真・祈りの巫女



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 別れ際、リョウはあたしの頭を1回なでて、唇の端でわずかに微笑んでくれた。キスしてくれるのかな、ってちょっとだけ期待したけど、それだけでリョウは行ってしまったの。そういえば、最近のリョウはぜんぜんキスしてくれない。……当然なのかもしれない。だってあたしは命の巫女の身代わりなんだもん。きっとリョウの中にはあたしに対する罪悪感や、命の巫女に対する誠意だってあるはずだから。
 あたしは強引に頭の中を切り替えて、部屋にこもったままのオミとカーヤのところへ行った。談笑する2人の邪魔をしたあたしをカーヤは自然な態度で受け止めてくれたけど、オミはちょっと落ち着かない様子で視線をそらしていたの。だから簡単な挨拶だけで、あたしは宿舎を出た。
 神殿の敷地には、早めに昼食を終えた村人たちが既に集まり始めている。あたしの怪我を気遣ってくれる人たちを心配させないように笑顔を振りまきながら、まずは神官の共同宿舎に向かったの。入口で迎えてくれた神官もあたしの怪我を気遣ってくれた。ここでも笑顔を見せると、神官はタキの病室を教えてくれたんだ。
「廊下を突き当りまで行って、右に折れた奥の部屋だよ。午前中は眠ってたけど、今食事が終わったばかりだからまだ起きてるんじゃないかな。傷に響くから足音に気をつけてあげて」
 あたしはお礼を言って、言われた通りに廊下を歩いていく。近くまできたらタキの病室はすぐに判った。そのドアは半分開け放たれていて、中には2人の神官がお見舞いに来ていたんだ。
「こんにちわ」
「あれ? 祈りの巫女。もう動いて大丈夫なの? 怪我をしたって聞いたけど」
「あたしは大丈夫よ。タキが身を挺してかばってくれたから」
「タキおまえ、ずいぶんカッコつけてたんだなあ。それでこのザマじゃしょうがねえだろ」
「……うるさい。おまえらもう帰れよ」
 2人が場所を空けてくれたから、あたしはタキが横たわるベッドに近づいていった。背中に怪我をしたタキはうつ伏せで寝ていて、からかった神官を憮然とにらみつけていたの。でもその姿ではかなり迫力に欠けてたから、あたしは思わず吹き出しそうになっていた。


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「ああ、帰ってやるよ。オレたちがいるより祈りの巫女と2人きりの方が傷の治りもはやいだろうからな」
「判らないぜ。かえって悪化したりして」
「余計なことを言うな! 祈りの巫女が気にするじゃないか!」
 あたしはそのやり取りにちょっとあっけに取られてたんだけど、2人がニヤニヤ笑いながら出て行こうとしたから、一言「ごめんなさい」ってだけ声をかけて見送った。振り返って見るとタキは2人の背中をにらみつけていて、でもあたしの視線に気づいてちょっとばつが悪そうな表情をしたの。タキのそんな顔を見たのは初めてで、あたしもちょっとだけ戸惑っていた。だって、あたしはタキの大人っぽい表情しか知らないから。こんな子供みたいな顔をしたタキなんて見たことがなかったんだ。
「あ、祈りの巫女、あいつらが言ったこと、気にしなくていいからね」
 タキはいつものあたしに対する態度に必死で戻ろうとしているようで、でもすぐには戻れなかったみたい。ちょっと恥ずかしそうに口ごもりながらそう言った。あたしの方もすぐには反応できなくて、タキが言った言葉を理解するのに少し時間がかかってしまったんだ。
「ええ。それは気にしてないけど。……ごめんなさい、タキ。あたしのせいでこんな大怪我させちゃって」
「それこそ祈りの巫女のせいじゃないよ。君が大怪我をしたんでなくて本当によかった。謝らなければならないのはオレの方だよ。かえって迷惑をかけることになってしまった」
 そう言ったタキはもういつものタキに戻っていて、あたしはほっとすると同時に少しだけ複雑な気分を味わった。たぶん、ふだん宿舎で過ごしているときのタキは、さっきみたいな子供っぽい表情を頻繁に見せてるんだ。あたしといるときのタキはいつも落ち着いた雰囲気でいてくれる。そんなタキにあたしはずいぶん助けられたけど、逆にタキには負担をかけていたのかもしれないから。
「あたしのことなら大丈夫。それより、背中の傷がひどいって聞いたわ。どんな具合なの?」
「自分じゃ見えないけど、かなりの範囲を縫ったらしいね。薬のおかげで痛みはないんだけど、ローグにしばらく動くなって言われて、その方がつらいかな。うつ伏せで寝るなんてふだんしたことがないから。……かなり情けない格好だろ?」
 タキの言葉は少し冗談めいていて、それだけでタキがあたしに気を遣ってくれてることは判った。


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「祈りの巫女は? 君だってずいぶん怪我をしてただろう? もう動いて大丈夫なの?」
 あたしは部屋の中にあった椅子を引いてきて、タキの枕元に腰掛けていた。
「打ち身がひどかったけど、動いてればそれほど気にならないわ。寝てる方がかえって気が滅入るの。だからちょっとくらい痛くても動いてた方がいいみたい」
「そう」
 タキは一言だけ答えて、そのまま少し考え込んでしまう。あたし、タキに心配させるためにお見舞いにきたんじゃなかったのに。
「だからこれから神殿に祈りに行くの。もちろん影が村にいるときにも祈るけど、その前にタキのことを祈ろうと思って。タキの怪我が早く治るように」
「……オレの?」
「ええ。だってあたし、タキがいないとダメなんだもの。今回のことであたしは村に降りられなくなっちゃったから、また1日も早く村へ降りるためにはタキの協力が必要なの。今回死んだ狩人たちの家族の名前も伝わってこない。あたしが仕事をしたくても、タキがいなかったらぜんぜんできないの。だからタキに元気になってもらわないと本当に困るの」
「……」
「お願い、無理しないで1日でも早く怪我を治して。あたしはタキのために一生懸命祈るから、タキも身体を治すことだけ考えて。ローグの言うことを聞いて安静にしていて。タキが無理して怪我が長引いたら困るのはあたしなの」
 きっとタキは、少しでも身体が動くようになったら、すぐに無理をしてしまうだろう。なぜなら、あの時だってタキはこんな身体であたしを背負って逃げてくれたんだ。もしもタキが無理をしなければあたしは死んでたかもしれない。でも、タキがあたしを置いて1人で逃げていたら……ううん、そもそもあたしをセンシャのシュホウから庇ったりしなければ、タキはこんな大怪我をすることもなかったんだ。
「……なんか、思いっきり先手を打たれたな。……判ったよ。言う通りにする。ローグの許しが出るまでは治療に専念するよ」
 そう言ってタキが苦笑いを浮かべたから、あたしは自分の考えが間違ってなかったことを知ったんだ。


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 タキの病室を出たあたしは1度宿舎に戻って、祈りに必要な道具をそろえて神殿へ向かった。神殿前広場には今は避難所が立ち並んでいたから判らなかったんだけど、神殿の石段が見えるところまできてやっと気がついたんだ。扉の前にシュウがいる。あたしは不思議に思いながら、石段を登っていったの。
「祈りの巫女! 寝てなくて大丈夫なのか?」
「ええ。それよりこんなところで何をしてるの? 命の巫女は一緒じゃないの?」
「運命の巫女と中にいるはずなんだ。時間も時間だしそろそろ出てくる頃だと思うけど」
 あたしが石段を登りきると、シュウは1度扉を振り返って、笑顔を見せていた。
「運命の巫女と命の巫女? 運命の巫女は判るけど、どうして命の巫女が神殿にいるの?」
「詳しいことはオレにも判らないんだよ。さっきまでオレは書庫の方にいたし。そういえば祈りの巫女が言ったんだよね、オレたちが使ってる文字が、この村の古代文字に似てる、って」
 あたしは昨日命の巫女が書いてくれたシュウの名前を思い出してうなずいた。
「さっき確かめてきた。君が言ったとおりだよ。この村の古代文字はオレたちの世界で使ってるものと同じだ ―― 」
 そこでシュウが言葉を切ったのは、神殿の中から話し声が聞こえてきたからだった。すぐに扉が内側から開かれる。
「 ―― それじゃ、私はこれで行くわね。……あら、祈りの巫女。身体の具合はもういいの?」
 扉の外にいたあたしに気づいて、運命の巫女が声をかけてくれる。同じことを何度も訊かれてさすがに辟易していたあたしは、ちょっと苦笑いを浮かべたの。
「もともとそれほど大きな怪我じゃないのよ。大丈夫だから心配しないで」
「そう。それはよかったわ。……それにしても、本当によく似てるのね。2人で並んでいるところを見比べてもぜんぜん区別がつかないわ」
 運命の巫女も以前から比べたらずいぶん元気になったみたい。声も明るくて、話しながらあたしは心からほっとしていたの。シュウは話の続きをしようとしなかったし、3人ともすぐに帰ってしまったから、あたしはすべてを先送りにして神殿でタキのために祈りを捧げた。


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 扉の外にはたくさんの人の気配が満ちていて、村人のほとんどがこの神殿の周りに集まっていることが判った。祈りにひと区切りつけたあたしは立ち上がって、様子を知るために神殿の扉をほんの少し開いたの。いきなり顔を出して騒ぎになるといけないから、扉の隙間から注意深く覗いてみる。すると、気配に気づいて振り返ったセリとちょうど目が合ったんだ。
 セリは優しい表情で微笑んで、黙ったまま扉を開けて入ろうとしてくる。あたしが扉から少し離れると、セリは自分が通れるだけの隙間を作って素早く滑り込んだあと、音を立てずに扉を閉ざしたの。
「やあ、祈りの巫女、お疲れさま」
 セリはタキよりもいくつか年上で独身の神官だった。守護の巫女付きの神官の中では1番若くて、確か命の巫女が最初に神殿に現われたときにも、あたしたちと一緒にいてくれたんだ。
「……外は何か変わったことでもあったの?」
「いや、なにもないよ。村人の避難も滞りなく終わったし。あともう少しで影の襲撃が始まるからね、君が外に出てまた面倒なことにならないように、って守護の巫女に言われたんだ。そんな訳で宿舎には戻れないけど、まだ少し時間があるからそれまでゆっくり休むといいよ」
「ええ、ありがとう」
「時間になったら知らせに来るね。……正式に決まった訳じゃないけど、今日のところはひとまずオレが祈りの巫女に付くから。なにか希望があったら遠慮なく言ってくれる?」
「あ、はい。よろしくね、セリ」
 セリはもう1度微笑んで、いったん扉を出ていった。……そうか、セリがタキの代わりになるんだ。セリは若いけど守護の巫女にすごく信頼されてる。たぶん守護の巫女はあたしに気を遣って、パートナーにできるだけ年齢の近い神官を選んでくれてるの。その気持ちはすごく嬉しかったけど、あたしはリョウがまたやきもちをやくかもしれないって、そのことを考えて少し気分が重くなっていた。
 今頃リョウは影の襲撃に備えて村に降りてるはずだ。村には命の巫女とシュウ、それにランドたち狩人もいる。あたしは祈りのための道具を準備して、再びセリが訪れるまでの間、静かにその時を待っていた。


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 まだ十分に日が高いうちに、セリは守護の巫女と一緒に神殿へやってくる。守護の巫女は簡単な挨拶であたしの身体をねぎらったあと、いつもの早い口調で話し始めた。
「 ―― もうすぐ予言の時刻よ。怪我をしているところを申し訳ないけど、祈りの巫女にはできるだけ祈りを捧げて欲しいわ。でも無理だけはしないでちょうだい。万全な状態ではないのだから、自分の身体を過信しないで」
「ええ、大丈夫よ。心配しないで」
「次の影の襲撃については運命の巫女はなにも言ってないのだけど、今までのパターンを見ると早くても明日の午前中だと思うわ。今回は命の巫女もいるし、ここを乗り切ったら今夜はゆっくり休ませてあげられる。だからもう少しだけがんばってね」
 そう言ってあたしの肩を力強く叩いたあと、忙しい守護の巫女はすぐに帰っていった。あとに残ったセリも「扉の外にいるから安心して」と一言だけ言って神殿の扉を出て行く。2人の訪問でまたいろいろ思うところはあったのだけど、雑念を振り払うように心を落ち着けて、あたしはいつもの祈りの所作に入っていったの。
  ―― ろうそくを灯して、螺旋を描きながら聖水を落とす。膝をついて手を合わせて、心の中にも螺旋を思い浮かべながら、しだいに神様との距離を縮めていく。感覚が肉体から離れて外へと広がっていく。神殿の外では今、多くの村人が不安な気持ちを押し殺しながら時が過ぎるのを待っている。
 神殿の敷地のほとんどを埋め尽くした村人たちの意識が流れ込んでくる。更に感覚を広げていくと、村に残った幾人かの意識が紛れ込んでくる。その中でひときわ光を放つのは命の巫女の意識だ。その隣にいるのはシュウ。2人の意識は南の森近くにあって、もう1つ、北西の方角にあるのはリョウの意識だった。
 たとえ見分けようとしなくても、この3人の意識だけはほかの村人や狩人たちとははっきりと区別できたの。今のあたしには個人としての感情は薄い。それでも明確に判るくらい、3人の存在は強い光を放っている。
 これが、命の巫女なんだ。これが、命の巫女の左右の騎士なんだ。薄れた感情の片隅でそう思ったそのとき ――
 西の森から、邪悪な気配がいきなり現われていた。


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 リョウが死んだ夜、あたしはこの神殿でリョウを殺したブルドーザの気配を感じた。父さまと母さまが死んだときも。だけど、今あたしが感じている邪悪は、そのときとは比べ物にならないくらい強い気配だった。
 1つの影があの時現われたすべての影を合わせたよりはるかに強い気配を発しているのに、西の森から現われる影は1つじゃなかったの。2体、3体と次々に姿を現す。それらが放つ臭気は思わず気をそらせていなければ耐えられないほど強力だった。
 出てきているのはセンシャだ。1度その姿を見て感じていたあたしには判る。続々と送り込まれてくるセンシャの進攻を止めるようにその名前を唱え続ける。神様に伝える恐怖の感情が、果たして自分のものなのかそれとも村に残る狩人たちのものなのか判らなくなる。
  ―― お願い、もうこれ以上出てこないで! 神様お願いします。これ以上のセンシャを村に入れないでください!
 あたしの祈りは届かなかった。センシャの数は増え続けて、光の輪が少しだけ力を弱めたときには既に6体のセンシャが西の森にひしめいていたんだ。
 西の森の入口で阻まれていたセンシャたちは、おそらくシュホウで道を切り開いたのだろう。しばらくすると村のあちこちへと徐々に散らばり始めた。もちろんあたしはずっと祈り続けていたよ。だけどあたしの祈りはまったく通じなかったんだ。6体は村の西から東へと歩みを進めていく。シュホウで村を破壊しながら。
 リョウたちの気配も動き始めていた。北へ向かったセンシャの動きを見て岩場から走ってくるのはリョウの気配。命の巫女とシュウは南側を通ってきたセンシャの動きにあわせている。迷ってる暇なんかなかった。
 あたしはリョウが目指しているセンシャに向けて祈りの力を注いだ。止まって! あたしはリョウを失いたくないの!
 そのとき、まるで奇跡のように、センシャの動きが止まったんだ。
  ―― いいぞ、そのまま動きを止めてろ!
 いきなり頭の中にその声が響いていた。一瞬何が起こったのか判らなかった。でもすぐに察することができたの。あたしは以前同じように影の声を聞いた。今響いてきたのは、村でセンシャと戦っているリョウの声なんだ、って。
 その奇跡を喜ぶ余裕もなく、あたしは必死に祈りの力をセンシャに注ぎ続けていた。


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 センシャに近づいていくリョウの気配。センシャが動かないよう力の限り祈りを捧げる。リョウの声が聞こえたときから、あたしにはシュウや命の巫女の声、そしてセンシャを操る邪悪な声さえ聞こえるようになっていたみたい。でも周りの声をうるさく感じながらも一切意識に上らせることはしなかった。その1体のセンシャの動きを止めることだけに全神経を集中させていた。
 リョウがセンシャの身体に取り付いて、2つの気配が重なる。気を緩めたらリョウの命は終わる。その時間は果てしないほどに長く感じた。やがてそのセンシャの邪悪な気配が最後の足掻きを残して消え去るまで。
  ―― もう大丈夫だ。祈りを止めてくれ。
 再びリョウの声が聞こえる。でも……リョウの気配はまだセンシャと重なったままだった。それなのに本当に祈りをやめてもいいの?
  ―― このセンシャはもういい。ほかのセンシャを止めるんだ。
 まさか、リョウにもあたしの声が届いているの? ……違うのかもしれない。だけどあたしはリョウの言葉を信じて、そのセンシャから意識を遠ざけた。
 ほかの場所に意識を向けると、どうやら命の巫女とシュウとの連携で、6体のうち1体が既に倒されていたみたいだった。それでもまだ4体残っている。生きているセンシャはあたしが気づかないうちにかなり東の方へと移動していた。
 そのとき、いきなりリョウが取り付いたセンシャが息を吹き返したんだ!
  ―― トツカ!
  ―― リョウ!
 割り込んできたのはシュウと命の巫女の声。リョウの声じゃない。あたしはあわてて再びそのセンシャを封印しようとした。その瞬間、またリョウの声が聞こえてきたの。
  ―― 大丈夫だユーナ! 俺にかまうな!
 リョウが呼んだその名前はいったいどちらのユーナに向けられたものだったのだろう。一瞬戸惑ったあたしが封印の力を緩めたそのとき、リョウが取り付いたセンシャが上半身を回してシュホウを発射していた。


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 放たれたシュホウは西側に出遅れていた1体のセンシャをかすめて南の森に吸い込まれた。そのとき初めて気がついたの。リョウが取り付いたセンシャが、生きてはいても既に邪悪な気配を消しているということに。
  ―― リョウ、センシャを乗っ取ったの?
  ―― ああ、らしいな。すげえよあいつ。……リョウ! 90シキの弱点はシュホウの下だ! そこなら一撃で倒せる!
  ―― 叫んだって聞こえないよ。それよりシュウ、間違ってあのセンシャを攻撃しないでよ。
  ―― 判ってるよ。オレたちは東へ回るぞ。
 聞こえてきた命の巫女とシュウとの会話で、あたしにもリョウの本当の狙いが理解できていた。リョウはセンシャを倒せるのがセンシャのシュホウだけだと知って、その1つを味方につけることにしたんだ。でも今リョウが放ったシュホウは目標からわずかに外れていた。あたしはシュウが言ってたセンシャの弱点をリョウに伝えようと思ったけど、さっきあたしの声がリョウに伝わったと思ったのはどうやら錯覚だったみたいで、そのあとリョウがあたしの心の声に答えてくれることはなかった。
 リョウが狙っているセンシャがリョウに向かっていく。たぶん1体のセンシャがリョウに乗っ取られたことはほかのセンシャにも伝わってるんだ。あたしはそのセンシャを止めるために祈りを捧げた。リョウが乗っ取ったセンシャがほかのセンシャに攻撃されたら、リョウは間違いなく死んじゃうから。
 あたしの、リョウを助けたいという想い。あたし自身の心の叫び。その強い祈りでなければセンシャを止めることはできない。たとえそれがあたしの心を穢していく行為だったとしても、迷いはなかった。
  ―― 祈リノ巫女ノ匂イヲ消セ
 センシャを操る邪悪な声が割り込んでくる。あたしがあなたに対して何をしたのかなんて知らない。だけど、あなたにあたしのリョウを消させたりなんかぜったいにしない!
 センシャが動きを止めたとき、リョウのシュホウがセンシャに向かって放たれた。
 そしてその次の瞬間、あたしはいきなり強い衝撃を受けて、意識は強引に神殿の身体へと引き戻されていたんだ。


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 感覚を広げていたあたしにはいったい何が起こったのか判らなかった。強い振動と鼓膜を突き破るほどの激しい音。何かが崩れる音がして、あたしの身体にも何かがバラバラと降り注いでいた。まぶしいほどの光とたくさんの人たちの悲鳴にさらされる。揺れが収まるまでの間、あたしは身体を縮めてうずくまったまま目を開けてみることさえできなかった。
 揺れてたのはそれほど長い時間ではなかったみたい。恐る恐る身体を動かしても、あたりの悲鳴は去らなかった。顔を上げてみて驚いた。神殿の天井が半分以上崩れて消え去っていたんだ。
 どうりでまぶしい訳だ。外の悲鳴だって聞こえるよ。その騒がしさの中に、神殿の扉を激しく叩く音が聞こえてきた。あたしの名前を何度も呼んでいるその声も。
「祈りの巫女! 祈りの巫女、無事なら返事をしてくれ!」
 たぶんセリの声だった。扉が開かなくなってるみたい。無事を知らせるために立ち上がろうとしたそのとき、再び激しい音と振動、そして爆風が襲ってきたの。
  ―― キャアァァーーー!
 誰かの悲鳴。それはもしかしたらあたし自身の悲鳴だったのかもしれない。
 神殿が攻撃されてるんだ! ……センシャはまだここにはきていないはず。センシャのシュホウは、村から遠く離れたこの神殿まで届いているというの?
「祈りの巫女!」
 ようやく扉が開いたのか、セリが叫んで駆け寄ってくる。あたしを抱き起こして、無事であることを知ってほっとしたようにあたしを抱き寄せた。
「セリ! これはセンシャの攻撃?」
「判らないけどたぶんそうだ。ここにいちゃ危ない。すぐに逃げるよ。さあ立って!」
 そう言ってあたしを立ち上がらせようとしたセリの腕を、あたしは拒んでいた。


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