ジャングル童話
がけの下にたおれていたいきものは、もちろんジャングルの人間ではありません。ちがう国のふつうの人間です。なまえは水戸洋平といいます。洋平はたんけん家でした。せかい中のいろいろなところをまわって、たくさんのいせきを自分の目で見て歩いているのです。
洋平のこんかいのもくてきは、ジャングルの中にあるむかしのいせきでした。それはとおいむかしのでんせつで、だれも見たことはありません。洋平はだれも見たことがないそのいせきを見てみたいと思いました。だれも見たことがないから、よけいに見てみたいと思ったのです。
たんけん家は、ぼうけん家でもあるのです。
洋平はまわりの人々にはんたいされても、それでもぼうけんがしたいと思いました。だからたったひとりでこんなジャングルになどやってきたのです。でも、ジャングルは洋平が思っていたよりもずっときけんなところでした。ジャングルのようすがわからない洋平は、あやまってがけからおちてしまったのです。
もっていたかばんも、ぼうしもなくしてしまいました。足をけがしてうごけなくなってしまいました。日もくれてしまいました。もうおしまいです。とおくでもうじゅうのこえがします。このまま洋平は、あのもうじゅうに食べられてしまうのだと思いました。
ねむってしまうしゅんかん、洋平は思いました。どうせ食べられてしまうのだったら、ねむっているあいだがいいな、と。そう思いながら洋平はねむりました。もうたすからないのだと、あきらめて洋平はねむったのです。
ところがどうでしょう。洋平はなにやら気持ちいいかんじがして目をさましたのです。からだがとてもあたたかくなるようなかんじです。洋平はふしぎに思いました。もしかしたら天国かもしれないと思いました。
やがて、目をあけた洋平はびっくりしてとびおきました。目のまえにまっ赤ななにかがいるのです。それは自分のからだのまんなかにうずくまって、洋平のいちばん気持ちのいいところをなめています。いつのまにかきていたようふくがぜんぶぬがされています。いっしゅんおどろいてうごけなくなってしまった洋平のまえで、赤いかみの毛をしたそれはゆっくりとかおをあげて、洋平に笑いかけたのです。
「なん……!」
洋平はうごこうとしました。でも、足がいたくてうごけません。洋平はこわくなってきました。なにしろいつのまにかはだかにされていて、気持ちのいいところをなめられていたのです。おどろかないはずがありません。見ると目のまえのなにかは、はだかであかだらけで、人間のかたちはしていても人間のようには見えません。まるでまっ赤なかみの毛のライオンのようです。洋平はこのまま食べられてしまいそうに思いました。でも、赤いかみの毛の人間は、洋平を食べようとはしませんでした。
いちど洋平に笑いかけた男の子は、また洋平の気持ちのいいところをなめはじめました。洋平のからだの中に、あたたかいものがながれこんでいくような感じです。気持ちよさが洋平のからだをあたたかくかえていきました。それはなんという気持ちよさだったでしょう。洋平はおどろいて、こわくて、でもあんまり気持ちがよくて、こえを出しました。そのうちにこわいという気持ちがすこしずつなくなっていきました。あまりの気持ちよさに、からだがしぜんにうごきました。声がどんどん大きくなっていきました。
「あぁ……っ! はぁ……はあっ」
こんな気持ちよさははじめてです。洋平のからだはびくんとうごきます。少しからだをおこして、じめんについた手がはいまわります。そのうちにさぐりあてた小石をにぎりしめました。足もうごきます。いたい足のこともわすれて、洋平はからだ中をうごかしました。
「ああ! ……オレ、もう……」
洋平は心の中のぜんぶをからだのまん中にあつめました。そして、いきをとめます。洋平の心のぜんぶが、まん中からとびだしました。おどろいたのは男の子です。もちろん男の子はそうなることを知っていました。だけど、このいきものもおなじだということがよくわからなかったのです。でもいまわかりました。自分はこのいきものに、とっても気持ちのいいことをしてあげられたのです。
男の子はうれしかったので、よごれてしまった仲間のからだをなめてきれいにしてあげました。そしてかおをあげて笑いかけます。男の子は仲間のいきものがおどろいていることもわかりました。だから、自分がいきものの仲間で、ぜったいに食べたりしないとつたえたかったのです。
洋平は自分があんまり気持ちよかったので、少しのあいだぼーっとしていました。でも、男の子がよごれてしまったからだをなめてきれいにしてくれたのは、ちゃんと見ていました。そして、いっしょうけんめいに笑いかけてくれている男の子のようすも見ていました。男の子の気持ちは、洋平につたわりました。そう、男の子がぜったいに自分を食べないことが、洋平にはわかったのです。
洋平はもっとちゃんとからだをおこして、けがをしたあしを見てみました。するとどうでしょう。あしにはちゃんとてあてがされているではありませんか。この男の子がしてくれたにちがいありません。洋平は男の子をごかいしていたことに気がつきました。そしてそのときはじめて、洋平は心から笑うことができたのです。
「ありがとう。きみがてあてしてくれたんだね」
いきものが笑ってくれたことで、男の子は天にものぼるくらいうれしくなりました。はなしていることばは男の子にはわかりません。男の子はことばをだれにもおそわったことがなかったからです。でも、いきものがよろこんでくれたことは、男の子にもわかりました。男の子はうれしくてうれしくて、おどりあがってよろこびました。
「オレは洋平。きみのなまえは?」
男の子はいきものがこえをだしていることはわかりました。でも、なにをいっているのかはわかりません。ちょっとくびをかしげてみます。
洋平は男の子のようすを見て、男の子がことばをはなせないのだとわかりました。でも、いったいどうしたらいいのでしょう。ことばをはなせない男の子に、どうやってありがとうとつたえたらいいのでしょう。
洋平はこまってしまいました。あしのけがをてあてしてくれたことも、気持ちよくしてくれたことも、洋平はとてもうれしかったのです。だけど、ことばをしらないあいてにつたえることはできません。ありがとうというだけでは、洋平の気持ちは男の子にはつたわらないのです。
ほんとうは洋平のありがとうは、男の子にはじゅうぶんつたわっていました。でも、洋平にはそのことがわかりませんでした。洋平はかんがえました。そしてやっと、どうすればいいのかわかったのです。
男の子がしてくれたように、自分も男の子を気持ちよくしてあげよう。そうすればきっとつたわるはずです。洋平が気持ちよくてうれしかったことが、きっと男の子にもわかるはずです。
洋平は、ふしぎそうに自分を見ている男の子の手に、そっとさわりました。男の子はちょっとおどろきましたが、いきものがよろこんでいることがわかりましたので、そのままさわらせてあげました。洋平はこんどはもう少しちかづいて、男の子の顔をさわります。男の子はもっとおどろきましたが、いきものがやさしい顔をしていたので、そのままさわらせてあげました。
洋平はもっともっとちかづいて、男の子の顔に自分の顔をよせました。男の子はもっともっとおどろきましたが、いきものがとてもあたたかいように思ったので、ずっとうごかないでいました。
やがて、洋平のくちびるが男の子のくちびるにふれました。男の子はどきどきしてきました。いきもののくちびるがとてもあたたかくてやさしくて、まるでうれてしぜんに木からおちてきたくだもののようにあまかったからです。
洋平はりょう手で男の子をだきしめました。男の子もりょう手で、やさしくいきものをだきしめました。
同じからだがぴったりとあわさります。それはとても気持ちがよくて、男の子はもっとずっとそうしていたいと思いました。おどろいたときやたくさん走ったときよりももっとどきどきしたのははじめてです。それは、男の子がはじめて好きという気持ちを知ったしゅんかんでした。でも男の子にははじめての気持ちだったので、どうして自分がこんなにどきどきするのかちっともわかりませんでしたが。
ながいあいだ男の子のくちびるにふれていた洋平は、やがてゆっくりと男の子からはなれました。そして、おどろいている男の子にもういちど笑いかけました。男の子はほんのりと赤い顔をしています。そんな男の子がかわいらしくて、洋平はしぜんにほほえみました。
洋平は男の子をおどろかさないように、ゆっくりと男の子のいちばんたいせつなものにさわります。そして、おどろいて顔を赤くした男の子をあんしんさせるように笑いかけたあと、男の子のあしもとにひざまずいて、そっと、くちびるをよせました。
男の子はおどろきました。でも、ほんとうはとてもうれしかったのです。いきものは男の子を気持ちよくさせてくれるのですから。男の子はさっき、いきものを気持ちよくさせてあげたくて、いきものをなめてあげました。でも、いきものも自分にそうしてくれるなんて、夢にも思わなかったのです。なめてあげるだけで、男の子はとてもしあわせな気持ちでした。でも、なめてもらえたらきっと、もっともっとしあわせなのです。
いきものはしたをのばして、男の子をなめました。男の子はすぐに気持ちよくなって、すぐに大きくなります。いつも自分でさわるときよりも、たくさん気持ちがよくなりました。心の中はうれしさと気持ちよさでいっぱいになりました。
「アァ……ウゥ……」
男の子はこえを出しました。さっきいきものが出していたこえとおなじです。男の子はとても気持ちがよくて、すぐにでも心がとんでしまいそうでした。でも、どうしたことでしょう。いきものはそこで、男の子をなめるのをやめてしまったのです。
「アー……?」
どうしてやめるの? 男の子はそうきいたつもりでした。いきものは顔を上げてにっこりとほほえんでいます。そして、足がいたいのに、いっしょうけんめいからだをあおむけにしてねころがろうとしているのです。
男の子はいきものがしようとしていることをてつだってあげました。男の子は自分が気持ちよくなりたいとも思いますけど、やっぱりいきもののやくにたつほうがたいせつなことのように思ったのです。男の子がてつだったおかげで、いきものはうまくねころがることができたようです。そのままいきものは男の子のたいせつなものにふれました。そして、いきものの足のあいだに男の子のたいせつなものをひきよせようとしました。
男の子には、いきものがなにをしようとしているのかわかりませんでした。でも、なんだか男の子はどきどきしてきました。いきものも男の子にすこし近づいて、やがて男の子の大切なものはいきものの足のあいだにぴったりとおしつけられます。そのとき、いきものはちょっと男の子のせなかをたたきました。
「しんぱいしなくてもだいじょうぶだよ。はいっておいで」
やさしくほほえんだいきものを見て、男の子はいきものが自分に、このままここにはいるようにといっていることがわかりました。でも、それがどういうことなのか、男の子にはわかりません。はいったらどうなるのでしょう。男の子の中には、ちょっとこわいという気持ちと、はいってみたいという気持ちがあって、どきどきしてふしぎな気持ちになりました。
「どうしたの? だいじょうぶだよ。こわがらなくてもへいきだよ」
たとえことばがわからなくても、男の子にはいきもののいっていることがわかるような気がしました。男の子はゆうきを出しました。ゆうきを出して、いきものの中にはいってみようと思ったのです。
男の子はからだに力をいれてみました。洋平も男の子がはいりやすいように、少しからだをひらきました。でも、なかなかうまくはいりません。二人は心を一つにして、いっしょにがんばりました。すると少しずつ、男の子が洋平の中にはいっていくではありませんか。
「アア……」
男の子はおどろきました。なぜなら、さっきいきものになめてもらったときよりも、ずっと気持ちがよかったからです。男の子はむちゅうになって、いきものの中にはいりました。そしてとうとう、男の子のたいせつなものはぜんぶいきものの中にはいったのです。
男の子はうれしくなっていきものに笑いかけました。でも、いきものはとってもいたそうな顔をしています。男の子はしんぱいになっていきものを見ました。だって、いきものがいたい思いをしていると、なんだか男の子までいたいような気がするのですから。
「オレのことをしんぱいしてくれるの? でもだいじょうぶだよ。だいじょうぶだからうごいてごらん。きっともっと気持ちよくなるよ」
洋平はほほえみながらいいました。洋平はほんとうはいたかったのです。でも、いたいことよりも男の子が自分の中にはいってきてくれたことのほうが、もっとうれしかったのです。男の子が気持ちいい思いをしてくれることのほうが、もっとうれしかったのです。
ことばのつうじない男の子のために、洋平は自分から少しうごいてあげました。男の子のたいせつなところから、気持ちよさがぜんしんにひろがっていきます。男の子も自分でうごいてみました。いままでかんじたことのない気持ちよさに、男の子はからだがとろけてしまいそうになりました。
「アア……アァ……! ハァ……」
「あぁ! ……うっ、ん……」
二人はこえを上げました。からだ中がうれしさでいっぱいになります。二人はむちゅうになってうごきました。うれしくて、気持ちよくてしあわせで、二人が一つになっているよろこびに、からだ中をふるわせました。
やがて、男の子の心のぜんぶが、からだのまんなかから洋平のからだの中にそそがれていきました。男の子にさいこうのいっしゅんがおとずれたのです。男の子はそのいっしゅんを、うごきをとめてむかえました。洋平もかんじました。からだの中にそそがれた男の子の心を、洋平はよろこびでいっぱいにした自分の心でむかえいれたのです。
男の子は洋平のからだの中からぬけだして、そのまま洋平をだきしめました。とっても気持ちよくってうれしかったことをつたえたかったのです。その気持ちは洋平にはつたわりました。そして、洋平がつたえたかったありがとうはちゃんと男の子につたわったことも、洋平にはわかりました。
ことばがなくても、気持ちはつたえられるのです。洋平はいまとてもしあわせでした。
いま自分がしあわせだよ、といういみをこめて、洋平は男の子のほおをぺろっとなめました。男の子もまねをして洋平のほおをぺろっとなめました。
洋平はうれしくなりました。そして、いいことを思いつきました。洋平はゆびで自分をさして、いってみました。
「洋平」
男の子はちょっと首をかしげています。洋平はもういちどいいました。
「洋平」
男の子はまねをしていいました。
「ウオ……ヒ」
「ハハハ……ちがうよ。洋平」
「ウヨ……ヒェ」
「ハハハ……」
洋平が笑ったので、男の子も笑いました。二人はおおきなこえで笑いました。森のこりすがおどろいてとびあがってしまうくらいおおきなこえで。
「洋平だよ。……きみにはなまえがないんだね。つけてあげるよ」
洋平はかんがえました。この、まっ赤なかみの毛をしたあいぼうには、いったいどんななまえがふさわしいのでしょう。洋平はいっしょうけんめいかんがえました。そして、あるなまえを思いつきました。
「花道……花道にしようか」
それは、洋平の夢でした。花道ということばは、洋平の国のことばではとくべつないみがありました。一つのことにすぐれたひとが、たくさんのひとのかんせいをあびながら歩く道のことをいうのです。洋平はいつかせかいでたった一つのたからものを見つけて、花道を歩いてみたいと思っていたのです。
「ハラ……ム?」
「気にいった? それじゃ、きょうからきみは花道だよ。は、な、み、ち」
「ハラ……ビ」
「ハハハ……」
花道といっしょに笑いながら、洋平は思いました。もしかしたらせかいでたった一つのたからものは、この花道なのかもしれない、って。ジャングルで生まれて、ジャングルでそだった花道。せかい中のだれも知らない花道。いま洋平は、せかいでたった一つのたからものを見つけたのです。花道はきっと、せかいのどんないせきよりもすばらしいたからものなのです。
花道だって見つけました。それはたった一人の仲間です。もう花道はひとりぼっちではありません。お父さんやお母さんはいないけれど、花道はいま、洋平というたいせつな仲間とであうことができたのですから。
花道は思いました。このいきものにジャングルのことをたくさんおしえてあげよう。そして、このいきもののためにたくさんのことをしてあげよう、と。もちろん、気持ちいいこともしてあげます。そのほかにも、いきものがよろこぶことをたくさんしてあげよう。
そしていつか、おさかなを食べさせてあげるのです。それにはいっぱいれんしゅうしなければなりません。なあに、だいじょうぶ。花道はつよいおとなです。すぐにおさかなにだって勝てるようになるでしょう。
やがて、花道はことばをおぼえます。そしてそのとき、二人は自分の好きという気持ちをつたえることができるでしょう。でもいまは笑っています。それだけでおたがいの気持ちがつたわるから。
そして二人は、すえながくしあわせにくらしました。
めでたしめでたし
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