真・祈りの巫女
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あたしとシュウは石段の途中にいて、こんなところで祈りの巫女が談笑しているのは、本当ならけっしてほめられたことじゃなかった。でも、通る人は誰もなにも言わなかったし、あとで誰かにたしなめられるようなこともなかったの。振り返って考えると、今このときのあたしは命の巫女に見えていたんだと思う。命の巫女はまだこの村にきたばかりだったから、多少不謹慎な行動も大目に見てもらえたんだ。
そんなこともチラッと頭をかすめたから、あたしは声をひそめるように、いつもより少しシュウに近づいていた。
「 ―― その、なんていうか……悪かったね。オレとユーナとのことに巻き込んじゃって」
言葉通りの意味だけじゃないんだろう。あたしの気持ちを知らずにいたことに対する謝罪も、その中には含まれていたみたい。
「気にすることないわ。好きで巻き込まれてるんだもの。それよりそろそろ覗きに行かなくていいの?」
あたしが上を指差すと、シュウはちょっと神殿を振り仰いで、また溜息をついた。
「また未来を見てるんだって突っ撥ねられたら、今度こそオレ立ち直れないかも」
「それじゃ、こういうのはどう? 『本当の未来は今オレが見せてやる』って言うの。これで話を聞いてくれる気にならないかな?」
「いいねぇ。それもらった!」
「あとこんなのもいいかも。『オレ抜きでおまえの未来が見える訳ないだろ?』とか」
「祈りの巫女、君は殺し文句の才能があるよ ―― 」
そのあとも、あたしたちは少し声をひそめながら、でもときどき笑いながら、シュウが言う殺し文句をいろいろ考えていたの。自分を振った人の恋愛相談に乗ってるなんて、ちょっと変な感じだったけど、でも楽しかった。あたしはシュウに惹かれている。告白して、断られても、やっぱりあたしはシュウと一緒にいる時間をとても愛していたんだ。
「やっと判った。ユーナが傷ついた理由。オレはユーナと祈りの巫女を比べて品格がどうのとか、ぜったい言っちゃいけなかったんだ」
その言葉にあたしが答えようとしたそのとき、あたしは不意に腕を掴まれたんだ。その力は強くて、驚いて顔を上げると、リョウがものすごく怒った顔であたしを見下ろしていたの。
とっさに声が出せなかったあたしの腕を掴んだまま、リョウは石段を降りて巫女宿舎の方へと歩き出した。
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半ばあたしを引きずるように大またで歩くリョウに、あたしは声をかけることができなかった。あたし、今までシュウとあんなところで話してた。もしかしたらリョウはそれを怒っているの?
……リョウに対してやましいところがなかったとは言えない。その大部分はシュウと命の巫女が仲直りするための手助けだったけど、あたしはシュウに告白したんだもん。そんなことリョウには言えないよ。だからあたし、いつものあたしだったらこういうとき真っ先にリョウをなだめようとするのに、その最初の言葉が出てこなかったんだ。
リョウがあたしを連れてきたのは祈りの巫女宿舎の裏手だった。すぐ目の前が森で通る人が誰もいない場所。そこで手を離して、リョウはあたしの髪を掴んで宿舎の壁に押し付けた。そして、噛み付かれているのとほとんど違いがないキス ――
すごく痛かった。こんなキス、あたしは知らない。リョウのキスはいつも優しかったんだもん。あたし、こんなにリョウを怒らせたの?
痛くて、無言でリョウの胸を押し返した。ほとんど無意識の行動だった。リョウの力は強くてなかなか離れてくれなかったけど、不意に何かに追い立てられるように、唐突にリョウがあたしを引き離したの。髪を掴んだまま。
見上げたリョウの目は怒りに血走ってるように見えた。
「……なんであいつ……俺に見せ付けてんじゃねえよ!」
リョウの目が強すぎる。今まであたしが見てきたどんなリョウよりも強くて、まるで違う人みたいで、声を出すことができない。
「クッ……。判ってる。俺には、おまえが誰を好きになろうと、それを邪魔する権利なんかない ―― 」
その、言葉の途中でリョウが目を伏せてくれたから、ようやくあたしは声を出すことができたんだ。
「リョウ……」
言葉に合わせて手を差し伸べる。悪いのは、こんなにもリョウを傷つけたあたしだ。だからリョウにそう伝えて謝りたくて。
そのとき、リョウはいきなり目を丸く見開いて、あたしの髪から手を離した。そしてあたしの伸ばした手から逃れるように走り去っていったの。残されたあたしは力が抜けてその場に座り込んでしまった。
これも無意識の行動だった。あたしは髪に手を触れて、ふと本来ならそこにあるべきものがないことに気づいたんだ。
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―― 間違えられた、あたし、命の巫女と。
髪飾りをつけてなかった。シュウと2人きりで笑顔で話してた。それはいつもの命の巫女の行動で、あたしがそうするなんてほとんどありえないこと。間違えない方がどうかしてるよ。だって、リョウはあたしとシュウの会話を聞いてた訳じゃないんだもん。
リョウが間違えたことを、あたしは責められない。あの状況で間違えない人なんていないと思うもん。だけど、それならどうしてリョウはキスしたの? リョウと命の巫女は、前にもキスしたことがあるの……?
俺に見せ付けるな、って言ってた。リョウは前にも命の巫女にそう言ったことがあるの? 命の巫女はそれに答えたの? 命の巫女は、既にリョウの気持ちを知っていて、あたしに隠していたの? 2人はもう両想いになっていたの?
―― ショックだったのは、間違えられたことじゃなかった。2人の間に何もなければありえない行動をリョウが取ったこと。あたしが命の巫女じゃないことにリョウが気づいたのは、たぶん走り去る寸前。だからその前の行動はすべて命の巫女に向けられたもので ――
あたしが今まで見たことがないくらい、強い目をしていた。あれは嫉妬だ。あんな嫉妬、あたしは向けられたことがない。……そうだよね。だってあたしは命の巫女の身代わりだったんだもん。
命の巫女と両想いになれたのなら、身代わりのあたしはもう必要ないのかな。でも、表面的にはリョウはあたしの婚約者で、きっと影を倒して帰れるようになるときまで、リョウはその立場を貫かなきゃならないだろう。だから2人のことを隠していたんだ。あたしにも、そしてシュウにも。
それとも、命の巫女はリョウよりシュウを選んだの? ……その方がつじつまが合うかもしれない。リョウの言葉をぜんぶ覚えている訳じゃないけど、その言葉の響きには諦めが混じっていたから。だとしたら、あたしにもまだリョウをつなぎとめるチャンスがある……?
そこまで考えて、ようやくあたしは立ち上がることができた。なにが本当なのかなんて判らない。でも、この嘘をリョウがつき通している間は、あたしはリョウのそばにいることができる。だって、この村にいる間は、リョウはあたしの婚約者でいるしかないんだもん。命の巫女との関係を公表して、今の状態を壊すなんて、わざわざする意味がないから。
宿舎にはオミ以外誰もいなかった。部屋の鏡を見ると、唇が切れて流れた血が既に固まりかけていた。
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お昼になる少し前、その知らせがもたらされた。教えてくれたのはカーヤだった。カーヤは怪我人の看護と炊き出しの準備を済ませて、あたしとオミの様子を見るために戻ってきてくれたんだ。
「 ―― 倒れた木が大きくて、その下にいたからこんなに時間がかかったらしいの。ようやく掘り出されたときには、セトが運命の巫女を抱きしめるような形そのままだったそうよ。避難所を回りながら聞いた噂なんだけどね、崖が崩れた瞬間、セトは少し崖から離れた場所にいたんだって。セトの隣にいた人が助かってて、その人はセトが崖に向かって走るのを見てたの。たぶん、運命の巫女は足が悪くて動けないから、とっさに庇おうとしたんじゃないかって ―― 」
運命の巫女のことは守護の巫女から聞いていて、ある程度あたしの中でも覚悟ができていたはずだった。でも、カーヤが持ってきてくれた知らせは、あたしにはとても悲しいものだったの。セトは、いったいどんな気持ちで運命の巫女を庇ったんだろう。運命の巫女は、自ら危険に飛び込んできたセトを、いったいどんな思いで見つめたんだろう。
もしも運命の巫女を助けに行かなければ、セトだけは助かってたかもしれない。そんな噂を聞いたらセトの家族はいたたまれなくなるだろう。人の寿命はあらかじめ決まっているけど、誰だって、もしもあの時、と思わずにはいられないもの。セトの家族を癒してあげなければならない。セトだけじゃなくて、運命の巫女の家族も、そのほかたくさんの家族たちも。
昼には命の巫女とシュウが戻ってきたから、カーヤと4人で昼食を摂って、再びカーヤは看護の仕事に戻ってしまった。命の巫女とシュウはどうやら無事に仲直りできたみたいだったけど、運命の巫女のことを聞いたあたしは2人にその話を聞く気力がなかったの。もちろんリョウとのことが心に引っかかってたこともある。2人ともあたしが唇に怪我をしてる理由を訊いてきたけど、あたしは生返事しかできなくて、すぐに自分の部屋に閉じこもってしまったんだ。
今、神殿では最後の葬儀がおこなわれている。あたしは運命の巫女の親族じゃないけど、祈りの巫女なら参列してもぜんぜんおかしくない。むしろ参列しない方が変に思われただろう。でも、あたしはベッドから起き上がる力さえなくなっていた。
葬儀が終わってしばらくすると巫女の会議がある。それにはなんとしてでも出席しなければならなかった。でもその前にあたしは祈りを捧げなければならない。たとえどんなに落ち込んでたって、それがあたしの仕事なんだから。
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自分が何をどう落ち込んでるのか、自分でもよく判らなかった。原因の1つはもちろんリョウのことで、命の巫女とシュウが同じ宿舎の中にいることも拍車をかけているんだろう。でも1番大きな位置を占めているのは、運命の巫女とセトのことだったの。あたしは、この2人のことであたしがこれほどまでに落ち込む理由が、どうしても判らなかったんだ。
たぶん葬儀が終わった頃だった。壁の向こうの様子でリョウがきたことが判ったの。リョウは少しの間シュウや命の巫女と話していたようで、まもなくあたしの部屋のドアがノックされる。あたしが返事をしないでいたら、リョウはドアを開けて部屋に入ってきたんだ。
ベッドの脇に膝をついたリョウは、あたしの顔を覗きこんで神妙な顔をした。そして、少し頭を下げながら言った。
「さっきは悪かった。……許してくれ」
たぶん、あたしに怪我をさせてしまったことを言ってるんだろう。もしかしたらそれは、あたしと命の巫女とを間違えたことへの謝罪だったのかもしれない。それともあたしの前から逃げ出したこと? でもあたしは、それには気づいてない振りをすることに決めていた。
「大丈夫よ。ちょっと唇が切れただけだもん。びっくりしたけど、最初から怒ってなんかいないから」
言いながら、あたしは身体を起こして、片手でリョウの髪に触れた。触れた瞬間にリョウがぴくっと震えて目を細める。
「謝るのはあたしの方だよ。リョウにあんなに言われてたのに、シュウと仲良くして見せたりした。……ちょっとだけね、リョウに怒って欲しいって気持ちがあったのかもしれない。だから嬉しかったよ。強引なキスも、嫉妬の気持ちも」
悲しかった。キスも嫉妬も、ぜんぶあたしのものじゃないって判ったから。リョウがどんなに命の巫女のことを好きか、あの瞬間に判ってしまったから。
「……だったら、どうして泣くんだ……?」
リョウに言われるまで気づかなかった。自分が涙を流していることに。
「どうしてだろ。あたしにも判らない。……ねえ、リョウ、教えて。あたしのこと、好きになってくれた?」
前は判らないって言ってた。自分の気持ちが判らない、って。言いよどんだのは、きっと、嘘を重ねるがつらかったから。
「 ―― ああ、おまえが好きだ。……ユーナ」
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リョウに名前を呼ばれたのはこれが初めてだった。でも、告白も、名前も、ぜんぶリョウの嘘だ。あたしは真実なんかいらない。リョウがあたしに嘘をついてくれさえすれば、それでいいんだ。
「あたしも、リョウのことが大好き。世界で1番好き」
あたしはベッドの上からリョウの胸に抱きついた。少しよろめきながらも、リョウはあたしを支えて抱きしめてくれる。きっと世界中で、同じような言葉と抱擁を交わす恋人たちはたくさんいるんだろう。その瞬間の真実をぶつけ合って、喜びに涙するんだろう。でも、リョウの胸を濡らす涙はあたしの悲しみ。誰か、嘘を真実に変える方法があるなら教えてよ。あたしをベッドに腰掛けさせて、そっと触れてくるリョウの唇が真実に変えられるのなら。
「ユーナ……痛くないか?」
触れるだけの優しいキスのあとのリョウの言葉が、唇の傷のことだって気がつくのに、少しの時間がかかった。
「ちょっとだけ。でもリョウだから平気」
―― 痛いのは唇じゃない。
「どうして部屋にこもってたんだ? 俺のせいか?」
「ううん、リョウのせいじゃないの。……ほんの少し、傷の言い訳に困ってたのもあるけど、でもそれだけじゃないの」
「傷の言い訳はしなくていい。で、俺じゃないならいったいなんだったんだ?」
「運命の巫女とセトの話を聞いたの。それから落ち込んじゃって。……でも理由が判らない。自分がどうして落ち込んでるのか判ったら浮上できそうな気がするのに」
あたしが言葉を切ると、リョウはあたしの顔を上げさせて、髪に指を絡ませた。
「髪飾りはどうした。……まさか、なくしたのか?」
「なくしたりしないよ。だって、リョウが婚約のしるしにくれたんだもん。今日はたまたまつけてなかっただけ」
「そいつをつけてれば元気になる。少なくとも、部屋を出る元気は出てくるはずだ。俺が言うんだから間違いない」
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リョウに促されて、あたしは引き出しから髪飾りを取り出して、鏡で髪を少し整えたあとにつけてみた。鏡に映るのはいつものあたし。髪飾りに触れたときの感触は、いつもと同じだったのになぜか新鮮な気がした。
もしかしたらリョウの言葉で暗示をかけられていたのかもしれない。身体の中から不思議な気力が湧きあがってくるような気がしたの。振り返ったあたしにリョウが微笑みかけてくれる。あたしも自然に笑顔になる。
「本当。なんだか元気が出てきたみたい」
「そうか。……顔を洗いに行くぞ」
「うん」
あたしはリョウの陰に隠れるように部屋を出て、声をかけてくれようとしたシュウを避けてまずは顔を洗った。だって、泣いたあとの顔なんてあんまり見られたくなかったから。そんなあたしの態度がちょっと気になったらしいシュウと命の巫女も、あたしが顔を拭いて笑いかけるとほっとしたように笑顔で返してくれたんだ。
「ごめんなさい、心配かけちゃって」
「いや、なんかオレの方こそ迷惑をかけたみたいだね。……リョウと仲直りできた?」
そんなシュウの一言に、リョウはまたちょっとだけムッとしたような表情を見せて、命の巫女はうしろからシュウを拳固で小突いたの。
「いてっ! なにすんだよ」
「シュウはいつも一言多いの! そんなの見れば判るでしょ」
あたしはまたその2人のやり取りに笑いを誘われて、声を出して笑ってしまったの。あたしにもだんだん判ってきたみたい。こういう言い合いって、この2人にとってはコミュニケーションの1つなんだ。
「あたし、会議が始まる前に1度神殿へ行ってくるわ。よかったらここでゆっくりしていて」
「ごめんなさい。あたしがさっき神殿にいたからお仕事の邪魔しちゃって……」
その命の巫女の言葉には笑顔で首を振って、あたしは神殿へ向かった。
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祈りを終えて、迎えにきてくれていたリョウや命の巫女たちと一緒に、あたしは長老宿舎へ行った。怪我で動けないタキの代わりにあたしの隣へはセリが座ってくれる。運命の巫女とセトの席は空いたままで、その事実が場の雰囲気をより重苦しくしていたみたいだった。
「命の巫女、シュウ、そんなに遠くては話しづらいわ。こちらの椅子に移ってきて」
そう言って2人を運命の巫女の席に促した守護の巫女も、たぶん空席を見るのが辛かったんだろう。守護の巫女はかろうじて笑顔を浮かべてはいたけど、事情を知っているあたしにはその笑顔の方が痛々しく見えた。
会議は守護の巫女によって淡々と進められていった。昨日の影の来襲による村の被害。死者は村全体で84人にも及んで、そのうち巫女が運命の巫女を含めて4人、神官が3人いた。死者の中にはシュホウの直撃を受けて身元の判別が難しい亡骸もあった。6棟ある避難所や神官宿舎にも40人以上の重傷者が運び込まれていたから、その数字は更に増える可能性もあるんだ。
建物も多くの被害を受けていた。神殿の被害は神殿建物と聖櫃の巫女宿舎だけだったけど、村ではシュホウの攻撃とその後の火事によって、全体の4割近い建物が使えない状態になってしまったの。中でも深刻なのは田畑と家畜小屋の被害だった。それまでの備蓄食料だけでは今年の冬を越すのが難しくなってしまったんだ。
もしもリョウや命の巫女たちがいなかったら、被害はもっと大きかっただろう。それこそ村が全滅していたかもしれない。今回の影の来襲はそれほどまでに大きな爪あとを村に残していったんだ。
「 ―― 正直言って、最初の兆しが見えた頃にはこれほど大きな災厄になるなんて想像していなかったわ。でも、命の巫女がいてくれたからどうにかこれだけの被害で抑えることができたの。命の巫女、あなたには本当に感謝してる。この村にきてくれてありがとう」
守護の巫女が命の巫女とシュウに頭を下げると、命の巫女は勢いよく首を振って、困ったように下を向いてしまった。
「昨日の夜、命の巫女が未来を見てくれて、今日から3日間は影の来襲がないことが判ったの。村の復興については追って順に指示していくけど、今早急に決めなければいけないのは次の運命の巫女を誰にするかだわ。先ほど聖櫃の巫女と神託の巫女、守りの長老とで相談したのだけど……。みんなにもいろいろ思うところはあると思うけど、私は次の運命の巫女にはノエを推したいと思うの」
みんなが急にざわめき始める。その理由は、守護の巫女が言ったノエがまだ14歳で、あたしより2歳も若い巫女だったからだ。
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神官の中にはノエを知らない人もいたみたい。それは大げさにしても、自分が思い描いたノエと、守護の巫女が言ったノエとが同一人物であることが信じられないようだった。もちろんあたしもまさかノエが次の運命の巫女に選ばれるとは思っていなかった。
「ノエ、って。……あの子はまだ見習いじゃないのか?」
「いいえ。身体が小さいから子供のように見えるけど、彼女はもう14歳よ。とっくに見習いは終えているしなんの問題もないわ」
「そうだとしてもなにも成人したばかりの巫女でなくてもいいんじゃないのか? 年相応の巫女ならほかにいくらでもいるだろう。こんな重要な時期にそんな子供のような巫女に任せるなんて」
「こういう時期だからこそ、私はノエを推したいの。それは祈りの巫女以外全員の一致した意見よ。……祈りの巫女、あなたはどう?」
ことさらあたしを指名したのは、名前を持った巫女のうちあたしの意見だけ聞いていなかったからだろう。訊かれて、あたしは戸惑ってもいたのだけど、できるだけ冷静になるように言葉を返した。
「年齢についてだけなら、あたしは問題はないと思うわ。あたし自身は13歳で祈りの巫女になったのだし。ノエは心の強い巫女だから、運命の巫女の重責にもちゃんと耐えてくれると思う。守護の巫女やほかの巫女がノエを推すならあたしはそれを支持するわ」
あたしが言うと、それ以上意見を差しはさもうとする神官はいなくなった。残った4人の巫女と守りの長老が認めたのだから、その決定は覆すことはできないんだ。命の巫女の意見は聞いていなかったけど、彼女はそもそもノエが誰なのかも知らないだろうし、今回はそれで十分だった。
守護の巫女は、明日運命の巫女の襲名儀式を簡単に行って、正式な儀式は災厄がすべて去ってから行うことを決めて、会議を散会しようとしたの。その時だった。今までずっと黙ったままだったリョウが立ち上がったのは。
「1つ、訊きたいことがある。少し時間をもらってもいいか?」
守護の巫女が許すと、リョウは一通りテーブルを見回して、命の巫女に視線を止めた。
「村を復興するのはけっこうなことだが、影がこの先また村を襲うのは間違いないだろう。そのときに今までよりも更に強力な装備をしてくるのは間違いない。だから俺は命の巫女に訊きたいんだが。 ―― 命の巫女、おまえはいったいどんな力を持ってる巫女なんだ?」
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リョウの言葉はすごく冷静だった。声を聞いているだけだったら、リョウの中にわずかな苛立ちを見つけることもできないくらいに。でも、今までのリョウを知っているあたしには判ったの。次の影の来襲についての対策をまったく立てずに散会しようとしたことで、リョウが会議の内容にものすごく不満を持っているんだ、ってことが。
尋ねられた命の巫女はとっさに言葉を返すことができなかったから、助けを出すように聖櫃の巫女が答えていた。
「命の巫女はこの村の巫女が持つ力ならすべて使えるといわれているわ。それと時間や空間、人の心なんかを操る力も持っているはず。それがどうかしたの?」
「いや。……だったら、そのすべてを使えると思っていいんだな。俺が聞きたかったのはそれだけだ」
そう言ってリョウが椅子に戻ると、リョウが投じた一石で新たなざわめきに満たされた会議を、守護の巫女が散会した。
あたしは今のことをリョウに問いただしたかったのだけど、先に守護の巫女があたしの席にやってきていた。
「祈りの巫女、新しい運命の巫女のことをあなた抜きで相談してしまってごめんなさいね」
「ううん、気にしてないわ。あたしはほかの巫女のことについては詳しくないもの。相談されてたらかえって困ったかもしれないわ」
「午前中ノーラに呼びに行かせたのだけど、あなたは宿舎にいないし、命の巫女もシュウと熱心に話していたらしくて、行き違ってしまったようなの。でもあなたがノエを支持してくれて助かったわ。ありがとう」
そうか、あたしがノエを支持しなかったら、神官たちはもっといろいろ言ってたかもしれないんだ。守護の巫女が言う助かったって、きっとそういうことなのだろう。
「あたしで役に立てたのならよかったわ。ノエにはこのことは話してあるの?」
「いいえ、これからよ。もしも説得に手間取ったらぜひまた協力して欲しいわ。なんといっても13歳で祈りの巫女になったあなただもの。その存在は私には貴重よ」
そう、冗談めかせて言ったあと、守護の巫女は歩き去っていた。見回すとリョウは既にいなくなっていて、命の巫女とシュウが聖櫃の巫女と話をしてるのが見えた。
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