蜘蛛の旋律
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オレはなんとなく、武士に親しみのようなものを感じ始めていた。それは武士が超能力者でも、物語の作者でもなかったこともあるのだろう。リーダーシップを取って有言実行している態度も、オレに過大な期待を抱いていないことも、好感が持てる要因の1つだった。
それで気付いた。どうやらオレは、アフルや黒澤のような人間は、基本的に苦手なんだ。武士はオレを1人の人間として扱ってる。オレが肉体的にそれほど強靭ではないことも、オレの個性として認めてくれている。
野草の下位世界で初めて、オレは普通の人間と会話している気分になれたんだ。
「ねえ、ちょっと! タケシはどうなったの? 元に戻ったの?」
シーラがそう言って振り返ったから、オレと武士はそちらに近づいていった。
「操り糸は切れたはずだ。だが、これから先も自我を持つことができないなら、こいつは再び操られることになる」
「どうにかできないの?」
「方法は2つしかない。操っていた奴を倒すか、こいつが自我を持つかだ」
タケシが自我を持つ。そんなことができるのだろうか。今まで物語の中でしか生きられなかった人間が、自我を持つなんて。
野草の下位世界はこれからますますおかしくなる。どちらかといえば、シーラや武士の自我が消える方がよほどありえる話なんだ。
「……とにかくタケシを学校から引き離さなきゃ。また目覚めて飛び込まれたら、今度こそ救えないかもしれない」
そう、シーラが口にした後、武士はいきなりタケシを肩に担いだ。そして何も言わずに車の方に歩いていく。驚いたのはシーラも同じだった。
「ちょっと! タケシをどうするの?」
「アフルの家に連れて行く。場所は判るか」
「なんとなくしか判らないよ」
「巳神、案内してやれ」
そう告げたあとは何も言わず、後部座席にタケシを放り込んで、武士が運転する車はあっという間に走り去ってしまったのだ。
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オレとシーラは学校の前に取り残されてしまっていた。校門のところにはタケシのレガシィB4が煙を上げて潰れている。オレはここまで黒澤の車で来たんだ。武士が乗っていってしまった以上、オレに足はない。
そうだ、シーラはここまでどうやってタケシを追ってきたんだろう。そう思って振り返ると、シーラは倒れたバイクを引き起こして調子を見ているところだったのだ。
白のCB400。……これに乗ってきたらしいな。シーラはこんなものまで動かすことができるのか。
どうやら武士は、シーラがバイクに乗ってきたことを知っていて、オレを置き去りにしてくれたらしかった。
「壊れたのか?」
必死でタケシを追いかけてきたシーラ。バイクは無造作に放り出したのだろう。だけど、シーラがエンジンをかけると、CBは力強く応えてくれた。
「大丈夫みたい。何とか動いてくれそう」
「2人乗りできる?」
「できるかな。あたし、バイク乗ったのって、今日が初めてなんだよね。自転車なら乗れるんだけど」
オレは驚いてシーラを見つめた。……確かに、シーラは運動神経がいい設定だから、少し練習すればバイクだって乗れるかもしれない。だけど、初めてバイクに乗って、ここまでタケシの運転するレガシィB4に引き離されずに追いかけてきたっていうのか?
本当にシーラは必死だったんだ。タケシを奪われたくなくて、自分の命すら顧みないで。
シーラの恋は切なくて、オレは胸が痛くなった。その痛みの半分はタケシに対する嫉妬だったのかもしれない。
「アフルの家までは歩いて行ける距離じゃないからな。どうするか」
「いいよ、やってみる。1人でも何とか乗れたんだもん、2人でも何とかなるよ」
シーラは言って、オレに向かってウィンクして見せた。
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けっきょく、オレとシーラは、バイクを引いて少し歩くことにした。ここから12、3分歩くと例のまっすぐな通りに出る。そこまで行けば交差点を曲がる必要がないから、もしかしたらオレでも何とかできるかもしれないんだよな。オレも男だし、女の子に不慣れなバイクの2人乗りを運転させるよりは、できる範囲で肉体労働を引き受けたかったんだ。
オレと武士は学校前の交差点を右折してきたのだけれど、その道は長い上り坂になっていたから、オレはシーラのバイクを引いて右に曲がった。その道は少し行くと江戸時代の屋敷跡で細くなる。しばらくはクランクが続いて、あの通りのやや北寄りに出られるんだ。この道は体育の授業でのロードコースにもなっているから、野草の下位世界にもちゃんと存在しているはずだった。
かなり暗くて不気味な道を、オレとシーラは辿っていった。シーラと歩くのはずいぶん久しぶりな気がする。あれからまだ2時間も経っていないはずなんだ。不思議に思いながら、オレはシーラに、さっき疑問に思ったことを訊いてみた。
「野草の下位世界にはたけしが2人いるじゃないか。もしかしたらこの2人は元は同じキャラクターだったのか?」
バイクをはさんで反対側を歩くシーラは、暗闇の中でオレに少し微笑んだ。
「薫が最初に作ったタケシは、あたしのパートナーのタケシだったの。そのあと、巫女の弟のキャラクターを作ったんだけど、2人の弟のうち下の弟の名前が先に決まったんだよね。そうしたら、上の弟はもう武士にするしかなかったの」
そういえば、巫女にはもう1人弟がいたんだ。名前は確か礼士といった。先に礼士の名前が決まってしまったから、あと1人が自然に武士になったということか。
「キャラクターのイメージもタケシに似てたから、薫はもうそれ以外の名前を思いつけなかったみたい。でも、小説を書き進むうちに、武士には武士独自の設定が生まれてきて、今では外見以外はそれほど似てはいないかな。あたしにはぜんぜん違うキャラクターに見えるよ」
たぶんシーラにとっては、どんなにタケシに似ているキャラがいたとしても、パートナーのタケシとはまったく違った人間に見えるのだろう。
「要するに巫女の弟の方があとから生まれた人格なんだな。その武士が自我を持ってて、どうして君のタケシが自我を持てなかったんだ? その理由をシーラは知っているの?」
シーラは、少し悲しそうな瞳をして、オレに微笑んでいた。
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何かが引っかかった。
シーラはおそらく、その理由を知っている。だけど、何かをためらうようにしばらく沈黙したまま、オレに微笑んでいた。……思い出した。オレはアフルに一度ごまかされたことがあるんだ。野草が1ヶ月間この世に残していた未練、その話をしようとしたとき、アフルは話題を変えたんだ。
今のシーラには同じ雰囲気がある。シーラもまた、何かをごまかそうとしているのか。
そんなオレの不信感を拭い去るように、シーラは悲しみの混じった微笑みを浮かべながら話し始めたのだ。
「自我を持ったキャラクターには、みんな共通点があるの。巳神は気付かなかった?」
共通点? 野草が感情移入していたという以外に、このメンバーに共通点なんかあるのか?
シーラも武士も巫女もアフルも葛城達也も、片桐信のことはよく知らないけど、作者の黒澤弥生だって、ぜんぜん共通するものなんかないじゃないか。
一番近いのは武士とタケシだ。だけどタケシは自我を持たなかった。外見や能力や性格以外に、自我を持った7人に共通するものがあるのか?
「巳神は薫の全部の物語を知ってる訳じゃないから判らないかな。……信はね、片桐信は、生涯に2回の恋をするの。1人は不良仲間のヒロって女の子で、もう1人は従妹の聖。でも、その2人にはちゃんと運命の相手がいて、信は聖を想い続けながら一生独身で通すの。葛城達也は、死んでしまったミオと実の妹を愛している。アフルが好きだったのも死んだミオ。武士は姉の巫女を愛しているし、巫女も武士を愛してる。……そして、あたしは、巳神が知らない物語で、実の兄に恋をするの」
……そうだった。野草の物語には、登場人物が兄弟に恋をする設定が多く使われていたんだ。
「つまりね、自我を持った薫のキャラクターはみんな、永遠に実らない恋をしていたの。絶対叶うことのない恋を」
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自我を持ったキャラクターは、すべて実らない恋をしていた。シーラも、アフルも、武士も、あの片桐信も。
そういえば、アフルはいつも悲しい微笑を浮かべていた。シーラもそうだ。こんな悲しいキャラクター達に、野草はもっとも感情移入していたんだ。もしかしたら野草も、ぜったいに叶わない恋をしていたのかもしれない。
隣を歩くシーラは、やはり悲しい微笑でオレを見つめていた。オレはこのとき、野草の恋よりもシーラの恋を思っていた。シーラが永遠に実らない恋をしていたのは、いったいどんな男だったのだろう。あのタケシよりも更にシーラを惹きつけた男というのは。
たぶん、オレはその知らない男に嫉妬していたのだと思う。
シーラの実の兄は、いったいどんな想いでシーラを見つめていたのだろう。
「君のもう1つの話はオレが読んでいない話なんだ。それって、あの話の続編だったのか?」
「ううん、続編じゃなくて、パラレルワールド。もしもその人がいたら、っていう前提で薫が書いた話だったの。だから、今のあたしとはぜんぜん性格が違った」
つまり、本当ならシーラというキャラクターは2人いたんだ。もしかして、野草の下位世界が分離した時、こっちのシーラじゃなくてもう1人のシーラが出てくる可能性もあったんじゃないのか? ……ああ、だけど葛城達也の例もある。野草の現実に近かったのは、やっぱりこっちのシーラの方だったんだ。
このシーラにパラレルワールドのシーラの記憶があるのなら、たぶん葛城達也にもすべての記憶がある。……もしかしたら、タケシにだってその記憶はあるんじゃないだろうか。
もしもタケシがパラレルワールドでもシーラに恋をしていたのなら、タケシだって実らない恋をしていた記憶を持ってるはずだ。
タケシのその人格を呼び覚ますことができれば、タケシに自我を持たせることだってできる!
「シーラ! もしかしたら ―― 」
このとき、オレは不意に我に返ったように言葉を切っていた。
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オレは卑怯者だ。
タケシの自我が生まれれば、シーラは完全にタケシのものになる。オレは、そんな2人を見たくはなかった。いつまでもこうしてシーラと話していたかった。
シーラが本当に望んでいるのは、タケシに自我が生まれて、心に秘めてきた想いを告白することだったのに。
「……どうしたの? 何かあたしに言おうとしたんじゃないの?」
オレが黙ってしまったから、シーラは少し不安そうな表情でオレを見上げた。シーラは、たとえどんな表情をしても、その目の美しさで人を惹きつける魅力を持っている。
「ごめん。オレ、これは君に言いたくない」
シーラはずいぶん驚いたようだった。
「……どうして? 何かひらめいたんじゃないの? それって薫を助けるために役立つことじゃないの?」
「野草を助ける役に立つかどうかは判らない。それよりも、これを言ったら、君はもうオレを見てくれなくなる」
シーラはしばらく驚いたようにオレを見上げていたけれど、やがて表情を変えて、微笑んだ。
オレの心臓が高鳴る。……たぶんシーラはオレの言葉を理解したんだろう。立ち尽くしたオレに、バイクを避けるように近づいてきた。そして、さりげなくスタンドを立てる。バイクから手を離したオレの、頬に触れた。
「見てるよ、ちゃんと……」
髪に指を絡めて近づいてくる。少し屈んだオレの唇に、シーラの唇が重なった。
シーラのキスはどこか秘密めいていて、オレはほんの少しだけ罪の意識を感じた。
唇が離れた時、シーラは少しいたずらっぽい目をして、オレに言った。
「どうしてキスしたのか、判る?」
「……君のすることはいつもよく判らないよ」
「この小説がハッピーエンドになったら、たぶん判るよ」
これが、オレのファーストキスだった。
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初めてシーラに出会ったときから、オレは恋をしていた。
1年前、野草の小説を読んで、その華麗な演技力と瞳の美しさに魅了された。
シーラは小説の登場人物だった。だけど今、彼女はオレの目の前にいて、オレを見つめ、オレにキスをした。それも彼女の演技だったのかもしれない。彼女の恋の演技は完璧で、誰にも、あのタケシにさえ、見破ることはできなかったんだ。
今、彼女と同じ小説の登場人物であるオレには、彼女の本当の心は判らない。おそらくタケシも同じ想いでシーラを見つめていたのだろう。
演技の愛に、オレたちは翻弄されていた。
「この小説がハッピーエンドになったら、君はまた小説の中に戻ってしまうんだろ?」
もしも野草が生きることを選んだら、またシーラとタケシの物語の続編を書くのだろう。オレは二度とシーラと触れ合うことはできなくなる。
「そうだね。……たぶん、この夜のことは忘れちゃうと思う」
だから、彼女はオレに触れたのだろうか。たった一夜だけの関係だったから。
「オレは忘れたくないよ。君のことも、この物語のことも」
「巳神は忘れないでいて。……ここにはあたしがいる。巳神に恋したあたしがいるって……」
嘘……なのだと思う。だけど、今ここにいるシーラは、オレの想いにこたえてくれた。オレに恋してくれるシーラは、確かに野草の下位世界に存在しているんだ。
シーラにも、オレを覚えていてほしかった。明日になれば忘れてしまうのだとしても、せめて今夜、オレがこの世界に存在する間だけは。
「シーラ、もしかしたらタケシは自我を持つことができるかもしれない」
シーラは何も言わなかったけれど、薄闇でもはっきりと判るくらい、瞳の輝きを増した。
「君が持っている、パラレルワールドの物語の記憶。その記憶を思い出させることができたら ―― 」
いずれ消えてしまう記憶であっても、オレは彼女の中で、タケシと堂々と渡り合うことが出来る男になりたかったんだ。
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史跡の細い道を出て、上り坂を根性で上がると、やっと新都市交通の高架が見えてくる。その下をくぐったところがアフルの家の前まで続く長い直線だ。バイクのエンジンをかけるのにオレが戸惑っていると、シーラが代わりにかけてくれて、そのまま、彼女はバイクにまたがっていた。
「オレがやるよ。オレだって君とたいして変わらないんだ」
「そうかもね。でも、教えるよりあたしが乗っちゃった方が早いから」
たぶんシーラは、1秒でも早くタケシに会いたかったのだろう。オレのメンツを考えてくれる余裕はないみたいだった。オレも諦めて、シーラの後ろにまたがった。
「しっかりつかまっててね。カーブの時だけ、あたしの身体の動きに合わせてくれる?」
「判った」
そう答えて、オレがシーラの胴に巻きつくようにつかまると、シーラはアクセルを握って一気に加速していった。
恐ろしいぐらいのGと風圧だった。彼女の身体にできるだけ負担をかけないようにするのが精一杯で、だけどそれだってちゃんとできたかどうか判らない。判ってたけど、シーラはものすごく無謀な女の子だった。彼女の言葉は正しい。オレだったらぜったいここまでスピードを上げることはできなかったから、シーラが運転した方が確実に10分は早く到着することができただろう。
どのあたりを走っているのか見失って、あわてて顔を上げると、目印の曲がり角は100メートル先まで近づいていた。あわてて右折の合図を送る。そのとき、オレは前方に、それを見たのだ。
アフルの家よりは遥か向こうにあった空の破れ目。その空の穴が、街並みのすぐ向こうまで近づいている。シーラはすぐに右折してしまったからどのくらい先まで迫っているのか見定められなかったけれど、オレが瞬間に見た風景は、野草の下位世界の崩壊がすぐ傍まで進んでいることを物語っていたのだ。
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パルサーの隣にバイクを止めて、シーラを伴ってアフルの部屋への階段を上がると、ベッドの上にはタケシが横たえられていた。巫女はだいぶ回復したらしく、ベッドの脇に腰掛けている。その隣に武士がいて、タケシの頭にあたるところにアフルが座っていた。
3人はオレたちの到着を待っていたようだった。
「シーラ、初めまして」
そう、最初に言ったのはアフルだった。シーラは一言「こんにちわ」と挨拶をしたけれど、それだけで、すぐにタケシの傍らに近づいていった。それが、なぜかアフルを無視しているような気がして、オレは少し引っかかるものを感じていた。
「巫女、タケシの様子はどう?」
シーラの態度は少しこの場を緊張させているようだった。そんな空気を察したのだろう。巫女は苦笑いを浮かべて、シーラの問いに答えていた。
「普通に眠っているのと変わらないね。操り糸が切れているから、シーラが飲ませた睡眠薬が効いている状態なんだと思う」
「だったら、このままベッドに縛り付けておけば、あと数時間くらい持たせられるかな」
オレはシーラの言葉に正直驚いていた。さっき、オレはシーラに告げたんだ。タケシの記憶を戻せば、もしかしたら自我を持つことができるかもしれないって。
ここには精神感応者のアフルがいる。アフルにならタケシの記憶を戻すことができるかもしれないじゃないか。
そんな、オレの心を読んだのだろう。口をはさんだのはアフルだった。
「シーラ、もしかして、僕のことが信用できない?」
このときシーラはアフルを振り返ったから、オレはシーラの表情をはっきり見ることができていた。驚いた。シーラはまるで怒ったような顔でアフルを睨みつけていたから。
「敵だとか味方だとか、そんな小さなことにこだわってる訳ないでしょう! 薫が生きるか死ぬかしかないんだよ! あたし達全員、運命共同体なんだから」
シーラはそう言ったけれど、オレには彼女の言葉はまったく逆の意味に聞こえた。
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シーラは幼い頃、大切な人をアフルの所属する組織に殺されたことがある。その恨みが彼女を支えていた。シーラが優秀なスパイとして生きているのは、その人を殺した人間に復讐するためだった。
葛城達也は、彼女にとっては仇なんだ。そして、葛城達也の下で働くアフルも、彼女の復讐の対象になる。
たぶんシーラは頭では判っているのだろう。だけど、今まで生きてきた物語の設定というのは、そう簡単に彼女を解放してくれるものじゃないのか。今は敵とか味方とか言っている時じゃない。オレたちが仲違いをしていては、野草を救うことだってできないかもしれないんだ。
シーラはアフルから目をそらすように、オレに振り返って言った。
「巳神、タケシに自我を持たせる方法を教えてくれてありがとう。だけど、あたし、タケシの記憶を戻したくないの」
シーラの目は明らかに悲しみをたたえていて、オレはそんなシーラから目を離すことができなくなってしまった。……そうか、タケシの記憶は永遠に実らない恋をしていた記憶。シーラはそんな悲しい記憶をタケシに蘇らせたくないんだ。
見ていたアフルにもシーラの心の動きは判ったようだった。おそらく、人の運命を司る巫女にも、シーラの心は理解できたのだろう。
「タケシはたぶん、物語の中にいたほうが幸せなんだね。……あたしもタケシと同じ場所にいたかったよ」
もしかしたら、シーラの言葉は、ここにいる自我を持ったキャラクター全員の気持ちだったのかもしれない。
野草の物語の中には、幸せな恋をしているキャラクターもたくさん存在していたことだろう。シーラだって、もう1つの物語の記憶がなければ、最後にはタケシと幸せになっていたはずだった。ここにいるキャラクター達は、自分の物語に満足できなかったキャラなんだ。永久に幸せになれない物語の中にいることが耐えられなくて、ただ幸せになりたくて、彼らは自我を持ってしまったのかもしれない。
「シーラ、ここにタケシを縛り付けておくのは危険だよ。君は見なかったかい? そろそろこのあたりも、世界の崩壊に巻き込まれそうなんだ」
オレはこのアフルの言葉で、さっき自分の目で見た空の破れ目を思い出した。
偶然だったのだろうか、そのおかげで、オレは今まで自分が考えていたことを忘れてしまっていたのだ。
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