真・祈りの巫女
471
―― 未来の扉……?
シュウの話を聞いて、あたしは今まで気づかなかったさまざまな疑問がわきあがってくるのを感じていた。これって、誰も話題に出さないけど、みんな納得していることなの? 判ってないのはあたしだけなの?
「未来で間違いないんだな。だったら手分けして探そう。ユーナ ―― 」
「ねえシュウ、ちょっとだけ教えて」
シュウに手渡された紙を持って歩きかけていたリョウは、あたしがシュウに話しかける声を聞いて足を止めた。
「どうしたの? 祈りの巫女」
「なんかあたしだけ理解してないみたいなの。だから教えて。シュウたちが来たのは2000年の時代なの?」
「そうだよ。んまあ、正確には2004年だね。それがなにか?」
「その時間は、あたしの村から500年後の未来だってこと? だったらこれから探す2100年の扉は600年後の未来なの? もしもそうだとしたら、どうしてその途中がないの? あたしはもちろん1600年までは生きてないけど、村が滅びなければ必ずその先があるはずじゃない。それとも、ここで村は滅びるから、だからその途中の時間がないってことなの?」
そう、一気に話したあたしを見つめていたシュウは、あたしが言葉を切ると、リョウと命の巫女に視線を移した。
「リョウ、今の質問に答えられる? ユーナは?」
2人が答えなかったから、シュウは再びあたしに視線を戻した。
「じゃ、仕方がないね。オレが扉を探しながら質問に答えるから、祈りの巫女はオレのあとについてきて。リョウ、そういう訳だから、二手に分かれるならパートナーを交換するしかない。彼女が心配ならオレたちについてきてくれても別にかまわないけど」
シュウが意地悪そうにそう言って、あたしは自分が言ったことで2人がまた険悪になったらどうしようってちょっと心配した。でも、リョウが憮然としながらも1人で歩き去っていったから、命の巫女も苦笑いを浮かべてリョウとは反対の方角へと歩いていったの。
2人を見送ったあたしがシュウを見上げると、シュウはあたしを安心させるように微笑んで、歩きながら話を始めてくれた。
472
「まず年号についてだけど、正直に言えばオレが来たのは2004年じゃない。16年だ」
あたしは意味が判らなくてきょとんとしていたみたい。だって、シュウは今16歳なんだもん。シュウの村が生まれてから今年で16年目なんだとしたら、シュウは自分の村が生まれる前の年に誕生したことになるよ。
「シュウの村はそんなに若い村なの? だとしたらシュウはゼロ年の生まれなの?」
「いいや、オレとユーナは63年の生まれだよ。オレたちの国ではオレが生まれた翌年に年号の改訂があって、新しい年号で再び1年から始まった。君は不思議に思うかもしれないけどね、オレたちが住んでいる国ではときどき年号を表わす数字が1に戻るんだ。国の正式文書にはこの年号が採用されてるんだけど、確かに不便なところもあるから、日常的にはよその国で多く使われている年号を借りてきて2004年と表記したりする。ほかに、国が60年くらい前まで使っていた暦もあって、それを使うとたぶん2664年になるんじゃないかな。つまり、2004年ていうのは本当は、オレたちとなんの関係もない数字なんだ」
聞きながらあたしはすっかり混乱してしまって、シュウに説明を求めたことを後悔し始めていたの。シュウはきっと、あたしが質問するには頭が良すぎるんだ。命の巫女が一緒に聞いててくれればもっと簡単に説明してもらえたかもしれないけど。
「いきなりこんな説明をされても判らないよね。でも、この扉にある2004年は、君の村の起源とはまったく関係がない年から数え始めているから、君の村の500年後がオレたちの国になる訳じゃないんだ。そう考えれば、確かに2100年代の扉もオレたちとはまったく関係がない年号だって可能性もあるね。だけど、オレたちの扉にコウキを使ってないってことは、これが500年前の過去を表わしているとも考えられない」
「……」
「そんな訳で、2100年代が未来を表わしているのか、それとも過去を表わしているのか、実はオレにも判らないんだ。ただ、ここにある扉は間違いなく、影がオレたちが存在する時間と空間を移動するためだけに作られてる。オレたちの国には獣鬼やセンシャがあるけど、きっと影の本体は別の世界にあるはずだ。ということは、過去だろうが未来だろうが、この扉が影の国へつながってるのは間違いない」
473
「どう? 理解できた?」
もう、口を挟むことすらできなくなっていたあたしは、シュウの質問には黙って首を振ることしかしなかった。
「今の話を簡単にするとね、要するにこの扉の空間は、影が自分の都合のいいように次元の扉を並べたものなんだ。行き先は祈りの巫女が生きている時間の村と、オレたちがいる時間のオレたちが住んでいる場所。影はおそらく、必要に応じて扉を開いていって、無造作にこの空間に並べたんだろうね。で、そのままだと何がなんだか判らなくなるから、扉に目印の文字と色をつけて識別できるようにした」
今度の説明はあたしにも判った。でも、どうして最初からこの説明してくれなかったんだろう。いきなりシュウの国の年号の話なんかしなければ、あたしだってこんなに頭を悩ませなくて済んだのに。
「つまり、この場所は影が自分で作ったのね」
「場所は判らないけど、扉は間違いなく影が作ったものだよ。で、前にも少し説明したけど、この扉を作ったのは片手の指が5本の知的生命体だ。オレはこういう形態の生物を人間以外に知らない。そして、オレたち人間が知らない生物が人間の歴史を変えようとするなんて、そんな理屈に合わないことをオレは信じることができない」
あたしは、シュウの言葉に背筋がぞくっとするのを感じた。
「……人間、なの? 影は。……あたしを殺そうとしてるのって」
「さあ。正直言ってそう断言できるほど材料がないのも確かだよ。君やユーナに力を与えている神の正体もぜんぜん見えないしね。それについてはまあ、まったく仮説を立ててないとは言わないけど。ともあれ、影の世界へ行くことができる扉は、逆に言えばオレたちがいない時間のものになる。……見つけたかな」
遠くで命の巫女がシュウを呼ぶ声が聞こえてくる。しばらく待っていると、とつぜん扉を突き抜けて命の巫女が走ってきたんだ。
「シュウ、見つけたよ、1つだけ赤い扉。でも黄緑色の扉は見つからなかった。もっと探した方がいい?」
「ああ、探さなくていいよ。今祈りの巫女と歩きながら話してて黄緑色の謎が解けた。その扉はおそらく開かないか、入ってもいいことはないよ。なにしろ未来の扉だからね、今のオレたちには役に立たないんだ」
474
シュウたちの声を聞きつけてリョウが戻ってきていた。そうして再び4人揃ったあたしたちは、命の巫女を先頭に2100番台の赤い扉へと歩いていったの。
「シュウの言うこと、だんだん混乱してきたよ。だって、これから開ける赤い扉も未来なんでしょ? 黄緑の扉となにが違う訳?」
「その説明、本気で聞きたいのか? おまえ」
「……いい。たぶん聞いても判らない」
シュウと話しながら、命の巫女は心からうんざりしたような顔でため息をついた。あたし、さっきシュウと話していたときの自分の顔なんて知らないけど、きっと今の命の巫女と同じような顔をしていたんだろう。
命の巫女が足を止めた赤い扉の前で、あたしたちも立ち止まって巨大な扉を見上げた。
「これか。2112年9月3日。これがセイレキなら108年後の世界か。オレたちが死ぬまでにコールドスリープの技術が完成してなければ、一生お目にかかれない場所だな」
シュウは意味のよく判らないことをつぶやいたあと、あたしたちを一通り振り返って、その扉を開けた。
扉の中はほかの扉と同じような石造りの部屋で、最初に扉を開けたシュウが中へ入っていく。そのあとを命の巫女が離れずについていって、あたしの隣にリョウが並んで一緒に入ってくれた。まもなくひとりでに扉が閉まり始める。
「気をつけろよ」
リョウが言った一言には誰も返事をしなかった。やがて扉が完全に閉まると、一瞬だけ暗くなった部屋の中に光が満ち始める。
まるで目の中に光が突き刺さるみたいだった。細い線の上をすばやく移動するような光がたくさん見えて、徐々に目が慣れてくるまでそれしか見えなかったんだ。そのうちしだいにはっきりと周囲の様子が見えるようになって、その場所が筒状のトンネルの中なんだってことが判ってくる。トンネルの壁を伝って、細い光が無数に行き交っている。なにしろスピードがものすごく早いの。1つの光を目で追うことすらできないから、もしかしたらその光は無数の小さな点が細い筋のように見えているだけなのかもしれない。
今まで嗅いだことのない変な匂いと、小さな音が周囲を覆っている。
475
無理矢理例えるなら、風が強い日に物干の洗濯紐がうなっているみたいな音。風はまったくないのにその震えるような低い音がずっと続いているの。トンネルそのものはけっこう広くて、天井までの高さも人の背丈の3倍くらいありそうだった。幅も同じくらいで、床が平らになっている以外はほぼ真円を描いてくりぬかれていた。
トンネルの先がどのくらい続いているのかは判らない。どちら側を見ても壁を走る光が放射したり収束したりしていて、しかも独特の鉄を焦がしたような変な匂いと震える音があいまって、あたしは頭がくらくらしてきたみたい。気がついたときには倒れかかった身体をリョウに抱きとめられていたんだ。
「大丈夫か?」
なんだか気分が悪いよ。普通に立っていられなくて、察したリョウがあたしを床に座らせてくれた。
「目を閉じていろ。少しは気分が落ち着くだろう」
「できるだけ光を見ない方がいいわよ。こういう光で発作を起こす人もいるみたいだから」
リョウが手のひらで視界を覆ったから、あたしはリョウの腕にもたれながら目を閉じた。どうやらあたし以外はみんな平気みたい。あたし、自分ひとりだけ倒れてしまったのがすごく恥ずかしく思えた。
「……ここが影の国なの?」
今のあたしには周りの気配を感じることなんかできなかった。あたしがつぶやくと、ほんの少しの間を置いて命の巫女が答えてくれる。
「今までの場所よりもずっと神様の気配が強いみたい。でも影の気配はないわ。……ううん、ちょっと待って!」
その時だった。急に周囲の光が強くなった気がしたの。目を閉じていても判るくらいの変化だった。そして次の瞬間、あたりに何かの声のようなものが響き渡っていたんだ。
「命の巫女。ユーナを頼む」
今までよりもずっと緊張したリョウの声がして、あたしは床に寝かされる。そのあとリョウが立ち上がったのが気配で判った。
476
聞こえてきたのは人の声じゃなかった。獣の鳴き声のような、でもそれよりはずっと無機質で、感情が感じられない。
「なんだこのサイレン。オレたちが入ったことが判ったのか?」
「急に影の意識が強くなったの。シュウ、この扉で間違いないよ。ここには影本体の意識が感じられる」
「神の本体もセットでか。……くそっ、目がチカチカする」
あたりに響き渡る声はそれほど大きくなかったけど、頭が痛くなるような感じだった。まるでトンネルそのものが怒っているみたい。でもけっして感情的ではなくて、すごく正確に同じ声を繰り返しているの。
「シュウ、来るぞ! 命の巫女はユーナを守ってくれ!」
「判ったわ!」
その緊迫したやり取りに耐えられなくなって、あたしは身体を起こして薄目を開けていた。そこで見たのは、あたりを行き交う赤や青の光の渦と、やがてトンネルの一方からわらわらとやってくる何かの姿だったの。
手足の長い虫のような、でも人の背丈の半分くらいはある獣だった。恐ろしさに一瞬で目を閉じてしまったけど、その姿を脳裏に焼き付けることはできた。いくつもの金属を複雑に組み合わせて作り上げたクモのような形をしている。ちょっと見ただけでも10体以上はいて、彼らはみな獣鬼やセンシャと同じ影の気配を持っていたんだ。
「炎の玉、出ろ!」
そう、シュウの声が聞こえた次の瞬間、遠くで何かが崩れるような音がした。少しの間は近づいてくる足音が消えて、でもすぐにまたたくさんの足音が迫ってくる。
「その攻撃は効くようだな。シュウ、その火の玉はあと何回出せる」
「さあね。……炎の玉出ろ! オレが疲れたら終わりだ」
「そのまま近づかせるな。数はさほど多くない」
「気楽に言うな! クッソ、てめえ手伝う気がないなら下がってろよ。ユーナとポジション交代しろ!」
477
再び目を開けると、リョウが近づいてきて、命の巫女がシュウのそばへ駆け寄っていくところだった。光と音で頭がおかしくなりそう。
「目を閉じてろ。大丈夫だ。あの程度なら2人でそう長いことかからずに倒せるはずだ」
「見えない方が不安なの。……ねえリョウ、この光と音と匂い、リョウは平気なの? あたし気持ちが悪くて変になりそうだよ」
「俺は慣れてる。おまえは人工的なものに慣れてないだけだろう。目を閉じて、耳は俺がふさいでてやる。匂いは……どうしようもないか」
そう言うとリョウは、目を閉じたあたしを胸の中に抱きしめてくれたの。腕で耳をふさがれると唸るような音はほとんど聞こえなくなって、鳴き声も足音もずっと弱まってくれた。あの変な匂いだってリョウの匂いに打ち消されてほとんど感じないよ。そうしていると、今まで自分が狂ってしまいそうな気がしていたのに、それが嘘みたいに穏やかな気持ちになっていった。
五感が正常に戻っていくにつれて、影の気配や神様の気配も感じられるようになっていく。あたしを排除するように現われた影の手下たち。ここは間違いなく影の国なんだ。影の本体が、あの変なクモみたいな生き物を操っている。
「リョウ、ありがとう。少し落ち着いてきた」
もしかしたらリョウは何か言おうとして、でも耳をふさいでるあたしには聞こえないってことに気がついたのかもしれない。耳に当てた腕を動かしかけたような気がしたから、あたしはあわてて言ったの。
「お願い、そのまま動かないでいて。手を離さないで」
あたしの声が届いて、リョウが再び抱きしめてくれたから、あたしはその状態のまま神様に呼びかけてみた。
ろうそくの炎を灯さなければ、神様にはあたしの居場所が判らない。でも今は、神殿で感じるよりもずっと近くに神様の存在を感じることができる。あたしは神様の前に心を開いて同化しようとした。そして、そんなあたしの心の動きに神様は答えてくれたんだ。
感覚を広げると見えてくる。シュウと命の巫女が炎を放つ先に無数に現われた獣と、それを動かす影の意志。2人はもうかなりの数の獣を動けなくしていて、でもあたしが最初に見たときよりも影の数はずっと増えていて、まだ半分近くは残っていたの。あたしは神様に2人の心を伝える。この獣たちを、この場所から消して欲しい、って。
祈りの効果は絶大だった。程なくして、影の気配はすべてこの場所から消え去ってしまったんだ。
478
リョウが気づいて辺りを見回す気配を感じた。そのあとあたしを抱きしめる腕を緩めてくれたから、あたしもゆっくりと身体を動かして、目を開けてみたの。
鳴き声のような音と金属がぶつかり合うような音がなくなっていた。それと、トンネルを激しく行き交っていた赤と青の光も、白くておとなしい光に戻っていた。身体を伸ばしてトンネルの先を見やると、シュウと命の巫女がこちらに向かって歩いてくるところだったの。その向こうにいたはずの獣たちは、今はその痕跡すら残さずきれいに消えていたんだ。
「倒したのか?」
リョウがそう訊いたのに、シュウは首をかしげながら答えた。
「とつぜん消えた。……っていうか、動きが止まったかと思ったら床に吸い込まれた。あれはオレたちの攻撃が原因じゃない」
「祈りの巫女、大丈夫?」
命の巫女があたしと目を合わせた瞬間に駆け寄ってきてくれる。まだ震えるような音や匂い、それに光なんかも残ってたけど、さっきほどおかしくなりそうな感じはない。もしかしたらあたしも少しは慣れたのかもしれない。
「ええ、まだちょっと気持ちが悪いけど大丈夫みたい」
「今の、祈りの巫女の力でしょう? 影を消したの」
その命の巫女の声を聞いて、シュウとリョウがあたしに注目するのが判った。それでなんだかちょっとびっくりしちゃって、命の巫女に答えることができなくなってたんだ。
「本当に? 祈りの力で影を消すなんてことができるのか? そこに存在するものを消すなんて」
「消した、っていうより、現われないようにした、っていう方が正しいかもしれないよ。その証拠にあの光やサイレンの音も消えてたでしょう?」
「それにしたって、今までとは桁違いの力だよ。……そうか、ここには神の力がある。だから祈りの巫女の力も強くなってるのか」
「もともと祈りの巫女の力は強いんだよ。だって、そうじゃなかったら影が祈りの巫女だけを狙う訳がないじゃない」
479
「潜在的にはあたしなんかよりずっと強い力を秘めてるんだよ、祈りの巫女は」
命の巫女はそう言ったあと、あたしににっこりと笑いかけた。でもあたしは笑い返すことができなかった。なぜなら、あたしを見つめるリョウの目がぜんぜん笑ってなかったから。
「そうだな。なにしろ祈りの巫女はオレたちを自分の祈りで呼び出したくらいなんだ。あのロボットたちのセンサーを狂わせるくらいはできるかもしれないな。……祈りの巫女が大丈夫ならそろそろ移動したいけど」
「大丈夫よ。もう歩けるわ」
あたしがちょっとふらつきながらも何とか立ち上がると、シュウはリョウのことを無視してさっき影が現われた方へと歩いていった。その背中に命の巫女が声をかける。
「道は? そっちで間違いないの?」
「確率の問題。ふつう侵入者を撃退しようとするなら、自分らが行かせたくないと思う方向から攻撃を仕掛けるだろ? オレたちをミスリードするために逆側から攻撃したってことも考えられるけど、あのタイミングからしてそこまで緻密な作戦を立てられる時間があったとも思えないから。……ユーナ、オレの隣に並んで歩いて。誰かさんは見掛け倒しで頼りにならない」
シュウの最後の言葉に、リョウがぴくっと反応したのが判った。既に歩き始めているシュウの背中を怖い目で睨みつけたの。一気にその場の空気が緊張して、振り返った命の巫女はそんなリョウの様子に何も言えなかったみたい。あたしはとっさに声を出していた。
「ごめんなさいシュウ! あたしが悪いの。こんなときに気分を悪くするなんて巫女失格だったわ」
「君にはなんの落ち度もないよ。じっさい影を撃退できたのは君のおかげなんだから。貢献度は何もしなかった奴とは比べ物にならないよ」
「リョウはあたしをかばってくれただけなの。もしもあたしがいなかったらリョウはちゃんと戦えたわ。だから悪いのはあたしなの。あたし、自分のせいでシュウとリョウに喧嘩して欲しくない。……元はと言えばあたしが強引についてきちゃったんだもん。ごめんなさいシュウ。あたしが謝るから、リョウのことを悪く思わないで。リョウを嫌いにならないで」
そのとき、追いすがるあたしの前で足を止めたシュウは、1つ大きなため息をついて振り返った。
480
「ごめん、祈りの巫女。君に気を遣わせるつもりじゃなかった。……君が言ってることは逆なんだ。オレはこいつを嫌いだから、些細なことで苛ついて攻撃してる」
シュウはチラッとリョウを見たあと、視線を戻したときには少しだけ落ち着いたらしい微笑みを見せていた。
「理屈では判ってるんだ。一方向から敵が来る場合、遠距離で攻撃するオレと接近戦のリョウとが同時に攻撃することはできない。だから今回リョウがオレとユーナに攻撃を任せたのは正しいんだ。リョウが君の祈りを手助けしていたのも判ってるよ。だから君がオレに謝る必要はないんだ。……理屈では理解してるんだけどね。ときどき感情に負ける。自分の感情をコントロールできなくて余計なことを言っちまう。自分でも情けないと思うけど」
そう、自嘲の笑みを見せたシュウに、あたしは適切な言葉をかけることができなかった。
「たぶん相性が悪いだけなんだ。今までリョウがオレに何をしたって訳でもないし、オレがリョウを嫌う理由って1つもないからね。これからは少し努力してみるよ。だから祈りの巫女も、自分が悪いとは思わないで」
そこまで話してにっこり笑いかけたシュウは、不意に照れたように視線をはずして再び歩き始めた。そのうしろを命の巫女が追いかけていく。あたしは言われた言葉を消化し切れなくて立ち尽くしてたんだけど、リョウに促されてゆっくり歩き始めていた。
「シュウってどうして祈りの巫女にはそんなに素直なの? あたしと話すのと態度がぜんぜん違うよ」
「なんだよそれ。……もしかして妬いてたりする?」
「んもう、そんなこと言ってないでしょ!」
前を歩く2人はまた痴話げんかを始めてしまって、あたしもようやくその緊張状態から解き放たれていた。リョウはあたしにあわせてゆっくり歩いてくれている。隣を振り仰ぐと、さっきみたいな怖い目はしてなかったから少し安心することができた。
「リョウは? リョウもシュウのことが嫌いなの?」
答えてくれないかと思った。でも、リョウはあたしに笑顔を向けると、首を横に振ったんだ。
「最初は嫌いだったが、今はそうでもない。だからあいつの言うことにいちいち怒ってる訳でもない」
扉へ 前へ 次へ