真・祈りの巫女
291
部屋の明かりの下でよく見ると、シュウがマイラに似ているんだってことに気がついた。そういえばベイクにも少し似てる。ベイクは身体の大きなたくましい感じの人なんだけど、シュウはどちらかといえば細身で、身長もそんなに高くない。髪はリョウよりもずっと短くしていて、でも知的な感じがあって、雰囲気は神官に近いんだ。リョウは、あたしの左の騎士は死んだシュウなんだ、って言ってた。ここにいるシュウも探求の巫女の左の騎士だから、シュウは自分の村では神官のような仕事をしているのかもしれない。
あたしがそうしてほんの少しシュウに見惚れている間、シュウと探求の巫女は小さな声で痴話げんかをしていたの。なるべく聞かないようにしてたんだけど、シュウのその声が飛び込んできてあたしは意識を引き戻されていた。
「 ―― おまえと同じ顔なのに祈りの巫女の方が美人でおしとやかだ」
かなり軽い感じで言われた言葉だった。でも、探求の巫女は一瞬絶句して、そのあと拗ねたようにそっぽを向いてしまったんだ。
「どうせあたしはブスでガサツだもん! 祈りの巫女の方がいいならさっさと乗り換えれば!」
「……なんだよ。そんなことで怒るなよ。そういう意味で言ったんじゃねえよ」
探求の巫女は、もしかしたら立ち上がってどこかへ行きたかったのかもしれないけど、思い直したのか椅子に深く腰掛ける。たぶん、ここを出たら今日眠る場所がなくなるってことを思い出したんだ。あたしはおかしくて含み笑いを漏らしていたの。なんか、この人かわいい。
「安心して探求の巫女。あたしにはちゃんと婚約者がいるから。あなたのシュウを取ったりしないわ」
急にあたしが口を挟んだから、探求の巫女もシュウも驚いてあたしを振り返った。
「……婚約者って? ……親が決めたイイナズケとかか? だって、祈りの巫女はオレたちと同じくらいの年だろ?」
「イイナズケ……? あたしの両親は子供の結婚相手を勝手に決めたりしないわよ。それに、あたしはもう16歳だもん。女の子が結婚するのに早すぎる年じゃないわ」
「早すぎるよ! ……そうか、かなり判ってきた。祈りの巫女、オレたちの世界では、女性の結婚年齢はおおむね20歳代くらいなんだ。オレもユーナも16歳だから、付き合ってるとはいってもまだ結婚までは考えられない。それに、まだ2人ともガクセイで、成人してすらいないんだ。20歳になるまでは親の許しがなければなにもできないんだよ」
292
それからのシュウの話は不思議だった。シュウの村では、子供たちは6歳になった春から全員ガッコウというところに通うようになる。そこで文字を習って、いろいろな勉強をみんな一緒にするんだって。その話の途中にカーヤとタキが帰ってきたから、あたしはカーヤにあたしの部屋に寝るように言って先に休んでもらったの。カーヤは少し渋ってたけど、どっちみち食卓の椅子は4脚しかなかったし、食器の片付けは明日カーヤにお願いすることでようやく納得してもらったんだ。
食事をしながらもシュウの話は続いていた。タキも会話に加わって、あたしとタキは何の遠慮もしないで代わる代わるシュウに質問を浴びせていたの。
「 ―― 神官や巫女になるならともかく、村で畑を耕したり狩りをしたりするのに文字を覚える必要はないだろ?」
「勉強をするのには必要だよ。あと、文字がなければ生活もできない。店の看板やネフダも読めないし、計算ができなければ物を売ることも買うこともできない」
「ああ、そうか。シュウの村には通貨があるんだな。だけど通貨がある村でも文字を知ってる人はあまりいないよ。看板はたいてい絵で書いてあるし、物の値段は店主に訊けばその場で判る。だいたいどうしてガッコウなんてものがあるんだ? ガッコウがなければ文字は要らないじゃないか。村の歴史を勉強したって畑仕事の役には立たないだろ?」
あたしはタキの言葉が不思議でならなかった。だって、タキは畑仕事をするのが嫌で神官になったんだって、あたし前に聞いたことがあるんだもん。もしもシュウの村のようなガッコウがあったら、タキは神官になるよりずっと幼い頃からいろいろな勉強ができたんだ。それなのにシュウの村の制度に反対するような立場でいるなんて。 ―― ちょっと考えて判った。タキはシュウがうらやましかったんだ、って。
だんだん話が複雑になって、あたしは会話に入れなくなっていった。食事が終わってからも2人の会話は途切れなかったから、さすがにあたしも疲れていたし、適当なところで2人を宿舎から追い出したの。宿舎の中が静かになって、探求の巫女と2人きりになると、なんだかさっきの気恥ずかしさが戻ってくる。お互い照れたように見つめあってしまって、探求の巫女もあたしと同じように感じているんだってことが判ったんだ。
探求の巫女はもう1人のあたしだ。何の根拠もなかったけど、あたしは自然にそのことを感じていた。
293
「旅の荷物は持っていないの? 着替えは?」
「持ってたんだけど、ここへ来るときに置いてきちゃったの。……気にしないで。あたしはこのまま過ごすから」
「そうはいかないわ。あたしの服を貸してあげる。でも、今夜は無理ね。カーヤが休む前に気づけばよかった」
「ありがとう。寒くないし、今夜は下着で寝るから大丈夫よ。……祈りの巫女に服を借りたりしたら、ますます見分けがつかなくなっちゃいそう。大丈夫かな」
「髪の長さもほとんど同じなのね。でも、あたしは髪飾りをつけているから大丈夫よ。これはめったなことでは外さないから」
カーヤとオミを起こさないように小声で話しながら、あたしは灯りを持って探求の巫女をカーヤの部屋まで案内した。そういえば明日はオミにも紹介しなくちゃならないわね。きっとオミもびっくりするよ。
「それ、恋人からのプレゼントなの?」
あたしが横になる前に髪飾りを外していたら、探求の巫女が服を脱ぎながら聞いてきた。
「うん、そう。あたしが15歳のときに、婚約のしるしに、ってくれたものなの。材料を手に入れるのがすごく大変だったのよ。北カザムの毛皮を使ってるんだけど、本当なら毛皮は神殿のもので狩人が自由にはできないの。だから、毛皮に傷がついて売り物にならない北カザムを狩らなきゃいけなかったんだけど、今まで何度もほかの狩人が挑んでそのたびに逃げてきた大きなオスだから、すごく大変だったんだって。……これはあとから他の人に聞いた話」
話しながらカーヤのベッドに横になると、急に眠気が襲ってくる。あたし、今日はほんとに疲れてたんだ。
「祈りの巫女の恋人は狩人なんだ。……すごく愛されてるんだね。うらやましい」
「探求の巫女にはシュウがいるじゃない。きっとシュウだって負けないくらい愛してくれてるよ……」
「そんなことないよ。シュウは ―― 」
けっきょくあたしが覚えていたのはそこまでだった。眠りに引き込まれながら判った気がしたの。きっとあたし、探求の巫女にリョウのことを自慢したかったんだ、って。あたしも探求の巫女とシュウのことをうらやましく思ってたんだ。
294
翌朝、あたしはカーヤに揺り起こされて目を覚ました。目を開けるとカーヤの不安そうな顔があったの。いつもと違う目覚めに戸惑ってたんだけど、すぐに昨日はカーヤ部屋で探求の巫女と一緒に眠ったんだってことを思い出していた。
「目が覚めた? ユーナ。……ユーナよね?」
カーヤは声をひそめて言う。探求の巫女はまだ眠っていて、カーヤは2人の服装を確かめてからあたしの方を起こしたんだろう。それでもぜったいの自信はなかったみたい。
「大丈夫よ。あたしは祈りの巫女の方のユーナだから。……なにかあったの?」
「あの人がきてるの。昨日のシュウって人。お願いユーナ、起きてきて。あたしあの人と2人っきりでいたくないの」
あたしはシュウが何かおかしなことをする人だなんて思ってなかったけど、カーヤの気持ちも判る気がしたから、なんとか眠気を振り払ってベッドから起き上がった。カーヤがあたしの服を部屋に取りに行っている間に髪を整える。……なんだか鏡を見てると変な気持ちになるよ。この顔とそっくり同じ顔の女の子が、今同じ部屋のベッドに寝てるなんて。
着替えて部屋を出ると、ものすごく眠そうな顔をしたシュウが、ほとんどテーブルに突っ伏すような格好で座っていた。
「おはよう、シュウ。早いのね。探求の巫女はまだ眠ってるわよ」
「おはよう。……君は祈りの巫女の方だよね。早い、っていうか、けっきょく昨日から寝てないんだ。……参ったよ、あいつ」
「どうして? ベッドの寝心地が悪かったの?」
「ベッドにすら入らせてもらえなかった。……最初はよかったんだ。ふだんオレが眠る時間よりもずいぶん早かったから、宿舎の食堂でタキの奴としばらく話してて。あいつ、すごく好奇心旺盛でさ。空が青い理由から始まって、虹のでき方とか光のクッセツの話とか、四季の変化からワクセイキドウの話になって……あとなに話したかな。とにかくそんなことをぜんぶ説明してたらいつの間にか夜が明けちゃってね。起きてきたほかの神官たちまで寄ってたかってオレに話をせがむ訳。やってられないから逃げてきたんだ。……祈りの巫女、悪いんだけどしばらくオレのことかくまってくれ。ベッドを貸してくれとは言わない。ここでも、どこか他の部屋の隅でもかまわないから」
……聞きながら、あたしは大きな溜息をついていた。
295
「困ったわね。ベッドを貸してあげたいけど、ここは巫女宿舎だから基本的に男子禁制なのよ。奥の部屋にあたしの弟がいるけど、非常時でしかも怪我をしてるから特別に置いてもらってるだけだし」
あたしの弟と聞いてシュウはちょっと不思議そうな顔をしたけれど、1人で納得したらしくて何度かうなずいた。
「たぶん今横になったらしばらく起きられそうにないからここでいいよ。午前中の会議にはオレも呼び出されてるしね。それが終わる頃になれば、さすがに他の神官たちも忙しくてオレどころじゃなくなるだろうからさ。神官宿舎でベッドを借りるよ」
「それでいいならかまわないけど。……あたしも訊くかもしれないわよ、空が青い理由」
「……頼む、それだけは勘弁して」
シュウが脱力してパタンとテーブルに突っ伏す。その仕草と口調に笑いを誘われて、あたしが声を上げて笑い出すと、シュウもつられて笑った。……なんか、シュウってすごくいいよ。あたしは同じ年齢の男の人と親しく話す機会なんてなかったから、こんな雰囲気を知らないんだ。もしもあたしのシュウが生きていたらこんな感じだったのかもしれない。自然に話して、穏やかに笑いあって、まるで空気のようになんの意識もなく傍にいて ――
「 ―― 祈りの巫女、君は昨日もそんな目でオレを見ていたね。いったい何を考えてるの?」
不意に声をかけられて見ると、シュウは穏やかでいて、でもまっすぐな視線であたしを見つめていた。
「なんだろう、なにかを懐かしんでる感じがする。……もしかして、オレのそっくりさんもこの村にいるの?」
「うん。……いた、って言った方がいいかもしれないわ。あたしの幼馴染のシュウは、5歳のときに死んでるの。あなたを見ているとシュウのことを思い出すんだ。もしも生きていたら、って。……ごめんなさい。あなたはあたしのシュウじゃないのに」
「謝らなくていいよ。オレはかまわないから。……そうか、辛いことを思い出させてたんだな。オレの方こそ謝らないと」
「ううん、シュウのことを思い出すのは辛くないの。まったく辛くないといえば嘘だけど、むしろ今ここにあなたがいて、あたしにシュウを思い出させてくれるのは嬉しい。永遠になれなかったはずの大人になったシュウと語り合ってるような気がするから」
話しながら、あたしは胸に重苦しい小さな塊があるのを感じていたけれど、なぜかそれを心の中から追い出したいとは思わなかった。
296
胸を突き刺す小さな痛み。それはきっとあたしがシュウを死なせてしまった後悔の痛みなんだと思う。小さくはなってくれるけど、消えてくれることはない。時々それは大きくなって、あたしの心を沈めてしまうの。
でも今は、シュウと話している喜びの方が大きかった。シュウはすごく自然な感じであたしに接してくれるから、あたしもぜんぜん緊張しないでいられるんだ。こんな人は初めてだった。逆にあたしは今まで誰といても多少の緊張をしていたんだってことに気づいたの。
シュウに惹かれていた。あたしにはリョウがいて、リョウのことが1番大好きなのは変わってなかったけど、シュウにも惹かれている自分に気づいていた。ずっとこんな風に話していられたらいいって思ったの。もちろんシュウにだって探求の巫女がいるんだもん。あたしは彼女からシュウを取り上げるつもりなんてぜんぜんなかった。
カーヤはあたしがシュウと話し始めてからずっと席を外してたんだけど、いよいよ朝食の支度をする時間になったから、台所に戻ってきていた。なし崩しにシュウもここで朝食を食べることになりそうだから、カーヤは5人分もの朝食を作らなければならないんだ。そんなこんなで宿舎の中が騒がしくなったからだろう、探求の巫女が目覚めて部屋のドアから顔だけ覗かせたの。気づいてあたしが席を立つと、カーヤが近づいてきてあたしに耳打ちしたんだ。
「ユーナ、お願いだから1人にしないでよ」
「大丈夫よ。それにあたし、昨日探求の巫女に着替えを貸す約束をしたの。……あたしはどっちでもいいけど」
「……判ったわ。あたしが行く」
そう言ってカーヤが着替えを取りにあたしの部屋へ行ったから、あたしも食卓に戻る。いぶかしそうに見つめるシュウに言ったの。
「カーヤね、シュウのことが怖いみたい。2人っきりになりたくないんだって」
「なんで? 傷つくなぁ。オレそんな怖そうに見える?」
「見えないわよ。でも、この村にはあまり他所の人は来ないし、来ても巫女宿舎まで踏み入ることはまずないから、みんな慣れてないの。カーヤも慣れてくれば親しく話してくれるわ。だから悪く思わないでね」
シュウはちょっとすねたようにぶつぶつ言ってたけど、やがて着替え終わった探求の巫女が部屋から出てくると、途端に表情を変えた。
297
カーヤに付き添われて部屋を出てきた探求の巫女は、着慣れない巫女の服を着たせいか少しぎこちない動作で歩いてきた。もちろんサイズはぴったりで、シュウを見つけると少し照れたように微笑んだの。まるで自分がそこにいるみたいであたしもドキドキしてきちゃったけど、シュウの方が傑作だった。口をぽかんと開けたまま探求の巫女に見惚れてたんだ。
「おはようシュウ、祈りの巫女。……服を貸してくれてありがとう。でもなんかちょっと変な感じ」
「よく似合ってるわよ。……って、あたしが言うのも変ね。でも昨日の服よりもずっといいわ。巫女らしくて」
「大丈夫かな。みんなちゃんと見分けてくれる? 祈りの巫女と間違えられたりしないかな」
「そうね。間違える人もいるかもしれないけど、そのときは言ってくれればいいわ。祈りの巫女は髪飾りをつけてるから、って」
食卓の椅子に座った探求の巫女は、意見を求めてシュウを見つめたの。それでようやく茫然自失状態から回復したみたい。シュウはちょっと顔を赤くして言ったんだ。
「女が着るもので変わるってのはほんとだな。……おまえに「マゴにも衣装」って言葉を贈ってやろう」
シュウの言い回しがあたしには判らなかったけど、少なくともほめ言葉じゃなかったみたい。探求の巫女はちょっと口を尖らせた。
「シュウって素直じゃなさすぎ。っていうか独創性ゼロ。それじゃ内心の動揺がバレバレだよ」
「動揺するなって方が無理。……オレはおまえにはジーパン履いててもらった方が助かるんだ」
「なにそれ。シュウも祈りの巫女とあたしの区別がつかないの? 恋人なのに」
「無茶言うな。おまえ、自分と祈りの巫女がどれだけ似てるか判らないのか? しゃべってくれれば判るけど、黙ってられたら誰にも区別なんかつかねえよ」
シュウはテーブルに肘をついて横を向いてしまったけど、その横顔に「惚れ直した」って書いてあるのが判って、あたし思わず吹き出しちゃったの。でも探求の巫女には判らないみたい。……あたし、いつもカーヤに鈍いって言われるけど、もしかしたらあたしもこんな感じなのかな。きっと探求の巫女も自分のことだから判らないんだ。だってあたしには、シュウが言う「助かる」って意味が、区別がつかないからってだけじゃないのが判る気がするんだもん。
298
カーヤはあたしたちの食事を手早く作り上げるとテーブルに並べて、自分はオミの食事を持って奥へ行ってしまったの。なんだかカーヤはほんとに戸惑ってるみたい。もしかしたら、シュウに「カヤコと似ている」って言われたことで更に警戒しちゃったのかもしれない。
2人ともカーヤの料理は気に入ったみたいで、実際に「おいしい」って口に出しながら笑顔で頬張っていた。それで少しの間会話が途切れてたんだけど、やがてお腹が少し落ち着いたのかシュウが言ったの。
「祈りの巫女、君はどうしてオレたちに根掘り葉掘り訊かないんだ? ……最初は旅人に慣れてるからなのかとも思ったけど、彼女の様子を見ればそうじゃないのは判る。普通だったらもっといろいろ訊くんじゃないのかな。たとえば、オレたちがどうしてあの神殿に現われたのか、とか。なんの目的で旅をしているのか、とか」
あたしは心の中でかなり動揺してたんだけど、できるだけ表情に出さないように笑顔で答えた。
「それを訊くのはあたしの役目じゃないもの。たぶん食後の会議で守護の巫女が訊ねることになると思うわ。シュウだって何度も同じ説明をするのは嫌でしょう?」
「それはそうだけどね。でも君はいろいろなことに深く関わっているようだし、オレたちが知らないことも知っていそうな気がするんだ。……本当に、オレたちを呼んだのは君じゃないのか?」
「あたしは誰も呼んだりしてないわ。本当よ。もちろん2人のことだって興味がない訳じゃないの。でも、難しい話をするより、まずは2人と友達になりたかったのよ。その方がいろいろ話しやすくなるでしょう?」
「……まあ、確かにそれも一理あるかな」
シュウはそれでごまかされてくれたみたいで、あたしがほっとしかけたとき、不意に宿舎の扉がノックされたの。カーヤがいなかったからあたしが返事をして扉を開けると、そこにはタキとうしろにリョウが立っていた。
「おはよう、祈りの巫女。……あ、ここにいたのかシュウ! トイレに行くって出ていったきり帰ってこないと思ったら ―― 」
「トツカ!」
まるでタキの言葉をさえぎるように立ち上がってそう叫んだシュウの視線の先には、こちらも少し驚いた表情のリョウがいたんだ。
299
「トツカサン! 無事だったの?」
「トツカ、おまえこんなところにいたのか?」
そう言いながらシュウはテーブルを回ってリョウに近づいていく。少し遅れて探求の巫女も席を立っていた。タキは驚いたようにリョウのことを振り返ってる。リョウも驚いてはいたけれど、声を出すことはしなかった。
「心配してたんだぞ。あのままヤケンの群れに殺されちまったんじゃないかと思って」
―― ヤケンの群れ……?
2人の様子は、カーヤを目にしたときとは明らかに違っていた。あたしも驚いてはいたけれど、冷静になるように自分に言い聞かせて、つとめてのんびりした口調になるように口を挟んだの。
「どうしたの? 2人とも。……もしかして、リョウにそっくりな人を知ってるの?」
その場にいた全員があたしに振り返った。あたしは笑顔を浮かべて、ゆっくりとした動作でテーブルから立ち上がっていた。
「リョウ……?」
「ええ、探求の巫女。紹介するわ。あたしの婚約者で狩人のリョウよ。……リョウ、この人たちは昨日の夜遅く村に到着した旅人なの。彼がシュウで、彼女が探求の巫女のユーナ。あたしにそっくりで驚いたでしょう?」
リョウの視線は探求の巫女に釘付けだった。あたしがリョウに近づいて、ちょっと腕を絡ませるようにすると、我に帰ったのかリョウがあたしを見た。かなり動揺しているのが判る。
「……トツカだろ? なんで黙ってんだよ。まさかオレの顔を忘れた訳じゃねえよな」
「シュウ、彼はトツカって人じゃないわ。だってあたしはずっと一緒にすごしてきたんだもの。リョウとそっくりな人と間違えてるのね」
「まさか! こいつは間違いなくトツカだ! あのときオレたちをヤケンの群れから庇って逃がしてくれた ―― 」
「あたしは小さな頃から一緒にいたのよ。14歳のときに気持ちを確かめ合って、あたしの15歳の誕生日に婚約したの。リョウは生まれた時からずっとこの村で育ったんだもん。シュウが知ってるトツカという人ではないわ」
300
あたしが笑顔を崩さずに断言したことで、シュウは少し自信がなくなってしまったみたいだった。リョウは動揺したまま黙り込んでる。タキは不審そうな視線をあたしに向けてきたけど、あたしは黙殺していたの。そんな奇妙な沈黙を破ったのは探求の巫女だった。
「……シュウ、トツカサンがリョウチャンだって、知ってたの……?」
探求の巫女の声を聞いて、シュウは明らかにぎくりとしたように背筋を緊張させた。
「いつから知ってたの? どうしてあたしに黙ってたの? あたしが小さい頃にリョウチャンと仲がよかったこと知ってたはずじゃない!」
「あ、だからそれは、トツカの奴に頼まれて……」
「リョウチャンに会いたかったんだから! トツカサンがリョウチャンだって知ってたらもっといろいろ話ができたよ ―― 」
そう、探求の巫女とシュウとがあたしの判らない理由で言い合いを始めてしまったそのとき、不意にリョウがあたしの手を引いて宿舎から連れ出してしまったの。タキは中の2人に気を取られてあたしたちには気づかなかったみたい。リョウは宿舎の裏手まであたしを連れてきて、やっと手を離してくれた。
「どういうことだ。あの2人は」
「昨日の夜とつぜん神殿に現われたのよ。経緯は神官か巫女なら知ってるはずだけど、リョウはうわさを聞かなかった?」
「村では誰もなにも言ってなかった。昨日はランドの家に泊めてもらったんだ。タキも話してくれなかったし」
「きっと驚かせたかったのね。タキらしいわ。……ねえ、リョウ。まさかあの2人のこと、知らないよね」
「……いや。覚えがない」
あたしが恐る恐る訊いた言葉に、リョウはちょっとだけ沈黙したあと答えたの。あたしはその答えに心からほっとしていた。
「リョウも会議には呼ばれてるんでしょう? あの2人も出席することになってるの。たぶん詳しいことはそこで話してくれるわ」
「……」
「お願いリョウ、あたしと探求の巫女を間違えないでね。あたしはリョウからもらった髪飾りをいつも身につけてるから」
リョウは何を考えているのか判らない表情をして、あたしの髪飾りをじっと見つめた。
―― 以下、後半2へ続く ――
扉へ 前へ 次へ