フォックスアイ
さて、いよいよレッドフォックスの盗みの当日。
おまわりさん達の数は総勢五十人におよんだ。それもそのはず、今回の場合、湘北署と陵南署の合同捜査で動員できる人数が倍増したのだ。湘北署のレッドフォックス対策本部では警備の最終チェックが行われていた。その様子は言うまでもなくレッドフォックスのアジトにモニターされている。
「まず、警備陣を五つのグループにわける。一つ目が高頭邸の塀の外側、二つ目が高頭邸の塀の内側、三つ目は屋敷の壁周辺、四つ目は邸内の金庫室周辺、五つ目が主要道路でのパトカーでの待機だ。魚住は第五グループを、池上は第一グループを頼む」
説明に立ったのは赤木本部長だ。赤木の言葉に池上はうなずき、魚住は言った。
「おう、まかせておけ」
「オレは第四グループを担当する。彩子は第三グループだ。ひとグループは十人の構成で、細かい位置はボードに示したとおりだ。連絡には無線機をつかう。異常があったらどんなに小さなことでも報告するように。何か質問は」
「あの、赤木課長」
言ったのは彩子だった。
「なんだ」
「どうもその時間リョータがうろつきそうなんですけど、どうしましょう」
「あの宮城とかいう探偵か」
「ええ。どうやら個人的に高頭氏に頼まれたらしくて。問題ないでしょうか」
「まあ、警備のじゃまさえしなければな」
「ただ、気になるんですけど、レッドフォックスのメンバーのこのラビット……ですか? 身長や体格がけっこう似通ってるんですよね。まさかとは思いますけど」
赤木は少し考えるようにしたあと、言った。
「そうだな、もしもという事もあるから、彩子はそいつについててもらうことにするか。今回は警備陣に人数が割けたからな、彩子一人くらいならなんとかなるだろう」
「まあ、本当に無関係ならリョータの方が離れないでしょうけどね。判りました」
「頼むぞ」
そんな会話が湘北署で交わされたあと、彼らは大挙して高頭邸に向かっていった。総勢五十人といえばパトカーの台数もかなりのものである。夜も更けた午後九時にそんなパトカーの大群に出くわした近所の住民は一様に不安な一夜を迎えることであろう。
予告状の時刻、真夜中の十二時まであと三時間のときだった。
そしてちょうど同じころ、レッドフォックスのアジトでは三人の男達がそれぞれに身支度を整えていた。
フォックスこと流川は割にたっぷりした長袖のTシャツにスラックス、靴は動きやすいやわらかめの革靴を履いていた。肩にはライフル、腰には三八口径の銃を下げ、指紋と硝煙のつくのを防止するための皮手袋も忘れない。夜目で目立たないよう、色はすべて黒で統一されていたが、洋平が苦労して製作した仮面にはカラフルな彩色が施されている。
レッドこと花道のいでたちはその名の通り赤で統一されている。真っ赤な髪は言うに事欠かず、真っ赤なランニングシャツに真っ赤なツイードのパンツ、靴はナイキの赤と黒のバスケットシューズだ。仮面は靴とお揃いの赤と黒の彩色で、炎のイメージがある。もちろん夜目でもかなり目立つことは言うまでもないのだが、レッドの場合は役割上多少目立った方がいいこともあるので、洋平もあえて指摘はしなかった。
その洋平=ラビットは、濃い色のジーンズで統一されていた。その身体にしては多少大きめなGジャンとGパン、袖と裾を二折りして、靴もジーンズのデッキシューズ。仮面には青と黄色の二色が使われている。髪はいつものオールバックとは違い、洗いざらしのまま自然におろしていた。もちろんしつこいほど丹念にブラッシングしているので、現場に髪の毛を残すようなことはないだろう。
そうしてそれぞれに支度を整えた三人は、作戦の最終チェックを終えて借りてきたワンボックスカーに機材を運び込む作業に追われていた。本来ならすべて徒歩で作戦を遂行する三人であったが、借りてきた重機が意外に重く花道の手におえないことが判ったので、急遽作戦を変更して車で運ぶことになったのである。
もちろん最終的には手で運ぶことになるから、今回の盗みは思ったよりもかなり重労働になることは言うまでもない。花道はそのほとんどを流川に押しつけることに成功していたので、けっして機嫌は悪くなかった。
「三十分前か、そろそろだな。流川、お前車の運転は?」
洋平の言葉に流川は軽くうなずいた。
「免許は持ってる。ただキープレフトが自信ねえ」
「そんじゃ途中まではオレが運転する。これ、偽造免許証だ。一応持ってろ」
湘北署の作戦会議は彼らには筒抜けだったので、検問の場所は判っている。だが万が一ということもあったので用心深い洋平は念のためそういうものも用意したのだ。
「流川が運転するのか? そんな車乗りたかねえ。洋平じゃだめなのかよ」
「花道が無線機動かせりゃかまわねえけどな。それにオレ、免許もってねえよ。流川の方が安心だって」
花道をなだめるのも一苦労である。これで歩合なしの平等賃金なのだから、洋平の働き過ぎは言うまでもなかった。
「そんじゃ行くぞ。作戦頭に入ってるな」
「おお!」
「ああ」
すでに住み慣れたマンションにしばしの別れをして、三人は総勢五十人の待つ高頭邸に乗り込んでゆくのである。
検問の包囲網をかいくぐり、フォックスと運転を代わってから、ラビットは警察無線を傍受し始めた。飛び交う電波の方は適当に聞き流して、送信の準備を始める。フォックスが運転するちょっとあぶなっかしい車はやがて高頭邸の周壁にまで到達しようとしていた。そこには一人の警官が見回りに立っている。
「よし、レッド。五秒で奴を眠らせられるか?」
「この天才に任せろ」
「名前も確認して来いよ」
レッドが車を飛び出した瞬間から、ラビットは無線機の送信スイッチを入れた。テープでトラック無線の会話を流す。きっかり五秒でレッドは警官を倒して戻ってきていた。
「ながたにがわって書いてあった」
「長谷川だろ? ……全員下車。忘れ物するなよ」
レッドが重機を、フォックスがそれよりいくぶん軽目の精密機械を背負って車を降りる。ラビットは無線機三つとロープを肩に下げてエンジンを切り、リモコン操作でドアをすべてロックした。外壁の見えるところに警官がいないことを確認して、ラビットは短く言う。
「レッド、サポート」
「おお」
まずはラビットがレッドの組んだ手に足をかけてそのまま壁の上に飛んだ。そして壁の反対側を見回す。そこはほとんど森になっていて、警官の姿はみられない。ちょうどよい枝振りの木にロープをひっかけると、それを伝ってまずフォックスが登ってきた。レッドは壁の下でロープに重機をくくりつけている。完了の合図をうけてラビットがロープの反対を握って壁の内側へ降りると、重機は壁を越えてフォックスの元までやってくる。それをフォックスはゆっくり壁の内側へ降ろした。ラビットが重機にくくりつけられたロープを外し、フォックスがロープを外側へ降ろしてレッドを導き入れる。そして二人が壁から飛び降りれば、三人と重機は壁の内側にやってこられるわけである。
「OK、気づかれてねえな。予告時間まであと十五分か。タイマーかけとくからレッド、送電線にこいつを仕掛けてくれ。オレとフォックスは妨害電波かけて金庫室に向かう。あとは頼むぞ、レッド」
「おう、任せろ」
レッドが身軽になって駆け出してゆく。それを見送って、フォックスがぼそっと言った。
「大丈夫なのか。信用して」
思えば今までの盗みの中で別行動を取るのはこれが初めてである。フォックスの言葉に、ラビットは三機の無線機をセットしながら答えた。
「あいつはトラブルメーカーだからな。一緒に行動するとこっちが巻き込まれちまうけど、一人にしとく分には心配ねえよ。自分の面倒は自分で見られる。 ―― よし、できた。こっちはこっちのことやるぞ。フォックス、悪いけど」
「ああ」
釈然としないまでも、フォックスは自ら重機を背負う。ここから金庫室までの往復をこれを持ったまま歩くというのはかなりしんどい作業だったが、フォックスアイのためと思えばなんとかなるものである。夜目と仮面で見えないにもかかわらずフォックスは重そうな顔をしないように自分に言い聞かせ、軽々とそれを持った。ラビットはさっきまでフォックスの背負っていた軽目の精密機械を背負う。無線機は落ち葉に隠して。
「目指すはフォックスアイ」
このだだっぴろい屋敷の中で、フォックスアイへの道程は遠い。
そのほんの少し前、金庫室の前に陣取った赤木はあちこちからの無線連絡を受け、自らも指示を出しながらレッドフォックスを待っていた。その時ふいに無線の電波が乱れた。
『あーっ、ええ、トラック野郎浜ちゃん、まもなく到着。ジジ……』
割り込んできたのはどうやらトラックの無線機のようである。トラックの電波は警察無線とはかなり波長が違うから、もちろんこれが違法行為であることは言うまでもない。
「電波法違反だな。こんな事態でなければとっつかまえてやるところだ」
ひとりごちて、また無線機に向かう。予告時間まであと十七分。そろそろ異常が表われてもおかしくない時刻である。
「魚住、そちらの異常は」
『特にない。このまま監視を続ける』
「判った。頼むぞ」
更に数分の時間をおいて、再び赤木が無線機連絡を取ろうとしたときである。また無線機の方にトラック無線が割り込んできたのだ。
『あー、ええ、テステス。再び浜ちゃんでーっす。ナウ、オン、ステージ。まずは一曲目、浪曲子守歌をお聴きくださいませませ。せーの、にーげーたあにょーぼにゃっみれんはなーいいいがあー ―― 』
へたな浪曲子守歌はいっこうに止む様子がなく、一分も経つ頃には赤木にもこれが妨害電波であることは明らかだった。こういうときに備えて会議のときに決めておいた電波の波長がある。赤木は無線機の波長を変えてみたが、三つ決めたはずの波長の全てには同じように浪曲子守歌が流れていた。
「糞う、レッドフォックスか。あじな真似を」
歯噛みしていたのも一瞬、赤木はすぐに作戦を変更して一番近くに待機しているはずの部下に向かって言った。
「石井! どこにいる!」
「はい、課長!」
眼鏡の部下はすぐに走ってやってきた。赤木部長が厳しいことは数々の苦い経験によって確認済みである。
「石井、無線がだめになった。これから走って行って波長の変更を指示して来い。五分以内に戻れよ」
「はい、了解しました」
赤木に波長を告げられた部下は、一目散に走り抜けてゆく。そしてそれから二分も経たないうちに別の部下が走って赤木の元へやってきたのだ。
「課長!」
「なんだ! どうした!」
「レッドフォックスが現われました!」
「なんだと! それで、場所は!」
「正面玄関であります! われわれ警察官を相手に素手で立回りをしております。それがなかなかに強くて……」
「要点を言え! 人数は! どのメンバーだ!」
「人数は一人です。真っ赤な髪ですのでレッドかと思われます」
「一人でか? 確か正面玄関には五人は配置したはずだぞ」
「その五人は全て突破されました。更に六人が応援に掛けつけましたがてこずっています。課長、銃の使用を許可してください。このままではわれわれは全滅です」
知っての通り、民間警察には相手が発砲するまでは銃を使用してはいけない決まりがある。過剰防衛としてよくて始末書、悪くすれば懲戒免職騒ぎになるのだ。万が一殺しでもした日には警察庁長官の辞職という事態を招いて出世街道は完全に閉ざされる。思えば民間警察官とはかわいそうな職業であるかもしれない。
「催涙弾かなにか使えんのか。相手はたった一人だのだろう」
「それがすばしこくて……ネットを投げたりしてみたのですがなかなか」
「警察の威信をかけてなんとしてもとらえろ。第二グループと第三グループの総力を上げて捕まえるんだ!」
「りょ、了解しました!」
警察官、それも捜査課の刑事として配置されている彼らは皆いっぱしの手だれ達である。彼ら十数人と互角に渡り合えるなど、格闘家としてもかなりの腕であると言わねばならない。レッドという男、相当の人間だ。だがどちらにせよ正面玄関で暴れているのは囮だ。あとの二人がおそらく金庫室の方にやって来るだろう。
その日、レッドフォックスのレッドは訓練を重ねた警察官二十人を相手に逃げおおせるという快挙をやってのけた。そしてそのままレッドは金庫室に向かうこととなるのである。
さて、またまた別室。ここはコンピューター制御の監視システムの収めてある一室である。ここには数人のオペレーターと高頭力、それに宮城リョータとその監視を仰せ遣っていた彩子女史が待機していた。壁にはいくつものモニターがあり、その一つには正面玄関で大立回りをするレッドの姿も映し出されていた。
「ほお、なかなかのものだね。泥棒でなかったらうちの警備部長にスカウトしたいくらいだよ」
彩子は釈然としない思いにイライラしていた。こんなシステムがあるのならもっと早く教えてくれれば警備に役立てることだってできたはずなのに。リョータの監視に思わぬシステムをかいま見た彩子は、赤木もこの部屋で指令を出させればよかったと一人で歯噛みしていた。
「あれ、モニターの一つにモザイクがかかりましたね。レッドフォックスのもう一つのグループですか?」
リョータの言葉に顔をあげると、左から二番目のモニターには確かにモザイクのようなものがかかって画面をすっかりアダルトビデオのように変えてしまっている。
「そのようだね。まあ、監視カメラにも死角がある。その死角から近づいてカメラに何かフィルターのようなものをかけたんだろう。あとでテープを戻して分析してみることにしようか」
彩子にはそのカメラの位置がどこなのかが手に取るように判る。それを赤木に報せてやりたかった。だが、リョータがここにいる以上、彩子はうかつには動けないのだ。リョータがレッドフォックスの最後のメンバーでない証拠はまだないのだから。
「高頭さん、もちろんこの資料は警察に提供して頂けるんでしょうね」
ほとんど負け惜しみのように彩子はつぶやいた。そのつぶやきに高頭は意地悪そうに答えた。
「当然だよ。私は善良な一市民だからね。全ての資料は捜査に役立ててもらえるよう配慮するつもりだよ」
「それはどうも」
このひとくせある高頭という男の真意が彩子にはだんだん見えてきていた。高頭はフォックスアイをだしに、警察組織に恩を売るつもりなのである。たとえフォックスアイが盗まれようとも、警察組織へ圧力をかける力を蓄える方を選んだわけである。その狡猾さに彩子は吐き気さえ覚えずにはいられなかった。
「それじゃ、高頭さん、オレはそろそろいきますよ。成功を祈っててください」
「頼んだよ、宮城君」
「どこ行くの? リョータ」
「うん、ちょっと下まで。アヤちゃんも来る?」
こんなときに動くなんてますます怪しいじゃないの。彩子は当然のように言った。
「そうね。あたし一応あんたの監視役だもの。目を離したら赤木課長にしかられちゃうわ」
「なんかオレ幸せ。アヤちゃんと一晩一緒に過ごせるなんて」
「誤解を招くような言い方しないでほしいわ」
「その冷たいしゃべり方がまたいいんだよな」
リョータのあとについて歩きながら、彩子は高頭力の方にこそ監視が必要なのではないかとひそかに思っていた。
そんな、警察組織の中では彩子が一番状況を把握してしかもそれを誰にも伝えられずにイライラしているころ、フォックスとラビットは監視カメラにモザイクフィルターをかけることに躍起になっていた。
なにしろ顔を見られてはアウトなのである。ご近所さんの湘北署の連中にあっという間に見つけられて逮捕されてしまうのだから、迂闊に表も歩けなくなってしまう。レッドの場合は表玄関で暗いこともあるし監視カメラからはかなり遠くで立回りすることを指示できたのだが、廊下となれば一番遠くてもせいぜい三メートルがいいところである。所どころに立っている警察官を麻酔スプレーで眠らせながらの作業は、遅々として進まなかった。
そろそろ警察無線も回復するころである。送電線にしかけた時限爆弾が作動する時刻まであまり時間もない。その時刻までには金庫室を開けておかなければ、ラビットの作戦が根底から崩れてしまうことはいうまでもなかった。
と、その時、今自分たちが来た方角から、一人の警察官が走ってきたのである。
「赤木課長! 大変です! レッドフォックスが正面玄関に……あっ!」
ラビットたちは知らなかったが、それは赤木の部下の石井であった。無線の新しい波長を知らせに行った帰りに正面玄関の騒ぎを聞き付けて慌てて報告に戻ってきたところだったのである。
「きさまら……レッドフォックス ―― 」
最後まで言い終えることはできなかった。ラビットが当て身を食らわせ眠らせたからである。だが、石井が叫んでいたことでもわかるとおり、赤木が監視していたのはその廊下の角を曲がったすぐそばだった。もちろんその声は赤木に聞き付けられている。
石井を眠らせて二人が振り返るのと、赤木が角を曲がってこちらを認めるのとはほぼ同時だった。
「レッドフォックス!」
ここまで離れていては一足で近づいて麻酔スプレーで眠らせることは不可能だった。その一瞬の隙を逃さず、赤木は新しい波長をあわせた無線機に向かって声を上げた。
「屋敷内の者は全員金庫室前に集合! レッドフォックスが現われたぞ!」
その呼びかけに答えられるものはほぼ全員ラビットが眠らせてしまっていて事実上いなかったのだが、二人にはかなりの圧力になって襲いかかっていた。二人とも声を聞かれることを恐れて何もしゃべらなかった。が、無線機に答える声がないことを知ると、背負っていた機械を床におろし、まずはフォックスが目の前のたった一人の捜査課長に襲いかかっていた。
長身のフォックスよりもさらに五センチは大きい赤木である。体重にいたっては十五キロは違うだろう。瞬発力とスピードのあるフォックスの回し蹴りを片手で受けとめ、さらに跳ね返してフォックスを床に転がした。そのうえにのしかかろうとするところをかろうじて避け、フォックスは持っていたライフルを振り上げる。ガツンという鈍い音がして、赤木はうめいて倒れそうになりながらもなんとか正気を取り戻しておき上がろうと呻く。その鼻面にラビットは麻酔スプレーを噴射した。それでようやく頑強な捜査課長は昏倒したのであった。
「すげえ、ライフルの角で殴られて起き上がるか普通」
「……まるでゴリラだ」
フォックスにしては珍しく感想を述べると、立ち上がってその数十キログラムにもおよぶ重機を抱え上げた。ラビットもいつまでも呆けているわけにはいかない。精密機械をもって、その最大の難関、金庫室の金庫やぶりにいどむのだ。
「時間がねえな。フォックス、しばらく集中するから見張っててくれ」
重機をドアのすぐ近くに下ろし、廊下の角まで行って周囲を見張る。その間にラビットは金庫室の金庫の配電盤をこじあける作業にかかっていた。この配電盤から来るわずかなパルスを精密機械で受けて分析して、金庫の番号を調べるのだ。微妙な作業で細心の注意を払わなければならない。少しでも余計な部分に触れたらセキュリティーシステムが作動して金庫は開かなくなってしまう。だがそこはラビットのことである。時々まぬけな金庫の持ち主が番号を忘れて開けられなくなってしまったときに鍵屋が使うこのシステムを扱うのに、そう苦労するものではない。わずか一分後に金庫の番号は判明して、その番号で金庫は開いた。その数秒後、遠くでかすかに爆発音がして屋敷の電源が一斉に切れて真っ暗になったのであった。
「ほう、あぶねえ。ぎりぎりセーフだ」
屋敷の電源が切れれば金庫も開かない。だからラビットは電源が切れる前に金庫を開けなければならなかったのだ。そして、金庫室に入るためには電源が入っていてはだめだった。中にはレーザー光線が走っていて、そのまま迂闊に入れはローストラビットとローストフォックスになってしまう。そしてさらに、電源が自家発電に切り替わるまでがわずか一分しかないのだ。その間に金庫室から出なければまさにローストラビットにローストフォックスの運命となる。急がなければならなかった。
「フォックス、早くフォックスアイを」
「ああ、判ってる」
二人は重機と精密機械を持って中に入った。そして懐中電灯で照らしながら中をさぐる。一分は短いというのに、ラビットは素っ頓狂な声を上げた。
「おう! 現ナマ。五千万はあるか?」
「……金か?」
「ああ、脱税でもしてんのかもな、あのおっさん。そっちは見つかったか?」
「……あった」
「それじゃ脱出だ。……げっ! あと二十五秒」
フォックスが目当ての物を懐にしまうのを見届けて、ラビットは重機の操作をはじめた。そのころになってレッドが駆け込んで来る。あと数十秒遅ければローストレッドになっているところだ。
「外の奴が集まってきてるぞ。早くしねえと」
「それより車の方が心配だ。いっそのこと全員こっちに集まってくれねえかな。……よし、できた。耳ふさげ」
その一秒後、ボンというとてつもない大音響があって、三人は煙に巻かれていた。それを払いながら見ると、目の前の壁に大きな穴が開いている。そしてその穴の五十メートル先はさっき三人が越えてきた壁なのだ。そう、金庫室まで屋敷の中を回ればかなり遠いのだが、直線距離にすればわずか三分の一に過ぎない距離であるのだった。
「逃げるぞ。あと五秒!」
まだ熱いままの重機をレッドが担ぎ、精密機械はフォックスが担いで金庫室をあとにする。
そして三人はあとはただひたすら逃げるのみ。
―― の、はずだった。
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