みどころって訳で……
 限界に達したらしい花道が両手でテーブルを叩いた。見ると、おっかねー顔でオレを睨みつけてやがる。
「洋平。オレに隠してる事ぜんぶ話せ。隠さずぜんぶだからな。でなきゃオレ……」
 でなきゃオレ、何だよ。マブダチ親友やめるってか? それならそれでかまわねえよ。 ―― そう思ったら少し気が楽んなった。こういう気持ち背負ったまんまマブダチ親友やってるってのもけっこうきついからな。お前から離れてくれるんならその方がずっとマシだ。
「……オレ、牧と寝た」
 ガタン ――
 音に驚いて見ると、花道は立ち上がってた。その顔はほとんど怒りに涙ぐんでる。
「……何で……どうして!」
 その質問にも答えてやるけどよ。お前が聞こうとしてることってのは親友マブダチに聞くたぐいのことじゃねえぜ。オレが誰と寝てもそれはオレのプライバシーで、結局恋愛ざたなんてオトモダチの関知できるところじゃねえんだからよ。
「オレもいろいろ悩みがあんだよ。偶然牧さんと出会っていろいろ聞いてもらって、それで……」
「そんなんオレに相談しろよ! 何でじいなんかに」
 できるかって。
「他人だから話せる事ってのもあるんだ」
 納得しきれてねえって顔だな。まあ、これだけの説明じゃ花道の疑問をぜんぶ払拭するなんて事できるはずはねえと思うけど。
「洋平、それ、いつの話だ」
「最近だ。シュート合宿しただろ? そん時の最初の夜、オレが寝不足こいて熱だして」
「……熱……?」
 あ、ひょっとしてまたまたやばい展開に持ってっちまったかも。花道の奴、思い出そうとしてやがる。その前にオレが熱だしてガッコさぼったときのこと  
「それだけか、じいとは」
「……ああ」
 花道の顔がどす黒くなったような気がする。そんな風に見えるくらいこいつは怒ってるんだ。ダメだな。完璧オレたちはおしまいだ。
「それじゃじい以外の奴なんだな、少なくともあと一人は。……誰なんだよ!」
 壊れる。オレ達が積み重ねてきた最高の三年間て時間が。
「答えろ洋平!」
 お前は、サイコーだった ――
「……流川」
 オレは花道の頭突きとパンチを覚悟して下を向いた。だけどそれはオレには向けられることなく、気配に気づいて再びオレが顔を上げると、花道は席を立って店を飛び出していこうとしてるところだった。
 おい、ちょっと待てよ花道!
 何でオレを殴んねー。
 まさかオレに対する怒りを流川に向ける気じゃねえだろうな。そう思った瞬間、オレは血の気がサーッと引いてくのが判った。もしも花道が流川なんか殴ってみろ。今はインターハイのまっ最中なんだぜ。湘北の出場停止は決まったようなもんだ。そんなことになった日にゃ、オレはゴリやミッチーやめがね君に一生顔向けできなくなっちまう。こら、水戸洋平! こんなとこで呆けてる場合じゃねえぞ!
 すぐに花道を ―― いや、オレに花道は止められねえ。こうなったら先回りして流川を逃すっきゃねえ。花道はたぶん駆け足だ。タクシー使やまだ追い着ける。
 レジでイライラしながら金を払って、オレは店を出た。表通りでタクシー拾って乗り込む。ちどり荘まで走って十五分くらいか? こうなりゃ賭けだ。間にあいますように。
 祈るような気持ちで、オレは運ちゃんに檄を飛ばし続けていた。


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