真・祈りの巫女
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声を出さずにいたのは、一言でも言葉を発したらなにかとんでもないことを言いそうな気がしていたから。リョウにしがみついた腕がガタガタ震えてる。その震えが恐怖からくるのか、それとも憎しみからくるのか、あたしには判らなかった。
あたしが死ななければならないのはリョウを生き返らせたからだ。この人はあたしのリョウじゃないのに。あたしが死んだら自分の世界に帰って、そのあとずっと幸せに暮らしていく。そんなリョウのためにあたしは命を失わなければならない。
自分があれほど純粋にリョウの幸せを願ったのが嘘みたいだった。あたしの祈りが人を生き返らせることができるんだったら、どうしてあの時にそう祈らなかったんだろう。リョウがブルドーザに殺されて、身体がバラバラになったと教えられたあの時、あたしは誰が反対してもリョウの亡骸に伏して祈りを捧げるべきだったんじゃないの……?
リョウに憎しみの感情を抱いている自分に愕然とした。 ―― 自分が怖いよ。今、あたしを心配して抱きしめてくれる優しいリョウに、憎しみを抱いている自分が怖い。
あたし、こんなにも祈りの力に頼っていたんだ。失って初めて気づいたの。あたしがどれほど祈りの巫女である自分に寄りかかって生きていたのか。祈りの力をなくしただけであたしはこんなにも弱くなってしまうんだ。あたし以外の人間は初めから祈りの力なんて持ってない。それでもちゃんと生きているのに、あたしは力を失っただけで人を憎むことしかできなくなってしまうんだから。
まだ、リョウに憎しみをぶつけることをためらう程度の理性だけは失っていなかった。もしもこの最後の理性すらなかったとしたら、あたしは目の前のリョウに憎しみの言葉をぶつけていただろう。リョウを罵って、すべてをリョウのせいにして、リョウを傷つけていただろう。リョウはなにも悪くなんかないのに。むしろあたしの祈りに巻き込まれた犠牲者だったのに。
「そら、判っただろ? 祈りの巫女の幸運の力さえなければオレに怖いものはないんだよ。おまえらに付き合うのもさすがに面倒になってきたからな。そろそろ本当に殺されてもらうぜ」
シュウと同じ声でそう聞こえたあと、リョウがすっとあたしを引き離して歩き始めたの。あたしは驚いてリョウの動きを目で追ったけど、リョウは1度もあたしを振り返らなかった。そんなリョウの態度になぜか傷ついている自分がいる。
「簡単には殺させない。……おまえに、俺を1度殺したことを後悔させてやる」
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「ユーナが俺を、この俺を生き返らせたことは間違いじゃないってことを証明する」
あたしはこのリョウの言葉に心臓が止まるかと思った。リョウ、あたしがリョウを生き返らせたことを後悔しているって、判ったの? ……そうだよ。命の巫女の右の騎士であるリョウは予言の巫女の力を持ってるんだもん。その察する力が強くなれば人の感情を読み取ることだってできるんだ。
あたしがリョウを傷つけたんだ。リョウへの憎しみを口にしたのと同じくらい。もしかしたらそれ以上に。
「リョウ」
「無駄なことはよせよ。オレはこんなところに自分の身体を持ってきてはいない。おまえの攻撃じゃオレに傷を付けることすらできないさ」
「きさまの話はたくさんだ。ごたくを並べるのは勝ってからにしろ!」
「リョウ!」
あたしの呼びかけに振り返りもしなかった。リョウが先に鍵のついたロープを手にして影に襲い掛かっていくと、影はうしろに飛んで避けるようにしたあと、再びリョウの姿に変わっていたの。2人のリョウはお互いに同じ武器を手にしていて、忙しく身体の位置を入れ替えながら戦い始めたんだ。
「祈りの巫女、こっちへ!」
シュウに引きずられるようにして部屋の隅に移動する。その一瞬でもうどちらがどちらのリョウなのか判らなくなる。あたしに人間同士の戦いなんか判らない。でも2人ともほとんど互角に戦っているように見えた。
「いいぞ。リョウの方が押してる。リョウ! そのままいけよ! 勝てるぞ!」
隣でシュウが叫ぶ。シュウには2人の区別がついているの? 今は2人とも同じような真剣な表情をしているのに。
「もうよせ。いくらやったところでおまえはオレには勝てないんだ」
「黙れ。きさまは自前の身体じゃねえんだろ? 人と戦ったことのないリョウの身体相手に俺は負けたりしない」
こっちが本物のリョウだ。でも、1度動きを止めた2人を見比べても、あたしにはぜんぜん区別がつかなかった。
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「そうか。オレの力は姿を借りた身体がマックスの状態のときのデータを利用してるからな。このリョウの姿ではおまえに殺されることもない代わりに倒すこともできない訳か。……だったらおまえよりも強い身体のデータを使えばいい」
影がそう言った次の瞬間、リョウの姿が崩れてまた新たな姿に変わっていったの。形のない状態の影がどんどん大きくなって、この部屋のかなり高い天井に触れそうなくらいになる。そうして現われた姿は、あたしが今まで見たことがない生き物の形をしていたんだ。獣鬼やセンシャよりも格段に大きくて、獰猛な肉食獣のような大きな口と牙を持った巨大生物。
「あれって……。確か命の巫女の物語にあった ―― 」
「北の山の湖から生まれたという怪物だ! リョウ、早く逃げろ! 一飲みで喰われるぞ!」
あたしは悲鳴を上げることすらできなかった。だって、その怪物の形相はあまりに恐ろしくて、よだれをたらして牙を剥きながら今にもリョウを喰い殺してしまいそうだったから。リョウはかろうじてその場に踏みとどまってたけど、こんな生物と戦うすべなんかあるはずない。リョウの力では怪物の足の一部にだって傷をつけることすらできないよ。
あの牙から、硬そうな爪から、太くて大きな両足から、人間が逃げられるはずなんてない。あたしたち全員、いくらも経たないうちに殺されて飲み込まれてしまうだろう。
「炎の玉!」
「やめろユーナ!」
シュウの制止は間に合わなくて、命の巫女が放った炎が怪物の足に当たって拡散する。怪物の足には焦げ跡すらつかなかった。
「炎はダメだ。あいつは熱には強い。おまえだって命の巫女の物語を読んだだろ?」
「だったら氷の玉で ―― 」
「あの時は湖に沈めて水ごと凍らせたんだ! 部屋の空気を冷やすだけじゃヤツは死なない。ヤツが死ぬ前にオレたちの方が凍っちまうよ」
影は初めて扱う身体に慣れる時間が必要だったみたい。いきなりリョウを襲ってくることはなかったけど、扱いに慣れればいずれあたしたちを喰い始めるのは明らかだった。
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「こいつの弱点は寒さなのか?」
そう訊ねたリョウの声は思いのほか冷静で、そのことに驚かされたのかシュウの答えが一瞬遅れる。
「あ、ああ。活動可能な気温は10度以上、0度に近くなればなるほど動かなくなる。凍らせちまえばたぶん死ぬだろう」
「凍らせればいいんだな」
「水なら0度で凍るけどな、生物の体液を凍らせようと思ったら少なくともマイナス5度まで下げなきゃムリだぜ! 簡単に言うなよ!」
「……ユーナを頼む」
それまで、ずっと怪物の動きを見据えていたリョウが、この時ふっと振り返った。
その視線があたしに向いたとき、リョウは少しだけ悲しそうな微笑を浮かべて、その微笑があたしの中のひとつの記憶と重なったの。
―― 村の広場に仮設された祭壇と、その前に並べられたたくさんの棺。合同葬儀が終わってあわただしく村人が去っていった夕暮れ時の広場に、夕日を背にして微笑を浮かべたあの日のリョウ ――
あの日、あたしが最後に見たリョウは、目の前のリョウと同じ悲しみが混じった微笑を浮かべていた。……これは、リョウが去っていくという前触れ? リョウが死を覚悟したという証の微笑だったの……?
「リョウ! 待って、戻って!」
あの時リョウは無茶をした。あたしの祈りを本当にするからって、ブルドーザに単身で戦いを挑んでいった。命がけであたしの名誉を守ってくれようとした。このリョウも、あのときのリョウと同じことをしようとしているの……?
「影なんか倒さなくてもいいよ! お願い逃げて!」
そのときあたしは、再び影を見据えたリョウの身体が少しずつ崩れているのに気がついた。
リョウの身体が影と同じように崩れていく。はっと息を飲んだあたしの目の前で、崩れたリョウの塊が次第に大きくなっていく。いったい何が起こっているのか判らなかった。かつてリョウだった崩れた塊は、やがて影とほとんど同じ大きさにまで成長して、徐々にリョウとはまったく違う姿を形作り始めたの。
現われたものは、白銀に輝く鳥のような獣の姿をしていた。コウモリのような薄い翼と細長い小さな頭。影よりははるかに細い手足と長い尾。それは恐ろしくも高貴な、そして何よりも美しい獣に見えた。
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「……肉体の限界を超えたんだ」
そうシュウがつぶやく声が聞こえた。あたしはただ目の前の獣の姿に見とれていて、シュウの言葉の意味を理解することはなかった。
「あたし、あの姿、見たことある気がする。……小さい頃に流行ってたなんかのゲームキャラ」
「スノーホワイトドラゴン。レベルが20まで上がるとブリザードを吐くことができる。だけどまさかそんなもんに変身できるなんて」
「ブリザード? だったら勝てるかもしれないよ! だってあの怪物は寒さに弱いんでしょ?」
「冗談じゃない! あんな姿でブリザードなんか吐き続けてリョウが持つ訳ないだろ! ……あいつ、まさか死ぬ気か……?」
リョウが死ぬ。そのシュウの言葉を聞いて急に現実味を帯びてきたその可能性に、あたしは底の知れない恐怖を感じていた。
恐怖、そして後悔。あの時と同じ、リョウに伝えなければならない何かを伝えられなかったという悔しさ。悲しみ。
リョウはきっと、あたしがリョウを憎んでるって、そう思ってる。そんな気持ちのまま影に対峙してる。あたしがリョウを憎んだから、リョウは自分だけ幸せにはなれないって思ったんだ。だって、リョウはすごく優しい人なんだもん。人に憎まれたまま幸せになるなんて、そんなこと最初からできるはずがなかったんだ。
リョウを助けたいと思ったあのときの気持ちは本物だった。そのあとあたしがリョウを憎いと感じたのは、あたしの心が弱すぎて、今目の前にいるリョウを憎んだ方が楽だったから。リョウを憎むことにあたしの心が逃げただけなの。本当にあたしがしなければならなかったのは、自分が選んだ結果をすべて受け入れることだったのに。
死にたくない。あたしはぜったいに死にたいなんて思ってない。
だけど、人間はいつかは死ぬんだ。あたしは自分の死をきちんと受け入れないといけない。誰のせいにもしちゃいけない。そして、リョウにもう1度、ちゃんと伝えて ――
「祈りの巫女!」
「祈りの巫女! 嘘!」
いつの間にか、あたしの視界は真っ暗になっていた。遠くに誰かが呼ぶ声と、身体をゆすられている感じがある。
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自分の身体が倒れたらしいってことはなんとか判った。そして、あたしに死の瞬間が近づいているんだってことも。
こんな風に死の瞬間は訪れるの? 力を使い果たした祈りの巫女は、最後は真っ暗な世界で何も残せずに死んでいくんだ。
せめてもう1度見たかったな。スノーなんとかじゃない、狩人の姿をしたリョウのこと。死者の世界へ行ったら、もう1度あなたに会うことができる……?
―― 違う。まただ。またあたしは逃げようとしてる。死の恐怖から逃げたくて、死に救いを求めようとしてる。
「祈りの巫女! 起きて! しっかりしてよ!」
大丈夫、命の巫女。あたしまだ死んでない。
「体温が下がってる。ユーナ、手足をさすって温めるんだ」
「だったら空間を閉じ込めて中だけあっためたら?」
「そんなことできるか?」
「できなくてもやるしかないよ! このままだとリョウのブリザードであたしたちまで凍っちゃうもん!」
リョウが戦ってる。もう、前と同じ失敗はしたくないよ。夕日の向こうに歩いていくリョウに、あたしは何も伝えられなかった。あの時見つけられなかった答えをあたしは見つけたんだから。
あたしの幸せに必要なのは、リョウが生きていてくれることだけ。
ほかのことは関係ないの。どんなにつらいことがあったって、あたしはリョウがいれば笑うことができる。どんなに楽しいことがあっても、それをリョウと分け合えなければなんにもならないの。あたしに必要なのはたった1つだけ。だからあなたは、毎日あたしにあなたの命を運んできてくれさえすればそれでいいんだ、って。
あたしの心の憎しみを植えつけたままでリョウと別れたくない。せめてあなたに感謝しているって、それだけでも伝えたいよ。だけどどうやったら伝えられるだろう。今でも少しずつ、確実に、あたしの身体は死んでいるのに。
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もう、命の巫女たちの声すらも聞こえない。目の前は真っ暗で、静寂の闇の中を漂っている感じがする。本当はあたし、もう死んでいるのかもしれない。たとえ今この瞬間は生きていたとしても、このままなにもできずに死んでいくのなら、今でも死んでいるのと何ひとつ変わらないだろう。
あたしは影を倒せなかった。神様に祈りを捧げて、命の巫女を呼び寄せて、もともとなんの関わりもなかったはずの3人の人間を不幸にしてしまった。この先きっと影は村へ一気に攻め込んで、守れる人が誰もいなくなった村を全滅させてしまうだろう。けっきょくあたしは誰も幸せにすることができないんだ。あたしは村の人たちの幸せを祈るために生まれた、祈りの巫女だったのに。
リョウも、シュウも、死んでしまった。せっかくシュウが助けてくれたのに、あたしは村を救うことができなかったの。みんながあたしを村の希望だと言った。でも、本当はどう? あたしは、みんなの期待を集めながら、けっきょく絶望させることしかできなかった。
だけどあたし、精一杯努力したよ。それは、少しは道を間違うこともあったけど、できる限りのことはしてきたと思う。
それでも村を救えなかったあたしは、村のみんなの心の中で「期待を裏切った祈りの巫女」って呼ばれちゃうのかな。みんなの大切な家族を死なせて、大切な村を死なせて、村人を散り散りにしてしまった「絶望の巫女」だって。
(……を祈りの巫女に ―― )
不意に、なにかが聞こえた気がした。あまりに遠くてほとんど聞き取れなかったけど、誰かの声のようなものが。
あたしは考えるのをやめて、目一杯耳を澄ませてその声に集中したの。
(……は無事に産まれて ―― )
(……以上病気が広がら ―― )
(……れから順調に回復 ―― )
(……表情が明るくなっ ―― )
(……のおかげで助かっ ―― )
重なり合う声は途切れ途切れにしか聞こえなくて、あたしにはよく聞き取ることができなかった。
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でも、あたしには判ったの。聞こえる声が、村人たち1人1人の声なんだ、って。
あたしの身体に温かさが戻ってくる。今まで寒いとも感じないまま凍りついていた身体に。
(……これで助けになるのか判ら ―― )
(……でもあたしは幸せをもらった ―― )
(……今影と戦ってる祈りの巫女のた ―― )
(……オレの幸運を祈りの巫女に分けて ―― )
やがて、その声はひとつの言葉に収束される。あたしが今まで思いもしなかったその言葉に。
―― 神様、私に与えられた幸運を、祈りの巫女に分けてあげてください!
これは、村の人たちの祈り? 今あたしに聞こえているのは、村の人たちがあたしのために祈りを捧げている、その祈りの声なの?
祈りは自分の幸運を他者に分け与えること。村のみんなは、自分自身が神様にもらった限りある幸運をあたしに分け与えてもいいって、本当にそう思ってくれたの……?
今まで、この村の中で祈りを捧げるのは祈りの巫女1人だった。祈りの巫女じゃない人が祈りを捧げるなんて、ぜったいにありえないことだった。今、あたしの身体は温かくなって、命を取り戻している。祈りの力が徐々に戻っているのも判る。
これはきっと奇跡なんだ。村の人たちがみんなで起こした奇跡なの。だって、そうじゃなかったら、みんなの幸運をあたしが受け取ることなんてきっとできなかったよ!
あたしが今までやってきたこと、無駄じゃなかった。村のみんなを助けて幸せを祈り続けたこと。あたしの気持ちはちゃんと村の人たちに伝わってたんだ。だから今、こうしてみんなは祈りを捧げてくれたんだ。
あたし、みんなの祈りを無駄にしないよ。必ずこの祈りを役立てて、村を救ってみせる。
暗闇の中から抜け出して、再び目を開けると、命の巫女とシュウが気づいて笑顔であたしを迎えてくれた。
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「祈りの巫女!」
「よかった、気がついたのね」
あたしの身体はほとんどふだんの調子を取り戻していた。すぐに身体を起こして周囲を見回す。今、あたしたち3人の周りには円形の膜のようなものがあって、その向こうは白く曇って見えなくなっていた。
「リョウは? 状況はどうなってるの?」
シュウは今まで死にかけてたあたしがとつぜん元気になったことで、かなり戸惑ったみたいだった。
「……そんなことより祈りの巫女は? 身体は大丈夫なのか?」
「あたしのことは大丈夫。それより時間がないの。リョウのことを教えて」
「怪物と戦闘中だよ。リョウがブリザードで動きを止めようとしてるんだけど、怪物の方もなかなか動きが早くてね。リョウに直接爪と牙で攻撃してくる。地響きは聞こえてくるからまだ勝負はついてないと思うけど」
リョウのことはすごく気になった。神様の目を借りて見れば様子が判るかもしれないけど、村のみんなにもらった幸運はそんなことで無駄遣いできないもん。リョウが一刻も早く戦闘を終わらせるためにも、あたしは影をここから追い出さなくちゃいけないんだ。
「シュウ、影を追い出す方法を詳しく教えて。扉の色を変えるって、なにをどう変えればいいの?」
「え? だってそれは、祈りの力がなければ ―― 」
「あとで詳しく説明するわ。祈りの力があるとしたら、何色の扉を何色に変えればいいの? それだけでいいから教えて」
「え、ああ、扉の色はオレたちが見つけられただけで5種類ある。それをぜんぶ水色に変えればいいんだ。ピンク色と紫色、それに黄緑色と赤色の扉だね。それらをすべて水色に変える。もしかしたらほかの色の扉もあるかもしれないけど」
「とにかく、あそこにあった扉をぜんぶ水色に変えられればいいのね。判ったわ」
「そうだけど……ちょっと、祈りの巫女!」
あたしが祈りの姿勢をとって、それでも声をかけて手を伸ばしてきたシュウを、うしろから命の巫女が取り押さえてくれた。
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「いいから邪魔しないの! ……少しずつ祈りの巫女に祈りの力が集まってるの。今あたしがぜんぶ説明してあげるから」
どうやら命の巫女にも村人たちの声は聞こえるみたい。あたしはシュウのことは命の巫女に任せて、神様に寄り添った。
神様の目を借りて、まずはあたしたちが最初にこの世界に入ってきたトンネルの中から扉を探す。この扉は石造りの部屋が閉じられた瞬間に姿が見えなくなってしまったのだけど、神様の視点でならちゃんと見つけることができた。その扉をくぐって出たところが扉の部屋だ。そこまで行って、あたしはまず目の前にあった紫色の扉の色を変える祈りを捧げてみる。
神様はあたしの祈りに答えて、紫色の扉を水色の扉に変えてくれたの。でも、これだけたくさんの扉があるのに1つずつ変えてなんかいられないよ。あたしは少し視点を引いて、その中から紫色の扉だけを選び出して、このすべてを水色に変えて欲しいって祈ってみた。あたしが望んだとおり、神様はあたしの祈りに答えて選んだすべての扉を水色に変えてくれたんだ。
その時だった。なにかの衝撃を受けて、あたしは一気に自分の身体へと引き戻されていたの。目を開けて驚いた。氷の混じった強い風がいきなり吹き付けてきて、目の前にはあの怪物が口を開けていたから。
―― ガアアァァーーー
悲鳴を上げる暇もなかった。怪物の口がせまってきた次の瞬間、あたしと怪物との間にリョウが割り込んできて、怪物はリョウの長い首に噛み付いたんだ!
「祈りの巫女こっちだ!」
「リョウ! ……シュウ!」
「空間の防御壁が破られたんだ! 君の祈りの力が戻ったことに影が気づいた。オレのうしろにいて!」
あたしが引きずられるようにシュウの背後に回り込むと、リョウを投げ飛ばした怪物が再び襲ってきたの。
「ユーナ! 次元の扉を開け! ……次元の扉!」
シュウが次元の扉を開くのと、怪物が襲ってくるのがほとんど同時だった。怪物の腕がシュウの次元の扉を通過して命の巫女の扉から突き出す。
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