真・祈りの巫女
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2人のやり取りを聞きながら、あたしはだんだん背筋が寒くなってきたような気がした。2人の会話はすごく静かで、受け答えも穏やかなのに、しだいに空気が張り詰めてくるの。それはまるで、以前リョウが話してくれた、獲物と狩人の真剣勝負を思わせる。静寂の中にも緊張感があって、あたしには2人が会話をしながら戦っているように見えたんだ。
不意にうしろから肩を叩かれて、あたしは悲鳴を上げそうになったの。あたしのうしろにはいつの間にかランドが立っていて、リョウとタキの様子をじっと見つめていたから。
「 ―― これはリョウにとってもオレたちにとっても、1番重要なことだ。将来、現状の変化で君の意思は変わるかもしれないけど、ひとまずそのことは考えに入れなくていい。現時点で、リョウがオレたちに危害を加える意思があるかどうか、それを教えて欲しいんだ。もしも教える意思がないならそう答えてくれればいい」
リョウはしばらく沈黙していた。タキのことを睨みつけるように見て、まるで呼吸も、瞬きすらしていないみたい。そのまま表情を崩さずに、リョウは口を開いた。
「そっちはどうなんだ。俺をどうするつもりだ」
「リョウの答えによるね。リョウにその意思がなければオレは、少なくともオレ個人としては、リョウに一切の危害を加える気はない。村の神官としてリョウの傷を癒す手助けをする用意もある。ただ、もし万が一リョウにその意思があるならばその限りじゃない」
また、少しの間睨み合いが続いたけど、今度はそれほど長い時間は待たずに、リョウが溜めていた息を吐いた。
「俺は人間と戦う気はない。だが、そっちから手を出してくるなら話は別だ。自分の身は守らせてもらう」
「判った。 ―― リョウ、君が正直な人間でよかったよ」
タキが椅子から立ち上がって、いくぶん場の緊張が解けたから、うしろで見ていたあたしもほっとしていた。その時、リョウが痛みをこらえながらもタキに右手を差し出したの。タキはちょっとだけ戸惑った様子を見せて、でも同じようにリョウに右手を差し出して握手したんだ。その握手のあと、リョウの表情にも明らかに安堵の色が見えた。
「さ、祈りの巫女。ひとまず彼に水と、食事をあげてくれないか? 聞きたいことはまだたくさんあるけど、残りは明日に回そう」
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リョウの痛みと緊張はほとんど極限状態だったみたい。タキはランドを連れて部屋を出て行って、あたしは食事を持ってきて、リョウに水と薬を飲ませたけど、それ以上身体を起こしている気力がリョウにはなかったの。目を閉じてぐったりしてしまったリョウに声をかけると、さっきまでよりはずっと穏やかな口調で答えが返ってきた。
「目が覚めたら食べる。そこに置いて部屋を出て行ってくれないか」
「……判ったわ。でも、何かあったら遠慮しないですぐに呼んでね。真夜中でも飛んでくるわ。……灯りは?」
「このままでいい」
名残惜しくて何度も振り返りながらドアの前まで行ったけど、リョウはそれきり少しも動かなかったから、あたしも諦めて部屋を出た。食卓ではタキとランドが声を潜めて話をしていて、どうやら今までの経緯を簡単に報告してたみたい。あたしの姿に気づいてタキは席を立った。
「あれ? リョウは食事しないでいいの?」
そう言いながらあたしの分のお茶を用意してくれる。あたしは自分の食事が用意された席に腰掛けながら答えた。
「痛みが引くまでは無理みたい。一眠りするって追い出されちゃった」
「そう……。でもま、眠る気になったのなら少しは進歩したね。祈りの巫女の真心が通じたんだよ」
「ううん、あたしの力じゃないわ。……あたしはタキのようにリョウに話をさせることすらできなかったんだもの」
あたしはリョウのために何もできなかった。リョウが心を開いたのだとしたら、タキが冷静にリョウの話を聞いたからだ。リョウと対等の立場にたって、リョウの質問を引き出して、それに答えてあげたから。
「祈りの巫女はそのままでいいんだよ。婚約者なんだから。リョウの記憶が1日でも早く戻るようにいろいろ話し掛けてあげて」
その時、今までずっと顔を伏せていたランドが、ちょっと怒ったような表情で顔を上げたの。
「おい、タキ。おまえ、ユーナの言うことを本当に信じてるのか? さっきのリョウを見て記憶喪失だと本気で思うのか?」
ランドの言葉に驚いて、あたしは食事の手を止めてしまった。
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ランド、リョウが記憶喪失だって、信じていないの? だって、あの人はリョウなの。そのリョウがあたしのことを判らないんだから、記憶がないに決まってるよ。もしも記憶があったら、リョウはぜったいあたしをあんな目で見たりしないもの。
あたしの困惑をよそに、タキはランドに不自然なほどの笑顔を向けていった。
「あのリョウが別人だとでも言うのか? そんなはずはないよ。どこから見てもあれはリョウ本人だし、少なくともオレたちを見て誰だか判らないのだとしたら、記憶喪失になったとでも思うしかない」
「どうして本人だって言えるんだ! まったくの別人ならオレたちが誰か判らなくてあたりまえだろうが!」
「忘れたのか? リョウは神殿で祈りの巫女を見たとき、彼女の名前を呼んだんだ。それに、オレが彼に名前を尋ねた時、はっきりと自分はリョウだと言った。これ以上の確かな証拠はないよ」
ランドは神殿での事を忘れてたみたい。とっさに反論できなくて、黙り込んでしまった。神殿で最初にリョウを見つけたあの時、あたしは自分の名前を名乗ったりしなかったもの。あの時のリョウにはちゃんと記憶があったんだ。少なくとも、あたしを見てユーナだと判るだけの記憶は持っていたの。そのあとの高熱ですべてを忘れてしまったのだとしても。
「記憶喪失にもいろいろある。本当に何もかも忘れて言葉すらしゃべれなくなることもあるだろうし、なにか特定の記憶だけをなくすこともあるし、リョウのように言葉や判断力を残したまま、それ以外の事をすべて忘れてしまう場合もあるだろう。今のリョウは自分を守る意識だけが強く出ていて、そのためだけに行動しているように見える。それはもしかしたら、リョウが狩人だったことが関係あるのかもしれないよ。リョウが言ってた「俺は人間と戦う気はない」っていう言葉も、リョウがふだん動物たちと戦う立場だったから出た言葉のように思えるしね」
あたしはタキの言葉に改めて納得していたけれど、ランドは違ったみたい。更に表情を硬くして言ったんだ。
「……やっぱり、神殿の人間は信用できねえな。おまえはリョウが本人だって、その前提に事実をこじつけてるだけだ。確かにリョウが最初にユーナの名前を呼んだことは認める。そいつも疑えばきりがないが、まあ、ユーナがそうだと言うんだから事実なんだろう。だけど目が覚めてからの奴の行動は疑わしいことだらけだ。それに気づかないおまえじゃないだろう!」
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「疑わしいこと? ランド、リョウはおかしなことは何も言ってないよ。自分を守るために当然のことを言ってただけだ」
「だったらどうして恋人のユーナに対してそれほど警戒するんだよ」
「祈りの巫女が自分の恋人だったことを忘れてるんだ。初めて見る人間を警戒して何がおかしいんだ?」
「そりゃあな、初めて見たのがオレやおまえだったら、確かに警戒したかもしれねえ。だけどユーナだぞ? おまえ、もしも自分が記憶喪失になって、目の前にユーナがいたとしたら、おまえならこいつを警戒できるか? こう言っちゃなんだが、ユーナは非力で無害な普通の女だ。しかもリョウのことを本気で心配してる。いくら記憶がないからって、どうしてそういう奴を警戒したりできるんだよ」
「身体が万全の状態なら警戒するほどのことはないだろうね。だけどリョウは怪我をして動けないでいる。万が一にでも祈りの巫女がリョウに危害を加えようとしたらできないことはないよ」
「理屈を言えば確かにそうだろうよ。だがユーナが無害だってことは本能的に判るだろ! たとえ記憶がなくたってなあ、リョウがユーナを警戒するなんてことは万が一にも……」
「お願いやめて! リョウが目を覚ましちゃう」
あたし、とうとう耐え切れなくて、2人の口論に口を挟んでいた。しゃべっているうちにランドはどんどん興奮してきて、声が大きくなっていたから。リョウの眠りを妨げることも心配だったけど、話してる内容が内容だったから、リョウに聞かれるのも嫌だったの。あたし、ずいぶん心配そうな顔をしてたのかな。振り返ったランドはハッとしていくぶんうろたえていた。
「ああ、悪かった。つい声が大きくなっちまった」
「ごめん、祈りの巫女。オレも興奮しちゃって」
2人はそれきり少しの間沈黙していたけど、やがてタキの方が口を開いた。
「ランド、見解の違いばかり指摘しあっててもしょうがないな。ひとまず共通項を見つけよう。……オレは、祈りの巫女の立場を守りたいと思ってる。それに異論はないか?」
ランドはまだ突然の話題の変化についていけないようで、声に出さずうなずくだけにとどめた。
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ランドに異論がないことを確認するように、タキも1回うなずいて、話を続けたの。
「今の段階でリョウは、祈りの巫女や村の人間に危害を加える気はないと明言していた。これは信じていいと思う。なぜなら、リョウは今動くことができないし、ここでオレたちがリョウを見捨てたら、悪くすれば近い将来餓死する可能性もあるからね。リョウにとって今は身体を治すことが第1のはずだ。ということは、身体が治るまでのリョウはこの村で1番安全な人間だということになる」
「……リョウはいつ治るんだ。あれはそんなに長患いをするような怪我じゃないぞ」
「3日もすれば動けるようになるだろうね。だけど、その3日間が祈りの巫女にとって重要な時期になる。実際、リョウのことはもう隠しようがないんだ。明日には守護の巫女に報告しなければ、祈りの巫女の立場はかなり悪くなると思っていいよ」
タキはここと神殿との間を行き来しているから、神殿が今どんな状態か、あたしたちの中では1番よく判ってるんだ。……あたしの立場なんかほんとはどうでもいいの。だけど、あたしの立場が悪くなればなるほど、リョウが疑われる確率も上がってしまう。
「そんなに切羽詰ってるのか? なんとか時間を稼げないのかよ。せめて奴の正体が判るまで」
「報告をあとに延ばすのは限界だ。だからこうなったらもう、リョウの正体については神殿全体で考えていく方がいい。リョウが万が一、村に対して悪事を働くような人間だとしたら、むしろ神殿に任せてしまった方が祈りの巫女の立場を守るには有利なんだ。神殿が最終的にどんな結論を出すにしても、その決定までの時間を稼げば稼ぐほど、事態は祈りの巫女の手を離れてくれる。……だからそのためにも、今のリョウには記憶を失った狩人のリョウでいてもらった方がいいんだ」
その時あたしは、タキがこの話を始めてから1度もあたしの顔を見ていないことに気がついた。
タキ、もしかしてあなたも、リョウが本物だってことを信じていないの……?
「リョウの記憶を戻すわ! そうすればみんな信じてくれる。だってリョウは本物のリョウなんだもん。リョウはぜったい影の手先なんかじゃないわ!」
あたしの声に2人はハッとして振り返った。あたしは、自分が大きな声を出してしまったことにすら気づかなかった。
「祈りの巫女、オレもリョウが影の手先だとは思ってないよ。……むしろ心の底から、彼が本物のリョウであって欲しいと願ってる」
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タキの表情は穏やかで、微笑さえ浮かべていたけれど、あたしはその顔に哀れみのようなものを感じた。タキは、リョウを影の手先だとは思っていないけど、あのリョウが本物だとも思ってないんだ。でも、タキはリョウのことをあまり知らないんだもん。あたしがリョウにかつての面影を感じるほどには、タキにはリョウの思い出がない。だから別人のように見えてしまってもしょうがないんだ。
リョウの記憶は必ず戻る。記憶が戻れば、誰もリョウが別人だなんて思わないよ。あたしは1日も早くリョウの記憶を戻さなければならないんだ。それがリョウを守ることにもつながるんだから。
「……なるほどな。それが今のおまえにできることか」
そのランドの言葉はタキに向けたものだった。タキも神妙に答える。
「祈りの巫女が死んだら村は終わりだ。少なくともオレはそう思ってる。だからこそ、神様が遣わしたあのリョウが、祈りの巫女に災いをなす者だとも思えないんだよ。
ランド、あなたも信じて欲しい。リョウは記憶を失っているけど、間違いなく祈りの巫女の婚約者だ。……オレたちはそれを信じるしかないんだ」
ランドの中でどんな感情が動いたのか、あたしには判らなかった。やがて顔を上げたとき、ランドの表情には明らかに覚悟のようなものが浮かんでいたの。
「……明日の朝早くミイをここによこす。リョウの世話はミイに任せておけば大丈夫だ。ユーナ、おまえはミイと入れ替わりに神殿に戻って、その報告とやらを済ませろ」
思いがけないことを言われて、あたしの動きは止まってしまった。
「ランド、ミイというのは確かあなたの……」
「ああ! もったいないがこの際しかたがないだろ! オレは自分の仕事で手一杯だし、おまえもユーナも神殿のことでリョウの世話どころじゃないだろうし、ほかに信用できる人間はいねえ。……それに、万が一リョウと名乗ったあいつがミイになにかするような人間だったら、近いうちに村全体が滅びるのは間違いなさそうだからな。同じことだ」
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あたしが進まない食事をようやく終えたあと、タキはまた数回分の薬の調合を始めた。リョウが目覚めたら少し話をしたいとランドは言ってたけど、リョウはしばらく目覚める気配がなかったから、その日はけっきょく会わないままで帰っていったの。ランドが帰るときにあたしは家の外まで見送りに出た。坂道につけた階段の前で、ランドは思い出したように振り返って言った。
「ミイがな、リョウの持ち物を入れた箱から変な音がするって不気味がってる。オレは直接聞いてないんだが」
「変な音? 生き物がいるようなの?」
「いや、生き物の気配がある訳じゃない。ミイが言うには、トコルが作った1番高い音の出る笛の音をもっと高くしたような音で、とつぜん鳴り出して、しばらく鳴ったあとまたとつぜん静かになったらしい。音楽のようだとも耳鳴りのようだとも言ってたな。気味が悪かったから中身は確かめなかったらしいが」
その場ではあたしは何も答えることができなくて、ランドもそれ以上は何も言わずに、明日ミイをよこすとだけ言って帰っていった。
タキも薬を作り終わったあとは宿舎に帰ってしまったから、あたしは1人でリョウの目覚めを待っていた。何度目かに部屋を覗いた時、目覚めたリョウが身体を起こそうとしているのを見て、あたしは手伝ったの。リョウはもうあたしの手を振り払うことはしなかった。
「リョウ、目が覚めたのね。よかった。今、食事を温めるわ」
「……いや、このままでいい」
あたしは既に冷たくなってしまったおかゆをすくって、リョウの口元に持っていった。リョウは何も言わずに食べてくれる。リョウが食事をしている間はあたしも黙ったままで、時々水を飲ませるときに声をかけるくらいだった。ずいぶん時間をかけたけど、用意した食事をリョウはぜんぶ平らげてくれたの。人心地ついたリョウはまたベッドに横たわって、静かに目を閉じた。
「明かりを消してくれ。朝まで眠る」
「判ったわ。……あたしは隣の部屋にいるから、なにかあったら声をかけてね。ここに薬を置いていくわ」
「ああ。……ここは静かだな ―― 」
あたしはできるだけ音を立てないように、リョウの眠りを妨げないように、寝室を出た。
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翌朝、リョウがまだ眠ってることを確認して、昨日タキが置いていってくれた材料で自分とリョウの朝食を作っていたとき、家の扉がノックされた。手を休めて扉を開けると、そこにはランドの奥さんのミイが、両手にたくさんの荷物を持って立っていたの。
「ミイ、よく来てくれたわ。さ、荷物をちょうだい」
「おはようユーナ。……あら、もう朝食の支度が始まっちゃってるのね。一緒に食べようと思って材料持ってきたのよ」
「ありがとう。こんなに遠くまで、重かったでしょう?」
「ううん。すぐそこまではランドが一緒だったからそうでもないわ。……ランドったらね、ここで一緒に食べようって言ったのに、あたしと一緒に食事をするのが嫌だって言うのよ。あたしのお料理そんなにおいしくないのかしら」
ミイのノロケ話はいつもとまったく変わりがなくて、ほっとしたあたしは自然に顔がほころんでいた。と同時に、ランドに申し訳ない気持ちにもなってたの。たぶんランドはすごくミイのことが心配で、でもあんまりあからさまに心配するとあたしが気にすると思って、ここに顔を出すことができなかったんだ。ランドはミイにもすべては打ち明けてないはずだから、ミイにはランドがどうして心配するのかも、それどころか自分を心配していることさえ、何も判らないのだろう。
ミイは、両親を失ったあたしを心配して、できるだけ明るく振舞っているみたいだった。ミイのおかげでずいぶん豊かになった朝食を作り終えたあと、リョウの寝室を覗いてみる。リョウは既に目覚めてたから、あたしは笑顔のまま部屋に入っていったの。
「リョウ、おはよう。身体の具合はどう? お薬ちゃんと飲んだ?」
「……よく効く薬だな。ほとんど痛みを感じない」
「代々の神官たちがずっと研究してきた成果だもの。この薬が欲しくて村にくる人たちも多いんだって聞いたわ。でも、あんまり長く続けると逆によくないんだって。……朝食が出来たのだけど、ここに運んできてもいい?」
リョウがうなずいたのを確認して、あたしは再び台所に戻った。今度はミイもつれて寝室に入る。ミイの姿を見て、リョウはまた少し驚いたように目を見開いたの。その様子はまるで、ミイのことを思い出したようにも見えたんだ。
ミイの方もリョウを見て驚いたようだったけれど、それを表情に表すことはほとんどしなかった。
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「リョウ、紹介するわ。ミイよ。リョウがまだ子供の頃、両親と一緒に住んでいた家の近くに引っ越してきたの。ランドと夫婦で、あたしたち2人ともずいぶんお世話になったのよ」
結婚してからずっとミイたち夫婦には子供ができなかったから、子供好きのミイは近所の子供たちにすごく親切にしてくれたんだ。ミイの家の前を通るとときどきいい匂いがして、窓から中を覗くと、笑顔でおやつに招待してくれるの。ランドとミイの夫婦は、リョウにとっては2つ目の家族みたいだった。だから、あたしのことを忘れているリョウでも、ミイのことは覚えているのかもしれない。
「リョウの身体がよくなるまでの間、ミイがリョウの世話をしてくれることになったの。もちろんあたしも頻繁に覗きにくるわ。でも、あたしには仕事があるから、今までのようにずっと一緒にはいられないから」
あたしがなんとなくリョウに申し訳なくて、それきり口ごもってしまうと、その先をミイが引き継いでくれた。
「あたしではユーナの代わりにはならないかしらね。でも、リョウは忘れてしまっているかもしれないけど、記憶を失う前のリョウは、ユーナが祈りの巫女になったことをとても喜んでたのよ。だからあたしで我慢してちょうだいね。……本当によかった。あたし、リョウが死んだって聞かされてから、まるで自分の弟が死んだような気がして、とても悲しかったの。だからランドにリョウが生き返ったって聞いたときにはすごく嬉しかった。たとえ記憶がなくても、リョウが生き返ってくれて本当によかった ―― 」
ミイの話を聞きながら、リョウは驚いて表情をかたくした。
「……死んだ……? 俺は1度死んだのか!」
リョウがそう言ったとき、ミイも自分が口を滑らせてしまったことに気がついて、顔を白くしてあたしを振り返ったの。あたし自身もリョウがそう言うまでは気づいてなかった。今まであたしは1度もリョウにその話をしていなかったし、記憶のないリョウが自分の死を伝えられることがどれほどの衝撃かなんて、まるで考えもしてなかったんだ。
「ユーナ、ごめんなさい。あたし……」
「大丈夫よミイ。心配しないで。……リョウ、あなたが1度死んだのは本当よ。狩人のあなたは村を守って、村を襲ってきた影に殺されてしまったの。でも……リョウは戻ってきてくれた。怪我をしていて、記憶もないけど、でもあたしのところに戻ってきてくれたの」
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リョウは少し苛立った様子で、早口に言った。
「それで。俺を殺した影とやらはどうした。まだ村を襲ってるのか?」
「影の1つはリョウが殺して、今は村の草原に死骸があるわ。でも、影はそれ1つだけじゃないの。ここ数日は襲ってきてないけど、運命の巫女は影がまた襲ってくるはずだと言ってた。あたしはしばらく神殿へは行ってないから、そのあとどんな予言がされたのかは知らないのだけど」
リョウはどこか1点を見つめて、あたしの話を深く考えているように見えた。でも、あたしにはリョウが何を考えているのか、ぜんぜん判らなかったの。タキはリョウが自分を守ることだけ考えているって言ってた。それを思い出したから、あたしは更に付け加えた。
「リョウ、ここは村とはずいぶん離れているし、森の中に1軒だけぽつんと建ててある家だから、また影が襲ってきても安全なはずよ。それに、影はいつも西の森の沼からくるの。だから村の東側ではほとんど被害も出ていないわ」
あたしの話でリョウが納得できたようには見えなかった。それでも、1つ息をついて、リョウは話題を変えた。
「……俺はどうやって生き返ったんだ。まさか、1度殺された死体が動いた訳じゃないだろ?」
リョウの質問で、あたしはためらった。それに答えることは、あたしが犯した罪をリョウに知られてしまうことだから。でも、リョウには本当のことを言わなければならないと思ったの。たとえ1度でもあたしがリョウに嘘をついてしまったら、それきりリョウの傍にいる資格をなくしてしまうような気がしたから。
「……あたし、リョウを失ったことに耐えられなかった。これから先ずっとリョウがいない時間を生きていかなければならないって、そのことに耐えられなかったの。だからあたし、神殿の禁を破って、神様に祈ったの。リョウを返して欲しい、って」
「……」
「神様はあたしの願いを聞き入れて、神殿にリョウをつれてきてくださったの。怪我をしていて、記憶もなかったけど、あたしは嬉しかった。だからリョウのためならなんでもするわ。……これからね、あたしは神殿へ行って、このことを守護の巫女と守りの長老に話さなければならないの。あたしは罰を受けるかもしれない。でもリョウには指1本触れさせないわ」
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