ライセンス



 三井との出会いと裏切りによる別れとを経て洋平が学んだものは、結局人間は一人で立てなければ意味がないということだった。
 自分が裏切りをもってしか仲間と別れることができないのだということはすでに数々の苦い経験によって立証済みである。洋平はいつも誰かを裏切り、あるいは誰かに裏切られてきた。仲間を持つということは、同時にどちらが先に裏切るのかを競うことでもあるのだ。
 裏切られたくなければ裏切るしかない。洋平にとっての仲間とは、裏切り合う関係であるということ。
 そうと開き直るのに、五年もあれば十分なのだ。花道と出会う前の洋平は突然仲間の前から姿を消すことでその裏切りを続けてきた。三か月。四か月。長くても半年。それが仲間と過ごす時間の区切りだった。
 花道との出会いは洋平を変えたのかもしれない。花道と過ごす時間は、洋平には今までにない感覚をもたらしたのだ。保護するものとしての自分の役割。花道の奇妙な人間性は、洋平に裏切り以外の何かを期待させるに十分だったのだ。
 裏切られたくないという感情の滅法強い男。それならば信じなければいいのに、先に裏切ればいいのに、絶対に自分からは裏切らず、何度裏切られようと何も学ばず馬鹿正直でいられる男。
 いつしか洋平は花道を裏切れなくなっていた。ある意味での束縛を感じながらも、それなりに楽しむことができたのだ。洋平の突き放すような仕草に花道が見せる子供のような悲哀。そうして再び抱きしめるとき、洋平は悪魔的な快感を覚えるのだ。
 もちろん一生そばにいられるとは思っていなかった。いつか二人の間にも裏切りという名の別れが用意されている。いつか自分は花道を裏切るだろう。それは予感ではなく確信で、その日が来るのは恐ろしくもあり、楽しみでもあったのだ。
 花道にとっては洋平と出会ってしまったことが不運だった。だが洋平にも人を裏切ることへの恐怖や心の痛みはある。裏切ることなく別れられたら、それが一番いいのだと思う。だからこそ今がチャンスなのだ。このまま花道の前から姿を消すことができるのだったら、花道は裏切られたとは思わないだろう。一番卑怯なやり方なのだと思う。だが、そうでもしなければ洋平がこの呪縛から解き放たれるときは永久にこないのだ。
 洋平は知らなかった。仲間達がどれだけ必死になって洋平を捜しているのか。どれだけ必要としているのか。そして、自分の間違いにも気づかなかった。洋平自身がどれだけこの仲間を必要としているのか。
 別れる以外にも道があるということを、今このときの洋平はまったく思いもしなかったのだ。

 身体の怪我は洋平が思うよりはるかに深い痛手のようだった。痛み止めの効力が切れると、それはもう半端な痛みではない。身体の奥からねじ切られるような、のた打ち回らずにはいられないほどの痛みである。手持ちの武器はない。地下室には毛布の切れ端すらない。本当に身体一つで放り込まれているのだ。逃げるチャンスを掴もうにも、まずは身体をどうにかすることが先決だろう。あと頼りになるのは持ち前の頭脳と口である。警備の状況や人数など聞き出せれば、おのずと道は開けてくる。
 麻酔のないことがかえってありがたかった。痛みに正気をつなぎ止めていると、再び地下室のドアが開いて、幾人かの人間が入ってきたのだ。
「よう、どうだ? この部屋は気に入ったか?」
 正面に三井。その後ろに宮益。そしてあと一人。
「なんで便所ねえの?」
 痛みのため、かなり息が荒れている。それでも口調に多少の皮肉を浮かべることはできた。そんな洋平の努力を嘲笑うかのように三井は唇の端を上げた。
「ふん。ようやくしゃべれるようになったか。ったく待ちかねたぜ。こっちはてめえの目が覚めるのを一日千秋の思いで待ってたんだからな。……便所についちゃいろいろ取り揃えてるぜ。尿瓶がいいか? それともあひるのついたおまるがいいか?」
「……それ、てめえが処理するのか?」
 まじめに問われるとは思っていなかったのだろう。三井は返事に困って横にいたもう一人の男を見る。洋平の視線も自然にその男に向いた。その時、洋平の中に何か直感のようなものが走ったのだ。
(……誰だ……?)
 見知った顔ではなかった。だが、知っている気がする。洋平が見守る前で、男はちらっと微笑んだ。まるでこんな状況に似合わないような、やわらかな微笑み。
「ポケットトイレの方が誰も不快な思いをしなくてすむと思うよ。生ゴミと一緒に捨てられる」
 その声が、洋平の中の記憶を呼び覚ましていた。記憶の中にある声とはまったく違う声だというのに。
(……公延! 公延か……?)
  ―― 洋平君、むりだよ。こんな高いところとべないよ。こわいよ ――
 急に傷が痛みを増す。きりきり痛む腹を無意識に押さえて、洋平は眉をしかめた。洋平が初めて裏切った仲間。忘れられるはずもない苦過ぎる記憶。
「どうしたんだよ。にくまれ口は終わりか? ……それとも、自分の行いを反省する気にでもなったのか?」
 その時の心の痛みは三井の時の比じゃなかった。あれが全ての出発点だったのだ。あの裏切りさえなかったら、洋平は今の洋平ではありえない、まったく別の人生を歩んでいたことだろう。
「裏切ったお前は忘れても、裏切られた人間は忘れちゃいねえ。ここにいる三人はみんなお前に裏切られて人生狂わせちまった。……よう、木暮公延を覚えてるか? お前が十三年前、万引きで置き去りにした木暮公延だよ。あのあと木暮がどうなったか教えてやろうか。木暮はな、あのあと孤児だって理由で矯正施設送りになったんだ。矯正施設ってところがどういうところか判るか? あそこはほとんど少年院と変わりはねえ。ただもっと質が悪いのは、年齢制限てやつがねえんだ。ほんの小さなガキから成人前のほとんど大人と変わりねえ奴らがいっしょくたに生活する。……ひでえもんさ。まだ中学生にもならねえ年の木暮がそこでどんな目にあったのかこと細かに教えてやってもいいんだぜ」
 三井の言葉は洋平の耳にほとんど入っていなかった。あのとき見捨ててしまった木暮公延は、洋平にとって言わば後悔そのものだった。あのあと公延がどうなったのか、洋平は気にはしていた。だが一生会いたくない相手だった。会えば謝ることはできるかもしれない。だが、謝り尽くすことはできない。それほどのひどい裏切りを洋平はしたのだ。公延は少しも悪くなかったのに。
「三井、オレのことはいいよ。話したって時間が戻る訳じゃないんだ」
 微笑みを浮かべながら木暮が言う。木暮は洋平を責めない。それは洋平にとって意外で、だが責められるよりもよほど居心地が悪かった。
 三井だけならよかった。三井だけなら言葉で煙に巻いて逃げ出すことができる。だが木暮には償わなければならない。木暮が自分を責めないというならなおさらだ。
「そうか?……まあいい。水戸、これはオレと木暮との復讐だ。助けが来るとは思うなよ。誰もここを見つけることなんかできやしねえ。諦めてオレ達の復讐を受けるんだな。時間かけてたっぷりいじめてやるよ」
 三井の高笑いが洋平を打ちのめしていた。
 この復讐ゲームの第一ラウンドは三井が大きくリードしたのである。

 洋平がいなくなって三日目。真っ当な使えそうな情報も少しずつレッドフォックスのもとに集まりはじめていた。
 午前中最初に連絡をつけてきたのは情報屋彦一だった。眠い目をこすりつつ待合せ場所に向かった二人は、しゃべりたくて仕方がないのだという彦一の様子に、かなりの期待をしていた。
「どうした彦一! 洋平の居場所が判ったのか!」
 花道の質問に対する彦一の答えは、けっして花道を満足させるものではなかった。
「レッドさん、そういきなり結論に飛びつかんといてください。……ま、結果を言えば今んとこまだそこまでは判ってへん、ちゅうことです。ただ、ラビットさんさらいはった人間が特定できました。間違いなく三井寿って男です」
 そんなことは二日前から判ってる! ……という言葉を寸前で飲み込むことができたのは、花道にしてみれば最大の自制心だった。牧から流れてきた情報はほかには流せないのだ。もしも牧がいなかったら、この名前も今初めて聞くことになっていただろう。
「驚かれませんな。もうこの情報は受け取ってはりましたか。ご心配なくレッドさん、わいの情報はこれだけやおまへんから。三井寿の経歴についてはご存じでしたら省略しますけど」
 たいして気にした様子もなく、彦一は言った。それには流川が答える。
「病院の院長の息子で五年前に矯正施設に入れられた。ラビットを逆恨みしてたらしい。って話は聞いた」
「そこまでご存じでしたら話は早うおま。ま、言ってみればほんとに逆恨みでしょうけど、ラビットさん ―― このときは水戸洋平さんと名乗ってたらしいですね ―― にも悪いとこはおました。仲間を警察に売り渡したらあきません。特に三井寿も諦めの悪い性格だったらしいですし。
 まあ、そんなこんなで三井寿は宮益とかいうお医者と一緒にラビットさん誘拐のシナリオを作らはったんですな。そのことはいいんですけど、わいがお話したかったんはこれとは違うんです。そのあとラビットさんは名前を今のラビットに変えて活動し始めるんですけど、それまでの間に何か月か空白の時間があるんですわ。……ラビットさんのお仲間だった方々にはわいはほとんどお話聞けてます。そのお話をつなぎ合わせていくと、埋まらない時間がぽっかり空いてしまうんです」
「……なんだよ、はっきり言えよ」
「 ―― そのあとラビットさんは泥棒としてお仕事に精出し始めはります。日本中転々とされますから、見知ったブローカーがおられる訳ではありません。その時、間に紹介役で宝石ブローカーの牧さんが入ってるんです」
 彦一の言葉は、主に花道に衝撃をもたらした。
「牧がラビットのバックだったってことかよ!」
 バック ―― いわゆる後見人である。もともと未成年者などの監督や保護をする人間を意味する言葉だが、泥棒の世界の後見人にも同じような意味合いがある。だがそれよりもっと強い意味で、かなりやばい方の世界につながっているという意味もあるのだ。そのため後見人のついている泥棒やブローカーはそうでない人間に敬遠される傾向がある。それは盗賊団やレッドフォックスなどの怪盗グループなどとはまったく意味が違うのだ。
「牧さんは誰かの後見を引き受けるようなお人と違います。もうこの世界は知りつくしたお人ですさかい、自分のためにも人のためにもならへんことはされる道理があらしませんのですわ。だから納得いかへんのです。……ここからはわいの推論ですから聞き流していただいてもけっこうですけど、牧さん、ラビットさんと何か特別な関わりがあるんとちゃいまっか」
 特別な関わりがあるのかないのか、到底二人に判るものではない。だが、その中にたった一つだけ仮定を入れると、驚くほどぴったりくる図式があるのだ。流川はそのことに気づいて、そして納得する。人を動かすのは理屈や道理だけではない。そういうものよりもむしろより人を動かすものが確かに存在する。
「その空白の何か月の間に牧とラビットが関わったって、てめえは言いてえんだな」
「そないなことも十分考えられます。せやけど牧さんの身辺にはわいなんかでは一切近寄れやしませんので、確かなことは言えませんのですけど」
「だとしたら、どういうことになるんだ」
「どう転ぶかによりますけど、ことによってはラビットさん、牧さんに殺されるかもしれません」
 その言葉を聞いたときの二人の衝撃は相当なものがあった。二人とも、牧のことはかなり疑いの目で見ていたから、盲目的に信じようとは思っていなかった。だが、ことが洋平の命に関するものである限り、信用してもいいと思い始めていたのである。洋平を死なせたくないという思いが自分達と同じであることを、二人は言葉ではなく本能的に感じていたから。
 だから彦一の言葉は意外で、にわかには信じられなかったのである。
「何でだよ! 牧は……あの野郎はラビットのこと本気で捜してた。命を助けてえって……言ってたよな? フォックス」
 水を向けられた流川もそれまでの花道との確執を忘れて同意する。
「生きて幸せならいいって言ってた。殺すために捜しているとはオレには思えなかった」
 二人の抵抗に彦一もかなり仰天していた。なだめるように言葉をつなぐ。
「だからこれはあくまでわいの憶測ですって。そう思われへんのでしたらきっと信用していい思います。ただ、牧さんいう人は大物ですさかい、それだけ背負ってるもんが人並み外れて大きいんですよ。もしもですよ。ラビットさんが牧さんの秘密を握ってて、その秘密が牧さん自身のためにならへん、いう事態になったら、ラビットさん殺すことをためらうお人じゃないっちゅうことです。……一応根拠もあります。わいほどの情報屋がこれだけの時間をかけて調べてるのに、その間のラビットさんの足取りはまったくつかめへんのです。牧さんくらいの大物が一時的にかくまってたとしか ―― 」
 彦一の情報の真偽は二人には皆目判らなかった。
 だが、これから牧を信じて出し抜かれるようなことは絶対にあってはならないのだと、二人は肝に命じたのである。

 昼になってから、情報屋野間忠一郎からそれまでの途中経過を報告するということで連絡があり、二人は指定された場所で再び野間と対峙することになった。
 彦一とのやり取りで二人ともかなり慎重になっていた。彦一は花道の情報屋である。洋平とのかかわりはほとんどなかったと言っていいから、その情報には個人的な思惑はまったく入ってはいないことだろう。だが、野間は洋平の情報屋なのである。牧の情報についてある程度疑いを抱いた二人は、野間についてもそれなりの覚悟をしなければならなくなっていた。
 野間が自分に都合の悪いことを隠したり、事実を曲げることは、けっして考えられないことではないのだから。
「ラビットがまだ水戸洋平だった頃、はっきりした年齢は判らねえが、たぶん五六才くらいだろう。一時期施設にいたことがあるんだ。それについちゃ今のところまだ調べ途中だが、その理由について当時の施設の人間によれば、記憶も定かじゃねえがどうも二通りのことが言われてる。一つは両親が死んだってことだ」
 野間の言うことは花道には何のことやらさっぱり判らなかった。花道が知りたいのは洋平が今どこにいるかであって、五才の時にどこにいたかではないのだ。イライラしながらも、それなりに花道も順応していた。誰もが洋平の過去を調べる。それは洋平の人間関係を知れば、どういう経緯で誰にさらわれたのかも見当がつくからなのだと。事実、清田のところに現われた二人組のうちの一人が誰なのか、まだ判ってはいないのだ。
「それで。もう一つは」
「水戸洋平の父親が、殺人を犯したってことだ」
 流川に促され野間が言った言葉は、二人にはどう考えていいか判らないようなたぐいのものだった。ゆえに反応できず黙り込む。野間は気にしたようすもなく、先を続けた。
「ほんのわずかな時期しかそこにはいなかったらしい。すぐにラビットは行方不明になった。そこで一旦ラビットの足跡は途絶える。そのあと何年かして、これはちゃんと記録に残ってる事件だ。十三年前、万引きで捕まった当時十一才くらいの少年が供述してる。自分には仲間がいて、その仲間に置き去りにされたって。仲間の名前は水戸洋平 ―― 」
「嘘だろ! そんなことねえよ!」
 今度こそ花道は反応していた。これで何度目だろう、洋平の裏切りを聞くのは。だが、何回聞いても花道は信じられなかった。自分の知る洋平がこれほどたくさんの裏切りをしているなど、花道は信じたくなかったのだ。
「誰か別の奴だ! 同姓同名の違う奴に決まってるさ!」
「かもしれねーな。警察の供述調書なんてあてにはならねえ。それに、ガキの話したことだ。名前も違うかもしれねえ。逃げた奴が偽名使ってた可能性だってある。ま、これについちゃ怪しいもんだが」
 野間が花道の抗議を素直に受けたことから、花道も少し落ち着きを取り戻していた。しかし流川はもう少し違うことを考えていた。
「それで。そいつの名前は」
「ガキの名前は木暮公延。孤児だった。そのあとそいつは矯正施設送りになって、そのあとのことは今の段階じゃ調べてねえ。調べるか?」
「ああ、頼む」
「木暮公延か……。調べたとしても可能性は薄いと思うけどな。生きてりゃそいつもいっぱしの大人だ。いくらガキの頃置いてかれて人生狂わせたって言ったって、しょせん十三年も前のことだ。その後の人生全部賭けるようなつもりで復讐なんかするかね。銭だって相当かかってるはずだぜ」
 五十人の兵隊を集め、外国から腕利きのスナイパーを呼んで銃を買い与え、監禁場所を確保し、モーターボートを借りて医療機器の買い付けをする。それだけでもかなりの金額をつぎ込んでいることはほぼ間違いない。そんな大金を職を失った三井の親や宮益が出せるはずはないのだ。ということは、もう一人の協力者が出したのだということになる。孤児だった木暮公延がその後の人生でこれほどの大金を手にしたとして、それを復讐に使おうなどと考えるだろうか。まともな人間なら自分の将来のために使うはずである。それに、恨みなどというものは、十三年間も長続きするものではないのだ。
「調べたってムダだろ。そいつはラビットじゃねえ」
「違うかもしれねえな。だけど、確率としちゃ、そう悪くもねえんだぜ。そのあとすぐにウルフって泥棒のところにウサギってガキが現われる。名前もさることながら、場所がドンピシャだ、木暮の供述調書と」
 さっき花道に同調するようなふりをしていたが、結局のところ野間はちゃんとそれなりの根拠をもとに自信を持って話していたのだ。花道は気づいて野間を睨み付けたが、反論すべき言葉が見つからなかったので黙り込む。花道がそれ以上なにもしないように後ろから肩を抑えつけ、流川は言った。
「その話は聞いた。そいつはラビットに間違いねえのか」
「確率の問題さ。身軽で利発な泥棒で年もほぼ同じ。名前がウサギ。そしてその少し前に同じ場所で水戸洋平の記録がある。偶然もここまで重なりゃ必然だ」
「……」
「約二年、ウサギはウルフと一緒にいて、ウルフがサツに捕まったのを潮にまた姿を消す。そのあとの痕跡はウサギじゃなくて水戸洋平だ。ちゃんとブローカーと取引もしてるし、情報屋とも付き合ってる。普通の駆け出しの泥棒だな。ただし、どこのグループにも盗賊団にも所属してねえ、単独犯だ。この世界じゃけっこう珍しいんだぜ。正統派の泥棒がガキのうちから単独ってのはな。それだけ実力があったってことさ。そんでもって、五年前の三井寿につながる訳だ。
 事件のあと、水戸洋平は一度姿を消す。約四か月、まるっきり姿を見せてねえ。どこにいたのかも、何をしてたのかも誰に聞いても判らねえ。そのへんの話は聞いてるか?」
 その話は午前中に聞いたばかりである。もしかしたら洋平が牧に殺されるかもしれないという話と一緒に。
「彦一の奴は牧と関わったんじゃねえかって言ってたさ。てめえもそう思うのか?」
 花道はしゃべり過ぎるな、と流川は内心思う。だが、花道にしゃべるなというのもあまりに酷な話なので黙っていた。
「確かに宝石ブローカーの牧と関わってたんならありうるだろうな。そのセンはオレも考えてる。要は三井に金を出したもう一人の協力者だ。そいつに恨まれたんだとしたら、正直言ってその時以外に考えられねえのさ。牧に関わって、ラビットが何かをやって、そいつに恨まれた。そう考えるのが筋だ。ただ、相手が牧だとするとそう簡単にはいかねえだろうな。あいつは言ってみりゃこの世界じゃ帝王的存在だからな」
 裏の世界の帝王牧。その存在の大きさが、二人にのしかかる気がする。奴は味方なのか。それとも敵なのか。洋平にとっていったいどんな意味を持つ存在なのだろうか。
 近いうちに牧の真意を確かめなければならないことを、二人は感じていた。


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