ひとつ屋根の下
全国大会で翔陽はベストフォーというかなりいい成績を残した。おかげでオレもなんとか進路にいい兆しが見えて、いくつかの大学からのスカウトもあった。運のいいことにその中に花形がねらっていた大学の一つがあって、迷うことなくオレはその大学に進学することを決めた。オレの受験勉強は言ってみればムダに終わったけれど、少なくとも勉強する楽しさを教えてもらえたのは人生の収穫だ。その意味でもオレは花形に感謝してる。花形の方もいくつかスカウトの話があった。でも、オレと同じ大学からはなかったから、あいつは自力で入ることを選ぶだろう。だいたいスポーツに力を入れてる大学ってのはレベルの方もいまいちなのが多いからな。そういう意味でも、オレは果てしなく運が良かったことになるんだ。
今まで勉強に費やしていた時間を、オレは母親に料理を教わることで過ごすようになっていた。今度オレが進学する大学は自宅からかなり遠くなるから、電車通学は難しいんだ。やってできないことはないだろうけど、はっきり言って時間のムダ。たぶんアパート暮らしになるから、料理の一つくらいできないことにはバスケどころじゃなくなるだろう。
月日は確実に過ぎて、花形の受験の日になっていた。実力は十分の筈で、オレは楽観視していたけど、この日ばかりは母親もおたおたしてる。なにしろ花形さんにお預かりした大切な息子さんの受験だからな。朝から食事にも環境作りにも余念がなかった。
送り出したあとは神棚に拝みに行ってる。ったく、オレが高校受験したときとはえらい違いだ。
「そんなに拝まなくたって平気だよ。正月のおみくじだって吉だったし」
「万が一ってこともあるでしょう。この神棚はね、あんたが危ないと言われた翔陽受験したときにも助けてくれた神様なんだから、お礼がてらあんたも一緒に拝みなさい!」
……そうでしたか。オレが受験の時も、平然として見えて実は拝んでたって訳か。
まあ、オレを助けてくれた神様なら、確かに効果あるかもな。納得して、オレも母親と並んで拝み始めた。
「どうか花形を合格させてやってください。今までの努力を実らせてやってください」
オレを全国につれていってくれたのは花形だ。そのおかげでオレは大学に行くこともできた。ここで何千回祈ったって足りないよ。本当だったらお前は夏で引退して、受験態勢に入って楽勝で合格することだってできたんだから。
そんなこんなで、本命の試験にいどんだ花形が帰ってきたのは、夕方になってからだった。ちょっと遅かったことにオレ達がやきもきしてなにも聞けずにいると、花形はほほえんで言った。
「自分で答え合わせしてきたけど、たぶん大丈夫だと思います。心配おかけして」
謙虚な花形がここまで言うんだ。大丈夫だとオレは確信したよ。だからオレは改めて計画を思い出した。合格発表の日の、オレと母親が立てた作戦を。
全国大会が終わってから、オレはずっと思ってきた。せめて受験の日までは花形によけいなことは考えさせないようにしようって。だけど、発表が終わればオレ達は自由だ。多少花形を悩ませたところで文句言われる筋じゃない。実際オレ、イライラしてたんだ。ちゃんと自分の気持ちを伝えてないってことに。きちんと花形の気持ち、確かめてないってことに。
オレは、花形のことが好きだ。発表のその日、オレは花形にそう伝えようって決めていた。まあ、後のことはその時考えればいいよ。もし花形にふられたら、寂しく一人暮らしするだけの話だ。基本的に楽観主義者だし、そもそも嫌われることにはなれてるしな。
花形に嫌われたら海よりも深く落ち込むだろうけど。
合格発表の日まで、オレは密かに夢想し続けていた。
さて、問題の合格発表の日。
その日は朝からあいにくの雨模様だった。でも、オレの心はそんなちょっとした天気くらいではびくともしない。花形を笑顔で送り出して、それでも早く帰るようにと念だけは押して、早速オレは準備に取りかかっていた。
母親に手伝ってもらいながら、昨日買い物を済ませておいた材料で料理を作る。オレの計画は花形に手作りの料理を食べさせてやることだ。そのためにオレ、今日まで必死に練習してきたんだ。自分でもけなげとしか言いようがない。カレーの時の失敗もあるし、その時の汚名返上って意味もある。母親だって今日はそうそう手伝ってはくれない。昼食と夕食の下拵えという二段重ねの準備は、花形が帰って来るまでのおよそ三時間以内にしなければならないっていうんだからハードだ。準備が終われば母親はいなくなる。オレ達のためにわざわざ父親のところへ行くって言ってたけど、本当のところオレ達をだしに父親に会いたいだけだと思うね。単身赴任の遠距離恋愛も大変だ。
そんなこんなでてんやわんやの状態のまま、準備を終えた母親は早々に出かけて行った。オレも料理の順番を頭の中で復習しながら花形を待つ。その時間の短かったこと。玄関のドアが開いたとき、オレは勢い込んで出迎えに走っていた。
「花形」
玄関で、花形は満面の笑顔を形作る。疑う余地はなかった。なにもいえず、オレはやや高い位置から花形に抱きついていた。
「ふ……藤真……危ない!」
「お前、サイコーだ。お前といると夢が全部実現する気がする」
「それはオレの科白だ。ありがとう、藤真」
「次はいよいよ世界征服だ。でもその前に祝杯あげよう。もちろん酒はないけど」
花形の手を引いて、オレはダイニングまで来る。花形はちょっと部屋の中を見回して言った。
「おばさんは?」
「いないよ。何か用だったか?」
「いや、別に用はないけど」
「合格おめでとう、ってことづかってる。それより飯食えよ。冷めちまう」
花形はオレに笑顔で答えた。その笑顔はぜんぜん変わってなかった。初めて会ったとき、最高にリラックスした笑顔をオレに向けた。オレがほしいと思ったときに必ず笑ってくれた花形。夏のインターハイからこっちあまりみることのなかった花形の笑顔は、昔のまま健在でオレに不思議な安堵感をもたらす。そうだな、あのころからオレ、お前の笑顔が好きだった。オレがお前にこんな気持ちになるの、最初の出会いから決まってたことなのかも知れない。
夕食までの時間はバスケの話やこれからの大学の話で盛り上がった。そして、オレの苦心の作の夕食をそれとは知らずに食べる花形を、オレは一種の快感をもって見つめながら食事を終えた。
皿洗いも終えるころ、花形は再びオレに聞いた。
「おばさん、どこに行ったんだ? 帰ってくるんだろ?」
「そんなに気になるのか? まさかお前の初恋ってうちの母親じゃないだろうな」
「それは、違うけど……」
意地の悪いオレの一言に、花形は真っ赤になって答える。これだから花形をからかうのはやめられないよ。
「今日は帰らないってさ。一晩中ふたりっきりだ。嬉しいだろ?」
オレの言葉に、花形は動きを止めた。二人の間に静寂が流れる。雨音がやけに耳をついた。
「覚えてるだろ花形。あのときも母親はいなかった。お前がオレのこと抱き締めた。あの意味を今、聞かせてくれ」
花形は答えない。どう答えていいのか判らないって感じだ。これはオレの質問の仕方が悪い。
「あのときお前、オレのこと好きだって言わなかった。だけどオレが諦めかけたとき、お前オレのこと抱き締めたよな。……嫌いだって言われるならそれで諦められる。それなのにお前は好きとも嫌いとも言わないで……どんなにオレが不安だったか判るか? 結局宙ぶらりんのまま何か月もそんな気持ち引きずって−
これ以上、オレを不安にさせるな。友情しかないならそれでいいから。オレ、お前に無理強いするつもり、ぜんぜんないから」
花形の感情に訴えるように、オレは言葉を紡いでいた。こんな風にお前の優しさを利用しようとするオレは卑怯なのかもしれない。だけど、恋愛が卑怯じゃなくて何だろう。駆け引き仕掛けていようが何だろうが、オレはお前の気持ちを知りたいんだから。
オレの見せた弱みは、確かに花形の心を動かしたようだった。そんな悲痛にさえ見える花形に、オレが罪悪感を覚えるほど。
「……藤真と初めて出会ったときから、オレはお前から目が離せなかった。お前がものすごく自由に見えて、一瞬一瞬まるで表情が違って、オレ、どんどんお前に魅き込まれた。たぶんお前のこと少しでも知ってる人間はみんなそうなんだと思う。オレはほかの奴らからすればほんの少しだけお前に近くて、だからお前が時々オレにしか見せないお前がいるってことを教えてくれるたびに、オレはこの偶然にずっと感謝してた。ほかの奴らに対する優越感もあった」
はじめのころ、オレも持ってた。お前をひとり占めできる優越感を。それ、お前の中にもあった気持ちなのか?
「だから、オレはお前を傷つける奴が許せなかった。それはもうオレの驕り以外のなにものでもなくて……お前は本当にいい奴で、それなのにお前を落としめようとする人がものすごく多くて、オレ、そういうの悔しかった。お前のこと守りたかった。だけどそんなこと、お前にとっては迷惑でしかなかっただろ……?」
思い当たることはいくらでもある。確かにオレ、いつもお前に守られてた。そんなお前はものすごく居心地がよくて……。迷惑とは思えなかった。お前の言うとおり、ある意味で迷惑なことだったのかも知れないけど。
「そんな風に感じたことはなかったよ。ずっと感謝してた」
「藤真がそういう奴だからオレ、お前に甘えてた。むりやり思いこもうとしてた。藤真はオレがいなくちゃだめなんだって。そう思ってるのは気分がよくて、だけど本当は逆なんだ。オレはお前がいなけりゃだめなんだ。……はじめて判った。あのとき、湘北に負けてお前が慰めてくれたとき、一人で立ち直ったお前を見て、お前とオレとの差を感じた。本当に守られてたのはどっちだったのか。……オレは、本当に情けない奴で、お前の親友でいる資格なんかないと思った。だけど……」
言葉を切った花形。二人の間に再び沈黙が流れた。どうしてだろう。花形はオレのことが好きだって言葉を絶対に言わない。オレは花形を情けない奴だなんて思ってなかった。オレにないいいところを持っているお前はいつも尊敬の対象で−
なんとなく、判った気がする。お前とオレの共通点が。お前もきっと自分に自信がない。お互いにお互いのことすごい奴だと思い続けてた。それは半分は真実で、半分は誤解だ。二人とも同じくらい臆病で、自分を見せるのが恐かった。お前のその気持ち、今のオレにはものすごくよく判るよ。
「花形、オレはお前と同じくらい情けない奴かもしれない。だけどたぶん、お前よりはいささかずうずうしい。オレはお前の親友にはオレはふさわしいと思ってるし、たぶん、お前の恋人にもふさわしいと思ってる。お前はオレに惚れてる。オレに夢中だ。そう信じてるから、これ以上臆病者になりたくないから、お前より先に言う。お前、それで後悔しないな?」
これで乗ってこなければオレの負けだな。でもまあ、ほとんどオレが告白したようなもんだ。花形の奴は驚いたようにオレを見てる。からかうでもない口調でオレにこんなことを言われるのが初めてだから、信じられない想いでいるのかもしれない。
「……だって、お前は……。お前が好きなのは、牧じゃないのか……?」
おい! どっからそういう結論持って来るんだよ!
「どうしてオレが牧を好きなんだよ!」
「だってお前キスして……覗いてたんじゃない! ただ、汗も拭かないで出て行ったから風邪でもひかないかと思って心配で……ごめん」
「……見てたのか」
なるほど。それでだいたい判ったぞ。牧がいきなりあんな行動とった訳も、途中でやめた理由も。牧の奴、心配で追い掛けてきた花形のこと見えたんだな。あのときの状況思い出してみれば、体育館からの最短距離でオレのうしろあたりから見てたとすれば確かにキスして、それも数秒間にわたってしてたようには見えたことだろう。
「ごめん。ぜんぜんそんなつもりなかったんだけど」
「判ったよ。結局お前にはその程度でしかないんだな。オレがほかの奴にキスされてようが、ほかの奴のものになろうが、ぜんぜん気にならないんだ」
「藤真、抵抗してなかったから……」
「あのとき牧、オレのこと連れに来たんだ。大学行ったら一緒に留学しようって。あのときは断ったけど、返事は今からでも間に合うかもしれない。……牧のキス、サイコーだったよ。身体が痺れるみたいんなって、頭の中真っ白になって。あんなキス毎日してくれるんだったらオレ……」
強引に腕を捕まれて見上げると、花形はほとんど怒り狂いそうな顔でオレを見つめていた。そうだよ。オレ、この顔がほしかったんだ。園田先輩を殴ったときと同じ、オレしか見えないっていうこの独占欲が。
「だめだ。やらない……!」
椅子ごとオレを抱き竦める。強すぎて不器用な腕。この腕がオレは好きだ。お前の全身に求められてることが判るから。
「牧なんかにやらない。オレが……ずっと好きで、ずっと見てきたんだ。だめだ。だめだ……!」
花形はつぶやきながら椅子ごとオレを押し倒した。背中に痛みが走る。だけどこんなのぜんぜん平気だ。強引な扱いもお前の腕の中にすべて溶けちまう。床の冷たさが熱くなった身体に心地いい。椅子の背もたれが背骨に食い込む。花形が気づいてさりげなく移動してくれりゃ最高なんだけど。
吐息を漏らしながら花形の唇が荒々しく吸い上げる。不器用なキス。あんまり激しすぎて歯がかちあってる。それを避けようと二人して口を開けるから顎がおかしくなりそうだ。黒ぶち眼鏡の縁が目尻に当たって痛いってこともちょっと言ってやりたいけど、ここで我に返られた日にはオレの努力はふいになっちまう。頑固者のお前のことぶっちぎらせるために、オレの払った努力は並大抵のもんじゃないんだから。
それでも、花形はふいに勢いよくオレから離れた。その目には今まで自分がしてたことへの驚きがある。頼むぜ花形。ここまで来てやめるなんて言い出さないでくれよ。
「ごめん、藤真……オレ、何でこんな……」
酔わせてくれ。オレが今、お前に惚れられてるってことに。
「どうしよう。自分が、止められなくて……」
身体の位置をずらしながら、オレは言った。花形をその気にさせられるように。
「どうして今日母親がいないのかわかってるか? ……絶対途中でやめるなよ。やめたら一生口きいてやらないからな」
「藤真……」
オレの名前を呼ぶお前の声、最高のイントネーションだ。
「どうせなら場所変えねえ? お前のベッドがいいな、オレ」
「ふじま」
「こんなこと、お前以外の奴には許さねえよ。絶対、お前だけだから」
ゆっくり身体を起こした花形がオレの身体を引き寄せて唇を求める。もっと優しく。じわじわとオレを快楽の海へとつれて行く。言いそびれた言葉をオレは幾度も心の中でつぶやいていた。
「ごめん、花形」
オレは今、花形のベッドにいた。隣では花形がオレを腕枕してほほえんでる。優しくて暖かくて、オレの不安も全部溶かしてしまうような笑顔だ。眼鏡を外した花形のこんな笑顔を見るのは、もしかしたらオレが初めてなのかもしれない。
「どうして?」
結局オレ、花形を最後までちゃんと受け入れられなかった。状況はオレが想像してたよりもかなりハードで、オレの身体はオレの意志とは逆に悲鳴を上げ続けていた。オレ自身はたとえ身体がばらばらになっても最後までするつもりだった。だけど、花形はそれ以上はどうしてもできなかった。オレにはそれがいたたまれなくて、でも事実最後までいってたらどうなってたかも判らないから、花形の英断にははっきり言ってほっとしていた。またそれが花形に申し訳なくて、さっきの科白になってこぼれ落ちていたんだ。
「ちゃんと、できたらよかった。だけど次の時はもっと大丈夫になるから」
「オレがもう少し上手だったらよかったんだ。オレ、こういうことよく判らなくて」
「そうだよ! お前がでかすぎるからいけないんだ! もっと縮めろ!」
「え? ……オレ、そんなでかくないと思うけど」
「いいや、でかい! 今度オレのと比べてみようか。絶対お前の方がでかいから」
「……それはちょっと遠慮したい」
花形のおかげですっかり今までの調子が戻ってきた。結局オレと花形って、こういう図式が一番ぴったり合ってるんだ。オレが花形のことからかって、花形が顔を赤くして絶句する、みたいなスタイルがさ。
「ところで花形、お前卒業したら家に戻るのか?」
オレの質問に、さっきまで顔を赤くしていた花形はちょっと真顔になった。
「うち、今けっこう大変なんだ。両親が小さな事業やってるんだけど、バブルの影響で経営が苦しくて。……本当はオレ、大学行かないで事業手伝うつもりだったんだ。だけど二人とも大学ぐらいは出とけって。オレが家にいると母親とかもどうしてもオレの世話とかしなけりゃならないだろ? だからオレ、一人でなんとかやってくつもりでいる。安いアパートか下宿先さがして」
そうか。外には見せないけど花形もけっこう大変なんだ。そういえば一人っ子だって前に聞いたことあったもんな。越境入学までして翔陽に入ったのも、そのへんの事情があったのかもしれない。
「それなら好都合だな。お前、オレに一つ借りがあったよな」
一昨年の夏、インターハイが終わったとき花形が言ったんだ。お前の言うことなんでも聞くって。もとはといえばオレのためにしてくれたことだからオレも貸しだなんて思ってなかったけど、交換条件にしちまえば花形も遠慮なんてしないだろう。
「覚えてる……けど」
「お前、オレのこと嫁にもらえ」
その時の花形の顔、オレたぶん一生忘れねえ。人生最高の驚きっていうか、この世の驚きを全部一人で抱えちまったって言うか、目を見開いたまぬけ面、写真に納めなけりゃもったいないくらいのおもしろさだ。そうだよ、普通はこれだけ驚くんだよ。ほんとにうちの母親は変わり者だ。
「安いアパート借りて二人で住めば家賃は半分だし、この数か月でオレ、料理とかけっこう上手になったし、重宝すると思うよ。会いに行く手間も電車賃も浮くしさ。それに、憧れねえ? オレ、同棲っての一度やってみたかったんだ」
「え? だって藤真……」
「それともお前、オレと暮らすの嫌か? そんなわけないよな。同じ大学行きたいってあれだけ駄々こねた奴だもんな」
「あの……でもそれは……」
「決まりだ。これから四年間、また同じ屋根の下だ。よろしくな」
たたみかけるようなオレの言葉に一言の反論もできず、結局花形は笑ってオレの独断を承認してくれた。抱き寄せて、今日一番優しいキスをオレにくれる。この唇がいい。オレのわがまま全部、お前に許されてる気がするから。
「藤真、オレ、嬉しい」
「お前の親、驚くだろうな。てっきり女の嫁さんつれて帰ると思ってるだろうから」
「そうだな。……でも、お前の親もだろ? 長男なのにオレなんかと同棲したりしたら」
「そんなそんな。あの母親に限って驚くなんてことねーよ。前にオレ、嫁に行くって言ったらなんて言ったと思う? 主婦って大変なのよ、簡単に言わないでほしいわ、だって。お前気に入られてるし、頼めば結婚式くらいさせてもらえるかもよ」
「……なんか、羨ましいけどすごいな」
「なんだったらお前の方が嫁に来るか? ウエディングドレス着て」
「ウエディングドレスならお前の方が似合うと思う」
口角泡を飛ばして、果たしてどちらがウエディングドレスを着るのがふさわしいのかを議論しながら、オレは胸一杯の幸せに浸っていた。これからはもう、お前に何でも言える。オレはもう判ったから。お前に惚れられてること。嫌われるんじゃないかとかぜんぜん考えなくてもいい。おもいっきりわがまま言って、それでもお前はきっと笑って許してくれるから。
ひとつ屋根の下でこれからオレ、作っていく。花形と二人で、もっともっと長い思い出。オレは強くなれるだろう。そばにはお前がいて、いつもバックアップしてくれているから。
そしていつか、オレはお前のすべてが判る。今はまだ判らないこと。それはたぶん、そうとう先のことになると思うけど。
花形のそばでオレは、この世で最高の男になる。
了
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