真・祈りの巫女



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 しばらくドアに背を向けてなんとかドキドキを治めようとして、やっと台所に行って水を飲んで少し落ち着いた頃、寝室のドアを開けてタキが顔を見せた。
「待たせたね、祈りの巫女。もう入って大丈夫だよ」
 必死で笑いをこらえようとしてるらしいタキの表情を見て、あたしは少しだけムッとして、無言でリョウの部屋へと入っていった。リョウと目を合わせるのがちょっと恥ずかしかったのだけど、それでもなんとか気力を振り絞ってリョウを見ると、リョウの方もちょっとばつが悪そうな感じだったの。2人の間になんとも言えない、気恥ずかしいような沈黙が漂った。そんなあたしたちの雰囲気を察して、助け舟を出すように、タキが言った。
「リョウの傷はずいぶんいいよ。この分なら明日からは動いて大丈夫そうだね」
「本当?」
「ああ。もともと鍛えていて体力はあるし、なにしろ若くて健康だし、普通よりもずっと治りが早いよ。オレもこんなに回復の早い人間は初めて見た。もちろん、まだ無理は禁物だけどね」
 あたしはようやく笑顔が出てきて、そのままリョウに向き直った。
「よかったね、リョウ。明日からは自由に動けるわ」
「俺は自由に動いていいのか?」
 リョウが言ったその言葉が神託の巫女の予言を指していることに、あたしはすぐに気づいた。
「ええ。身体が治りさえすれば、どこへ行くのも自由よ。さっき、神託の巫女の予言で以前のリョウと同じ宿命が出てきたから、守護の巫女があなたをリョウ本人だと認めたの。予言の内容について詳しく話すことはできないのだけど」
 リョウは少し驚いたように目を見開いたけど、それについて何かを言うことはなかった。その時声を出したのはミイだった。
「リョウ、よかったわ。……ユーナ、このことをいち早く伝えてあげたい人がいるんだけど、いつ話せばいいかしら?」
 ミイも今回は多少気を遣ってそう言ったのだけど、あたしにはそれがリョウの両親のことだって、すぐに判ったの。


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 ミイへの返事に困ってタキを振り仰ぐと、タキもちょっとだけ考えて言った。
「そうだな、午後からの会議で主要の巫女と神官たちには伝えられるから、夕方には神殿の全員が知ることになるだろうし、早ければ今夜にも村に噂が出るかもしれないな。ミイ、その人に話すのは夕方まで待ってくれるかい?」
 タキも、ミイが言うその人がリョウの身内だって、察したみたいだった。具体的なことを聞いて、ミイ自身もずいぶんほっとしたみたい。たぶんミイって、秘密を持っているのが辛くてしかたがない人なんだ。もちろん黙っていなければならないことをうかつに人にしゃべったりはしないから、そのへんはすごく信頼できる人なんだけど。
 ミイは、替えた包帯とお湯を張った桶を持ち上げながら言った。
「判ったわ。それじゃ、夕方までにぜんぶお仕事を片付けなきゃいけないわね。ユーナ、いつ神殿に戻るの?」
「午後に会議があるから、お昼まではいられるわ。食事の支度も手伝えるわよ」
「それじゃ、それまではリョウのことをお願いね。お洗濯してきちゃうから」
「あ、オレもいったん神殿に戻るよ。会議の前にはまた迎えにくるから」
 ミイが出て行きかけたそのとき、タキもそう言って、2人連れ立って寝室を出て行ってしまったの。そのうしろ姿を見送ったあたしは、必然的にリョウと2人きりになってしまったことに気づくこととなった。……もしかして、タキもミイも、あたしに気を遣ってくれようとしたのかな。どちらかというと逃げ出したような気もするんだけど。
 さっきのことがあったから、あたしも逃げ出したかったけど、でも勇気を出してリョウを振り返ったの。もちろんリョウは逃げることなんかできなかったから、少し恥ずかしそうにあたしを見上げていた。
「……さっきは悪かったな。変なところを見せて」
 リョウがそう言ってくれて、あたしはずいぶん気が楽になった。枕もとの椅子に腰掛けながら答えたの。
「ううん、あたしが早とちりして勝手にドアを開けちゃったんだもん。リョウが悪いんじゃないわ」
 リョウもいくぶん気が楽になったようで、大きく息をつきながら視線を外した。


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「さっきのこと、もう少し詳しく聞かせてくれないか? 俺の予言で以前と同じ宿命が出たって」
「……ごめんなさい。さっきも言ったように、予言の内容を詳しく話すことはできないの。でも、リョウが本人なのは間違いないわ。記憶がなくてもそれを確かめることができたから、リョウは村の一員として認められたの。もう、リョウがどこへ行くのも自由だし、村の決まりを守りさえすれば、行動を制限されることもない。……もし、リョウが希望するなら、この村を出て行くのも自由よ」
 あたし、リョウにこのことを告げるのは、ほんとはもっと時間が経ってからにしたかった。でも、言いたくないと思っているからこそ、思わず口にしてしまったの。自分でも不思議だった。
「そうか。……それじゃ、俺は一生この村にいることもできるんだ」
「ええ、もちろんよ! だって、リョウはこの村で生まれて、この村で育ったんだもん!」
 リョウの返事が嬉しくてあたし、思わず力をこめてそう言っちゃったの。そうしたら、リョウはふっと、視線をあたしに戻した。
「ここにいる人間は、みんな正直だな。おまえも、ミイも、タキや守護の巫女や神託の巫女も。……さっきミイに少し聞いた。この村は今影に襲撃されてて、俺はそのために死んだんだ、って。そのあたりの経緯を、俺に詳しく話してくれないか?」
 リョウに請われて、あたしは少しためらいながらも、今までのことを詳しく話し始めたの。
 運命の巫女の漠然とした予言から始まって、あくる日の明け方に突然の影の襲撃でマイラたちが死んだこと。その日の真夜中の襲撃では影の数が増えて、あたしの両親ほか大勢の人が死んだ。翌日の襲撃では、村人は神殿へ避難していたから多くの人たちは救われたけど、影と戦っていた狩人のリョウだけが死んでしまったこと。あたしは絶望のあまり神様に祈りを捧げて、その祈りが通じて、リョウが生き返ったんだってこと。
 リョウはすごく熱心に聞いていて、話しているうちにあたしの中からためらう気持ちが消えていった。影があたしを狙ってきたことも、リョウが生き返ったあとの騒動のことも、ほとんどすべてを話すことができたの。だからずいぶん時間もかかってしまって、話し終わって気がついたときには、台所からミイが食事を作る音が聞こえていたんだ。
 あたしの話を聞き終えたリョウは、頭の中を整理するように、しばらくの間沈黙していた。


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 台所の様子を気にしつつ、それでも辛抱強くリョウを見守っていると、やがてリョウが口を開いたの。
「 ―― だいたい判った。……この現象のすべてじゃないが、少なくとも俺が生き返った理由については判ったと思う」
 あたし、とっさに言葉を返すことができなかった。今の話だけでリョウにはなにが判ったの? それより……リョウはいったいなにを知っているの……?
 このとき、あたしの中に初めて疑いの気持ちが生まれたのかもしれない。すごく漠然としていて、なにがどう違うとはっきり指摘できるほどじゃなかったけど、なんとなく、この人は今までのリョウとは違うかもしれない、って。
「生き返った理由、って? ……どう判ったの?」
「俺が、影をこの村から追い出すために生き返った、ってことだ」
 リョウがそう言った瞬間、あたしの心は恐怖に凍りついた。
 いきなり心臓が動きを早めて、呼吸が止まった。身体全体に震えがきて、目の前のリョウの顔すらうまく見ることができないくらい。頭の中が混乱してもうなにも考えられなかった。心臓の高まりは一瞬で、震えもすぐに去ってくれたけど、その恐怖の感覚だけはいつまでも残ったままだったの。
「どうした?」
 リョウの声。あたしが1番慕わしく思ってたリョウの声すら、今のあたしには恐怖の対象だったの。……あたしの身体に変化をもたらしたのが、リョウのその言葉だって、あたしには判った。あたし、リョウに影と戦って欲しくない。リョウのそんな言葉聞きたくない。もう2度とリョウを失いたくなんてない!
「大丈夫か? 身体の具合が悪いんじゃないのか?」
「……リョウ、お願い、そんなこと言わないで」
 少し身体を起こして、心配そうにリョウが伸ばした腕に、あたしはしがみついた。
「リョウは影と戦うために生き返ったんじゃないの。だからそんなこと言わないで! お願いだから影に近づかないで!」


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 あたしの急激な変化で、リョウもかなり戸惑ったみたいだった。でもあたしの方はそんなことを気にする余裕はなくて、リョウの腕にしがみついたまま、必死で自分を落ち着けようとしていたの。
 やがて、沈黙の時間が過ぎて、少しだけ落ち着いてきた頃、リョウが小さく言った。
「……痛い」
 それが、あたしが腕を掴んでるからなんだって気がつくのに、それほどの時間はかからなかった。
「あ……ごめんなさいリョウ! あたし、リョウは怪我してるのに……」
 あたしがそう言ってようやく手を離すと、リョウは腕を抱えるようにしていたわった。
「嘘だ。痛くはない。俺は人一倍丈夫にできてるらしいからな。ちょっと言ってみただけだ」
 まるで、あたしに手を離してもらうためにそう言ったみたいな言い方だった。そのままリョウは再び横たわって視線を外してしまったから、もしかしたらリョウは本当に痛かったのかもしれないと思ったの。あたしが気にしないように、痛くないふりをしてくれたのかもしれない、って。そういうリョウのちょっとした思い遣りって、あたしは気づくことが少なかったけど、知らないところですごくたくさんもらってたんだ。
 そのとき、遠慮がちにドアが叩かれる音がして、あたしが返事をするとミイが顔を出した。
「お話し中ごめんなさいね。お食事ができたんだけど、運んできてもいい?」
「あたしの方こそごめんなさい、お手伝いもしないで」
 せめてもの罪滅ぼしと思ってリョウの食事を運ぶ手伝いをして、そのあと再びリョウが身体を起こして食事を始めたの。あたしはなにもすることがなくてうしろで見守ってたんだけど、やがてあらかた食事が片付いたところでリョウが言ったんだ。
「ミイ、できるだけ早くランドに会いたい。ここにつれてくることはできるか?」
「ええ、もちろんよ。ランドも喜ぶと思うわ。……たぶん、わざわざ呼ばなくても、今夜仕事が終わったら勝手にくるわね、ランドなら」
 あたしはリョウの言葉にも驚いたのだけど、リョウがこんなに早くミイに馴染んでしまっていることに、少しの嫉妬を感じていた。


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 昼食後、再び迎えにきてくれたタキと一緒に長老宿舎へ行くと、名前のついた巫女と主だった神官たちは既に全員集まっていた。どうやらあたしが到着する前に、リョウについてはあらかた説明があったみたい。あたしが部屋に入った時には意見交換ともいえない雑談が行われていて、みんな困惑した表情であたしを見たんだ。
「祈りの巫女、ご苦労さま。……さ、みんな、静かにして。リョウのことは既に決定事項で、さっき話したことがすべてよ。それ以上のことはリョウが動けるようになってから相談しましょう。議題はまだほかにもあるの。 ―― 運命の巫女、お願い」
 守護の巫女がそう言うと、みんなはあたしになにか言いたそうな表情を残しながらも、運命の巫女に視線を移した。
「このところ毎日定期的に未来を見ていたのだけど、結果があまりはかばかしくなかったのは前にも話した通りよ。でも、昨日の夜あたりからまた新たな情景が見えるようになってきたわ。今日は午前中に2回、神殿に入って、その間に見える未来がかなり変化したの。……おそらく、守護の巫女と神託の巫女がリョウに会って、彼の処遇を決めたことが、未来を決定付けたのだと思うわ」
 あたしも、ほかのみんなも、その運命の巫女の言葉には驚きを隠せなかった。あたしがリョウを生き返らせたこと。それが村の未来を決定付ける重要な要因になってたんだって気づいたから。こんなにはっきりそれが証明されたのは初めてだったんだ。
 運命の巫女は少しだけ言いづらそうに間を置いてから言った。
「次に影が襲ってくるのは3日後の夜、それが通算4回目で、5回目は翌日の夕方、6回目は更に翌日のお昼頃になるわ。……今私に見えているのはそこまでよ。そして、私が見た風景の中に、リョウが影と戦う姿が見えるのよ」
 運命の巫女がそう言った瞬間、あたしはまた突然あの発作に襲われたの。
 胸がドキドキいって苦しくなって、目の前が真っ暗になった。そのあと運命の巫女がしゃべったことなんかもう耳に入らない。ざわざわと訳の判らない騒音があたりを覆っていて、あたし独りだけ恐怖の真ん中に放り出されたみたいだった。今度は発作がおさまるまでずいぶん長い時間が経った気がする。気がついたとき、あたしは胸を抑えて、テーブルに突っ伏す寸前のような格好をしていたの。
 その時、会議の席は再びざわめいていて、あたしの様子に気づいた人はいなかったみたい。あたしは必死で自分の中の恐怖を退けて、周囲の声に耳を傾けようとした。


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 会議の内容はぜんぜん頭に入ってこなかった。声は聞こえていて、なにをしゃべってるのかもだいたい判るのに、あたしの頭が理解することを拒否しているの。それでもなんとか顔を上げていたら、向かいにいた聖櫃の巫女があたしの様子に気づいたみたい。心配そうな表情で声をかけてくれた。
「どうしたの? 祈りの巫女、真っ青よ」
 あたしが答えることすらできずにいると、ほかのみんなもあたしが普段と違うことに気づいてくれたみたいだった。
「大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
「様子がおかしいわね。すぐに宿舎へ帰った方がいいわ。誰か……」
「オレが連れて行くよ」
「いいえ、タキには祈りの巫女の名代として残ってもらいたいわ。ええっと」
「私がついていくわ。今の議題には関係ないし、内容はあとでカイに聞かせてもらうから」
 そうして、あたしは聖櫃の巫女に手を取られて、長老宿舎をあとにしたの。外の空気を吸ったら、あたしの気分はずいぶん回復していた。それで改めて、自分がさっきまでものすごく追い詰められていたことに気がついたんだ。
「ごめんなさい、聖櫃の巫女。……ありがとう」
「いいえ、どう致しまして。宿舎で少し休むといいわ。ずっと張り詰めていて疲れが出たのよ」
「……そうね、そうかもしれないわ」
 聖櫃の巫女と少しの会話を交わしていると、宿舎が徐々に近づいてきて、あたしはまた少し身構えてしまった。だってあたし、前回の会議に出席するために宿舎を出て、それから1度も帰ってなかったから。きっとカーヤにもすごく心配をかけちゃったよ。このところずっと心配のかけどおしだったから、もしかしたらカーヤは呆れて怒っちゃったかもしれない。
 でも、少しほっとしたことに、カーヤはちょうど宿舎を留守にしていたの。たぶんオミはいたと思うけど、精神的に疲れていたあたしは声すらかけずにいて、そのままベッドに入って眠ってしまったんだ。


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 あたし、本当に疲れてたみたい。立て続けにいろいろなことがあって、ずっと緊張状態だったから。この数日間に、人生の大きなイベントが凝縮されてしまって、いいことも悪いことも次々に襲ってきたんだもん。そのうち、いいことはほんの一握りで、あとはぜんぶ悪いことばかりだった。
 目が覚めたときには既に夕方で、カーヤが台所に立つ音が聞こえてきていたの。あたしはすぐに飛び起きて、部屋のドアを開けた。
「あら、ユーナ。目が覚めたのね。もうすぐ夕食ができるわ」
「ごめんなさいカーヤ! あたし、ずっと留守にしちゃって」
「さっきまでタキがきていて、いろいろ話してくれたのよ。ユーナもお食事しながら聞かせて。今日はここで眠っていけるの?」
 あたしはテーブルに食器を並べるのを手伝って、カーヤが手早く盛り付けしている間にお茶を入れた。オミの食事はもう少しあとになってからみたい。あたし、午後はずっと眠ってたのにお腹だけは空いてて、久しぶりのカーヤの料理に舌鼓を打ったの。
「今はミイがいてくれるから、たぶん大丈夫だと思う。……タキからリョウのことも聞いたの?」
「ええ。タキからも聞いたけど、今は神殿中がその話題で持ちきりだから、自然に耳に入ってきたわ。……ユーナが影を追い払うための祈りを捧げていたら、神様がリョウを生き返らせてくれたんだ、って。リョウが村の救世主になるんだってみんな言ってるわ。でも、ユーナにとってはそれだけじゃないもの。よかったわね、ユーナ。おめでとう」
 そうか、守護の巫女はあたしの祈りを「村のための祈り」として公表して、運命の巫女が見た未来から、リョウを「村の救世主」にしちゃったんだ。それは嘘だったけど、リョウは自分で「俺は影を追い払うために生き返った」って言ってたから、この嘘は本当になっていくのかもしれない。
 嘘をつくのはいけないことだけど、村のためにはこの嘘も必要な嘘なんだ。嘘を貫き通すのは苦しい。でも、これが自分のことを祈ってしまったあたしに対する、本当の罰になるような気がしたの。
「ありがとう。……カーヤには心配をかけて本当にごめんなさい。オミのこともずっと任せきりで」
「タキが時々話してくれてたから、それほど心配してはいなかったわ。オミも少しずつ回復してるのよ。……まだ歩けないけど」


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 タキはすごくたくさん気を遣ってくれてる。あたしでは到底処理できないさまざまな細かいことまで、タキは背負ってくれてるんだ。
「あたし、このところ祈りをサボってたから、食事が終わったらまた祈りに行くわ。その時にオミのことも祈ってくる。早く元気になってもらわなかったら、カーヤが楽できないもん」
「まあ、あたしのことはいいんだけどね。あんまり長い間寝たきりだと、病人は不安になるわ。ユーナが励ましてあげるだけでもずいぶん違うのよ。祈りに行く前に一言だけでも声をかけてあげて」
「判ったわ。……オミ、そんなに不安そう?」
「最近ちょっとね。よく考え事をしてるみたいなの。あたしが訊いてもなにも言わないけど、ユーナになら話すかもしれないわ」
 そう言ったカーヤは微笑を浮かべてたけど、少し切なそうにも見えたの。きっとカーヤもいろいろなことを思ってるんだ。だって、カーヤにとってオミは初対面の他人で、ただでさえ打ち解けるのに時間がかかるのに、オミは怪我をして動けないでいるんだもん。
 食事の間、カーヤは夕方タキが話していったことを中心に、主に影の動向についてあたしに話してくれた。会議の詳しい内容は明日直接話してくれることになってたけど、カーヤが知ってて差し支えないことについては、カーヤを通してあたしにも知らせてくれたんだ。
 影は3日後の夜にまた現われる。その時刻にあたしはまた神殿で祈りを捧げることになっていて、でもリョウはまだ村に降りなくていいって。それを聞いて、あたしは心の底からほっとした。
「タキは本当によく働いてくれるわね。あたし、タキがユーナの傍にいてくれるから、とても安心していられるわ」
 カーヤがそう言ったとき、あたしは不意にその可能性に気がついたの。どうして今まで気づかなかったんだろう。タキもカーヤも、すごく優しくていい人だったのに。
「ねえ、カーヤ。カーヤはタキのことをどう思うの?」
「どうって? 親切ないい人だと思うわよ。責任感も強いし、タキがいればユーナもずいぶん心強いと思うわ」
「そうじゃなくて、1人の男性としてよ。あたし、カーヤの恋人にはタキがぴったりだと思うの」
 あたしが言うと、カーヤは驚いて動きを止めてしまった。


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「……呆れた。ユーナ、そんなことほかで言わないでちょうだい。特にタキ本人にはぜったいに言っちゃダメよ」
「どうして? カーヤはタキのことが嫌いなの?」
「そういうことじゃないの! ……ごちそうさま」
 なんとなくカーヤにごまかされてしまって、それ以上なにも言えなくなったあたしは、食後オミの病室を訪ねた。カーヤがついてきてくれなかったところをみると、もしかしたら怒らせちゃったのかな。でも、あたしはタキとカーヤはすごくいいと思うの。年齢も3歳違いだし、視線で会話してるような気が合うところもあったから。
 病室のドアをノックして、返事がなかったから静かに隙間を作って顔を出すと、予想に反してオミは目を覚ましていた。ベッドに寝転がったまま天井に視線を固定させていたの。近づいて顔を覗き込むと、オミは初めて気がついたようにハッと目を見開いた。
「ユーナ。……脅かすなよ」
「ちゃんとノックしたよ。どうしたの? なにを考えてたの?」
「なんでもないよ! ……ユーナには関係ないこと」
 オミは以前よりもずっと言葉もはっきりしていて、ずいぶん回復しているんだってことが判ったの。顔の包帯も少なくなってるから、あたしは嬉しくて自然に顔がほころんでいた。
「なんだ、元気じゃない。カーヤが気にしてたけど、心配するほどのことはないわね。安心した」
「……なにが? カーヤが何だって?」
「オミが最近よく考え事をしてるって、ちょっと心配してたのよ。オミ、あなたも、身体が辛いのは判るけど、あんまりカーヤに心配かけないように気をつけてあげて。カーヤの方が参っちゃうわ」
 オミはあたしの言葉を、ずいぶん真剣に受け止めてくれたみたいだった。そう、オミだってもう子供じゃないんだもん。いつまでも家族や友達だけに囲まれてた時のような、気ままな態度でなんかいられない。オミもきっとそういうことを学ぶ時期に来ているんだ。
 それ以上言葉をかけるのもなんとなくはばかられて、あたしはそれきりオミの病室を出た。


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