真・祈りの巫女



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「祈りの巫女!」
「待って! 少しだけ黙ってて!」
「怪我をしたのか? だったらオレがおぶっていく! さあ早く!」
「そうじゃないの! お願い、もう少しだけ祈らせて。時間がないの!」
「なにを言ってるんだ! ここはもう ―― 」
  ―― パチン!
 気がついたとき、あたしはセリの頬を叩いていた。驚いて目を丸くしたセリに叫ぶ。
「祈りの巫女の言うことを聞きなさい! 逆らわないで!」
 頬を押さえたまま絶句するセリをそれ以上見てはいなかった。かろうじて消えずに残っていたろうそくの前に手を合わせて、あたしは再び感覚を広げていく。
  ―― 4体残っていたセンシャは、今は2体にまで減っていた。1つは西でリョウが倒していた。もう1つはシュウと命の巫女が倒したのだろう。リョウが乗っ取ったセンシャはぎこちない動きながらも村の南側から東へ向かっている。残ったセンシャの1つは南東、1つは北東にいて、どうやらこの北東のセンシャが神殿へ攻撃をかけたみたいだった。
 許さない。たとえ彼らにとってあたしが悪者だったのだとしても、神殿を攻撃したことだけは許せない。
 だって、神殿には村人がすべて避難していたの。今の攻撃が村人を1人も殺さなかったなんて思えない。誰の心にもシュホウの恐怖を植えつけなかったなんて思えない。あたし1人を殺すために、センシャは村人全員を傷つけたんだ。しかも肝心のあたしを殺すことさえできなかったじゃない!
 センシャへの怒りが、あたしの祈りに力を与えていた。北東にいたセンシャが動きを止める。そのセンシャの前に小さな次元の扉が現われた瞬間、センシャは攻撃を受けて命を失った。南東にいたセンシャのシュホウを命の巫女とシュウが操ったんだ。
 そして、追いついてきたリョウのセンシャが南東のセンシャを倒したとき、あたしは力尽きてその場に倒れ込んでいた。


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 次に目を覚ましたとき、あたしは1人だった。神殿の中、あたしの身体は祈りを捧げていた場所からかなり扉に近いあたりに移動していた。壊れた天井から差し込む光の角度からもあれからそれほど時間が経っていないことがうかがえる。周囲の様子を見ながら身体を起こすと、神殿の外からたくさんの人の気配と声が飛び込んでくる。その声は悲鳴ではなくなっていたけれど、だからといって穏やかなものではけっしてなかった。
 こんなところに独りで置いておかれたことにちょっとびっくりした。だってこういうとき、いつもなら誰かしら傍にいてくれたり、知らない間にベッドに運ばれていたりしたから。セリはあたしに叩かれて怒っちゃったのかもしれない。そう思ってちょっとだけムッとしかけたんだけど、不意に気づいてあたしは勢いよく立ち上がっていた。
 神殿の扉を開けて、目に飛び込んできた光景に呆然と立ち尽くした。 ―― 地獄、だった。
 神殿前広場は避難所が立ち並んでかなり狭くなっていたのだけど、今はその狭い場所を埋め尽くすほどに人の亡骸が並べられていた。その間を忙しく立ち働くのは神官よりも村人の方が多くて、彼らの動きを追って視線を左に移動させると、南側の崖が崩れていることが見て取れたの。崩れた大量の土砂は聖櫃の巫女の宿舎を完全に押し流していた。その土砂の周りにはたくさんの男たちがいて、互いに声を掛け合いながら生き埋めになった人たちを救出していたんだ。
 シュホウが直撃したあの時、神殿の狭い敷地の中にひしめくように、村人が避難していた。動きが取れないほどじゃないけれど、あんなに大量の土砂が崩れたのなら生き埋めになった人もかなり多かったはず。……セリがあたしにかまっていられなくても仕方がないよ。自分の利己的な考えを恥じ入りつつ、あたしはようやく守護の巫女を見つけて、無事な姿に幾分ほっとしながら石段を降りて近づいていった。
 厳しい表情で周りに指示を与えていた守護の巫女に声をかけると、あたしに気づいて振り返ってくれた。
「祈りの巫女、気がついたのね。無事でよかったわ」
「ええ、守護の巫女も」
「命の巫女たちはまだ帰ってないわ。でも影はすべて撃退できたようよ。祈りの巫女宿舎は無事のようだからあなたもゆっくり休んで頂戴。今日はもう影も襲っては来ないだろうし、今のあなたの仕事は明日に備えて身体を休めることだけだから」


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 あたしと会話しながらも守護の巫女は、合間に通る神官や村人たちに細かい指示を与え続けている。ここにいてもあたしは邪魔なだけなのかもしれない。でも何かできることがあるかもしれないと思って、すぐに宿舎へ帰ってしまう気にはなれなかった。
「いったいどれくらいの被害が出たの?」
「まだはっきりとは判らないわ。でもかなり多くの人たちが生き埋めになってる。暗くなる前に助けてあげなければならない。村の方でも火事が起こってるの。無事だった女性と子供たちは村へ帰したけど、影に壊された家も多いから今夜眠る場所を確保できるかどうかも判らない。正確な被害の状況は明日にならないと判らないかもしれないわ」
 そうか、リョウたちは村の火事を消し止める手伝いをしてるんだ。こちらで起こってることも伝わっているだろう。センシャはすべて倒すことができたけど、これだけ大きな被害を出してしまった。リョウだってきっと悔しい思いをしているはずだ。
「運命の巫女がまだ見つかっていないの」
 あたしは思わず守護の巫女の言葉を聞き返してしまった。
「え?」
「運命の巫女が生き埋めになっているの。セトも一緒よ。……おそらく助かってないわ」
 あたしは呆然と守護の巫女を見上げていた。その表情は淡々としていて、あたしは自分が聞いた言葉が聞き違いだったのではないかと疑ったくらいだった。
「……どうして……? 早く助けなきゃ! まだ生きているかもしれないわ! どうして守護の巫女はそんなことを言うの?」
「全力は尽くしてるわ。村の男たちが総出で救出にあたってるのよ。でも運命の巫女は助からない。あなたも覚悟していて」
 覚悟、って……。
「あたしが祈るわ! だから守護の巫女も希望を捨てないでよ!」
「いいえ、その必要はないわ。……祈りの巫女、人の寿命はあらかじめ決められているの。あなたの祈りでは変えられない。運命の巫女は自分の寿命を知っていたわ。だって、彼女には、今日より先の未来が見えていなかった ―― 」


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 運命の巫女は未来を見る。ただし、見える未来は、自分が生きている間のものだけ。
 だから、未来が見えなくなった時、運命の巫女は自分の死期を悟るんだ。 ―― 最後に運命の巫女に会ったときの笑顔と明るい声を思い出す。神殿の扉の前であたしの身体を気遣ってくれた。あの時既に、運命の巫女は自分が死ぬことを知っていたんだ。
 あたしにはなにもできない。それ以上守護の巫女の邪魔をすることもできなくて、あたしはふらふらしながら自分の宿舎へと戻っていった。守護の巫女が何も感じてない訳ない。だって守護の巫女と運命の巫女は親友だったんだもん。
 人波をかき分けてようやく宿舎に辿り着く。扉を開けると同時に中でガタンと音がしたの。音の方に目を向けると、オミが廊下にうずくまるように倒れていたんだ。
「オミ!」
 あたしはすぐに駆け寄ってオミの背中に手をかけた。どうしたの? オミはまだ動けなかったはずなのに。
「ユーナ、カーヤは! ……カーヤはどうしたんだよ!」
 苦しそうに胸を押さえながら搾り出すように言った。あたしは周りを見回したけど、カーヤの姿は見えない。
「ここにはいないわ」
「そんなこと判ってるよ! さっきすごい音がしただろ。悲鳴も聞こえた。壁の向こうで誰かが生き埋めになったって……。ユーナ! カーヤは無事なのか? どうして帰ってこないんだよ!」
 あたしの肩を手がかりにようやく身体を起こしたオミは、そのままあたしの両肩をきつく掴んで怒鳴ったの。オミの目は真剣そのもので少しの余裕もなかった。……オミ、あなた、カーヤのことが心配でここまで這ってきたの……?
「あたしにもはっきりしたことは判らないの。でも守護の巫女はなにも言ってなかったから ―― 」
「もういいよ! 自分で確かめに行く」
 そう言って再び立ち上がろうとしたオミは胸を押さえて崩れ落ちる。守護の巫女はあたしにカーヤのことは何も言わなかった。もしも死んでいたり、生き埋めになったことが判っていたなら話してくれてただろう。でもそれだけでは無事だって証明にはならない。
「判った。あたしが確かめてくる。オミはここにいて」
 オミの両手を引き離しながら言い聞かせるように握り締めて、あたしは再び宿舎を飛び出していった。


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 カーヤを探すのは思ったより大変だった。村の男たちが走り回る中を、あたしは顔見知りの神官を探してさまよい歩く。人にぶつかって怒鳴られたり、家族が埋まって取り乱した女性に追いすがられたりして、思うように歩くことすらできなかったの。
「祈りの巫女! お願い、クロを助けて! あの下に埋まってるんだ!」
「ええ、判ったわ。すぐに祈る。でもほんの少しだけ待ってて。今使いの神官をよこすから」
 守護の巫女に身体を休めるように言われていたけど、目の前で必死に頼まれたら祈らない訳にはいかなかった。村人の中に神官を見つけて声をかける。土砂の下に埋まっている人たちの名前を書き留めてくれる神官を手配して、そのあと何度目かに声をかけた神官から、ようやくカーヤの居所を聞くことができたの。
「避難所の方にいるはずだよ。今はローグを手伝って怪我人の世話をしていると思う」
 あたしはお礼を言って、いくつかある避難所を手当たりしだいに探していった。避難所にも怪我人とその家族があふれている。いったいどれだけの人が被害を受けたというの?
「カーヤ!」
 怪我人に水を配っていたカーヤを見つけて声をかけると、あたしを見つけたカーヤはまわりに断ってあたしの方へ歩いてきてくれた。
「ユーナ、どうしてここに? 身体は大丈夫なの?」
「ええ、あたしは擦り傷だけで大丈夫。カーヤも無事だったのね。よかったわ」
「こんなところ、ユーナが来るところじゃないわ。宿舎は無事だったのだから早く帰って休んだ方がいいんじゃない? 疲れたでしょう?」
「すぐに帰るわ。カーヤも、忙しいとは思うけど、1度帰って。オミが心配してるから」
「オミが……?」
 カーヤはあたしがオミのことを言っても、さほど表情を変えることはしなかった。それより怪我人の方が気になるみたい。
「オミには心配しないように伝えてちょうだい。まだしばらく戻れそうにないから。オミの世話ができそうになくて申し訳ないんだけど」
 あたしは請け負って、カーヤには無理をしないようにとだけ伝えて、宿舎へと戻っていった。


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 宿舎の扉を開けると、オミはさっきの場所で仰向けに横になっていた。あたしの気配に気づいて顔を上げる。でも、無理をしたせいか自分で上半身を起こすことすらできなかったんだ。
「オミ、安心して。カーヤは怪我もなく元気だったわよ」
 言いながら近づいていくと、オミはほっとしたように身体の力を抜いた。
「今どこに?」
「避難所で怪我をした人たちの世話をしていたわ。オミの世話ができなくてごめんなさいって謝ってた」
「そう」
 オミはもしかしたら少しがっかりしたのかもしれない。でも表情にはそれほどあらわれていなくて、あたしはオミが照れているんだってことに気がついたの。
「ここは床が硬いし、服が汚れるわ。ベッドに戻りましょう」
 そう言ってあたしが手助けをすると、オミはなにも言わず、素直に立ち上がった。
 すっかり身体が大きくなったオミを苦労しながらベッドに戻して、あたしはオミと自分のために水を汲んで運んでいく。それを飲み干す頃にはオミもだいぶ落ち着いてきたみたい。背中に当てていた枕をはずして上半身を横たえたあと、あたしはオミに話しかけた。
「オミ、カーヤのことが好きなの?」
 オミはチラッとあたしを見たけど、隠してもしょうがないと思ったのか、視線をそらしてわずかにうなずいていた。
「だったらこれからが大変ね。カーヤはもう18歳だし、あんまり待たせると他の人のところにお嫁に行っちゃうかもしれないもの」
「……ユーナ、笑わないのか?」
「あたしは覚えてるから。自分が13歳だったときのこと。リョウのことが大好きで、いつも背中を追い掛け回してた。そんなあたしにリョウは一緒に住みたいって言ってくれたの。……オミはあたしが13歳の頃よりもずっと大人だもんね。その想いの真剣さは判るよ」
 オミは、ちょっと意外そうな顔をして、あたしをじっと見つめた。


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 あたしを怒鳴りつけたあのときのオミ、男の顔をしてた。あんなオミは初めて見た。オミは、カーヤに恋をしているんだ。
 カーヤはずっとオミの看病をしてくれてたんだ。オミが好きになったとしてもぜんぜんおかしくないよ。でも、あたしより2歳年上のカーヤと3歳年下のオミとでは、それほど簡単に実る恋だとは思えなかった。カーヤから見たらオミは本当に子供で、きっと弟くらいにしか思えないから。
「カーヤには1度戻るように言っておいたから、落ち着いた頃に来てくれると思うわ。夜になるかもしれないけど」
「ユーナは……? 賛成してくれるのか?」
「あたしはオミの父親でも母親でもないもの。邪魔はしないわ。それと、カーヤにはタキがいいと思ってたけど、オミがカーヤに振られるまでは仲を取り持つのもやめるね」
「ユーナ!」
 オミがカーヤに振られるってあたしが決め付けたことに、オミは怒ったみたい。それを潮にあたしは椅子を立って、片手を振りながらドアに歩いていった。
「ユーナ、どこかへ行くのか?」
「神殿よ。カーヤは無事だったけど、南側の崖が崩れてまだたくさんの人たちが生き埋めになってるの。その人の無事を祈りに行かなきゃ」
 そろそろ頼んでおいた神官の手元にはかなりの人数の名前が集まっていることだろう。それが生き埋めになった人たちのすべてじゃなかったとしても。
「午前中ずっと怪我で寝込んでたじゃないか! そんな身体でもやらなきゃならないことなのか?」
「オミにとってカーヤが大切なように、生き埋めになってる人たちを大切に思う人たちもいるのよ。あたしの力なんか微々たるものでしかないけど、求められているうちは祈るわ。それがこの村の祈りの巫女の仕事なんだから」
 オミは納得したようには見えなかったけど、あたしはもう1度微笑んで、オミの部屋をあとにした。祈りの準備をして崖下で神官から名前が書かれた紙を受け取る。その中にはたくさんの人たちの名前と、そのうちいくつかを線で消した跡があった。


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 屋根が半分吹き飛んで、南側の壁もかなり崩れてしまった神殿の中で、あたしは祈りを捧げた。祈っている間は外の騒がしさはほとんど気にならなかった。それほど長くない祈りを終えて振り返ると、扉の前にセリが立っているのが見えたの。
「祈りは終わった?」
「ええ」
「それはよかった。また邪魔をして叩かれたくはないからね」
 あたしがセリの言葉に真っ赤になってしまうと、セリはちょっといたずらっぽい感じて微笑んだ。
「ごめんなさい。さっきはあたしも気が立ってて」
「判ってる。オレが知らずに腫れ物に触れちゃったんだろ。君はふだんはとても温和な女性だからね、そんな祈りの巫女の平手打ちを受けられたことを生涯の自慢話にするよ」
 あたしはセリにからかわれてることは判ったけど、それ以上なにも言葉を返せなくて、ただ下を向いていたの。
「さて、冗談はともかくとして、ひとまず神殿を出てもらえないかな。さっきから聖櫃の巫女が外で待ってるんだ」
 あたしが顔を上げると、セリはちょっとまじめな顔に戻っていた。
「聖櫃の巫女は無事だったのね?」
「ああ。名前のある巫女だけでいえば運命の巫女以外は全員無事だよ。……運命の巫女はまだ見つかってないけど」
 セリの言葉と表情は、一気にあたしの心を重くした。そんなあたしの心の変化をセリは読み取ったみたい。
「それより命の巫女たちが帰ってきてる。君の婚約者で狩人のリョウも一緒だよ。君の宿舎にいるはずだから早く会ってきたら?」
 あたしは不意に立ち上がって、自分が疲れていることもほとんど感じないまま扉に飛びつくように駆け寄ったの。リョウが帰ってきてる。あたしはそれまでの心の重さを吹き飛ばしたくて、ただリョウのことだけで心を満たそうとしていたんだ。
「セリ、ありがとう。それとさっきは本当にごめんなさい」
 セリに手を振られて扉を出ると、外はそろそろ日が落ちる頃で、崖下には夜の捜索に向けてかがり火が用意されているのが見えた。


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 聖櫃の巫女はあたしに用があった訳ではなくて、それまで見つかった死者の魂を送る儀式を神殿でしたかったみたい。この儀式が済むまでは亡骸を埋葬することができないから。神殿前広場は既に一杯で、あふれた亡骸は土砂をのけられた崖下にも並べられている。合わせて50人以上はいただろう。
 あたしは聖櫃の巫女と少し話したあと、宿舎が壊れたお見舞いを言って別れた。それから暗くなりかけた宿舎への道を歩いていく。かがり火は神殿の敷地のあちこちに用意されていて、今日は夜を徹して行方不明になった人たちの捜索が行われることが伺えた。
 ノックして扉を開けると、入口に背を向けていたリョウが振り返る。テーブルの向こうにはシュウと命の巫女。シュウは命の巫女の肩に手を乗せて、涙を流す彼女を慰めているところだった。
「お帰り、祈りの巫女。悪いとは思ったけど勝手に上がらせてもらったよ」
「構わないわ。……今日は本当にお疲れさま。3人とも無事でよかったわ」
「祈りの巫女もね」
 シュウと少しの会話を交わしながら、あたしはリョウの隣へと腰掛ける。リョウはそれほど機嫌がいいとは見えなかった。気にはなったけど、それよりあたしは命の巫女の方が気になっていたの。
「どうしたの?」
「運命の巫女のことを聞いたんだ。ユーナはほんの少し前まで運命の巫女と一緒にいただろう? だから」
 そのシュウの言葉に、あたしはなにも言えなかった。運命の巫女はまだ見つかっていないけど、それを口にしても命の巫女を慰める言葉にはならないから。……あたしは彼女みたいに泣くことはできなかった。まるで悲しみを感じる心が麻痺してしまっているみたい。
 テーブルにお茶がないことに気づいて、あたしは台所で4人分のお茶を入れた。最初に命の巫女の前に置く。それまで声を出さずにただ涙を流していた命の巫女は、少し顔を上げるとあたしを泣き腫らした目で見上げた。
「……ありがとう」
 そう言った命の巫女に微笑んで顔を上げると、リョウが命の巫女を見つめていることに気がついたの。


370
「リョウ」
「……ああ」
 リョウの前にもお茶を置いて、あたしは再び自分の椅子に戻ってくる。ようやくあたしに注意を向けてくれたリョウに話しかけた。
「いつごろ戻ってきたの?」
「まだそんなに経ってない。オミに訊いたらおまえは神殿へ行ったばかりだって言ってたから。身体は大丈夫なのか? 無理してないか?」
「ええ、大丈夫よ。でもちょっと疲れたわ。リョウもでしょう?」
「そうだな。今日はよく働いた」
 あたしとリョウの会話を、シュウはちょっと目を見開いて聞いていた。でも口を挟むことはしなかった。
「お腹が空いたわね。……みんな、今日はここで食べていくわよね。あたし炊き出しができてるかどうか見てくるわ」
 そう言ってあたしが立ち上がりかけると、横でリョウも立ち上がったの。
「俺も一緒に行く。たとえできてたとしてもおまえ1人じゃ5人分を運ぶのは無理だろう」
 リョウはオミは数に入れてくれたけど、カーヤのことは入れなかった。もしかしたらオミにカーヤの居場所を聞いていたのかもしれない。空の鍋をいくつか用意して、あたしたちが連れ立って扉を出て行くのを、シュウは目を丸くしながら見守っていた。
 炊き出しが行われている巫女宿舎までの往復で、あたしはリョウに村での出来事を訊いた。
「 ―― センシャが6体いたからな、建物の被害は今までとは比べ物にならない。シュホウ1発でその線上にある家がいくつも壊れるんだ。火事も起きたから、おそらく村の建物の3割以上は使えなくなっただろう。みんな眠る場所が確保できればいいが」
「各家にベッドは多めにあるから、うまく振り分ければ何とかなると思うわ。避難所にもかなり収容してるし」
「死んだ人間も多いし、な」
 リョウが言葉を切る。きっと、リョウもショックを受けたんだ。神殿に戻ってきて、広場に並んだたくさんの亡骸を目にして。リョウが再び口を開くまで、あたしは声をかけることができなかった。


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