ひとつ屋根の下 おまけ
卒業式の日、花形は両親と水入らずで過ごすとかで一緒には帰らず、オレは一人で家に帰ってきた。そうしたら母親はどこかへ出かけちまってて、何と康子ねえちゃんが姪っ子をつれて台所に居座ってたんだ。
そういやもうじき二人目が生まれるとか言ってたな。大きなお腹抱えて子供の恵美のお菓子取り上げてむしゃむしゃ食ってる。恵美もかわいそうに。
「あら健司お帰り。今そこでお母さんに会わなかった?」
「ただいま。……会わないよ。今出かけたとこ?」
「うん、お父さんのとこね。……恵美ちゃんおじさんにご挨拶は?」
「こんいちわ」
おじさんね。……別にいいけど。
「こんにちわ、恵美ちゃん。何才になったの?」
一生懸命指を二本立てて見せようとしてる。女の子もこのくらいが可愛いいよな。チョロチョロして大変だって康子ねえちゃんは言うけど。
「お父さんの所って事は、もしかして帰ってこないの?」
「そう。でもとりあえずあんた達の面倒はあたしが見てあげるから心配いらないわよ。予定日まだ先だし。……お母さんも準備とかあるからしばらく帰って来ないんじゃないかな。新しいおうちもさがして来るみたいだし」
新しいおうち? 初めて聞く言葉に、オレは首をかしげた。
「なにそれ」
「あれ? 健司知らなかったの? ……まあいいわ。この際だから話してあげる。そこに座りなさいな」
オレが意味不明のままテーブルにつくと、ねえちゃんは慣れた手付きでお茶を煎れてくれた。その間にオレはさっきの新しいおうちについて考える。もしかしたら父親がまた転勤になるのかもな。転勤先の父親の住むところ決めてくるって意味かもしれない。
差し出されたお茶を一口飲んだとき、ねえちゃんは話しはじめた。
「あんたはチビだったからあんまり覚えてないかも知れないけどさ、お母さんとお父さん、ものすごく仲のいい夫婦だったのよね」
昔の事はよく覚えてないけど、たまに年に数回父親が帰って来ることもある。そのときの母親の様子見ればそんなの一目で判るよ。
「それがなに?」
「黙って聞きなさいよ。……お父さんの転勤が決まったのが今から十一年前でしょ? その時おねえちゃんは高校受験の真っ最中で、あたしも健司も小学生。とてもとても一緒に引っ越すなんてできない状態だったのよね。で、結果としてお母さん、こっちに残ることになったわけ。でも、お父さんの単身赴任が長引いた場合、ひょっとしてお母さんとお父さん、一生一緒に暮らせないんじゃないかって思ったと思うのよ」
そうだよな。オレが高校卒業するまで十一年かかるわけだし、そのあと大学行って社会人になってこの家に嫁さんつれてくるまで下手したら二十年くらい離れ離れって事もありうるような気がする。
「で、ここからはあたしの憶測だけどね。……お母さん、たぶんできるだけ早くお父さんの所行きたかったと思うの。その一番の早道は子供達を順番にこの家から追い出すことよね。最初の下宿人が来たとき、お母さんはおねえちゃんの家庭教師をただで雇ってるようなもんだみたいなこと言ってたけど、実際はたぶん狙ってたわよ。だからおねえちゃんの性格に合いそうな人、すごく慎重に選んでたもの」
……なんとなく、オレにも話が見えてきたような気がする。
「ほんとのところどこからが作為的な行動なのか判らないけどね。でも、おねえちゃんが事実高校卒業と同時にお嫁に行って、そうしたら一度の成功でずいぶん気が大きくなるわよ。あたしにもいい人あてがって、なんて考えるのは当たり前。まあ、あたしも乗っちゃったから何も言えないんだけどね。でもそこで問題になるのは健司よ」
ねえちゃん達ならともかく、男のオレが卒業と同時に結婚するなんてまず考えられない。オレの好きそうな女の子の下宿人つれてきたとしても、まとまるまではそうとう時間がかかるだろう。かといってそろそろ適齢期過ぎそうな大人の女とかじゃオレ、まるっきりねえちゃんみたいで絶対そういう対象として見ないだろうし。
お母さん、ひょっとして最初からマジでオレのこと、ホモにするつもりだったのか?
「健司って趣味激しいでしょ? 一度嫌いになったら絶対それ以上進展しないし、お母さんも悩んだと思うわよ。あんたは女の家族の中で育ったから女って生き物知り過ぎるくらい知ってるから、ただ可愛いいだけの女の子になんか絶対興味持たないし。でもそのかわり、健司は男の子には免疫ないのよね。小さいころからほとんどお友達のいない子だったもん。だからお母さん、最初は透君のこと、健司のお友達にするつもりで選んできたと思うな。これも憶測だけどね」
まるでオレの心の声が聞こえたかのようにねえちゃんはフォローに走る。黙って聞けと言われたからじゃなくて、本当にオレはなにも言うことができなかった。なにも言えないから更にねえちゃんは話を続けて……
「バスケバカのあんたが大学行って、体育大の合宿所にでも入ってくれれば万々歳だったんじゃないのかな。まあ、どっちにしてもいい方向に落ち着いてよかったんじゃない。透君、あんたにもったいないくらいいい子だもん。−ま、そんなわけでお母さん、あんたが家出たら念願の夫婦水入らずを実現させるつもりなのよ。生まれ育った家がなくなっちゃうのって、ちょっと寂しいけどね」
何かを懐かしむようなねえちゃんを、おれは呆然と見つめるしかなかった。
つまるところ、オレも母親の計略にまんまとのせられたって事かよ!
オレは改めて女って生き物の恐ろしさを痛感していた。
おわり
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