真・祈りの巫女
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リョウと別れて1人で宿舎に戻ると、探求の巫女とシュウは言い合いを終えていたようで、食卓に重苦しい空気が漂っていた。タキも食卓の空いた席に座ってる。あたしの顔を見るとまるで救い主が現われたかのように声をかけてきたの。
「あれ? 祈りの巫女、リョウは?」
「会議まではまだ時間がありそうだから、1度家に帰るって言ってたわ。ほら、昨日の夜から狩りの道具を持ったままだったから」
カーヤがいなかったから、あたしはタキにお茶を出して、途中だった食事を再開する。探求の巫女とシュウは互いに目を合わせないように下を向いたまま残りの朝食をかき込んでいたの。ちょっとしか聞かなかったから判らないけど、シュウが秘密にしていたことが探求の巫女にバレちゃったみたいね。仲裁するつもりじゃなく、あたしはシュウに声をかけていた。
「どうかしたの? なんだかリョウのことで喧嘩になってたみたいだけど」
「ちょっとね。……祈りの巫女、彼は本当にこの村で生まれ育ったの?」
「そうよ。あたしが小さい頃からずっとこの村にいたわ。だからシュウが知ってる人とは別人よ。あたしが証明する」
タキの何か言いたそうな視線を頬に感じていたけれど、あたしは無視した。
「シュウはどうしてそんなにリョウにこだわるの? 昨日カーヤを見たときとずいぶん違うけど」
「……トツカはオレたちと同じなんだ。つまり、オレたちもトツカも、理由の判らない旅をずっと続けてた。一緒に旅してた訳じゃないんだけどね、どきどきすれ違って……。数日前にオレたちがヤケンの群れに襲われてたとき、トツカはオレたちを助けてくれたんだ。それきり会ってなかったから心配してた。……ここに来ててもぜんぜんおかしくないんだよ。もしも本人だったら一言お礼が言いたくてね」
シュウはすごく言いづらそうで、できるだけ言葉を選びながらしゃべってたみたい。シュウが言うヤケンという動物 ―― たぶん動物だろう ―― のことはあたしには判らなかったけれど、それがどんな姿をしているのかは想像できる気がしたの。
「シュウは見捨てたんだよ、トツカサンのこと。……あたしたちを助けてくれたのに。トツカサンがリョウチャンだって知ってたのに!」
「あの時はそうするしかなかったって、おまえも納得したじゃないか! オレたちにいったい何ができたって言うんだよ!」
探求の巫女の言葉にシュウが反論したそのとき、とつぜんパチンと音がして、探求の巫女がシュウの頬を平手で叩いていた。
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シュウの頬を叩いた瞬間、探求の巫女はまるで自分が叩かれたかのような表情をした。唇を歪めて涙を浮かべた探求の巫女は、テーブルに身体をぶつけながら宿舎を出て行ってしまったの。あたしはシュウの名前を鋭く呼んだけど、シュウも驚いてしまってとっさに動けなかった。……だめだよ。外に出たら万が一にもリョウと会っちゃうかもしれないもん。だけど今シュウとタキを2人だけにはできない!
「タキお願い、探求の巫女を追いかけて! 昨日の雨で地盤が緩んでるわ。もしも万が一のことがあったら ―― 」
「……判った。連れ戻してくるよ」
「いいわ。見つけたら直接長老宿舎に連れて行って!」
タキが判ったという風に手を振りながら扉を駆け出していったから、あたしはほっとしてシュウを振り返った。……なんだかすごく打ちのめされた顔をしていたの。もしかしたら、シュウが探求の巫女に叩かれるのはこれが初めてだったのかもしれない。
「ごめんなさい。……今度こそあたしのせいね」
「……いや、原因を作ったのはオレだよ。祈りの巫女は悪くない」
シュウはあたしを気遣ったのか、顔を上げて微笑みかけてくれる。でも心の中が探求の巫女のことで一杯なのは判った。
「よかったら話してみて。……そのトツカという人はシュウと同じで、探求の巫女とは12年くらい会ってなかったの?」
「いや、同じじゃないんだ。オレは子供の頃のトツカのことはほとんど覚えてなくてね。ユーナによればそいつはユーナよりも先に引っ越したらしいから」
「覚えてないの? だって近所に住んでたんでしょう? 4歳くらいの記憶だったらふつう残ってるわよね」
「まあね、近所は近所なんだけど、トツカはオレより3歳か4歳くらい年上だからね。その頃にはガッコウに通ってたはずだし、それだけ年が離れてれば一緒に遊んだりはしないよ。ほかにも遊び相手はたくさんいたしさ。ユーナがトツカを覚えてるのはたぶん、ユーナの父親とトツカの父親が仕事仲間だったからだ。……トツカってさ、ユーナの初恋の相手なんだよ。ユーナと再会したその日にそう言われた」
そう言って、シュウは大きな溜息をついてテーブルに突っ伏してしまう。……奇妙な類似性を感じる。あたしにとって死んだシュウはきっと初恋の相手だった。探求の巫女にとってそれはリョウで、今は互いに交換したようにもう1人の人と恋人になってるんだから。
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シュウは3人の間にあった出来事をポツリポツリと話してくれた。そもそもシュウと探求の巫女とが再会したのは旅を始めた直後で、今から1ヶ月くらい前。すぐにお互いが幼馴染だということが判ったから一緒に旅をすることにしたんだって。その旅の途中で時々トツカとすれ違った。シュウは1人でトツカに会いに行って、そのときにトツカが探求の巫女の幼馴染だったことを知ったんだ。シュウはトツカを一緒に旅をしようと誘ったんだけど、トツカはそれを断って、更に探求の巫女に自分のことは話さないで欲しいとシュウに頼んだの。
だから探求の巫女はトツカが幼馴染のリョウだってことを知らないで、やがてシュウと探求の巫女は恋人同士になった。……シュウはもしかしたら、探求の巫女にトツカのことを話したくなかったのかもしれない。トツカにそう頼まれたからだけじゃなくて。探求の巫女もそれを感じたからシュウのことをあんなに怒ったんだ。
「 ―― ユーナはいつもはあんな過激な怒り方はしない人なんだ。……オレ、完全に嫌われたかも」
「そんなことないわ。誤解やすれ違いなんてよくあることだもん。じっくり話し合えば探求の巫女も判ってくれるよ」
「だけどさ、黙ってるようにトツカに頼まれたことはオレしか知らないことだから、ここにトツカがいない以上ユーナに証明するなんてできないんだ。だいたいオレにだってトツカがそう言った本当の理由なんか判らないし。……もしもユーナがオレの話を信じてくれたとしても、それならトツカがユーナと会いたくなかったってことだろ? 余計にユーナを落ち込ませちまうよ」
シュウの中にはいろんな感情があるんだ。トツカを邪魔に思ってたのも本当だし、トツカに助けられたことを感謝していて、心配していたのも本当。探求の巫女とトツカを会わせたくないと思っていたけど、それで探求の巫女が落ち込んじゃうのも嫌なんだ。そして、そんな自分の感情をぜんぶ素直に見せてくれる。……探求の巫女、あたしを羨ましがることなんかないよ。だってあなたはこんなにシュウに愛されてるんだもん。
―― リョウを守らなくちゃ。だってあたしにはリョウしかいない。あたしは、リョウを探求の巫女に奪われたくなんかない。
そのためには早くこの2人に仲直りしてもらわないといけないよ。……だってリョウは ――
「……そろそろ会議に出かける時間になると思うわ。あたしカーヤに断ってくる」
そう言ってシュウを残してオミの部屋へ行くと、オミと小声で話していたカーヤはちょっとばつが悪そうに目をそらした。
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シュウと連れ立って守りの長老宿舎へ行くと、中には守りの長老と守護の巫女、そして既にタキと探求の巫女が来ていた。
「おはよう守護の巫女、守りの長老」
「おはよう、祈りの巫女。……ねえ、どうしてパートナーを交換してきたりするの? 私さっきあなたと探求の巫女を間違えちゃったわよ。悪ふざけのつもり?」
「あ、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの。ちょっとした経緯があって……」
「嘘よ。ちょっと言ってみただけ。その経緯についてはタキに聞いたわ。祈りの巫女はいつもの席について、シュウは探求の巫女の隣に」
あたしはいつもの席、守護の巫女とタキとの間に座った。シュウはちょっとためらいながら探求の巫女が座った席まで歩いていく。そこは守護の巫女と守りの長老の対面で、1番離れているから小声で話すとこちらにはまったく声が聞こえなくなるんだ。探求の巫女は下を向いてシュウの視線を避けていたけど、シュウが誤解を解こうと必死で話しかけているのは様子で判った。
「タキ、探求の巫女を連れてきてくれてありがとう。変な役を押し付けちゃってごめんなさいね」
「いや。オレが話しかけた頃にはずいぶん落ち着いてたから楽だったよ。……神殿の石段に座ってたんだ、彼女。もしかしたらシュウに追いかけてきて欲しかったのかもしれないね」
だとしたらまた少しへそを曲げちゃったかな。あたしでも、リョウと喧嘩したときにはやっぱりリョウに追いかけてきて欲しいもん。
それから続々と巫女や神官たちが集まり始めたから、あたしとタキの会話もそれきりになっていた。リョウがやってきたのはほとんど最後の方で、探求の巫女から空席を1つはさんだ斜め前に座ったの。声をかけたあたしには手を上げて答えてくれたけど、探求の巫女のことは無視しているようで、そちらをちらりとも見ようとはしなかった。
探求の巫女はじっとリョウの横顔を見つめている。……やだ、やめてよ。リョウはあたしの婚約者なんだよ。あたしのリョウをそんな目で見ないでよ。
「みんな揃ったようね。それじゃ、会議を始めるわ。まず初めに紹介しておくわね。私の正面にいるのが探求の巫女のユーナとシュウ。シュウは探求の巫女の左の騎士と名乗っているわ」
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守護の巫女の開始の言葉でやや緊張した空気が、シュウが左の騎士と名乗っていると言われたことでまた少しざわめき始めた。みんな、探求の巫女の名前は昨日聞いていたけど、左の騎士の話は今が初めてだったから。
「静かにして。今日は議題が多いから手早く進めたいわ。昨日は遅かったからまだ2人ともこの村についてなにも知らないでしょう? まずはそれをこの2人に簡単に説明するわね」
そう言って、守護の巫女は探求の巫女とシュウに、この村の神殿の制度について説明した。そのあと名前のついた巫女の紹介と、その役割についての説明があって、あたしも名前を呼ばれて2人に挨拶する。この巫女と神官だけの会議になぜ狩人のリョウがいるのかについての説明はなかった。でも、2人がそれについて疑問を持つことはなかったみたいで、あたしは心の中でほっとしていたの。
シュウが守護の巫女にいくつかの質問をして、守護の巫女がそれに答えたあと、今度は2人が自分たちの説明をする番になった。
「ユーナはこういう席での会話に向いていないから、代わりにオレがぜんぶ話させてもらう。それでかまわないか?」
シュウの話はそんな風に始まっていた。守護の巫女が了承すると、シュウは話を続けた。
「オレたちは別の世界から来たんだ。たぶんそれを1から説明しても理解するのにかなり時間がかかると思うから、ここからずっと西へ向かって、海を越えて更に向こうにある島国から来たとでも思っててくれればいい。その国はこの村や周辺の国よりも文明が進んでるんだ。オレとユーナはその国に住んでいる平凡なガクセイだった。……ガクセイは判らないんだっけ?」
「留学生のようなもの? ごくまれにだけどこの村にも来ることがあるわ。ここ100年くらいはきていないけど」
「留学生が判るなら話は早いな。それとほとんど同じだけど、オレとユーナは自分の町にいて、それぞれのガッコウで勉強をして過ごしていたんだ。そのガッコウが1ヶ月前に夏の長い休みの期間に入ったんだけど、それと前後してオレとユーナには不思議な出来事が起こった。……オレたちの周りにいる人たちの記憶がおかしくなったんだ」
意味が判らなかった。言葉を切ったシュウに、あたしたちは話の先を急かすような視線を向けた。
「オレの両親は、オレが夏休みに長期の旅をすると話したと言う。ユーナはガッコウの友達に旅のことを話していたらしい。だけどオレにもユーナにもそんな記憶はまったくなかったんだ。……まるでオレたちの知らないところでもう1人の自分が行動していたみたいに」
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自分にまったく覚えがないことを話す周りの人たち。もしもそれが1人なら、単なる勘違いで済んだだろう。だけど、まわり中の人たちがまったく同じことを言ってたのだとしたら……。怖いだろう。まるで、自分の方がおかしくなってしまったみたいに思えて。
「オレとユーナはそのときまだ別々の町にいて、お互いのことを知らなかった。だけど思ったことは同じだったんだ。この不可解な現象が起こった原因を探す旅に出よう、って。そこでオレたちはエキ ―― 旅人が多く集まる場所へ行って、偶然出会って、自分たちが12年前に同じ町で過ごしていた幼馴染だったことを知ったんだ。オレたちはお互いのことを話し合って、2人で旅をすることに決めた。
不思議な現象は旅を続けている間もずっと続いていた。あてもなくさまよっていると、誰かが進む道を教えてくれる。そして、教えてくれた誰かは近いうちに必ず非業の死を遂げる。最初はそのことが判らなくて何人もの人間を死なせちまったんだ。だけど戻ることは許されない。 ―― 旅を続けるうちに何人かの人間と出会った。その人間 ―― 仮に伝承者と呼ぼうか ―― は、オレたちに同じ話を聞かせるために存在するのだと言っていた。何100年も前からその時を待っていて、先祖代々その話を受け継いできたんだ、って」
話している間に、シュウの顔がどんどん苦痛に歪んでいった。きっと犠牲になった人たちのことを思い出して、自分たちに理不尽な運命を与えた誰かに対する怒りが満ちてきているんだ。シュウも探求の巫女も、ここへ来るまでは平坦じゃなかった。のんきに2人旅を楽しんでた訳じゃないんだ。
リョウを見ると、目を閉じて腕を組んだままシュウの話を聞いていて、表情を推し量ることはできなかった。
「オレたちは伝承者たちに切れ切れの情報を与えられた。探求の巫女は自らの行く道を追い求める巫女で、左右の力を統べる。左の騎士は探求の巫女を守る頭の騎士で、左の力のみを継承する。オレたちは伝承者たちに力を分け与えられたんだ。だけど、何のためにその力が必要なのか、そもそもオレたちがどうして旅をしなければならないのかは伝承者たちも判らなかった。
やがてオレたちは、最後に出会った伝承者リオナに導かれて、次元の門をくぐった。で、出てきたところがこの村の神殿だったんだ」
シュウはそこで息をついた。シュウの話には情報量があまりに多すぎて、誰も一言も話すことができなくなっていたの。これでもシュウはいろいろなところを省略しているのだろう。トツカと出会ったこともその1つなんだ。
先に聞き出しておいてよかった。もしもあたしが聞いていなかったら、シュウはきっとここでトツカのことを話し出しただろうから。
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シュウは少し話を省略しすぎたようで、自分で自分の話を補足することができなかったみたい。やがて大筋を理解した守護の巫女がシュウに質問を浴びせた。
「それでは、2人とも知りたいと思ってたことはまだ判っていないのね。どうして自分が旅をすることになったのか、自分たちを導いたのがいったい誰だったのか」
「ああ、判ってない。……ただ、ここに辿り着いて思ったことはあるんだ。ここにはユーナにそっくりな祈りの巫女がいる。オレが知ってる人間のそっくりさんもいるし、どうやらオレにそっくりな奴もいたらしい。つまり、オレたちは少なくともこの村に関係があるってことだ。それとこの村が現在なにかに襲われているって言葉を合わせると、オレたちが授かった力はその何かを撃退するために必要だったのかもしれない」
「つまり、私たちの村があなたたちの目的地だったと、そういうこと?」
「そうだ。それとさっき説明してくれた祈りの巫女の役割の話をあわせて、もっと進んだ仮説も立てられるよ。……オレたちは、祈りの巫女の祈りに導かれた。祈りの巫女の祈りがオレたちに怪現象を体験させた力の、少なくとも1つにあたるんじゃないか、って」
そのシュウの言葉を聞いて、今まで静まり返っていた人々がざわめき始めた。……そうだ、探求の巫女があの時言ったの。自分たちを呼んだのはあたしじゃないのか、って。
あたしはずっと祈り続けていた。村を救って欲しい、って。神様はあたしの願いをかなえるために、探求の巫女たちを導いたの……?
「少なくとも1つ、というのはどういう意味? あなたたちを導いた力は1つじゃなかったの?」
「導いた力は1つかもしれないけどね、オレたちはこの現象に、少なくとも2つ以上の力が加わってることを感じてたんだ。 ―― オレたちに進む道を教えてくれたのは、その多くは無関係の人間で、教えたあとに殺されてる。道を教えるだけなら殺される理由はないだろう。それと、たまにオレたちを邪魔するような力が働いたこともあるんだ。街中で狂ったヤケンの群れが襲ってくるなんて普通ならありえない」
「だけどおかしいわ。私たちの村を災厄が襲うようになってからまだ10日も経ってないのよ。もしも祈りの巫女の祈りが原因なら、どうして1ヶ月も前に探求の巫女を導くことができたの? それに ―― 」
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―― 祈りは、この世にあるすべてのものを超える。
それは以前、守りの長老が言っていた言葉だった。あたしはその言葉を思い出していたの。おそらく守護の巫女が途中で言葉を切ったのも、彼女が同じことを思い出したからなんだ。
あたしの祈りは時を超えていたのかもしれない。その考えに思い至って、あたしは愕然とした。1ヶ月どころの話じゃないんだ。だって、探求の巫女たちにいろいろ教えてくれた伝承者たちは、何100年も前から何代にも渡ってその話を言い伝えてきたんだから。
探求の巫女、あなたはいったいどこから来たの? ……きっと西の海の向こうの島なんかじゃない。もっと遠くの、恐ろしいくらい遠くのどこかからやってきたんだ。シュウが言う別の世界って、きっと別の大陸や別の国という意味じゃない。
探求の巫女、そしてシュウ、あなたたちはもしかして、未来からやってきたの……?
「 ―― いいわ。私には理解できそうにないから」
守護の巫女がそう言って話を終わらせた気持ちは、あたしにはよく判った。周りにいた神官たちには判らなかったみたいで、また新たなざわめきが生まれていたけれど。
「要するに、あなたたち2人は、自分たちが体験した不思議な出来事の原因が知りたくてこの村に来たということね」
シュウは守護の巫女の微妙に変化した声色にいくぶん警戒したみたいだった。
「それとあと、これ以上同じことが起こらないように結果を出しにきた、ってところかな」
「残念だけど、今の私たちにはその答えを教えてあげることはできないわ。本当に祈りの巫女の祈りが原因なのかどうか、それは私たちには判らない。おそらく当の祈りの巫女にも判らないことでしょう」
守護の巫女に視線を向けられたあたしは、1つうなずくことで答えた。
「現実的な話をさせてもらうわね。今、私たちの村ではほかの土地の人たちの受け入れを一切拒否しているの。それはその人たちを守るためでもあるし、村を守るためでもあるわ。だから、よそ者であるあなたたちは、本当ならすぐにでもこの村を出てもらわなければならないの。これは有事が起こったときの村の決まりだから、たとえ探求の巫女と名乗っていたとしても従ってもらわなければならないわ」
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その守護の巫女の言葉に驚いたのは、シュウや探求の巫女だけじゃなかった。あたしを含めた巫女や神官たちがみんな驚いていたの。だって、今までのシュウの話を聞けば、シュウと探求の巫女があたしたちの村の味方になってくれそうなのは間違いなかったんだもん。
でも確かに守護の巫女が言うことも間違ってなかった。あたしは関わってなかったから詳しく知らないけど、影が襲ってきた最初の日に村にいたほかの土地の人たちは、それが判った時点ですべて村から避難してもらってたはずだから。
シュウは驚いてはいたけど、やがて何かに気づいたのか、冷静な口調で答えていた。
「オレもユーナも今この村を追い出されるのは困る。オレたちが祈りの巫女に呼び出されたのなら、彼女の願いをかなえない限りこの怪異は終わらないだろうからね。だけど、それなら同じようにこの村だって困るはずだ。オレたちが祈りの巫女の祈りに呼び出されたのなら、オレたちを追い出したりしたら悪くすれば村が滅びることになる」
守護の巫女は厳しい表情を崩さずにきいていた。
「あなたは何か抜け道を用意しているはずだ、守護の巫女。村の決まりを破らず、オレたちをこの村に置くことができる抜け道を」
そのとき、守護の巫女はふっと微笑を漏らした。
「面白い言葉を使うのね。それに左の騎士だけあって頭もいい。……確かに、私はあなたが言う抜け道を用意しているわ。でも理由はそれだけじゃないの。私はやっぱり、とつぜん神殿に現われるなんてことをしたあなたたちを本当には信用できないんだもの」
その守護の巫女の言い分が判ったのか、シュウは沈黙で答えた。
「この村の人間はすべて、生まれたときに誕生の予言を受けるわ。さっきも少し説明したけど、村に子供が生まれたとき、神託の巫女がその子供に触れて、その子が持つ運命や宿命を予言するの。その予言を受けることで子供は初めて村人として認められることになる。……探求の巫女、シュウ、あなたたちも同じ予言を受けてもらえないかしら」
「……それはどういうものなんだ?」
「簡単よ。神託の巫女が触れるだけで、痛みも違和感もないわ。あなたたちが本当に探求の巫女で、左の騎士なら、予言にはそれが現われてあなたたちの言い分は証明される。同時に村人として認められるからこの村にいることができる。けして悪い取引ではないと思うけど」
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シュウと探求の巫女は小声で話し合っていた。声を聞くことはできなかったけど、探求の巫女の提案に否定的ではないことだけは雰囲気で判ったの。2人には選択の余地がないからそういうことになったのかもしれない。でも、もしも2人が拒否したとしても、あたしには守護の巫女が2人を村から追い出すとは思えなかった。
やがてシュウは誕生の予言を受けることを承知して、でも順番はシュウの方を先にして欲しいと言って、それだけは譲らなかった。
「 ―― 身体を楽にしていて。少し時間がかかるけど、できるだけ身体を動かさないでいて」
シュウの席の近くに空いた椅子を引いてきて、神託の巫女とシュウは向かい合って座っていた。あたしたちは自分の席から離れないでその様子を見守る。シュウの手を取った神託の巫女は、呼吸を整えながら目を閉じた。
「なんか妖しげなコーレージュツを見てるみたいだな」
「……シュウ、お願いしゃべらないで」
シュウはちょっと照れたように苦笑いを浮かべて、それからはまじめな顔をして目を閉じた神託の巫女の顔を見つめたの。どうやらシュウって緊張すると黙ってるのが苦痛になるタイプみたい。周りのみんなはちょっと不安そうで、でも好奇心もちらっと覗かせていたけど、探求の巫女だけはほかのみんなとは比べ物にならないくらい不安そうな表情でその様子を見守っていた。
やがて神託の巫女は目を開けると、自分に集中している視線に微笑みを返した。
「間違いないわ。彼は左の騎士よ。……本来ならこんなに大勢がいるところで話すことではないけど、本人も知っていることだしかまわないでしょう」
その言葉を聞いて、部屋の中は安堵ともつかない空気に満たされた。
「嘘は言っていなかったようね。……神託の巫女、続けてで悪いけど探求の巫女もお願い」
そうして、シュウが力づけるように探求の巫女の肩を叩いて彼女と席を交代すると、あたりは再び沈黙に包まれる。神託の巫女は探求の巫女の手を取った。でも、ほんのわずかに触れただけですぐに手を離してしまったの。
「まさか……! あなたは探求の巫女なんかじゃないわ! だって ―― 」
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