真・祈りの巫女
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リョウの答えに、あたしも笑顔が漏れていた。リョウがそんなに簡単に人を嫌いになったりできる人じゃないってことが嬉しくて。
「でもさっきはすごく怖い目で睨んでたよ」
「理不尽なことを言われればな、腹も立つさ。だけどそれは俺への報いでもあるから甘んじて受けてる。……おまえ、シュウにこんな話するなよ」
あたしはちょっと不思議に思って首をかしげたけど、すぐにうなずいたらリョウが先を続けてくれた。
「自分が嫌いだと思ってる奴に好かれるってのはなかなか屈辱的なんだ。おまえには判らないだろうけどな、俺にはよく判る。だからシュウにはわざと突っかかってやってる。これからも俺とシュウは喧嘩するだろうが、おまえは気にするな。これは俺とシュウの問題だ」
「……よく判らないよ。だってあたし、シュウとリョウが喧嘩するのなんて嫌だもん。やっぱり同じ目的を持ってる同士、仲良くして欲しいよ。リョウの方から仲良くすることはできないの?」
「人を嫌うのは悪いことじゃないって、俺は思ってる。あいつが言ってた相性が悪い奴ってのは確かに存在するんだ。そういう奴を無理やり好きになろうとするよりは嫌いになってた方がいい。俺はあいつに嫌われたところで痛くも痒くもない」
リョウが言ってること、あたしにはぜんぜん理解できなかった。だってあたし、今まで自分が嫌いだと思った人なんていないんだもん。どんな人だって必ずなにかいいところを持ってて、知れば知るほど嫌いになることなんかできなかった。あたしは最年少の名前を持った巫女で、だから人に嫌われることはあった気がするけど、でも付き合ううちにみんなあたしを判ってくれるようになったんだ。
2人が仲良くなるためには、ある程度時間が必要なのかもしれない。だって、リョウも最初はシュウを嫌いで、でも今は嫌いじゃないって思えるようになったんだもん。シュウにもきっとリョウのいいところを知るだけの時間が必要なんだ。
「戦闘の跡がまるでないな」
あたしが考えているうちに、リョウは立ち止まって床を調べていたみたい。たぶんこのあたりで影とシュウが戦ってたんだ。だけどそこはほかの廊下と少しも変わったところがなくて、シュウがロボットと呼んだ獣の死骸も、シュウや命の巫女が炎を放ったのならとうぜんついているはずの焼け焦げも、まったく見られなかった。
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のんびりしている間にシュウたちが遠く離れてしまったから、ちょっと床を見たあとあたしたちは急ぎ足で2人に追いついた。延々と長く続いているトンネルには横道がいくつかあった。それらを無視してしばらく歩くと、不意に1つのドアが道をふさいでいたんだ。
「とうぜんこれは入れってことだよな」
トンネルはここで終わっている。今のあたしたちにある選択肢は、このドアを入るか、あとは少し戻って横道の方に入ってみるしかなかった。シュウの声には誰も答えなかったから、シュウは一通りあたしたちの顔を見たあと、取っ手に手をかけて向こう側へ開いていたの。
ドアを開けた瞬間に明るい光が飛び込んできて、あたしはこのトンネルの外へ出られたんだと思った。でもその明るさに目が慣れてくるとそこがかなり広い部屋の中なんだってことが判った。真っ白な光に包まれた天井は常識外れに高くて、部屋の壁もずいぶん遠くにある。中は全体的に白っぽい色で統一されてたけど、部分的には白茶けたところやピンク色に見えるところもあって、壁や床には複雑な模様が刻まれていた。
さっきのトンネルと同じ、壁や床には光が走ってるんだけど、その光は一直線に進むのではなくて壁の模様の筋を辿るようにくねくね曲がりながら進んでいく。ある場所で生まれた光が別の場所で消えたりして、それが壁のあちこちでずっと繰り返されているんだ。この光にはもしかしたらなにかの意味があるのかもしれないけど、それはあたしには判らなかった。
「……シュウ、あたしこの模様にどことなく見覚えがあるんだけど」
「そりゃ、あるだろ。デンシカイロのカイロズだからな。しかもご丁寧におまえにも読めるローマ字と数字で書いてある。どうやらここがセイレキ2112年なのは間違いないみたいだな」
「それで? なんのカイロなのかシュウは判るの?」
「さすがに一目見ただけでそれが判るほどオレは天才じゃないよ。それとも1年かけて解析して欲しいか?」
「……意地悪。祈りの巫女にならあんなに親切なのに」
心なしか神様の気配が強くなっている気がして、あたしは周囲を見回した。そして、同じように周囲を見回していたリョウと視線を合わせる。あたしが首をかしげる仕草をすると、リョウは首を横に振ることであたしの無言の問いに答えてくれた。
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どうやらリョウにもこの部屋の模様を読むことはできないみたい。
リョウが正面の壁に向かって歩き始めたから、あたしたちもリョウから離れないようにあとをついていった。その壁にはほかの壁の模様とは違う、なにか文字のようなものがたくさん彫り込んであるように見えたの。1つ1つの文字はずいぶん小さくて、だから巨大な壁一面に描かれた文字はかなりの量だった。追いついてきたシュウがうしろでつぶやく声が聞こえる。
「なにかのプログラム言語みたいだな。ところどころピンクの色がついてるのはなんだろ」
シュウが壁に触れたところを見ると、確かに文字の上にピンク色の絵の具をのせたように壁の色が変わっていた。
「この文字の意味が判るのか?」
「床のカイロズよりはマシだけど、こっちだって解析しようとしたら1ヶ月はかかるよ。だいたい100年後のプログラムがオレに読める訳ないじゃん。左の騎士にそこまで期待されても困るよ」
「そうだな」
シュウはリョウの返事に一瞬ぴくっと反応を見せたけど、それ以上リョウが言葉を続けないだろうことが判ったのか、視線をはずした。こんな2人を見てるとあたしの方が緊張してきちゃうよ。
「ねえリョウ、シュウ、あっちの方からこの先へ行けるみたい。ここにいてもなにも判らないんだったらまた歩かない?」
あたしは壁の右の方を指差して言った。部屋の右角のあたりには壁がなくて、入口近くにいたときには判らなかったけど、ここから見ると先が通路になっているのが見えたんだ。この部屋にはほかに出入口がないから、先へ進むにはここから出るしかないみたい。
「ああ。シュウ、命の巫女、行こう」
そうして4人でひとかたまりになって通路へ入ると、その先はさっきのトンネルよりはだいぶ狭くて、少し曲がりくねりながらしばらく続いていた。ここには光の筋もなくて、白い廊下は人が歩くのに適した造りをしていたんだ。少しの間あたしは気づかなかったんだけど、不意にそのことに気がついて足を止めてしまったの。すぐにリョウが反応して声をかけてくれる。
「どうした? ユーナ」
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みんながそこで立ち止まったから、あたしは更に耳を澄ませて、気のせいじゃなかったことを知った。
「音が小さくなってるの。ほら、さっきのトンネルで響いてた変な音。それに匂いも薄くなってる」
リョウも周囲を見回す仕草をして、あたしにうなずきかけてくれた。シュウと命の巫女も苦笑いを浮かべて同意してくれる。
「祈りの巫女は敏感だね。オレは言われるまで気がつかなかったよ。っていうか、教えてもらった今でもぜんぜん違いが判らない」
「あたしたちって、ふだんあれと似た音の中で生活しているから、慣れすぎてて鈍感になってるみたい。そういえば祈りの巫女の宿舎は、周りに人がいてもどこか静かな感じがしたもんね。あれってキカイがなかったからなんだ」
「キカイ?」
「ええ。人が作った道具のこと。中に仕掛けが入っていて人間が何もしなくても勝手に動いてくれるから、たえず小さな音がしてるの」
キカイという言葉は聞いたことがあった。あたしは、以前それを口にしたリョウを振り仰ぐのが怖くて、下を向いたまま考えている仕草を続けていた。……リョウの嘘が破綻しかけている。今のあたしには、影よりも何よりも、それが1番怖かったの。
更に歩き続けてしばらくしたとき、おもむろにシュウが言った。
「周りにキカイがないんだとすると危ないかもしれないな」
今度は誰も足を止めることはしなかった。廊下はまだ続いていて、たまに両側にドアがあるほかにはなんの変化も見られなかった。
「どういうこと? 危ないって」
「誘い込まれてる可能性がある。オレはさっき現われたロボットの意味をずっと考えてたんだけどね。あれは遠距離の攻撃をぜんぜん仕掛けてこなかっただろ? それはもしかしたら、あの場所で飛び道具を使いたくなかったからなのかもしれない」
「そうか。壁を壊しちゃったら中に入ってるキカイも壊れるから。でもシュウ、さっきはこっちの方向で間違いないって言ってたじゃない」
「確率が高い、って言ったんだ。オレにだって間違えることはあるよ。人間なんだから」
「んもう。これだから頭がいい人って嫌い。ちゃんと逃げ道を用意してるんだもん。……で、どうするの? 引き返すの?」
そのとき、ちょうど廊下のカーブを通り過ぎたあたしたちは、この先で廊下が終わっているのを見ることができた。
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「オレたちは影を倒しに来たんだぜ。先が危険だからって逃げる理由にはならないだろ。むしろ向こうから来てくれるなら願ってもないことだ」
「だけど敵が用意した場所で戦うなんて、あたしたちが不利になるだけだよ。……そうだ。せめてさっきの広い部屋まで誘い出せないかな。あそこだったら周り中デンシカイロばっかりでロボットも戦いづらいよ、きっと」
「どうやって誘い出すんだよ。この空間を熟知してる影がオレたちの誘いになんか乗るはずないだろ? けっきょくのところ、オレたちは敵が用意した場所で戦うしかないんだよ。提案するならせめて実現可能な作戦にしてくれ」
そんなシュウと命の巫女の言い合いは、言ってみればいつもの2人の会話だったんだけど、あたしには喧嘩のように見えてちょっとハラハラしちゃったよ。すねたように黙り込む命の巫女は実はそれほど気にしてないのかもしれない。でもあたしは、以前シュウがリョウのことを「協調性がない」って言ったけど、リョウよりもむしろシュウの方が協調性に欠けているような気がしてきていたの。
廊下の向こうはここからでも広い空間が口をあけているのが判った。近づいていくあたしたちをリョウが手を上げて制して、まずはリョウが警戒しながら少しずつにじり寄っていく。息を飲んで見守っていたあたしたちは、廊下を出て少し歩いたリョウが再び手を上げるのを待って、ゆっくりとその空間に足を踏み入れていた。
ここもさっきの部屋と同じく、天井が高くて明るい部屋だった。でも壁はさっきとは違って、茶色の小さなレンガを積み上げて作られていたの。ここではさっき命の巫女が教えてくれたキカイの音がまったくしない。あたしたちの足音だけが周囲に反響して、ほかの音は一切聞こえなかった。
―― ううん、あたしたちの足音以外の何かの音が近づいてくる。それは部屋の正面の壁に4つも見える通路の先からで、さっきトンネルの中に現われたロボットたちの足音によく似ていたんだ。
「なるほど、戦いやすい場所に誘い込まれたな。……シュウ、命の巫女、2人で左側の3つの通路から出てくる奴らを頼む。俺は1番右の通路を担当する」
そう言うとリョウは右の通路に向かって走っていった。あたしが声をかける暇もなかった。うしろからシュウが叫ぶ声が聞こえる。
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「馬鹿野郎! 1人で先走るんじゃねえ! 通路を1つ決めて全員で突き進んだ方が効率がいいだろうが!」
「敵の武器を確認してからでも遅くない! 飛び道具を持ってたらどうするんだ。挟み撃ちにあって全員なぶり殺しになるぞ」
「……クソッ。ユーナ! 左の通路と祈りの巫女を頼む。祈りの巫女、君はユーナから離れないで」
「判ったわ。2人とも気をつけて」
リョウに言い負けたシュウは一瞬だけ悔しそうな表情を見せたけど、すぐに頭を切り替えて目の前に次元の扉を展開した。隣で命の巫女が同じく扉を開くと、光の色が変わって2人の扉がつながったことが判る。人1人をすっぽりと覆うことができるくらいの扉だ。命の巫女は扉の位置を固定してくれたから、あたしはすばやく袋の中からろうそくを1本取り出して、ランプの聖火を移したあと床に立てた。
リョウは右の通路に飛び込んでしまって姿は見えない。だけど通路の奥からは明らかに足音とは違う音が聞こえてきて、あたしを不安にさせる。祈りの姿勢をとって感覚を広げればリョウの様子を見ることはできる。でもその反面、神様に同化すると自分の身体の感覚がなくなってしまうから、命の巫女に迷惑をかけてしまいそうで祈りに入る決心がつかなかった。
足音が近づいてくる。戦いの始まりは、通路の入口近くに影の姿が見えた瞬間だった。シュウと命の巫女とがほとんど同時に叫んだの。
「「炎の玉!」」
命の巫女は次元の扉に身を隠しながら、扉の右側に乗り出して呪文を唱えていた。あたしはその逆側から顔を出して初めて2人の火の玉を見た。人の頭ほどの大きさに見える炎は燃え上がるのではなく中心から渦巻くようにかたまっていて、2人の手のひらから放たれた炎が次の瞬間には通路の中で爆発したように見えたの。この通路の中もレンガ造りになっているようで、天井からいくつかのレンガがばらばらと影に降りかかるのが見えた気がした。
影の姿はまだはっきりとは見えなかった。薄く立ち込めた煙の中に、2人は2つ目の炎を叩き込む。次の瞬間、通路の先からシュウを狙って光の筋のようなものが向かってくるのが見えたの。それはシュウを守る次元の扉に吸い込まれて、命の巫女の扉から再び通路に向かって正面の壁の一部を破壊したんだ。
「気をつけろユーナ! レーザーガンを持ってる!」
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「レーザーガン? レーザーってあれでしょ? エステのシミ取りや永久脱毛なんかに使うやつ。もしかしてレーザー脱毛って痛いの?」
「エステと一緒にするな! ……ったく、おまえと話してると力が抜ける。とにかく当たらないように気をつけろ。100年後の技術はオレたちの常識とは桁外れなんだ」
「炎の玉!」
2人は断続的に炎の玉を放ち続ける。それは影の進攻をある程度防いでいて、影はなかなかこの部屋の中にまで到達することはできないみたい。シュウがレーザーガンと呼んだ光の筋も、そのほとんどが次元の扉によって影に跳ね返ってる。あたしはいてもたってもいられなくなって、ろうそくの炎の前で祈りの姿勢をとったの。
「命の巫女、あとはお願い。リョウの様子を見てくる」
「え? ……判ったわ。任せて ―― 」
言葉の最後までは聞かずに、あたしはこの場所でもはっきりと感じられる、でもトンネルのときよりは少し気配を弱めた神様に同調した。
神様に寄り添いながら感覚を広げていくと、まずは左側3つの通路にひしめいている影たちの姿と、彼らを操る影本体の意識を感じることができた。2人の火の玉攻撃はそれぞれの通路にいた先頭の影をいくつか殺しているようで、そのあとも断続的に飛び込んでくる炎に阻まれて、なかなか先へ進むことができないでいるみたい。2人の炎が飛び込む間隔はそれほど短くないから、ひとまず通路の曲がり角に身を隠して、火の玉が飛び込んできた次の瞬間に走り込んでレーザーガンを撃つ、っていう作戦を取っているように見える。でも、シュウと命の巫女の炎はタイミングが少しずれているの。だからほかの通路から発射されたレーザーガンが次元の扉に跳ね返されて予告なく飛び込んできて、むしろ自分たちのレーザーガンで殺される影の方が多かった。
あたしは最後に残された右の通路に視点を移動させる。その通路の入口には影の姿はなくて、しばらく進んだ先でいくつかの影の死骸を見ることができた。あたしはリョウの姿を求めて更に通路の先をさぐる。見つけたリョウは、通路の曲がり角の陰から半身を出して、飛び出してくる影になぜかレーザーガンで攻撃を仕掛けていたんだ。
リョウの周囲にも何体かの影の死骸がある。リョウはその死骸からレーザーガンを奪ったみたいだった。
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リョウの、右の騎士の輝きがあたしを圧倒する。以前村で戦うリョウを見たときよりもずっと強い光を放ってる。もしかして、神様の気配が強まっているこの空間で、リョウの戦う力も上がっているの……?
そのとき、あたしの感覚の中に、それまで感じていたより更に強い影本体の意識が飛び込んできたの。あたしの心に鳥肌が立つ。
―― 通路ヲ出ルマデ攻撃ハ控エヨ
それは命の巫女たちが守る3つの通路にいた影たちへの命令みたいだった。今まで、影が放つレーザーガンが影たちの進攻を妨げる大きな力になっていた。それがとつぜん止んでしまったら、もしかしたら影は通路を突破してしまうかもしれない。影が部屋の中に入ってきたらリョウは背後を突かれて挟み撃ちになる!
「命の巫女! 影がレーザーガンを使うのをやめたわ。シュウ!」
いきなり現実に戻ってきたあたしの叫びに2人とも驚いたように振り返った。
「敵の本体が次元の扉に気づいたの。炎を放った次の瞬間に影が飛び出してくるわ!」
あたしの短い説明で、シュウは瞬時に意味を理解してくれたみたいだった。
「ユーナ、通路の出口を崩せ! それしか勝機はない!」
「判ったわ。 ―― 炎の濁流!」
2人の手から、今までよりも大きな炎が噴き出した。通路の入口より上の壁を狙って放つと、積み上げられたレンガがガラガラと崩れて通路をふさいでいく。それまでの攻撃と今の大きな力を使ったことで2人は息を切らせていたの。でも、もうもうと立ち込める煙の向こうから、やがて通路を破壊するような音が聞こえてきたんだ。
「……まずい。これだけじゃ長く持たない。ユーナ、祈りの巫女、ここは危ない。部屋の入口あたりまで下がるぞ!」
あたしはすばやくろうそくを持ってシュウに続いた。あたしたちはいい。いざとなったら部屋の入口から来た道を戻ることができるから。だけど、通路の途中にいるリョウは、このままだと影の真っ只中に孤立してしまうよ。
「2人はここにいて。あたし、リョウのことを追いかける。こっちの通路を突破されたって、リョウに伝えに行ってくる!」
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あたしの祈りは、リョウの意志を読み取ることができる。でもあたしの意志をリョウに伝えることはできない。だから誰かがリョウのところへ行かなくちゃならないんだ。危険なことは判ってる。だけどそれは、リョウの婚約者であるあたしの役目だった。
「ちょっと待って! 次元の扉を使えば影の進攻を阻止できるんだ。オレたちは2人で1つずつしか扉を展開できないから、今3つの出口を2つの扉でをふさぐ方法を考えてる。だからもう少しだけ待ってくれ!」
「……だめ。待てないよ」
「祈りの巫女!」
それ以上シュウの声は聞かないようにして、あたしは4つ目の通路に飛び込んだ。だって、リョウが危険にさらされてるのに黙って待ってなんかいられない。それに、次元の扉で影を押し戻しても、それじゃ根本的な解決にはならないんだ。あの場所にいる影をすべて殺さなかったら、あたしたちは先に進むことなんかできないんだもん。
レンガの通路はさっきこの部屋まで通ってきた通路よりも少し広い感じで、想像していたよりもずっと明るかった。さっきリョウの様子を見たときの道を思い出しながら、曲がり角で少し用心する以外はずっと走って移動していったの。道そのものは一本道だったから迷う心配だけはなかった。しばらくいくと影の死骸がいくつか見え始める。でもそれはトンネルで見た影とは違っていて、より人の姿に近い形をしていた。
キーンと耳の奥に突き刺さるような音と、影たちが立てるガチャガチャという足音が近づいてくる。リョウがいる場所はさっきとほとんど動いていなかった。あたしがうしろから近づいていくと、不意に気づいたリョウがあたしに手に持ったなにかを向けたんだ。
「! ……ユーナ! どうしてここに」
それにはかまわず会えたうれしさに笑顔で近づいたあたしは、リョウと同じように通路の角に身を隠しながら乱れた呼吸を整えた。
「向こうの通路が突破されそうなの。もしもあの部屋からこの通路に影が入ってきたらリョウが危ないから」
「おまえ……ジュウコウが怖くないのか?」
リョウはそうつぶやいて、でも1人で納得したらしくて大きく息をついた。
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通路の向こうに1度顔を出して、さっきあたしに向けた何かを通路に向けた。そのあと遠くで金属の何かが崩れる音がする。もしかしたらこれがレーザーガンの正体なのかもしれない。
「で、今は混戦状態か? それとも2人は向こうの通路に逃げられたか?」
「あたしが来たときはまだそこまでいってなかったわ。通路の入口を崩して時間稼ぎをしてるの。でもそんなにかからずに出てくるはず」
「だったら今から加勢に行けばまだ間に合うかもしれないな。……ユーナ、これを持ってみろ」
リョウは自分が手に持っていたものをあたしに握らせた。片手で持つにはずいぶん重いものだ。それからリョウは、近くにあった影の死骸から同じものを取り外して、あたしに見せてくれる。
「握り方はこうだ。ここに人差し指をかける。俺がいいと言ったら指に力を入れて引いてみるんだ」
あたしがよく判らないままうなずくと、リョウは再び通路の向こうに顔を出して、影を倒して戻ってくる。
「ユーナ、俺の周りに祈りの膜を作るんだ。俺のヘソのあたりを中心にして半径100コントくらいの球体を想像する。その球体は敵の攻撃から俺の身体を守る。できるか?」
あたしは戸惑いながらも、すべてリョウが言う通りにしてみたの。神様の気配に同調して、リョウの周りに守りの球体を作る。それは肉眼ではまったく見ることができなかったけど、半分だけ意識を神様に預けたあたしにはその存在を感じることができた。
「これでいいの?」
「指に力を入れてみろ」
リョウに言われるままあたしが手に握った何かに力を入れると、とつぜんその先からレーザーガンの光が飛び出したの。光は少し離れたリョウの身体の方へ向かって、でもリョウに触れる前に進路を変えて壁に弾かれていたんだ!
「上出来だ。そのまま俺の身体を守ってろよ。奴らを根絶やしにしてやる」
にやっと笑ってリョウが通路を飛び出していく。あたしは驚いて呆然としかけてたんだけど、あわててその場で祈りを捧げてリョウの姿を追ったの。自分のナイフに持ち替えたリョウは、飛び出してくる影たちのレーザーガンを跳ね返しながら、彼らに襲い掛かっていった。
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