赤と黒のイノセンツ
うまく入りますように。
背中にある牧の膝に肘をついて、調節しながら体重をかけていく。両足で体重を支えてるから力を抜くのがひと苦労だ。どうやっても抜けねえ。足に変な力が入ってるらしくて、震えてるのが判る。それでもほとんど強引に体重をかけると、牧の一部がオレの中に入ってきた。角度が悪いのか、けっこうきつい。
「おい、大丈夫か」
見ててじれったく思ったんだろう。牧がオレに聞いてきた。オレが答えねえでいると、牧は上半身を起こして言った。
「肩を使え。その方が楽だろう」
「……ああ」
牧の首に腕を巻きつけて、肩に体重をかけてその先を入れてみる。なるほど、断然こっちのが楽だ。押し広げられるおなじみの痛みは感じるけど、よけいな痛みはほとんどねえ。割りに楽に全部を取り込んでしまったオレは、ほとんど牧の腰に座りこむようにしてその首筋に顔を埋めた。
「……はぁ……っ」
不自然な体勢で力入れすぎたせいで足が死んでやがる。こっからどうやって動きゃいいんだ。オレの身体が慣れたころを見はからって、膝立ちのまま少しだけ動いてみる。オレはぜんぜん痛くねえけど、このままじゃ牧は感じねえだろう。
オレは牧の胸をついて、上半身を倒させた。それだけでも角度が変わって少しきつくなる。オレ自身も身体を反らせて再び牧の膝に手をついた。そのまま動くと、オレの身体に少しの痛みと共に快感がほとばしった。
何だよこれ。どうしてうしろでこんなに感じるんだよ。
花道とやったときも流川のときも入ったら最後オレにはやたら痛かった思いしかねえ。だけど、今回はまるで違うんだ。どうしてだか判んねえ。だけどからだがしびれておかしくなる。頭ん中がまっ白んなって、そのこと以外何も考えられなくなっていく。
たぶん、三回目ってことでオレの身体が慣れてるんだ。それとあと、自分でやってるからコントロール効いてて無茶な痛みがねえってのもあるんだろう。この体勢からじゃそうガンガン動けねえから、オレは本当にゆっくり動いていた。もっと欲しい。もっと感じたい。だけど、この体勢からじゃこれ以上動けねえ。オレは一度牧から離れた。
見ると、牧はほんの少し目を細めてオレを見ていた。息が熱くなってるのが感じられる。今ここでオレがやめるとか言ったら、こいつどうすんのかな。オレはずいぶん悪魔的に思って、ちょっとおかしくなる。もちろん今はオレの方が欲しくてたまらねえんだ。だからそんな事は言えねえけど、牧だってここでやめられた日にゃかなり苦しいものがあるぜ。
オレはもう一度牧を舐めて湿らせた。そして、今度は逆向きにまたがってみる。
入れるときにちょっと苦労したけど、動くにはこの方がいいはずだ。胸の前に立てられた膝に手をついて、オレは動き始めた。動きやすいだけじゃなくて、この方がより感じる気がする。身体を反らせて、ほとんどかき回すみてえに動いてみる。脳髄につき上げる快感が、オレの内部を締め付けてくる。
「ああっ! ……ぅ……ん」
「う……」
牧も感じてる。オレはさらに精力的に動いた。身体から汗がにじみだしておれと牧とのすきまを埋める。二人の声が混じりあう。オレと牧との快楽が今一つになって、シーツにしみこんでゆく。
やがて
牧は上半身を起こしてオレの背中を抱きすくめた。オレは動きを止める。オレの身体が全身で牧の僅かな振動を感じとっていた。オレはゆっくりと身体の力を抜いて、牧にもたれかかった。
「洋平……」
吐息混じりの牧の声がオレを痺れさせる。今オレの中にあるのは終わったってほっとした思いだった。たぶんオレの身体は満足しちゃいないはずだったけど、気分は満足していた。牧のことイかせられたってだけで、オレの気分は最高だった。
牧はオレの身体を横に転がして自分自身を抜いたあと、もう一度オレを抱きしめた。よくやったな、って言われてるみてえだ。ガキ扱いされてるのは判ったけど、今のオレはガキ扱いされることが少しも悔しくなかった。なんか、この人の前でガキでいるのは悪くねえ。全部許されてるような気がするから。
「フッ……」
思いだしたように牧が笑う。
「何だよ」
抱きしめるのをやめて腕枕の体勢になった牧は、オレに意地悪そうな視線を向けて言った。
「さっきお前がオレのこと抱こうとしたらどうしようかと思ったぞ。そうされなくてよかった」
そういやさっきこいつ、オレが欲しいなら自分でやれ、って言ってベッドに寝転がったんだったよな。そんじゃオレ、こいつのこと抱いても文句言われなかったんか。くっそぉー! 惜しいことしたぜ。
「先に言えよそういうことは」
「言ったところでできやしないだろ。やったことねえくせに」
「ドーテイで悪かったな」
オレがぷいと横を向くと、牧の奴はわざわざオレを引き戻して唇を重ねた。まだ熱の醒めてないオレの身体はすぐに反応しちまった。ったく情けねえ。
「で、お前の初めての相手は桜木か」
牧は核心をついてくる。たぶん、始めからそのつもりだったんだろう。オレも牧になら素直に言える気がした。
「どうしてそう思った?」
「先々週だったかその前だったか、パチンコ屋の前であったことがあっただろう。その時のこと思い出してな。オレが桜木を連れてったらお前が妙に切なそうな顔をした。印象的だった」
それでか。けっこうオレ、そういうところでポカやってんだな。誰にも見せてねえつもりでいたのによ。
「中学の卒業式んときだ。花道が女にふられて落ち込んでて、慰めに行ったらあいつがオレのこと抱きてえって」
「……で?」
「何が」
「よかったのか?」
あのなぁ! かんけーねーだろーが。んな事聞くなよ。
「……まあいい。それから桜木とはどうした」
「それっきりだ。オレもやりてえとか言わなかったし、あいつもびびってたから」
「なるほどな。で、二人目は」
こいつ、よっぽどオレに言わしてえらしいな。……まあ、ここまで恥かいたんだ。上塗りしたところでどうって事ねえ。
「流川」
「お前……バスケ選手専門かよ」
「知らねーよ! 向こうから寄ってくんだオレはかんけーねー!」
「まあそう怒るな。……それで? 流川ともそれっきりか」
「そう何度もやらしてたまるか。それに、あいつは花道じゃねえ」
流川のSEXは最高だった。オレの身体は花道のときより数倍も満足させられた。だけど、あいつとやるのは気分が最悪だったんだ。屈辱的で、どんどん自分のことを嫌いになっちまって……。
「それで。オレは三人目か四人目か」
「ほかにはいねえよ」
「なるほどな」
それきり牧は黙って中空を見つめていた。もしも……もしも牧がオレの側にいたいって言ってくれたら、もしかしたらオレは忘れられるかも知れねえ。花道への気持ちも、流川とのSEXも。牧はオレのことガキ扱いしてくれるから。オレに片意地張るなって言ってくれるから。
もしも花道を忘れられなくても、牧の側でなら何も隠さずにすむから。
「洋平」
低い声で、牧が言う。まるで今のオレの考えてること全部お見通しみたいに。
「男ってのはな、まあ女もだが、一度身体汚したら終わりだ。あとは落ちるしかねえ」
流川が言ってた。落ちるところまで落ちるぞ、って。
「それ……」
「たった一度だけで十分だ。もうそのことが頭から離れなくなる。相手の男が欲しくてたまらなくなる。その相手がもし振り向いてくれなければ、あとはもうお前と同じ道を辿るしかねえ。ほかの男に走って、絶望して、転がり落ちる。そうなっちまったらもう一直線だ。汚れる前には戻れねえ」
流川が言ってた奈落。オレに向かって奈落に落ちるって言った。それはたぶん、今牧が言うのと同じことだ。オレは、奈落に落ちるしかねえのか。
「オレは今奈落にいるってのか?」
「そこまで落ちた人間はお前みたいな顔はしてねえよ。安心しな。それより、お前は桜木が好きなんだろう」
「……ああ、好きだよ」
「だったらお前は桜木に帰れ。それだけが唯一の救済方法だ。桜木に愛されればお前の鬱屈は消えるぞ。実際、そうなっちまった奴は愛されることを覚えてかねえと這い上がれねえんだ。お前なら桜木に戻るのが一番手っ取りばやい」
「……できねえよ」
そんな事できるわきゃねえよ。オレにとって花道は一番大切な奴だ。それをオレのために道外させるなんてできる訳ねえ。
「どうして」
「花道には晴子ちゃんが……ゴリの妹で晴子ちゃんて女の子に花道は恋してる。かわいくて性格よくて、オレが見たっていいコだと思う。花道にたいして色眼鏡で見るって事がぜんぜんねえんだ。あのコとまとまったら花道は幸せんなれる。……まあ、今のところ晴子ちゃんは流川にぞっこんだけど」
「え? 何だぁ? ……つまり、お前は桜木が好きで、桜木はその晴子ちゃんとか言うのに惚れてて、晴子ちゃんは流川にぞっこんで、流川はお前にコナかけてんのか? お前らマジで冗談だな」
そういうこと言いたかったんじゃねえんだけどな。
「だから! そういう訳で花道には戻れねえんだよ。判ったらあんたもここまでかかわっちまったんだ。オレが責任とる、くれえのこと言ってみたらどうなんだよ!」
今まで冗談めかしてにやついていた牧の表情がふいに曇った。そうだ。やっぱりこいつ、さっきオレが考えてたこと判ってたんだ。牧はオレに近づいて、そっとキスした。今日の牧のキスの中で一番フレンチなやつ。
「悪いな。オレはお前にこれ以上何もしてやれない」
別にいいよ。オレだってそれほど期待してた訳じゃねえから。
「オレは既にそういう奴を一人抱えててな。そいつは一年のときから上級生の玩具で、奴らが卒業した今年になってからやっとオレに話してくれたんだ。どうして部をやめなかったのか聞いたらあいつは言った。『牧と一緒にバスケがしたかった』ってな。 ―― まあ、いくらオレでも二人は無理だ。すまないが」
淡々と話しちゃいるが、けっこういろいろ思うところはあるんだろうな。後悔もあるのかも知れねえ。二年も一緒にバスケやってきて、気づいてさえやれなかったって。
「いいのかよ。こんな所で不良少年と浮気なんかしててよ」
「もちろん内緒だ。お前もふれまわるんじゃねえぞ。どっかで耳に入るかも知れねえ」
「恥ずかしくて言えねえよ。高校バスケがホモの集まりだなんてよ」
牧と話しながら、オレはなんとなく自分の気持ちにケリをつけていた。花道に戻ろうとは思わねえ。だけど、花道を好きでいることも忘れねえって。オレはちゃんと愛されることも知ってんだ。それは花道がくれたもの。友情だろうが何だろうが、オレは花道に愛されてて、必要とされてるってことは変わらねえから。
牧に出会えてよかったかも知れない。オレは別れぎわに牧が言った
「屈辱的なSEXは二度とするなよ」
という言葉に、牧の人間性のすべてを感じとった気がした。
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