真・祈りの巫女
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「……おまえはよくやってくれたよ。神殿にいて俺の動きが判ったのか?」
「判るわ。神殿で祈るときは感覚を広げて神様と同化してるから。狩人たちは見分けがつかないんだけど、リョウと命の巫女たちのことはちゃんと見分けられるの。それに、リョウがあたしに話しかけてくれたのも聞こえた」
「俺の声が聞こえたのか?」
「うん、リョウの声もだし、あと命の巫女たちの声も聞こえたわ。それに、センシャたちの声も」
リョウは少し驚いたようにあたしを見つめたの。あたしは、こんなときなのに、リョウの視線にドキドキした。
「そうか。祈ってるときのおまえは俺の理解を超えてるな。それじゃ、俺がセンシャを乗っ取ったのも判ったんだな?」
「最初ちょっとびっくりしたけど、センシャが邪悪な気配を消してたから、すぐに判ったわ。……リョウがセンシャを動かせるなんて思わなかったけど」
「俺も実際にやってみるまでできるとは思ってなかった」
だったら、リョウがセンシャを乗っ取ったのは、その場の思い付きだったのかもしれない。そのときちょうど宿舎の前に辿り着いたから、あたしはそれ以上訊くことができなかった。
宿舎に戻ると、命の巫女はもう涙を流してはいなかった。あたしがオミの分の食事を先に取り分けて、部屋に運んで戻ると、命の巫女は泣き腫らした目でそれでも微笑んでくれたんだ。
「食事をありがとう。それと、こんなところで泣いたりしてごめんなさい。あたしなんかより祈りの巫女の方が何倍も悲しいのに」
「泣きたいときに場所なんか気にすることないわ。それに、悲しみの大きさは過ごした時間とは別だもの。運命の巫女のことを命の巫女が悲しむのに誰もなにも言ったりできないわ」
あたしの言葉を聞いて、命の巫女は唇を歪めた。まるで少しだけ落ち着いた悲しみの心が再び襲ってきたかのように。
「今考えれば思い当たることはあるの。……あたし、神殿で運命の巫女に未来を見るやり方を教えてもらってたの。運命の巫女は笑いながら、命の巫女にはその力があるんだから伸ばさないと、って言ってた。……たぶん彼女は、自分が死んだあとの村のことを考えてたの」
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そのとき初めてあたしは、あの時命の巫女と運命の巫女が神殿で何をしていたのか、知ることができた。シュウが書庫で過去の文献を調べているとき、運命の巫女は命の巫女に未来を見る方法を教えていたんだ。
普通、名前を持った巫女が死ぬと、残った巫女たちが会議を開いてあとを継ぐ巫女を決める。それから巫女の教育と儀式を行って、やっと正式な巫女が生まれるんだ。それにはどんなに急いだって数日はかかる。たとえば巫女が高齢で引退を表明していた場合には跡継ぎの巫女を先に決めて教育をすることもあるけど、運命の巫女はまだ若くて、誰もこんなに早くいなくなってしまうなんて思ってなかった。
次の運命の巫女が決まるまでの数日間、もしも未来を見ることができないなら、村は影によって大きな打撃を受けるだろう。運命の巫女はそれを心配してたんだ。だから命の巫女に自分が持っている技術を伝えたんだ。
命の巫女には、村の巫女のすべての力が使えることを知っていたから。
「あたし、村の巫女のことはなにも知らなかった。だからぜんぜん不思議に思わなかったの。……もしも判ってたら、運命の巫女を救うことができたかもしれないのに」
そうか、命の巫女は責任を感じてるんだ。彼女の涙には後悔がある。あたしがリョウを死なせてしまったときと同じように。
「あなたの責任じゃないわ。だって、人の寿命は決まっているの。もちろん運命の巫女にもそれは判ってた。だから、そのことで命の巫女が責任を感じていたら、逆に運命の巫女を悲しませてしまうわ」
あたしは命の巫女に話しながら、以前あたしに同じことを言った運命の巫女を重ねていた。……今なら判るよ。運命の巫女も神託の巫女も、けっして平静な気持ちでいたんじゃないんだ、ってことが。
今度はあたしが命の巫女を支える。それが巫女の強さなんだ。あたしは、運命の巫女の強さを受け継がなければいけない。
「……祈りの巫女、ろうそくを持ってる?」
「ええ、あるわ」
「食事が終わったら神殿に行くわ。……お願い、祈りの巫女。一緒についてきて」
そう言って顔を上げた命の巫女は、けっして完璧とは言えなかったけれど、既に巫女の強さを身につけていた。
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4人で炊き出しの食事を摂ったあと、リョウは自分の家へと帰っていった。あたしはかなり疲れていたのだけど、命の巫女に頼まれていたから神殿まで付き合ったの。もちろんシュウも一緒で、あたしとシュウは2人並んで命の巫女の所作をうしろから見つめていた。運命の巫女の所作も基本は祈りの巫女と同じで、違うところといえばろうそくの並べ方くらいだったから、ややぎこちない仕草で聖火を移しているのをちょっとやきもきしながら見つめていたんだ。
集中するのに少し時間がかかったけど、やがて命の巫女は動きを止めて、あたしにも彼女の傍らに神様の気配が満ちているのを感じることができた。その時間は長くて、あたしもシュウもだんだん落ち着かなくなっていった。だって、あたしにとっては人の所作を見守るなんて初めてのことだったんだもん。ときどきカーヤがあたしのうしろで見守っててくれることがあったけど、それがここまで退屈なことだなんて思ってもみなかったよ。
やがて命の巫女がわずかに身じろぎしたとき、並べられた細いろうそくは既に半分の長さになっていた。
「命の巫女?」
あたしが声をかけても、命の巫女は現実に戻るのに時間がかかっているようで、振り返るまで更に長い間待たなければならなかった。
「ユーナ?」
「……シュウ、紙を持ってる?」
「え? あ、ああ」
シュウが自分のポケットを探って、やがて小さな本のようなものを広げて差し出すと、白紙のページに命の巫女は何かをしきりに書き始めたの。それはあたしには読めない古代文字で、命の巫女がボールペンを動かすのをやめるまで、あたしもシュウも邪魔をしないように黙ったまま見守り続けていた。
何行か文字を書き綴って、最後に数行ごとに仕切りのような線を引いたあと、ようやく命の巫女は顔を上げた。
「いろいろ見えたんだけど、半分くらい忘れちゃったの。やっぱりあたし運命の巫女には向いてないよ」
その命の巫女の声に場の緊張が一気に解かれて、笑顔を浮かべたシュウが命の巫女の髪をくしゃっとかき混ぜた。
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「なになに? ……おまえ、字ぃ下手すぎ。まともに読めねえじゃん」
「いいじゃない、ただのメモなんだから。それを見てあたしが思い出せるからいいの!」
「半分だけだろ?」
シュウのからかいにムッとした命の巫女は、シュウの手からその小さな本を取り返した。あたしは早く内容を知りたくて、おそらくそんな気持ちが命の巫女には伝わってたんだろう。もう1度本を見つめて思い出すような仕草をしたあと、あたしの顔を見上げた。
「少なくとも、あと3日は影は現われないみたい。村人の姿しか見えなかったから。でも、その先がすごく漠然としてるの。あたしの力が足りないのかもしれないけど、もしかしたらこの先はまだ未来が決まってないのかもしれないわ。……運命の巫女もそう言ってたから」
命の巫女の予言は、今まで運命の巫女がおこなってきた予言とほとんど同じ言葉だった。あたしはこの際だから、今まで不思議に思ってたことを訊いてみることにしたの。
「運命の巫女は、未来の風景が見えるんだって言ってたわ。命の巫女も風景が見えるの?」
「うん、そう。断片的だったり、あるていど時間を追って見えることもあるわ。それと、匂いや感触、雰囲気なんかも判ることがあるの。あたしが見た3日分の未来には、影が現われる兆候はなかった」
「時間は? どうしてそれが3日後の出来事だって判るの?」
「起こる出来事は現在から未来へ向かって順番に出てくるの。でも、たとえ断片的な風景でも、あたしにはそれが3日後の風景だって判るのよ。……どうしてだろう。あたしにもよく判らない」
命の巫女の言葉を聞いても、あたしにはうまくイメージすることができなかった。それはきっと人間がリグに「どうやって尻尾を動かしてるの?」って訊ねるのと同じような質問だったからだ。その能力を持っている命の巫女にはすごく自然なことで、それを持たないあたしにはまったく理解できないことなんだろう。リョウがあたしに「俺の理解を超えてる」って言ったのもきっと同じ意味だったんだ。
「ま、ともかくあと3日は安全なんだな。それが確かめられただけでもいいさ。その先はまたそのうち見えるだろうし」
シュウが会話を終わらせるようにそう言って、床に座り込んだままのあたしたちを促した。
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そのままあたしたちは守護の巫女の宿舎を訪れて、命の巫女の予言を守護の巫女に伝えた。守護の巫女は命の巫女が未来を予言したことにかなり驚いたみたい。そこには宿舎を失った聖櫃の巫女が一緒にいて、あたしはそのとき聖櫃の巫女の宿舎にいた2人の巫女がまだ中に取り残されていることを知ったの。
「とにかく行方不明者を探すのが先になるわ。今リストを作ってるのだけど、少なくとも14人がまだ見つかってないの。だから会議の方は早くても明日の午後になるわね」
守護の巫女の宿舎を出たあとシュウは、明日またあたしの宿舎にくると言い置いて帰っていった。あたしと命の巫女は再び宿舎に戻ってくる。聖櫃の巫女の宿舎が壊れてしまったから、命の巫女はあたしの宿舎に寝るように守護の巫女に指示されたんだ。あたしはしばらくベッドのことで悩んだのだけど、カーヤはまだ帰ってなかったから、けっきょくまた2人でカーヤの部屋に寝ることに決めた。たとえ同じ服を着ていても、前の時と同じように寝ていれば、カーヤには区別がつくかもしれないって思ったから。
そして翌朝、あたしが目覚めて自分の部屋に2人分の着替えを取りに行くと、カーヤはまだあたしのベッドで眠っていたの。たぶん夜遅くまで仕事してたんだろう。カーヤを起こさないように部屋を出て、あたしと命の巫女はカーヤの部屋で身支度を整えていた。
「こうして見ると本当に似てるね。あたし、最初に神殿で目を覚ましたとき、目の前に鏡があるんだと思ってたの」
あたしが鏡の前で命の巫女の髪をとかしてあげているとき、命の巫女が言った。
「そうね。直接互いの顔を見るよりも、こうして鏡の中の2人を見比べる方が余計に似てる気がするわね。きっとあたしも知らずに命の巫女を見たら、目の前に鏡があると思うわ」
「……ねえ、祈りの巫女。今日は髪飾りをつけないでいてみない?」
あたしは手を止めて、鏡の中の命の巫女を見つめた。……見つめていたらなんとなく判っちゃったの。命の巫女は、シュウが自分を見分けられるか試してみたいんだ。あたしも同じ女の子だから判るもん。好きな相手には、たとえどんなに自分に似ている人がいても、自分だけを見分けて欲しいって気持ちが。
「いいわよ。でも、午前中だけね。午後の会議のときには見分けてもらわなければ困るもの」
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そうして、あたしと命の巫女は2人で炊き出しをもらいに行ったり、オミの世話をしたり、そのたびに見分けがつかない周りの人の反応を楽しんでいた。しばらくするとカーヤも起きてきて、一緒に食事しながらそんなあたしたちに苦笑いを返したあと、また仕事を探しに宿舎を出て行ってしまったの。本当はあたしもそろそろ神殿へ祈りに行くべきだった。でも、命の巫女と2人だけで話をするのが楽しかったし、せめてシュウが来るまではと思って、その時間をできるだけ引き伸ばしていたんだ。
やがて宿舎の扉をノックする音がして、顔を見合わせて微笑みあったあたしたちは、食卓の椅子に並んで座った。それからあたしが「どうぞ」と声を出すと、扉を開けて入ってきたシュウがおののいたように一瞬足を止めたんだ。
「おはよう、シュウ」
「ああ、おはよう。……どうしたの? 2人してニヤニヤして」
シュウはあたしたちを交互に見比べて、どうやら髪飾りを探しているみたい。でも、2人ともなにもつけていないのが判ったのか、ふうっと溜息をついて椅子に腰掛けた。
「で、朝からなに? オレにどっちがどっちだか当てさせようっての?」
「そうよ。もちろん判るわよね。恋人の見分けがつかないなんて言わせないんだから」
「当てられなかったらどうなるか判ってる?」
これ、最初があたしで、次が命の巫女の声。でも、2人とも笑顔でほとんど同じ口調で話してるから、それだけではきっと見分けることなんかできないだろう。
「祈りの巫女」
その呼びかけには、2人とも答えない。
「ユーナ」
「「なーに?」」
今度は声を合わせて返事をする。シュウはまた呆れたように溜息をついて、テーブルに突っ伏してしまったの。
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「……ったく、ろくなことを考えないんだから。ユーナが始めたんだと思うけど、乗せられてる祈りの巫女も祈りの巫女だ」
そう言うと、ガタンと音を立てて立ち上がって、シュウはテーブルを回ってつかつか歩いてきたの。そして、驚くあたしたちを見たあと、命の巫女の手首を掴んで立ち上がらせたんだ。その表情でかなり怒ってるのが判る。
「おまえがユーナだ」
「……なん、で? どうして判ったの?」
「言ったろ? たとえ同じ顔でも、祈りの巫女の方が美人なんだよ。おまえとじゃ品格が違いすぎるんだよ。そんなの、ちょっと見てればすぐに判るんだ」
あたしが、まずい、って思ったときには既に遅かった。唇をゆがめてポロッと涙を落とした命の巫女は、シュウをひと睨みしたあと掴まれた手を振り払って宿舎を出て行ってしまったの!
「シュウ! すぐに追いかけて謝ってよ!」
命の巫女はシュウのあんな言葉を聞きたかったんじゃないんだ。いたずらをしたかったんでもない。ただ不安だっただけなの。シュウがちゃんと、そっくりな顔を持つあたしよりも自分の方を好きでいてくれるかどうか、って。
あたしにはその気持ちが判る。……あたしだって、同じ悩みをずっと抱え続けているから。
シュウは追いかけていかなかった。再びテーブルを回って、あたしの前に腰掛けたの。
「シュウ!」
「……あのさ、祈りの巫女。オレだってけっこうショック受けてるの。だから、頼むから、そう怒鳴らないでやってくれる?」
シュウは両手で頭を抱えたまま、できるだけ穏やかになるように言葉を選んでいるみたいだった。
「試されるのってかなりきついよ。オレはさ、どんなに祈りの巫女とユーナが似てたって、見分ける自信があるんだ。だってオレの恋人なんだぜ。……一緒に旅してる間、あいつがトツカに惹かれてるのは知ってた。初恋の相手のリョウチャンはトツカその人で、だけどオレはぜったい諦められなくて、やっとの思いでここまでこぎつけたんだ。今更オレがほかの女に目移りする訳ないじゃん」
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「オレ、別にあいつの顔に惚れた訳じゃないんだぜ。1人じゃデンシャにも乗れない常識知らずだし、オレと同じ部屋に泊まったってぜんぜん気にしないぼんやりだし、時には凶暴でワガママで……いや、こういうことを言いたかったんじゃないんだけど」
しゃべっているうちに、シュウは自分が言おうとしていたことを見失ってしまったみたい。でも、それを聞いていたらあたしには判ったんだ。シュウが言った、試されるのがきつい、って意味。だってシュウは今まで、疑われる余地のない愛情を命の巫女に向けているつもりだったんだもん。それを疑われたんだったらやっぱりショックだと思うよ。
「最初からそう言ってあげればよかったのに。オレはおまえを誰とも間違えたりはしない、って」
「だから、それが伝わってないことにオレは傷ついたの。……確かにあの言い方はまずかったと思うけど」
「ちゃんと言葉で伝えてあげないといけないこともあるのよ」
「……うん。オレも判ってはいるんだ。どうやったって心を取り出して見せてやることはできないもんな」
話しながら、あたしはシュウがすごく不器用で、好きな人の前ではなかなか素直になれない人なんだ、ってことを理解していたの。あたしの前でだったらこんなに正直になれる人なのに。
同時に、胸をチクチク突き刺す小さな痛みがあることも感じていた。他の人だったらこんな痛みは感じないのに。シュウと命の巫女の絆を見せ付けられるたびに、あたしはこの痛みを感じているの。
「少しは落ち着いた? だったら命の巫女を探しに行かなくちゃ」
そろそろ潮時だと思うのよね。あんまり長く放っておいたら、ますますこじれてきちゃうはずだもん。
でもシュウは動こうとしなかったから、あたしは立ち上がって有無を言わさずシュウの襟首を掴み上げた。
「ちょっ、まって。やめろって」
「いいから動くの。今まで必死でがんばって手に入れた人なんでしょう? こんなことで失ってもいいの? 1人じゃ動けないなら、あたしにもまったく責任がない訳じゃないから付き合ってあげる。ほら、ちゃんと立って」
そう言うと、しぶしぶながらもシュウは立ち上がって、あたしのうしろをついて扉を出た。
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「祈りの巫女がこんなに強引だとは思わなかった」
「そう? あたし、実はリョウに無理矢理迫っちゃったのよ。初めてのキスはあたしの方からだったもん」
シュウは絶句したままなにも答えられなかった。ずいぶん違うイメージをあたしに持ってたみたいね。さっき言ってた品格がどうとかって、単なる命の巫女への照れ隠しだと思ってたけど、実は本気でそう思ってたのかもしれない。
命の巫女が行きそうなところはそれほど多くなかった。前にシュウと喧嘩したときには神殿の石段に座ってたって聞いてたから、あたしとシュウはまず神殿へ向かったの。石段にはいなかったからそのまま上がって扉を開ける。中には、独りぽつんと命の巫女が座っていたの。
「ユーナ……」
「出てってよ! 今あたしは未来を見てるんだから邪魔しないで!」
「未来って……。ろうそくも使わないで見える訳ないだろ?」
「あたしには見えるの! いいから出てってよ! シュウの顔なんか見たくないんだから!」
どうやら今はそっとしておいた方がいいみたいね。まだ何か声をかけようとしているシュウの肩を叩いて合図すると、シュウも諦めたのか扉を閉ざして、そのまま石段の中ほどに腰掛けていた。
「ちょっと来るのが早すぎたってことかな?」
「そうじゃないの。だって、あれだけのことを言われたんだもん。1度くらいは突っぱねてみないと格好がつかないの。女心は複雑なのよ」
「……もしかして、祈りの巫女って恋愛の達人なのか?」
「ぜんぜん。だってあたし、自分のことはほんとにダメだもん。人のことだから少しは判るんだわ。それに、命の巫女の気持ちはあたしには判るの。……たぶん、命の巫女にもあたしの気持ちは伝わってる。だからシュウを試そうとしたんだわ」
あたしの、シュウに惹かれてる気持ち。もしもそれに気づいてなかったら、命の巫女はシュウを試そうなんて思わなかったかもしれない。
「君の気持ち……? それとさっきのこととどういう関係があるんだ?」
「あたしはシュウのことが好きなの。……たぶん、命の巫女がリョウに惹かれるのと同じ気持ちで、あたしはシュウに惹かれてる」
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シュウは、命の巫女がリョウに惹かれている気持ちを知っていたはずだった。それは2人が恋人同士になる以前からのことだったし、今でも命の巫女がリョウを見つめている視線に気づいてないはずはなかった。もちろんシュウの恋人になってくれたのだから、自分が好かれていることも自覚してたのだろう。それなのに、あたしがシュウのことを好きだって言った言葉を、シュウは信じられなかったんだ。
「……また、嘘だろ? オレなんかからかっても面白くないよ?」
「その様子じゃ気づいてなかったんだ。命の巫女は気づいてたのに」
「気づくもなにも、君にはちゃんと婚約者がいる訳だし」
「あたしには関心がなかったってことね。シュウはそのくらい命の巫女に夢中で、彼女しか見えてなかったんだ」
あたしはからかうつもりはなかったけど、終始笑顔で話していた。冗談だって受け取られるならそれでもいい。あたしにだって、シュウが自分に関心がないことくらい判ってたもん。これは実る見込みがまったくない恋で、だからその芽は早めに摘んでしまった方がいいんだ。
もしかしたらあたしの笑顔に何かを見つけたのかもしれない。じっとあたしを見つめていたシュウは、やがて目を伏せて言ったの。
「……ごめん。オレ、なんて言っていいのか ―― 」
「判ってる。たとえどんなに顔が似てたって、あたしと命の巫女は違うもの。今のシュウは命の巫女以外の人なんか見る気も起きないのよ。そういう気持ちはね、ちゃんと伝わってたから、あたしも何かを期待した訳じゃないの。それにあたしには世界で1番大好きなリョウがいる訳だしね」
シュウはますます混乱してしまったみたい。ほんと、どうして判らないんだろう。同時に2人の人に惹かれるって気持ち、シュウは1番身近な命の巫女でちゃんと見ているはずなのに。
「要するに、あたしが言いたかったのはそっちじゃなくて、命の巫女がどうしてシュウを試したのか、ってこと。命の巫女はあたしの、シュウに対する気持ちに気づいてたの。だからどうしてもあたしと自分を見分けて欲しかった。だって、シュウがただ命の巫女の外見だけを見ているような人だったら、あたしに取られる可能性だってある訳じゃない」
「……」
「今のことを話してあげるのが1番効果的だと思うわ。オレは祈りの巫女に告白されたけど断った、オレにはおまえしか見えない、って」
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