赤と黒のイノセンツ
数時間後、オレはバスケ部の部室で、まわりのやかましさにほとんど強引に目を覚まさせられた。
「洋平、てめえいいかげんに起きろよ。布団がたためねえだろ」
眩しさに目をあけると、大楠の奴が敷布団を持ち上げてどなってやがる。ったくよう。こっちは思いっきし寝不足なんだよ。もっと小せえ声でしゃべれねえのか。
「何だよ。もう朝か?」
「朝かじゃねえ。今日も元気に玉拾いだ。起きろ!」
「もうちっと寝かせてくれ。オレ昨日ほとんど寝てねえんだ。頭いてえ」
ほんとに頭痛がする。それに、足がギシギシいってやがる。こりゃ筋肉痛だな。オレが敷布団にしがみついてうだうだやってると、花道が寄ってきてオレの顔を覗き込んだ。
「洋平、お前寝られなかったのか?」
「ああ、ちっとな。……悪いんだけど花道、あと二時間ばかし眠らせてくれねえかな。頭痛くて」
「大丈夫か?」
花道が心配そうに額に手を当てる。花道のでっかい手がなんかひんやりして気持ちがいい。
「お前、熱あるぞ。ちっちょっと大丈夫かよ!」
「花道、オレら先洗面所使うからな」
何かやたらあわてふためいてる花道に、大楠たちが言った。出ていきかけてる三人をどなりつけるように花道は叫んだ。
「お前ら! 洋平のこと心配じゃねえのかよ! 熱あって頭も痛えって言ってんだぞ!」
そうやって耳元で叫ばれる方がよっぽどきついんだけどな。
「お前、洋平が寝てれば治るって言ってんだぜ。女じゃねえんだからそんな心配することねえよ」
「そうそう」
「先行くからな」
わいわいやりながらでていく三人を花道は怒り沸騰って感じで見送った。そして振り返る。
「あいつら冷てえよ。洋平のこと何だとおもってやがんだ」
「あいつらの言うことの方が正しいよ。オレはそんなやわな人間じゃねえ」
「でもよ……」
オレにまでたしなめられて、花道の奴はしゅんとなっちまう。心配してくれるのはほんとうれしんだけどな。でもやっぱ、オレだって一人の男な訳だし。それに、今日のことはほんとはオレの不徳の致すところだから、あんま心配されっと良心も痛むし。
「何かお前の大事なときにほんっと悪いと思ってる。少し寝てればたぶん治るからぜんぜん心配いらねえから」
「洋平、お前、何かオレに隠しごとねーか?」
「……あるかもよ。でも、だったらどうするんだ?」
意地悪いな、オレも。花道の奴もろ傷ついた顔してやがる。
「ばーか。変な気い回すなよ。それより早く支度しとけ。オレの風邪の引き始めが悪化したらお前のせいだからな」
「洋平……」
「ほれ、お前が練習に遅れたらせっかく夏休み返上でスコアとってくれる晴子ちゃんに申し訳ねえだろ。な、花道」
「……ああ、そうだな」
ようやく花道が出ていって、オレは再び目を閉じた。牧さん、悪いけどオレ、このまんまいかせてもらうよ。あんたがいうとおりオレは落ちるかもしんねえ。だけど、何とか踏み止まって見せる。花道がいるかぎり、花道によけいな心配させたくねえから。
そしていつか、オレ自身の中の花道に別れを告げる。
了
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