ジャングル童話
大きな大きな、とっても大きなジャングルのおくに、一人の男の子がすんでいました。
とうてい人間が入れるような所ではありません。たくさんのしゅるいの大きな木がびっしりすきまなく生えています。たくさんのしゅるいの虫がとんでいたり木にへばりついていたりします。中にはどくをもった虫もいます。とかげやへびや、もうじゅうもいます。ふつうの人なら一日だってくらせるところではありません。もうじゅうに食べられてしまったり、どく虫にかまれてしまったり、道にまよって出られなくなってしまいます。
だれも、このジャングルには近づく人はいませんでした。
だから、男の子はいつもひとりでした。
男の子は、どうして自分がひとりきりなのかわかりませんした。ほかの動物たちはみんな、同じすがたをしたなかまがいます。虫もとかげももうじゅうも、みんな同じすがたをしたなかまがいます。だけど、男の子と同じすがたをした動物は、いままで見たことがありませんでした。
男の子はほんとうにひとりぼっちでした。ほんとうにひとりぼっちだったから、自分がさびしいということもわからないくらい。
どうして男の子はひとりぼっちだったのでしょう。男の子のお父さんやお母さんはどうしてしまったのでしょう。男の子にはお父さんやお母さんのきおくはありませんでした。だけど、人間はお父さんやお母さんがいなければ生まれません。男の子のお父さんやお母さんは、もうじゅうに食べられてしまったのでしょうか。それとも、ジャングルで道にまよって、男の子とはぐれてしまったのでしょうか。
それはわかりません。でも、男の子はたったひとりでたくましく生きてきました。
男の子は木にのぼるのがとくいです。木にのぼったら、おいしそうな木の実をえらびます。とおくのじめんでうごいているとかげを見つけたら、おいかけてつかまえます。
走るのもとくいです。すばやいへびにもまけません。もうじゅうにおいかけられてもちゃんとにげられます。
男の子は川のあるばしょも知っています。川にいくと、水をのんでからだのかゆいところをあらいます。川のおさかなをつかまえるのはちょっとにがてです。おさかなはすばしっこくてつるつるすべるので、たいらでやわらかいつめをもった男の子は、じょうずにつかまえることができないのです。
それでもだいじょうぶです。男の子はおさかなを食べられなくても、そのほかのたくさんのものを食べることができるからです。
男の子はとても大きくなりました。まっ赤なかみの毛は、まるでもえあがる火のようです。
もうりっぱなおとなです。そのしょうこに、男の子にはできないことはありません。おさかなをつかまえることはできないけれど、大きなもうじゅうとであっても、いっぽもひかずにたたかうことができるでしょう。
男の子はときどき夕日を見ながらかんがえます。
どうして自分はひとりぼっちなんだろう。どうして仲間がいないんだろう。だけど、答えを見つけることはできません。その気持ちがさびしいということなのだということも、男の子にはわからないのです。
ねむりにつきながら、男の子は思います。あしたは見つかるといいな。自分とおんなじからだをした、自分の仲間が。
そうして男の子はねむりにつきます。だれかにであえる日をゆめみながら。
男の子はあさおきると、まっさきに川にむかいます。ねむっているあいだにかわいてしまったのどをしめらせるためです。きょうも男の子は川にむかいました。とちゅう、うごきのおそいとかげを見つけましたが、あさごはんは川のかえりにきめていたので、つかまえないでにがしてやりました。
川にいくと、まいあさ見かけるおさるのおやこがいました。だけど、ちょっとようすがへんです。ちょうどがけの下になっているあたりにいて、おちつかないようすでうろうろしています。男の子もおかしいなと思いました。そして、がけの下のほうにいってみることにしたのです。
男の子のすがたを見て、おさるのおやこはあわててにげていきました。男の子はおさるは食べません。だけどおさるは、大きなからだの男の子がこわいようです。
おさるがにげていったあとを見ると、そこにはいつも見かけないなにかちゃいろいものがよこたわっていました。男の子はおっかなびっくりちかづいていきます。なにかへんなもうじゅうだといけませんから、いつでもにげられるようにからだをひくくして。そうしてゆっくりとちかづいていくと、男の子にもだんだんそれがなにかいきものだということがわかりました。自分よりもちょっと小さいいきものです。そしてそのいきものは、どうやらねむっているようです。
男の子はまぢかまでちかづいてみました。そしておどろきました。そのいきものは男の子によくにているのです。男の子はむねがどきどきしてきました。もしかしたらこのいきものは、男の子の仲間なのかもしれないからです。
男の子はそのいきものを目をこらして見てみました。あたまのほうは男の子とおなじようです。黒い色の自分よりすこしみじかいかみの毛がふさふさと生えています。かおのなかみもたぶんそんなにちがわないように思いました。男の子は自分のかおをちゃんと見たことはありませんから、川にうつった自分のすがたをおもいだしてそう思ったのです。だけど、首から下がちょっと……いえ、ずいぶんちがいました。このいきものの首から下は、なにかちゃいろいふくざつなかたちをしていたのです。
男の子は首から下のちゃいろくないところを見つけました。それは手です。男の子はいきものの手をよく見てみました。そして自分の手とくらべます。ゆびのかずをかぞえて(それはずいぶんくろうしましたが)おなじだと思いました。男の子はうれしくなりました。だって、ゆびのかたちもつめのかたちも、そのいきものはほんとうに自分によくにていたからです。
男の子は、このいきもののからだが自分とどうしてちがうのかと思いました。おなじならいいと思いました。だから、ほんとうにゆっくり、男の子はいきもののからだにさわってみました。ちゃいろいからだはへんな手ざわりです。かわいてざらざらしています。
男の子はそのからだをちょっとひっぱってみました。するとどうでしょう。なにかぷちんとおとがして、ちいさなまるいものがはじけとんだのです。
男の子はおどろいてとびあがりました。いきもののからだをこわしてしまったと思ったのです。だけど、いきものはいたそうなかおをしません。男の子はもういちどちかづいて、そのはじけとんでちょっとひらかれたところをのぞいてみました。その中には、こんどは黒いからだがのぞいています。男の子はいきものがまだいきをしていることをかくにんして、もういちど、ちゃいろいからだをひっぱってみました。
ぷちん、ぷちんと音をたてて、ちゃいろいからだはこわれました。だけどいきものはいたくないようです。とうとうちいさなまるいものはぜんぶこわれてとんでしまいました。さらにひっぱると、こしのところからちゃいろいからだがひきずりだされてきます。男の子はそれをぜんぶひっぱりだしてしまいました。すると、そのちゃいろいからだが一まいぜんぶはがれるではありませんか。
男の子にもようやくわかりました。このちゃいろいものはからだではないようです。なにかまきついていただけなのです。本当のからだはちゃいろいからだの下のこの黒いからだなのでしょうか。男の子にはわかりませんでした。だから黒いからだもひっぱってみます。すると、黒いからだはするっとこしからひっぱりだされてきました。
男の子はむちゅうになって黒いからだをぜんぶはがしました。黒いからだの下に、男の子とよくにたからだがのぞいていたからです。ぜんぶはがしてみて男の子はこれいじょうはないくらいによろこびました。このいきもののからだが男の子とまったくおなじだったからです。むねのかたちもかたのかたちも、ちょっと小さいけれど男の子とおなじだったからです。
男の子はあしのほうのちゃいろいからだもはがしてみようと思いました。だけど、このからだはひっぱったくらいではびくともしません。男の子にはわかりませんでしたが、いきものはベルトをしていたのです。このこしをとりまいたちゃいろいほそながいものは、男の子にはてごわかったようです。男の子はベルトをよく見ました。そしていろいろなところをひっぱってみてまた考えます。ずいぶんながいじかんあれこれ考えてみました。そしてとうとう、正しいはずしかたがわかったようです。
これをはずしてしまえばあとはかんたんです。ぷちんというおととばりばりというおとがして、ちゃいろいからだはこわれました。男の子はよろこんでちゃいろいからだをぜんぶはがしました。はがすときにあしにあったちゃいろいかたいものもいっしょにはがれましたが、かまうことありません。あしのかたちも男の子とおなじです。男の子はさいごにのこった三まいのからだのうちのまんなかのからだも、ゆっくりとはがしてみました。
そこからのぞいたのは、男の子がいままで見つけた中でいちばんうれしいものでした。それがあることで、このいきものが自分とまったくおなじからだをしていることをたしかめられた気がしたからです。そこにあるのは、男の子がじぶんじしんのからだの中でいちばんたいせつにしているものでした。男の子はうっとりとそれを見つめました。でも、さいごの二まいのからだをはがしてしまうことがさきだと思いましたので、男の子はあしのほうにさわってみました。
あしさきにかぶさったちゃいろのからだ。一まい一まいちゅういぶかくはがしていきます。ひとつのほうはすぐにはがれました。でももうひとつをはがそうとしたとき、はじめて、いきものがうごいたのです。
男の子は一かい手をとめました。そして、もうそれいじょういきものがうごかないのをたしかめると、こんどはもっとゆっくりはがしてみます。するとどうでしょう。このいきものはあしにけがをしていたのです。さっきほんのすこしうごいたのは、あしがいたかったからなのです。男の子はおどろきました。そして、なんとかしてやらなければならないと思ったのです。
男の子は川にいって、りょう手に水をひとすくいもってきました。そして、あしのけがをしたところにかけてやります。水がしみたのでしょう。いきものはまたすこしうごきました。男の子はこんどはジャングルにはいって、いつも自分がけがをしたときにつかう草と、つる草をとってきました。はっぱをすこしもんで、きずぐちにはりつけます。そのうえからつる草をまきました。男の子はいつもこうしてきずをなおします。このいきものもこうしておけばすぐにきずはふさがるでしょう。
ひとつのことをやりとげて、男の子はもっとうれしくなりました。自分はこのいきもののやくにたつことができたのです。これははじめてのことでした。仲間のためになにかやくにたつことが、これほどうれしいことなのだと、男の子ははじめて気がついたのです。男の子はもっと仲間のためにやくにたちたいと思いました。仲間がよろこぶようにしてあげたいと思いました。
このからだがよろこびそうなことを、男の子は知っていました。それは自分がしてもらえたらとてもうれしいだろうと思うことだからです。男の子は仲間のためにそれをしてあげようと思いました。はじめてもった仲間ですもの。いいと思うことはぜんぶしてあげたかったのです。
男の子はいきもののからだのまんなかにある、とてもたいせつなものにそっとさわってみました。それはとてもやわらかくて、ちょっとちからをいれたらつぶれてしまいそうです。男の子はそれをとてもたいせつになでました。なでていると、ほんのちょっとですがかたくなったような気がします。男の子は思いました。こうやってゆびでなでているよりも、なめてあげたほうがもっといいのかもしれないと。いいと思うことはしてあげなければなりません。男の子は手でさわるのをやめて、そっと、したをのばしてみました。
あったかくて、とてもやわらかくて、男の子はもっとうれしくなりました。なめているうちにすこしずつ大きくかたくなってきます。男の子はもっともっとうれしくなりました。うれしくて自分もきもちよくなってきました。心があったかくなってきました。うれしくてやさしいから、男の子はずっとなめつづけていました。
仲間のいきものがめざめるまで、ずっと ――
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