蜘蛛の旋律
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それまでまったく気配のなかった野草の下位世界。灰色の風景は無音で、なのにその時、異様な音がオレの鼓膜に届いてきたのだ。低く響くような、まるで何か生き物の咆哮のような音。それはだんだん近づいてくる。オレはアフルと顔を見合わせて、音のする方角を見つめていた。
空に開いた巨大な破れ目から聞こえてくる。ややあって、破れ目に姿を現わしたのは巨大な生き物だったのだ。
「ウオーン!」
一声鳴いてギロリとこちらを伺う。破れ目を乗り越えるようにこちらにやってくる。いきなり灰色の世界に現われたのは、パステルカラーの不思議な色合いをした、まるで童話の中に出てくるようなドラゴンだったのである。
オレは魅せられたかのように動くことができなかった。ドラゴンは空中を舞いながらオレたちに近づいてくる。怖かったのだけど……それよりも感動の方がはるかに大きかった。キラキラと色を変えるウロコは神秘的なまでに美しくて、オレに逃げることを忘れさせた。隣に立っていたアフルもどうやら同じことを感じていたらしい。あまりに綺麗過ぎて、もしも襲われて命を失うのだとしても、その寸前まで目を離したくないと思ってしまっていたのだ。
ドラゴンは、オレとアフルを襲いはしなかった。寸前で近づくのを止めて地上に降りてくる。周りの建物の屋根よりもはるかに高いところにドラゴンの顔はあった。その顔は、どこかやさしい雰囲気を醸し出していた。
「……巫女、君も来てくれたんだね」
オレの隣でアフルが言った。驚いて更にドラゴンを凝視する。まさか、このドラゴンが巫女なのか? 巫女の外見は普通の20歳の女性で、オレが読んだ「地這いの一族」という小説にはそんな設定はなかったはずだ。野草の下位世界にいるのだから、このドラゴンも野草のキャラクターには間違いないのだろうけれど。
オレが訳の判らない出来事に必死で解釈をつけていると、上空から女性の声が響いてきた。
「遅くなって悪かったね。これでもできる限り早い方法を使ったつもりなんだけど」
そうして、頭を下げたドラゴンの背中から下りてきたのは、巫女の衣装をまとった1人の女性と、強靭な肉体を持った1人の男だったのである。
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「どうもありがとう。無理なお願いをして悪かったね」
巫女がそう言ってドラゴンを仰ぐと、ドラゴンは1つ鼻息を吐いて、また上空の破れ目に向かって発っていった。……それにしてもすごいセンスの生き物だ。オレはあのドラゴンが出てくる小説を読んだことはなかったけれど、あんなのが出てくるとしたら童話かファンタジーといったところで、現実をモチーフにしたSF小説を専門にした野草の小説にはまったく不釣合いだったことだろう。
空中から視線を戻すと、地上では巫女とアフルが相対していた。巫女の後ろにいるのは、巫女の父親違いの弟、武士だ。2人ともシーラが教えてくれた自我を持ったキャラクターで、子供の葛城達也も含めて、これでオレはすべてのキャラクターを見たということになる。
「パラレルワールドを移動する能力を持った竜、か。そんなキャラクターまで実体化していたとはね」
「私の屋敷の周辺以外はほとんど『無』に浸食されていたからね。車や乗り物を使うよりも、彼女に頼むのが一番安全で早かったんだ。私の呼ぶ声に答えてくれるまで、ちょっと時間もかかったんだけどね」
「なんにしても助かったよ。巫女、君がいてくれるのとくれないのとでは戦力が違いすぎるから」
巫女の話では、どうやら宮城の方はほとんどの風景が破壊されてしまっているみたいだった。アフルと少しの会話を交わしたあと、巫女はオレを振り返り、近づいてくる。小説の設定では、武士の方はかなり不細工で醜い顔をしていて、18歳の年齢に見合わないほど老けてもいた。同じ母親を持つ巫女の方はそこまでではなかったけれど、やや三白眼な十人並みで、間違っても美人とは言いがたかった。
「初めまして、非村未子です。後ろにいるのが弟の武士で、地這い一族の仮長です。小説を読んだことはあるよね」
「あ、はい」
この小説、実はかなり複雑で難しかったんだ。基本的には世の中に巣食う魔物を退治する、その準備をする話で、地這い一族は約千年も血の浄化を進めている。巫女はその一族の代々の巫女の中に転生を繰り返して、一族を正しい流れに導いてきたんだ。彼女は未来を読むことができる。だから、彼女は野草を救う一番正しい方法を知っているかもしれないんだ。
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オレは巫女に訊きたいことがたくさんあって、だけど頭の整理がつかずに視線を泳がせていた。巫女もオレのそんな様子を察したのだろう。オレが話し始めるのを、微笑みながら待っていてくれた。だけどオレはけっきょく巫女に何も訊くことができなかった。後ろに立っていた武士がオレと巫女との間に割り込んで、待ったをかけるように肩に手を乗せたからだった。
「未子は竜を操って疲れている。話はあとにして、どこか休む場所を貸してくれないか」
「いいよ、武士。それより早く薫のところに行かなきゃ」
「駄目だ。……巳神信市、未子が休める場所に心当たりはないか」
武士の存在感は圧倒的で、オレはすっかり気圧されてしまっていた。……確かに、巫女がずっとあの竜を操っていたのなら、かなり疲れてもいるのだろう。休める場所を手配できるのならしてあげたいところだ。だけど、オレはもともと地元の人間でもないし、心当たりといえば黒澤弥生のアパートくらいしかないんだ。……無理だろうな。あそこでは今黒澤が小説を書いているし、奴の部屋には3人の人間すら入れないと言っていたくらいだから、そうそう片付いてるとも思えないし。身体を休めるどころの話じゃないだろう。
オレが答えられないでいると、横からアフルが口をはさんだ。
「もしよかったら、僕の部屋に行かないかい? それほど片付いてはいないけど、父も母もそろそろ眠ってる時間だから、ひと休みすることくらいならできると思うよ」
アフルの言葉に、武士はオレの肩から手を離して、身体ごとアフルに振り返っていた。
「そうさせてくれるなら助かる」
「決まりだね。さあ、2人とも車に乗って。巳神君も」
まるで自分の車に誘うような言い方だ。この車を調達して、倒れていたアフルを拾ったのはオレなんだけど。
この場をアフルにさらわれて、主役のはずのオレはすっかり脇役に回されてしまっていた。
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後部座席に巫女と武士、助手席にオレを乗せて、アフルが運転するパルサーは来た道を戻っていった。グレーの街並みから文字のない架空の町を通り過ぎてしばらく。黒澤の車にはなぜか助手席用のルームミラーがついていて、その中に映る巫女はみるみる様子を変えていった。疲れたようにぐったりして武士にもたれかかって、武士が抱き寄せると目を閉じてそのまま動かなくなったのだ。やがてアフルの自宅に到着する頃には、自力で立つこともできないようで、2階のアフルの部屋へは武士が抱きかかえて運んでいった。
あまり片付いていないとのアフルの言葉はどうやら謙遜だったらしい。オレの部屋よりは遥かにさっぱり片付いている部屋のベッドに巫女を寝かせると、武士はアフルを振り返って言った。
「すまない。このまま1時間くらい寝かせてやってくれ」
「そんなもんでいいの? ずいぶん疲れてるみたいだけど」
「それ以上休んでは来た意味がないだろう。未子が休んでいる間に俺はちょっと確かめたいことがある。アフル、その間未子を頼む」
アフルはちょっと驚いたように武士を見上げた。
「僕なら大丈夫だよ。あと8時間くらいノンストップで動けるって」
「休むべきところで休むのも戦士の仕事だ。どうやらお前よりは巳神の方が体力はありそうだからな」
そういえば、アフルは葛城達也との空中戦で、かなり体力を消耗しているはずなんだ。アフルが平然としていたからぜんぜん気付かなかった。これから先、葛城達也と超能力戦でもやる羽目になるのなら、アフルにはちゃんと体力を回復させておいてもらわないと大変なんだ。
武士はそのあたりのことをちゃんと判って、アフルの体力を気遣っているんだ。
「巳神、一緒に来てくれ」
だけど武士は、駅から黒澤のアパートまで自力で走りぬいたオレの体力を気遣う気はないようだった。
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行動の主導権は、いまや完全に武士に握られていた。武士は地這い一族の仮長で、400人以上いる一族を束ねていたりするから、人を従わせることに慣れてもいるのだろう。そんな武士の言動には逆らいがたいものがある。物語の中ではあまりそのリーダーシップを発揮するシーンはなかったけれど、ことが起これば自然に指揮をとってしまう体質というのが、この武士には備わっているみたいだった。
アフルの自宅前に路上駐車してある黒澤のパルサーに近づいて、武士は自然に運転席に回っていた。オレはまたしても助手席のドアを開けて、それまで黙っていた武士に訪ねた。
「確かめたいことって?」
「未子は薫が潜入するだろう場所をいくつかピックアップしていた。様子を確かめてみるつもりだ」
「運転できるのか?」
「俺は免許を持ってる」
なるほど、武士は無免許のオレやアフルよりは遥かに信頼できるドライバーらしい。
「で、どこへ向かうつもりなんだ?」
エンジンをかけてアクセルを踏んだ武士は、反転して来た道を戻って、次の信号を南に曲がった。この道は、オレとアフルとがさっき辿った道だ。しばらく走るとアフルと再会した新都市交通の駅付近の道路に繋がっていく。
「一番確率が高い場所へ行ってみる。薫が通う高校だ。巳神、道案内を頼む」
アフルと会う前に、オレが向かおうとしていた、オレたちが通う高校。
やっぱりあの高校は、野草にとってかなり重要な場所なんだ。1日の多くの時間を野草は学校で過ごしていたし、アフルや葛城達也が出てくる物語ではその舞台にもなった。主人公の少女が自殺したのもあの学校だった。野草が死に場所を選ぶとしたら、やっぱり一番確率が高いのはあの高校なんだ。
オレと野草が通う高校。沼の北側に位置することから名づけられたその名前は、沼北(しょうほく)高校という。
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「地這いの一族」という物語は、世の中に巣食う魔物を退治する一族の話で、地這いの本家である巫女達は、千年目に顕在化する魔王を倒すために血の浄化というものを進めている。あと2代、つまり巫女の孫の代で浄化は完成して、魔王と対峙できる勇者が誕生する訳だ。巫女は未来を読んで、正しい歴史に人々を導いている。だから巫女はアフルのような超能力者とも少し違うんだ。歴史の筋道をすべて見通せる力や、祈りを神に届ける力はあるけれど、テレポテーションや読心や、いわゆる超能力というものはないと言っていいだろう。
武士にいたってはその能力すらもない。地這い一族の名前の由来となった「地這い拳」というのを習得していて、魔物に取り付かれた人間から魔を払うことができる。地這い拳はその名の通り地を這うような拳法だ。足技が主体で、足に弱点を持つ魔物を効率よく倒すことに重点を置いて考案されている。
そんな武士と一緒にいるのは、心を読まれる心配がない分だけアフルよりも気が楽だったのだけど、すぐにそうでもないことに気付くこととなった。心を読めない武士に自分の考えを伝えるためには、アフルの時よりも更に多くの言葉をしゃべらなければならなかったのだ。いつの間にかオレは、超能力者の便利さにすっかり馴らされてしまっていたらしい。
ともあれ、いくつかの言葉の行き違いの末、武士の運転する車は新都市交通の駅を通過して、野草の通学経路を辿り始めた。坂道を登ってT字路になったところを左折、そのまま細くくねくねした坂道を下りていくと、細い沼が現われる。その沼の橋を渡ってすぐが沼北高校だ。沼の北側にあるからその名前がついたのだと、オレは学校の名前の由来を聞かされていた。
しかし、オレたちはその橋を渡ることはなかった。橋を渡る前に、既に見慣れた看板が現われていたのだ。右折の交差点で武士は車を停めた。……そうか、アフルがそう言ったとき、オレはなんとなく聞き流してしまっていたけれど、あれはこういう意味だったんだ。
県立沼南高校入口 ―― 白い看板には、そう文字が書いてあったのだ。
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「どうした。ここがお前の高校じゃないのか」
高校の名前も、地形も変わっている。沼の北にあるはずの高校は沼の南にあって、本当の名前は沼南高校だったんだ。新都市交通の時は列車の形状と名前だけだった。だけど野草は、小説に書くことで、地形すらも実際のものと変えてしまっていたのだ。
「ああ、ここだ。間違いない」
何のこだわりもなく右折した武士の隣で、オレは自然に背筋をこわばらせていた。野草の小説は現実世界に影響を与えている。その影響は詳細で、その分甚大だ。判っていたはずなのに、オレは改めてその能力に恐怖を感じた。
オレは本当に野草を救うことができるのか? 黒澤は、オレが野草を救えると本気で思って、オレを召喚したのか?
まともな神経を持った普通の女の子が、自分がこんなに大きな力を持っていると知って、耐えられるはずがないじゃないか。それとも、それならそれで仕方ないと野草に開き直らせるだけの力が、オレにあるとでも思っているのか?
実際、方法は2つしかないんだ。野草が小説を書くことをやめるか、自分の力に開き直るか。
だけど、小説に書かれなかったキャラクターも実体化している。野草は小説を書くことをやめたとしても、空想することまでやめることはできないだろう。だとしたら開き直るしかない。自分の力を受け入れて、世界が変わることを認めていかなければ。
野草が死を選択したのが、今ならはっきりと判る。認めるよりも死ぬことの方が、遥かに楽だったのだ。
「巳神、おりるぞ」
武士に促されてオレは車を降りた。目の前には、オレが見慣れた沼南高校がある。周囲を田んぼと森林に囲まれたいなかの高校だから、入口はこの正門しかないんだよな。正門からやや左寄りに2つ並んだ校舎があって、校舎の向こう側には広い校庭と、右手に体育館が立っている。
ひと通り見た限りでは、この学校に誰かが潜んでいるような気配は、まったく感じられなかった。
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「誰もいないらしいな」
オレがそう言って校門に向かって歩きかけると、武士は片腕を上げて、オレを制するような動作をした。
「巳神、お前には判らねえか。校舎の中にはかなりの人数が潜んでるぞ」
「え?」
武士の言葉に、オレはもう一度じっくり校舎を見つめてみた。だけどオレには、人の気配はおろか、生き物の気配すらも感じなかったのだ。どこか遠くで虫の鳴く声が聞こえる。だけど校舎はしんと静まり返っていて、怖いくらいの静寂に包まれていたのだ。
「……何人くらいいるんだ?」
「少なく見積もっても20人はいるな。下手をすれば100人超えるかもしれねえ。……巳神、真夜中の校舎に潜んでる人間に心当たりはあるか?」
心当たりと言われても、オレに判るのはそいつらがすべて野草のキャラクターだろうってことだけだ。自我を持たないキャラクターは誰かに操られていた節がある。もしかしたら、操っている誰かが、キャラクターをここに集めたのかもしれない。
そうか、武士はオレが経験したことを知らないんだ。アフルや黒澤とばかり話していると、そういうあたりまえのことがだんだん判らなくなってくる。
「野草のキャラクターの中で、自我を持たない人間を操っている奴がいるらしいんだ。もしかしたらここにいるのは操られた人間かもしれない」
「誰かの意識が取り付いてる、ってことか。だとしたら何とかできるかもしれねえな」
そのとき、不意にオレは気配を感じて振り返った。爆音が近づいてくる。交差点を凝視していると、やがて白い車がものすごいスピードでオレたちの方に突っ込んできたのだ。
車はみるみる近づいてくる。オレはその進路にいたんだ!
「巳神! タケシを止めて!!」
女の声でその叫びを聞いたとき、オレは強い力で横倒しにされた。
オレを轢きそこなった車は進路を変えて、すさまじい音をさせて校門に激突したのである。
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白のレガシィB4。それは、シーラのパートナータケシが乗っている車だった。だけど今は前部が潰れてほとんど判別できなくなっている。すぐに助け起こされたオレは、オレを倒したのが武士で、その前に叫び声を上げたのがシーラだということに気付いていた。
「シーラ!」
叫んだオレの背後からシーラは駆け寄ってきた。あの車には乗っていなかったのだ。ということは、車を運転していたのはタケシだったのか。
「2人とも早く! タケシを校舎に入れないで!」
シーラが再び叫んだ時、車の中からタケシが這いずるように出てきたのだ。
何も考えなかった。オレはシーラに言われたとおり、タケシを校舎に入れまいとだけ考え、行動していた。這い出てきたタケシに取り付いて身体を抑える。だけど、オレの力ではタケシを完全に止めることなんかできなかったんだ。
そのとき、完璧に体勢を整えてタケシの目の前に立ったのは武士だった。
「あとは俺に任せろ」
その言葉に心底ほっとしてタケシから離れると、同じ名前を持つ2人の男は、正面から睨みあった。
似ているのはどうやら名前だけではなかった。年齢も同じ18歳、身長も体型もほぼ同じように見えたし、2人とも格闘技系だ。小説の中でタケシは不細工という形容こそついていないけれど、シーラと合わせて美女と野獣と称されるくらいだからハンサムではない。年齢よりも年嵩に見られるところも、迫力ある物腰も、2人のたけしには共通していた。
この2人は、もしかしたら野草の中では同一視されたキャラなのかもしれない。完全にキャラクターがかぶってる。それなのに片方が自我を持ち、片方が持たなかったというのは、オレには不思議な現象に見えた。
そんな、オレが考えをめぐらせたのもほんの一瞬のことで、地這いの仮長武士はスパイチームのリーダータケシに向かって、得意の地這い拳を繰り出し始めたのだ。
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地這い拳の基本形は重心を低くとって後ろ足に重心を置き、前足で攻撃と防御を使い分ける。両腕はバランスを取る以外ほとんど使わないのが特徴だ。野草の小説にはそう記述してあって、オレもなんとなく想像しながら読んでいたのだけれど、実際に見るとそれはかなり奇妙な拳法だった。
まず、オレが想像していたよりも、地這い拳はかなり身軽だった。タケシはどうやら本当に操られているようで、必死で学校の中に入ろうとそれだけを目標に動いている。そのタケシに向かって攻撃する武士は、両足をこまめに動かして膝から下に重点的に蹴りを繰り出している。武士の動きだけを見るならば、まるでコミカルなダンスを踊っているかのようなのだ。これでタケシの攻撃があれば武士の地這い拳にも防御の動きが加わって、少しは戦いらしく見えるのかもしれない。
その戦いは、割に早い段階で武士の勝利に終わった。タケシの全身から力がすうっと抜けるようにその場に倒れこんだのだ。地這い拳は、人の身体に取り付いた魔を払う拳。もしかしたらタケシを操っていた力を、武士の地這い拳が払うことに成功したのかもしれない。
「タケシ!」
その場に倒れたタケシにシーラが駆け寄ってゆく。オレはちょっと嫉妬のような感情を覚えたけれど、それを振り払って武士に近づいていった。
「武士、ありがとう、助けてくれて」
武士が助けてくれなければ、オレはタケシが運転する車に轢かれて、命がなかったかもしれないんだ。
「いや、たいしたことじゃねえ。……それよりこれからどうするかだ。この男をこのまま置いとくわけにもいかねえ」
確かに、気絶したタケシをここに置き去りにすることはできないだろう。タケシのレガシィB4は潰れてしまったから、黒澤のパルサーでどこかに連れて行くしかない。
「一度アフルの家に戻るか?」
「あいつがこのまま気絶しててくれるならいい。だが、また目覚めて操られると厄介だ。できれば敵に回したくねえ」
どうやら今の戦いには、武士も大いに思うところがあったらしい。
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