真・祈りの巫女



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 神殿のゆかに倒れたまま眠っている2人は、年の頃はあたしとほとんど変わらないくらいに見える男女だった。男の人はぜんぜん知らない顔だった。そして、女の人の方は、あたしが知りすぎるくらい知ってる人の顔をしていたんだ。
「祈りの巫女が……2人……?」
 うしろから覗き込んでいたタキがあまりの驚きにかすれた声を上げた。あたしだって声も出せないくらい驚いてるよ。自分が眠ってるときの顔なんてとうぜん見たことがなかったけど、それでなくたってその人があたしとそっくり同じ顔をしてるのはよく判ったもん。服装の方は2人とも基本的には同じ形のものを着ているようで、あたしが見たことのない……少なくとも、ちゃんとした状態では見たことがない形をしている。 ―― もしかしたらタキは気づいたかもしれない。だけどそれきり何も言わないで、呆然と座り込んだあたしのうしろで微動だにしなかった。
「祈りの巫女。……これはどういうことなの? あなたには判るの?」
 そう声をかけてきたのは守護の巫女だった。あたしはそれで多少我に返ったみたい。振り向かないで答える。
「判らないわ。教えて守護の巫女。この人たちはいつ、どうやってここに来たの?」
「いつどうやって来たのかは判らないけど、最初に気がついたのは運命の巫女よ。影が全滅したことが伝えられて、それなら未来も変化したかもしれないって、運命の巫女が未来を見るために神殿に入ったの。その頃には村人たちが帰宅を始めていたから、彼女も無用に騒ぎ立てることは避けたのね。しばらくして神殿から出てきて、セトに頼んで私を呼んでくれたの。運命の巫女の話では、彼女が神殿に入ったときには既にこの2人はここに倒れていたそうよ。それでとにかくあなたを呼ばなきゃって話になって」
「神託の巫女は? この2人に触れてみれば何か判るかもしれないわ」
「判っているでしょう? 産まれたばかりの赤ん坊ならともかく、この2人がちゃんとした意思を持った人間だったとしたら、眠ってる間にそんなことはできないわ。……村人にはまだこのことは漏れていないのだけど、神官や巫女たちには隠し通せないから話してあるの。祈りの巫女、あなたはこれからどうするのがいいと思う?」
「とにかくこの2人を起こした方がいいと思うわ。……どちらにしても、このまま一晩中こうしている訳にはいかないもの」


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 守護の巫女が真っ先にあたしを呼んだのは、1番大きな理由は2人のうちの1人があたしにそっくりだったからだろう。同じくらいの重みで、あたしが守護の巫女に次いで2番目の地位を持つ祈りの巫女だったこともあると思う。でも理由はそれだけじゃない。守護の巫女はリョウのことを思い出したんだ。あたしの祈りでとつぜん神殿に現われたリョウのことを。
 自分が本当は何を不安に思っているのか、あたし自身にも判っていなかった。だけどあたしはリョウを守らなくちゃいけない。予期せぬ出来事に混乱した頭の中で真っ先に思ったのはそのことだったの。
「さあ、起きて。あなたはいったいどこから来たの? あなたはどこの誰? 目を覚ましてあたしたちに教えてちょうだい!」
 あたしはまず、あたしによく似た女の子に声をかけながら、身体を強くゆすった。彼女は本当に眠っていただけだったみたい。何度か声をかけて身体をゆすっているとだんだん目を覚ましてきたの。いきなりあたしの顔を見たら驚くかもしれないな。でも、そんなことを思ったのは、彼女が目を開けてからだった。
「目が覚めた?」
「ん……かがみ……?」
 あたしは彼女の言葉と口調に笑いを誘われて、思わず吹き出しそうになっていたの。あたしが表情を変えたからだろう。急に驚いたように彼女は身体を起こしてあたしを穴の開くほど見つめた。それから周りをきょろきょろ見回して、隣に倒れている男の人を見つけたみたい。彼の身体を勢いよくゆすり始めたんだ。
「シュウ! 起きてよ! シュウ!」
 彼女はほとんど力加減というものをしなかったから、肩を掴まれた男の人はゆかにガンガン頭をぶつけてた。その扱いではとうてい眠ってる訳にはいかないよ。うめきながら身体を起こして、まずは彼女を見て言った。
「……いってえよ。いったいなんだって……。え……?」
 彼女の、ほとんど泣き出しそうなほど混乱した表情を見て、彼もある程度自分たちが置かれた状況の異常さに気がついたようだった。周りをゆっくりと見回して、やがてあたしを見つけたところでぴたっと視線を止めた。


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「……ユーナ」
 あたしの顔を見つめていた男の人は、聞こえるか聞こえないかくらいのかぼそい声でそうつぶやいた。もしかしたら実際に声は出ていなかったのかもしれない。あたしは彼の口元を見ていたから、彼がそうつぶやいたのが判った。
「こんばんわ」
 あたしがにっこり笑ってそう言うと、2人ともかなり戸惑ったみたい。互いに互いの服を掴み合いながら顔を見合わせたの。2人が再びこちらを向くのを待って、あたしは続けた。
「あたしはこの村の巫女、祈りの巫女のユーナよ。まずは名前を教えて。あなたもユーナというの?」
 2人はまた顔を見合わせる。少し驚いたようで、でもしばらくして男の人が1つうなずくと、彼女はおずおずと声を出した。
「ユーナよ。マツモトユーナ。……探求の巫女」
「探求の巫女?」
 初めて聞く名前だった。あたしはもちろん驚いたけど、うしろにいたタキも、守護の巫女とセリも、驚く気配を示した。
「あなたは? さっき探求の巫女がシュウと呼んでいたけど」
 2人ともだいぶ落ち着いてきたみたいだった。ようやく互いの服から手を放して、笑顔さえ浮かべるようになっていた。
「シュウでいいんだけどね。一応、カザマシュウイチ、って名前がある。……ユーナの左の騎士だ」
 今度はあたしたちが顔を見合わせる番だった。あたしは意見を求めてうしろを振り返ったけど、タキもセリも首を振るだけだったの。2人とも、探求の巫女という言葉も、左の騎士の存在も、なにも知らないんだ。あたしが再び探求の巫女と左の騎士に向き直ると、今度は先に左の騎士が話しかけてきたの。
「祈りの巫女、まずはここがどこなのか教えてくれないか? オレたちは自分がどこに飛ばされてきたのか知りたい」
 その「飛ばされた」という言葉はよく理解できなかったけど、あたしは以前タキがリョウに言った言葉を参考にして彼に答えた。
「ここは、あたしたちが住んでいる村の、東の山の中腹に建てられた、神殿の建物の中よ」


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「神殿? ……オレたちは神殿に飛ばされてきたのか」
 探求の巫女という言葉。どうして彼女があたしにそっくりで、同じユーナという名前なのか。探求の巫女に存在する左の騎士。彼はどうしてシュウという名前なのか。
 あたしには知りたいことがたくさんあった。だけど、それより先に確かめておかなければならないことがあったんだ。リョウが最初に現われたときに村の代表としてタキが確かめたように。今、あたしはこの村の代表になってるんだから。
「1つだけ先に教えて」
 いくぶん自分の考えに沈んでいた左の騎士は、あたしの声に再び顔を上げた。
「あなたたち2人は、なんの前触れもなくとつぜんこの神殿に現われたの。今、あたしたちの村は獣鬼の脅威にさらされている。だからこんなことを訊かれて気を悪くしないで欲しいんだけど……。あなたたち2人は、あたしたちに何かの危害を加えるためにこの村に来たの? それとも、なにか別の目的があって、この村に来たの?」
 2人はどう答えようか迷っているように、顔を見合わせて低く言葉を交わした。あたしは近くにいたから2人の会話は聞き取れていたんだけど、言葉が抽象的でその意味を汲み取ることはぜんぜんできなかった。でも、声の調子から、あたしたちが悪い人か否かを話し合ってるみたいに思えたの。確かに初対面の2人にはそう取られても仕方がないんだ。それはお互い様だったから、あたしは心の中で苦笑した。
 やがて、話し合いが終わったのか、こちらに向き直って話し始めたのは左の騎士の方だった。
「オレたちはずっと旅をしてきたんだ。自分自身でも旅の目的が判らなくて、だからそれを探す旅だったと言ってもいい。この村に来た本当の目的も自分では判らないんだ。……こんなことを言っても信用してもらえるかどうか判らないな。だけど、少なくとも今の状態では、オレはこの村の誰に危害を加えるつもりもないよ。むしろ、オレはこの村が抱えている問題について、多少の手助けができるんじゃないかと思ってるくらいなんだ」
 左の騎士はそこで言葉を止めたけど、その先を探求の巫女が引き継いでいた。
「あたしたちを呼んだの、あなたなんじゃないの? ……祈りの巫女のユーナ」


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 あたしが、この人たちを呼んだ? 思いがけないことを言われてあたしは思考を止めてしまった。……あたしは誰も呼んだりしてないよ。ううん、それよりどうして探求の巫女がそんなことを言うの?
 あたしが黙り込んでしまったからだろう。今までずっと成り行きを見守っていた守護の巫女が動いたの。もしかしたら、あたしにはこの話し合いをおさめるだけの力がないことを察したのかもしれない。
「まだ名乗ってなかったわね。初めまして、探求の巫女、左の騎士。私はこの村の守護の巫女で、村の代表者よ。もう1人の守りの長老は今ここにはいないけれど」
 探求の巫女と左の騎士は、とつぜん会話に加わった守護の巫女に驚いたのか何も答えなかった。
「うしろにいるのは神官のセリとタキ。……話の途中で悪いのだけど、長くなりそうだから今日のところはこれでおしまいにしたいと思うの。祈りの巫女もかなり疲れているのよ。もう既に真夜中でもあるし、話はまた明日にしてはどうかしら」
 2人は、もう何度目か判らないけどちょっと視線を合わせて、やがて左の騎士が答えた。
「そうだな。こんな夜中にこんなところで徹夜で話すことはないよ。オレも明るいところで落ち着いて話した方がいい」
「賛成してくれて嬉しいわ、左の騎士。それでね、2人が今夜過ごす場所なのだけど。……さっき祈りの巫女も言ったとおり、今この村は正体不明の怪物に襲撃されているの。だから本来なら旅人は村の宿屋に泊まってもらうのだけど、いろいろ制約があってそれはできないのよ。普段のときなら神殿の宿舎にも空き部屋があるのだけど、怪我人を収容していることもあって個室は難しいわ。だから今日のところは2人とも別々の建物に分かれて休んでもらうことになるの」
 守護の巫女の言葉には2人とも戸惑ったようだったけど、うしろにいたセリとタキも互いに顔を見合わせていた。
「守護の巫女、あたしの宿舎には1つベッドが空いてるわ。探求の巫女さえよければあたしの宿舎に来てもらって」
「神官の共同宿舎も1つくらいなら空いてるベッドがあるはずだよ。左の騎士はこっちで引き受けられる」
 あたしとタキの言葉に、守護の巫女は大きくうなずいた。
「それでどうかしら。離れてしまうのは不安かもしれないけど、一晩中神殿にいるよりはいいと思うのだけど」


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 顔を見合わせた2人は互いに視線で会話を交わしたようで、やがて左の騎士が言った。
「少し、2人だけで話をさせてもらえないかな」
「ええ、いいわ。……私たちは少し外に出ていましょう」
 そう守護の巫女に促されて、あたしたちはいったん神殿の扉を出た。その頃にはあたしはすっかり2人を信用する気になっていたの。だって、あの2人の反応はごく普通の人たちのものだったんだもん。たとえば、もしもあたしが突然リョウと2人っきりで別の村の神殿で目を覚ましたとしたら、きっと彼らと同じように戸惑ったと思うから。
 あたしたちの姿を見て、さっきからずっと広場で待っていた巫女や神官たちから、守護の巫女の名前を呼ぶ声が飛んだ。それに答えるように守護の巫女は石段を数段降りて、彼らが目覚めたこと、名前が探求の巫女とシュウというのだということ、それと今夜は宿舎に分かれて休むことなんかを話し始めたの。シュウは左の騎士だったけど、それについて伏せたのは言ってみればごく自然な処置だった。あたしとタキはその様子を石段の上から見守ってたんだけど、やがて神官や巫女たちがそれぞれの宿舎に引き上げ始めたときにタキはあたしに話しかけてきた。
「祈りの巫女、いったいあの2人は何なんだ? 君には本当に心当たりがないの? その……」
 タキが言葉を濁したのは、たぶんあたしが彼らを呼んだのだという探求の巫女の言葉のことだった。もしかしたらリョウのことを考えているのかもしれない。……タキは間違いなく気づいているんだ。そう確信して、あたしは更に気を引き締めた。
「心当たりは何もないわ。本当よ。もっと話を聞いてみなくちゃなんとも言えないけど」
「彼らが嘘を交えない保証はないだろ?」
「そういう心配はしてないわ。……それより、あの2人って恋人同士だと思わない? あたしカーヤに頼んで探求の巫女と一緒の部屋に寝させてもらおうかな。そうしたら抜け駆けしてたくさんお話ししちゃうの。なんだかすごく楽しくなりそうよ」
「なにのんきなことを言って ―― 」
 背後に人の気配を感じてタキが言葉を切ると、そのあとすぐに神殿の扉から探求の巫女と左の騎士が出てきたんだ。


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 探求の巫女とシュウが2人だけで相談していたのはそれほど長い時間ではなかった。それでも、この2人が多少の心配事を解消するためには十分だったみたい。かなりあとになってから判ったのだけど、このとき2人は自分自身がそれほど不安に思ってた訳じゃなかったんだ。2人きりで話したかったのは、相手が不安に思っていたら解消してあげなくちゃいけないって、そう互いに思ってたからだったの。
 だから神殿の扉から出てきた2人はすごくあっさりとしていて、まずはあたしとタキを見つけて近づいてくる。短い時間だったとはいってもその頃には広場の神官や巫女たちの多くは宿舎へ戻ってしまってたから、実際に2人の姿を見た人はほとんどいなかっただろう。
「祈りの巫女、時間を取らせて済まなかった。早速で悪いんだけど案内してくれるかな」
「ごめんなさい、お世話になります」
 探求の巫女はまだ少し緊張しているみたいで、ちょっとかしこまった口調でそう言った。あたしは、自分にそっくりな人があたしに対してまるで神様に対するような言葉を使うのが不思議な気がして、思わず笑みがこぼれていた。
「お話は終わったのね。……それじゃ、まずは探求の巫女から案内するわ。シュウ、タキ、悪いけど付き合ってね」
 そうしてあたしたちが石段を降りると、下で待っていた守護の巫女が、明日の午前中に巫女の会議を開くことと、探求の巫女とシュウにも出席して欲しいことを伝えて帰っていった。あたしは少しだけ興奮しているみたいで、宿舎までの道でタキのように黙っていることなんてできなかったから、自然と2人に話しかけていたの。
「2人ともおなかが空かない? あたし、お夕飯食べてないからペコペコなの。もしよかったらあたしの宿舎に食事を用意するわ」
 確か今日の夕食は炊き出しがあったはずだから、残っていれば2人の分も用意できるはずだもん。もちろんタキだって食事してないからあたしの宿舎で一緒に食べてもいいし。シュウは手首に巻きつけた金属の何かを覗き込んでちょっと驚いた顔をした。
「……腹も減るはずだな。このまま朝まで食事ができないなら今食べておいた方がいいや。祈りの巫女、お願いできる?」
「ええ、もちろんよ。ちょっと時間がかかるかもしれないけど」
 横から探求の巫女もシュウの手首を覗き込んだ。その仕草に答えるように、シュウは自分の手首を見せながら言った。
「午後ハチジスギだよ。今が真夜中だとすると、ヨジカンくらいジサがある計算になる」


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 シュウの言葉の意味は判らなかったから、あたしは聞き流すことにして、祈りの巫女宿舎の扉ををノックした。幸いカーヤはまだ起きていてくれたみたい。扉を開けて、あたしに微笑みかけてくれたの。うしろにいた3人にチラッと視線を向けたけど、扉を大きく開けただけでひとまずあたしを宿舎に招きいれてくれた。
「お帰りユーナ。聞いたわ。とうとう祈りが通じたのね、おめでとう」
 神殿に戻ってから初めて、あたしはほっとしている自分を感じていた。だって今までは誰もそう言ってくれる人がいなかったんだもん。もちろん神殿に新たな問題が起きていて、みんなそれに気を取られてたからだってことは判ってたけど、やっぱりあたしは自分の祈りが通じたことを誰かにほめてもらいたかったんだ。
「ありがとう。カーヤにそう言ってもらえて嬉しいわ。……さあ、みんな入って。カーヤ、今日は探求の巫女にここへ泊まってもらうことになったの。かまわないでしょう?」
「ええ、……あたしはもちろん」
 カーヤがちょっと不安そうに言ったのは、きっと探求の巫女と一緒の部屋を使うことになると思ったからだ。誰だって初めて会った人と同じ部屋に2人きりになるのは不安だもん。あたしは今夜の寝室を交代してもらう話をしようとしたんだけど、ちょうど扉を入ってきたシュウに遮られてしまったの。
「……カヤコだ」
「え? カヤコチャン?」
 探求の巫女の声に振り返ると、彼女はシュウを見上げて不思議そうな顔をしていた。シュウは少しの間カーヤを見つめて、やがて探求の巫女に向き直る。
「ああ、カヤコだ。……4歳のとき以来会ってないんじゃユーナが判らなくても無理はないな。でもオレはずっと近くに住んでたから判るよ。彼女、間違いなくこっちの世界のカヤコだ」
 シュウの言葉の意味がすべて判った訳じゃないけど、あたしは以前リョウが初めてカーヤを見たときのことを思い出していた。


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「カーヤ、神殿の炊き出しはまだ残ってるかな。あたしもみんなもおなかが空いてるの」
「ええ、たぶんあると思うわ。すぐに持ってくるわね。ユーナはお茶をお願い」
「カーヤ1人じゃ4人分は無理だろ? オレが一緒に行くよ」
 カーヤは2人に軽く会釈をして、そそくさと宿舎を出て行った。そのあとをタキが追いかけていく。2人に初対面の挨拶もしなかったところを見ると、やっぱりカーヤはちょっと不安に思ってるみたい。……無理もないよね。いきなりあたしと同じ顔をした人が神殿に現われたんだもん。不安というよりも不気味に思ってたってちっともおかしくないよ。
 カーヤを見送っていた2人を食卓の椅子に座らせて、ものめずらしそうに部屋の中を見回す2人にお茶を用意しながら話しかけた。
「カーヤは誰かに似ているの? さっきカヤコと言ってたけど」
「ああ、オレの家の近所に住んでる女の子にそっくりなんだ。……カーヤっていうんだな。名前も似てる」
「そっくり、って。あたしと探求の巫女くらい似ているの?」
「同じ服を着てたら見分けがつかないくらい似てるな。まるで生き別れの双子の姉妹みたいだ。ユーナと祈りの巫女もそうだし、どうしてこの村にはオレが知ってる人がいるんだろう」
「探求の巫女はその人のことを知らないの?」
 あたしは疑問に思ったことをそのまま口にしていたの。だって、カヤコはシュウが知っている人なのに、探求の巫女が知らないのがすごく不思議に思えたんだもん。
「ユーナは4歳のときに引っ越したんだ。オレもカヤコも小さな頃はよく遊んだんだけど、ユーナが引っ越してからは1度も会ってなかったんだ。だからオレもユーナと会うのは12年ぶりくらいじゃないかな」
「1度も? シュウがいた村には祭りはないの? だって、どんなに遠くに引っ越したって、お祭りで年に1回くらいは会えるでしょう?」
 あたしの言葉に、シュウと探求の巫女は驚いたように顔を見合わせた。
「ユーナが引っ越したところはそんなに近くじゃないんだ。……歩いたら丸1日くらいかかる程度には遠いと思うよ」


290
 シュウの言葉であたしも気づいた。あたしとシュウたちとは、距離の感覚がすごく違うんだ。あたしは探求の巫女が引っ越したと聞いて、マイラがあたしの家の近くから西の森の近くに引っ越したことを思い浮かべていたの。あと、リョウが実家から神殿の近くに引っ越したこと。探求の巫女はきっと、村の中を動いたんじゃなくて、別の村へ行ったんだ。でも、いったいどんな理由があって4歳の子供を持つ両親が村を離れたのかは判らなかった。
 5人分のお茶を用意して、あたしも再びテーブルに戻ってくる。……なんだか不思議。探求の巫女を見ているとすごく恥ずかしい気がするの。あたし、こんな顔をしてるんだ。熱いお茶に息を吹きかけている仕草とか、他の人がしているのならなんとも思わないことが、探求の巫女だと妙に気恥ずかしいんだ。双子の兄弟を持ってる人はみんなそんな風に感じるのかな。それとも、生まれた時から一緒にいればそんなことは少しも感じないまま大人になるのかもしれない。
「ねえ、2人は恋人同士なんでしょう?」
 ちょうどシュウがお茶を飲んでいるときにそう言ったからかな。シュウがむせるような咳をしたからあたしは笑ってしまった。
「……うん、まあ、一応そういうことになってるけど……」
「一応、って、はっきりしないの? 2人は将来結婚するんじゃないの?」
 シュウはちょっと大げさに見える仕草でテーブルに突っ伏してしまったの。探求の巫女の方は赤くなって下を向いちゃってる。……なんで? あたし、変なこと言った?
「……参ったな。まさかいきなりそんなことを訊かれるとは思ってなかった。……それ、今答えなきゃダメ?」
「ううん、そんなことはないわ」
「だったら保留にしといて。……ユーナ、黙ってないでおまえも何とか言えよ」
 シュウの最後の言葉は隣の探求の巫女に向けて言われたものだったのだけど、あたしはちょっと身構えてしまう。だって、ユーナは探求の巫女の名前でもあるけど、あたしの名前でもあるんだもん。……シュウは、あたしを助けて死んでしまった幼馴染の名前。もしもあのシュウが生きていたら、やっぱりこのシュウとそっくりな男の人に成長していたのかもしれない。



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