蜘蛛の旋律
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オレに気になることはたくさんあった。さっき片桐が言った「お前達は本当は既に目的を果たしたんだろ?」という言葉の意味。それをオレに気付かせまいと、いきなり片桐に攻撃を仕掛けていった武士のこと。まるでオレの考えを邪魔するかのように話題を変えてきたアフルの態度。シーラはオレに演技の恋を語り、巫女は彼らの中ではもっとも自然な仕草でオレの思考を操った。
オレはずっとそんなキャラクター達に翻弄されてきた。誰もが野草を救おうと言う。だけど、オレが野草を救う方法を知るための手助けは、誰もしてはくれなかったのだ。オレはいつでもこのキャラクター達に振り回されて、自分自身を見失っていた。
黒澤弥生は、野草の居場所を見つけることがこの小説のすべてなのだと言った。野草の居場所を見つけて、オレが野草と会話するということが、黒澤が書いている小説の目的なのだと。
黒澤が脳裏に描いている小説の結末は、オレが野草の生きる希望を見出し、野草の命を助けることだ。それなのにオレは未だに野草にかける言葉の1つも見つけられずにいる。これが見つからなければ黒澤の小説は終わらない。オレは必死だった。必死で、その言葉を探そうとしていたのだ。
誰もオレに教えてくれない。その異常さに気付かないくらい、オレは必死だったんだ。
「 ―― だいたい判った。つまりその爺さんは、巳神が薫の下位世界では異質な人間だってことを目印に襲ってきたんだな?」
「そう。たぶんあの時に葛城達也が与えていた暗示は、巳神だけを見分けて襲え、ってものだったんだと思う」
「だとしたら、今校舎の中にいる人間も、同じ暗示を与えられてる確率は高いな」
野草のキャラクター達は、武士を中心に作戦会議を開いていた。もちろんオレも参加している。野草がいるおおよその位置は判っていたから、そこに辿り着くための作戦を立てていたのだ。武士とアフルが感じているもっとも人の気配の多い場所は、文芸部の活動場所になっている地理準備室だった。
「つまり、操られた人間のほとんどは、巳神、お前に襲い掛かってくるってことだ」
武士に正面から見つめられて、オレは背筋を震わせた。
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武士の言うことが本当なら、オレは校舎の中にいる操られたキャラクター全員の標的になっていることになる。オレが校舎に入ったとたん、中にいる全員がオレをめがけて殺到してくる。……考えただけでもゾッとする状況だ。オレにはケンカの経験はなかったし、たった1人の老人にだってあわや殺されそうになったのだから、老人よりも遥かにケンカ慣れしたキャラクター達にならあっという間に殺されるだろう。
「……オレが中に入らない、ってのは無理なんだよな」
「当然だ。お前が薫に会わなければ意味がねえ」
このとき口をはさんだのはシーラだった。
「全員で巳神を守るしかないでしょ? 巳神のことはあたしが守る。ここまで来て怖気づいてないでよ」
……そうだ、オレは今までシーラや武士に守られっぱなしだったんだ。ここでオレが奮起しなければ、この小説のオレの立場って、ものすごく情けないものになるんじゃないのか? オレは小説のハッピーエンドのために召喚された勇者なんだ。何もしない傍観者のままで終わる訳にはいかないだろ。
そんなオレの決心を読んでか、アフルが言った。
「まあ、けっきょくは巳神君をおとりにして、僕と武士が1人ずつ人数を減らしていくしかないだろうね。僕達が倒せなかったキャラは、申し訳ないけど巫女とシーラに何とかしてもらう」
「申し訳ないなんて言う必要はないよ。私も地這い拳は習得してるからね」
「あたしだって体術くらい習ってるよ。スターシップをあんまり見くびらないで」
巫女とシーラの答えに、武士がまとめるように言った。
「決まりだな。俺とアフルが先発で道を作る。そのあとをシーラと未子が巳神を守りながらついてくる。俺たちが取りこぼした奴は2人で何とかしてくれ。巳神、お前は2人から離れるなよ」
……けっきょく、勇者のオレは一番勇者らしくない立場に甘んじるしかないようだった。
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沼南高校の2つ並んだ校舎は上空から見ると、ローマ字のHを縦に長くして、横棒をもう1本追加したような形をしている。2本の横棒のところに階段があって、校舎のどこからでも割に最短距離で移動できるんだ。それは学生生活を送る分にはすごく便利な構造なのだけれど、敵しか存在しない校舎内に少人数で攻め込むには、すごく厄介な構造だった。
敵はどこからでもやってくることができる。オレたちを挟み撃ちにしようと思ったら簡単なんだ。そして、いったん多人数に囲まれてしまうと、オレという弱点を抱えるオレたちはほとんど終わりなんだ。これが将棋なら、オレたちは金銀飛車角のみのハンデ戦で、他ぜんぶの駒が配置された敵の陣に攻め込もうとしているようなものだった。
オレと4人のキャラは、その2つの校舎のうち人の気配が多い校舎の様子を探るために、校庭の方に回ってみた。武士とアフルの意見は一致していて、一番人口密度が多いのは3階の地理準備室付近で、4、5階と1階にはほとんど気配はない。様子を見ながらまずは1階から侵入するのが最適だろうというのが2人の意見だった。
そのまま校庭を周り、Hの文字の右肩付近までくる。3階の地理室はちょうどこの右肩の飛び出した部分で、そのすぐ下の横棒が交差するあたりが準備室だ。地理室の位置は1階では保健室の部分になる。武士が侵入場所に選んだのが、この保健室脇の非常口だったのだ。
もしも最短距離を取ることができれば、地理準備室までは階段を2つ上がるだけだ。アフルは非常口のドアに近づいて、鍵の部分を見つめる。それだけでは結界が邪魔して鍵をあけることができなかったのか、一度手を触れるようにすると、やがてカチッと音がして鍵が開いたことが判った。
まるで声を聞かれるのを恐れるかのように、戦士達に言葉はなかった。アフルが頷いて開いたドアを、まずは武士がくぐってゆく。そのあとアフルが、巫女が、シーラが入る。オレは中の様子を窺って、非常灯のみの薄暗い校舎の中にとりあえず誰もいないことだけを確認して、中に入り、ドアを閉めた。
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目の前のまっすぐ続く廊下の左手には、保健室と3年生の教室がずらりと並んでいる。入口から10メートルも歩くと右手にHの横棒にあたる渡り廊下があって、校舎と渡り廊下に囲まれたところに中庭がある。右手の渡り廊下を突き当りまで行ったところが、Hの左肩にあたる生徒会室だ。階段はその生徒会室の前にある。アフルと武士は周囲を警戒しながら、まずはその階段を目指して歩いていった。
2人から5メートルほど遅れてオレとシーラと巫女も後を追う。と、階段を上がりかけたところで、武士とアフルが足を止めたのだ。武士は手でオレに止まるよう合図を送ってきた。その緊張感は10秒以上も続いたから、オレは自然に足が震えてくるのを感じていた。
オレの位置からでは階段の先に何があるのか見ることができない。やがて、まったく変化が起きる気配がないことを察したのか、武士がアフルに話し掛けていた。
「あいつは誰だ。お前の知ってる奴か?」
「僕の親友の伊佐巳だよ。物語の最後で葛城達也に記憶を奪われたんだ」
「動かねえのは記憶がないからか」
「いや、たぶん違うと思う」
どうやら、階段の踊り場あたりに、野草のキャラクターの伊佐巳がいるらしい。伊佐巳はアフルの小説の主人公で葛城達也の息子だ。アフルと武士が近づいているのに何の反応もないのか。
武士は何かを思いついたのか、オレに言った。
「巳神、ちょっとこっちにきてくれ」
言われた通りオレは武士のところまで歩いていった。その位置まで行くと、踊り場で立ち尽くしている伊佐巳を見ることができた。だけど、オレがその場所に行った瞬間、今まで動きのなかったはずの伊佐巳はまるで息を吹き返したマネキンのようにいきなり動き始めたのだ。
「オレではない、異質なもの……」
伊佐巳は、明らかにオレの存在に反応したのだ!
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「巳神、保健室まで下がってろ! 未子!」
「判ってる」
伊佐巳がまっすぐにオレを目指して階段を下りてくるところ、オレはシーラと巫女に手を引かれて、あわてて保健室前まで戻ってきていた。武士とアフルは渡り廊下の中ほどまで下がって伊佐巳を待つ。オレが振り返ると、伊佐巳は既に渡り廊下まできていて、そのままスピードを落とさずにオレに向かってこようとしていた。間に立ちはだかるアフルと武士の姿などまるで見えていないみたいだった。
その勢いを止めるように武士が体当たりを喰らわす。伊佐巳が僅かにふらついたそのとき、アフルが言った。
「武士、僕に任せてくれ」
そうして武士がいったん身を引くと、アフルは伊佐巳の頭を両手で包み込むようにしたのだ。
―― いったい何が起こったのか、オレには判らなかった。
伊佐巳は小さなうめきを残して、静かにその場に崩れ落ちた。アフルが抱きとめる。アフルの親友、葛城達也の息子の15歳の伊佐巳は、アフルの腕の中でやがて動かなくなり、気配を消した。そして、身体全体の細胞が吸引力を失うように、静かに崩れ、塵になり、あっという間に消えてしまったのだ。アフルはその様子をじっと見守っていた。残されたのは、抱きとめた形のままとどまる、アフルの姿だけだった。
「伊佐巳……ごめん……」
伊佐巳は消えてしまった。……アフルは伊佐巳を殺したのだ。見守っていたオレにも、おそらく他のキャラクターにも、それは判ったはずだった。
野草が生きることだけを考えたアフルは、10年来の親友をその手で殺したのだ。
たぶんアフルは、親友を他のキャラクターの手に委ねたくはなかったのだろう。
「アフル……」
オレが声をかけると、やっとアフルは立ち上がった。
「いろいろ判ったね。操られたキャラクターは、巳神君を見た瞬間に動き始めて、死ぬと塵になる。同時にたくさんのキャラに巳神君の姿を見せないようにすれば、何とかなりそうだね」
そう言って振り返ったアフルの表情には、強引な作り笑いだけが貼り付いていた。
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アフルはもしかしたらずっと以前から覚悟していたのかもしれない。操られていたタケシが校舎に飛び込もうとしたことを知ったときから、葛城達也がキャラクターを校舎に集めていることも、やがてそのキャラクターと戦わなければならないことも予知していたのだと思う。アフルは伊佐巳の死にほんの少しの動揺を見せたけれど、取り乱したり気力を失うようなことはなかった。どちらかといえば見ていただけのオレの方がうろたえていた気がする。
「巳神、大丈夫?」
シーラに声をかけられて、オレは武士とアフルが再び歩き始めていることを知った。あわててオレもあとを追う。言ってみればオレはマネキンを動かすスイッチのようなものだから、武士やアフルの指示どおりに動かないと、彼らに負担をかけることになるんだ。
伊佐巳がいた階段を再び上がっていく2人を目にして、オレは気付いて横にいるシーラに話し掛けた。
「自我を持たないキャラクターは、オレが近づかなければ動かないんだよな。だったら、オレは近づかないでいた方が、あの2人も倒しやすいんじゃないのか?」
シーラは少しの間、オレの言葉が判らないような表情をしていた。だけど、それが判った時、明らかに怒ったような声で言ったのだ。
「動かないキャラを殺せってこと? ……なんか、巳神って時々信じらんない!」
……そうか? どうせ殺さなければならないんだったら、動かない相手の方が遥かに楽だし、体力の消耗も少なくなるはずだ。
「少なくとも武士には無理だね。っていうか、薫のキャラにはそれは不可能だよ。考えつきもしないんだ。……薫の中にそういう要素が存在しないから、キャラクターにも存在しようがないんだ」
巫女の方が言葉は穏やかだったけれど、オレの考えに嫌悪感を抱いたのはシーラと同じようだった。
「自我がないキャラクターだって、私たちと同じだ。薫には私たちを殺す権利があるけど、私たちにだって生きる権利はある。そしてその権利は、自我がないキャラだって同じように持ってるんだ。生きるチャンスを与えずに殺すことなんか、私たちにはできないよ」
巫女の言葉によってオレは自分の利己的な考えを恥じいっていた。その頃には、オレと巫女とシーラの3人は1階と2階の間の踊り場あたりまできていた。
そのときいきなり、背後に人影が出現したのである。
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階段下に突然現われた人影は、オレの姿を見ると、とたんに階段を駆け上がってきた。さっきまでは確かにいなかった。その出現の仕方は、まるでテレポートしてきたような感じだった。
「シノブ!」
シーラが叫んで、あわててオレの前に回りこむ。現われたのはシーラの物語に出てくるシノブという名前の男だ。細身で身長も高くなく、メガネをかけた優しそうな青年。シーラに淡い恋心を抱いていたその青年は、今はゾッとするような表情でシーラに向かってくる。
近づいてくるシノブを待ち受けて、シーラは階段から蹴落とした。シノブはその10数段を転がり落ちてゆく。下まで落ち込んで動かなくなった。
様子を察したアフルが戻ってきて、落ちたシノブを見て状況を理解したようだった。
「シーラ、怪我は?」
「……大丈夫」
「葛城達也が送り込んできたな。シーラ、後方の守りは頼むよ」
「判ってる。ぜったい巳神には触れさせないから」
「巳神君、2階まで上がってきて」
なんだかゆっくり考えをまとめる暇もなくて、アフルのあとから階段を上がると、2階の渡り廊下には4人のキャラクターがいた。オレを見て、ほぼ同時に動き出す。一番近くにいたのはたぶんリュウだ。シノブと同じスパイチームのリーダー。待ち構えていた武士が拳を使ってリュウを倒していた。
リュウはうめいて倒れ、姿を消す。武士が拳を使ったのを見るのは初めてだった。地這い拳では人を殺すことができないからだろう。次にタケシの拳の餌食になったのはリュウの仲間のナナ。武士は相手が女の子でもまったく容赦はしなかった。
武士と同時に、アフルは2人の超能力者、金髪のユーカリストとすらりとした美少女レギーナの命を奪っていた。どちらもアフルと同じ組織の仲間だった。
武士に手招きされて渡り廊下に出ると、視界が開けて更に7、8人のキャラクターがオレの前に姿を現わしていた。
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武士もアフルも、まるで殺人マシーンのように、次々と襲い掛かるキャラクター達を殺してゆく。アフルの小説のオープニングに現われた5人の子供達は皆ナイフを持っていた。教師のロウ、ミオの部下のバート、友人の麻月直子や白井佑紀、敵の組織の河端倫理。オレの姿を見つけたキャラクターは次々と廊下の向こうから駆け寄ってくる。武士の弟の礼士、礼士の友達の智之、仁、義彦、信吾 ――
背後にテレポートしてくるキャラを、巫女とシーラが倒していく。一撃で殺す力は彼女達にはないけれど、巫女は地這い拳で操り糸を切り、シーラは体術で重症を負わせていった。九段一族の白髪の長九段、地這い一族の税理士相馬、医師の岡安、長老高階、そして多くの地這い一族の者たち。
武士の拳の威力は衰えず、勢いはとどまらなかった。葛城達也は手に余るほど多くのキャラクターをテレポートさせてくることはなかった。まるでオレたちを弄って楽しんでいるかのようだ。あるいは本当にそうだったのかもしれない。
いったい、何がどうなっているというのだろう。オレはなぜここにいるんだ? 奇妙な違和感がオレにへばりついてはなれない。野草のキャラクターが次々と殺されていく様を、オレはただ黙って見ているだけだったのだ。
やがて、2階にいたキャラクターは、すべて武士とアフルの手にかかり、塵になって消滅していった。同時に、テレポートしてくるキャラクターもいなくなる。戦いつづけた戦士達は呼吸を始め、僅かな休息を許されたのだ。
「巳神、少し休んだら3階へ行く」
乱れた呼吸を整えながら、武士が言った。3階には野草がいるんだ。オレはまだ野草に伝える言葉を見つけられずにいるというのに。
「巳神君、みんなも、こっちへ来て」
いつの間にかアフルが職員室の入口にいて、手招きをしていた。オレたちはアフルについて職員室に入り、教師達の事務机をかき分けて窓の外を覗いてみる。
アフルの自宅から見た虚無。その空の破れ目はほとんど空全体を覆い尽くして、地上の虚無はもう、この高校の名前の由来になったあの沼の近くまでも迫っていたのだ。
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虚無が迫ってくるスピードは、アフルの自宅近くなどとは比べものにならなかった。半径が狭まれば当然速度も速くなる。あまり長い時間ここにこうしている訳にはいかないようだった。
「そろそろ行くぞ。未子、大丈夫か」
「今更私を心配する必要はないよ。ここまできたら死ぬか生きるか2つに1つだからね」
「アフル」
「僕も大丈夫。延髄の一部を破壊してるだけだからね、たいした力は使ってない」
「シーラは」
「……大丈夫。早く薫のところに行きたいだけ」
武士はオレには何も訊かず、全員の先頭に立って職員室を出る。……まあ、確かにオレは校舎に入ってからは何もしていないのと同じなのだけど。
再び3階に続く階段を上がると、既に攻防が始まろうとしていた。葛城達也の側近の三杉に如月。突破して更に進むとレイリスト、サーヴァス、アルティナ、ルレイン。3階の渡り廊下の手前では名前の判らない少女が2人。野草の人物描写は詳細だったから、オレが読んだことのある小説の登場人物はほとんど判った。判らないキャラクターはオレが知らない小説の登場人物だからだろう。
渡り廊下で戦闘を繰り返す武士とアフル。どちらにも疲れが出てきていることを、見守るオレは感じることができた。葛城達也はもうオレの背後にキャラをテレポートさせてくることはなかった。オレは視界に映るキャラの人数を調節しながら、少しずつ、渡り廊下に近づいていった。
やがて、オレが渡り廊下のすべてを見回すことのできる位置まで来た時、オレは初めて、そこにあの片桐信が立っていることを知ったのである。
武士とアフルの最後の戦闘を見守りながら、オレはずっと、片桐信の憎悪の視線を頬に感じていた。
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アフルと武士は、いったい何人のキャラクターを殺したのだろう。そしてオレは、いったい何人のキャラクターの死を見、その名前を呼んだのだろう。
3階の渡り廊下は、今は襲い掛かるキャラクターのすべてが消えて、一瞬の静寂に包まれていた。オレたちの正面には、野草と葛城達也が潜んでいるはずの地理準備室がある。そしてそのドアの前に立つのは片桐信。オレにそっくにな、オレをモデルに作られたキャラクターだった。
もしも片桐が襲ってきたならば、武士とアフルとが2人がかりで片桐を阻止して、オレも含めた4人のうちの誰かは命を落としたかもしれない。だけど片桐が襲ってくることはなく、武士とアフルもこちらから襲い掛かることはしなかった。
もはや、野草のキャラクターの中で残っているのは、武士とアフル、シーラと巫女、それに、片桐信と葛城達也だけだった。
今、片桐はまっすぐな視線に憎悪を込めて、オレを見つめていた。
「……どうして、オレを憎むんだ?」
初めて野草の病室で会ったときから、オレはずっと気になっていた。恐怖もあったのだけど、今はアフルと武士が守ってくれてもいたから、オレは片桐にそう訊くことができた。自分で見てもよく似ていると思う。ドッペルゲンガーに出会った人間というのは、みんなオレと同じような恐怖を感じたのだろう。
自分と同じ容姿の人間に憎まれるというのは、それでなくても気持ちのいいものではなかった。
「お前が薫に声をかけたからだ。……どうして、薫に声をかけたんだ」
オレは片桐の言葉の意味が判らなかった。……奴はいつのことを言ってるんだ? オレは野草とはクラスも違ったし、部活の時以外偶然会うようなこともあまりなかった。移動教室ですれ違えば挨拶くらいはしたけど、片桐が憎しみを持つような変なタイミングで声をかけるようなことはなかったはずだ。
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