真・祈りの巫女
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リョウがなんであろうと運命をともにすると誓ったその夜、リョウの寝室のゆかの上に座って、ランドに勧められるままお酒を飲んだあたしは、いつの間にかつぶされてしまっていた。目が覚めたときには既に昼近くで、リョウの寝室の隣にある部屋でベッドに横になっていたの。お酒の名残の頭痛が少しだけ残っていて、のどの渇きを覚えて台所へ行くと、そこにはタキがいたんだ。
「おはよう、祈りの巫女。よく眠ってたね」
あたしはうまく声が出せなくて、タキに水を1杯もらって飲み干したあと、やっと少しだけ落ち着いて言った。
「おはようタキ。……ランドは?」
「夜が明ける前に村へ帰ったよ。このところ災厄騒ぎでまともに仕事してなかったから、少しでもその分を取り戻すんだって張り切ってた。今年は田畑の収穫も多く見込めないからね、食糧難も深刻なんだ。危険を察知した動物たちも今は村の近くにはいないし」
タキの話を聞いて、あたしは影が村に与えた影響の大きさを初めて知ったの。影は村の人を殺したり、家を壊しただけじゃないんだ。田畑を蹂躙して、付近から食料になる動物を追い払って、村に長期的な打撃を与えていった。運命の巫女はあと数日影が現われないって言ったけど、この数日はけっして休息の時間じゃないんだ。
「神殿はどう? カーヤは心配していた?」
「そりゃあ、心配してない訳はないよ。君も1度顔を出しておいた方がいいと思うけどね。だいたい昨日から食事もしてないだろう」
「ううん、まだ帰れないわ。リョウの目が覚めるまでは」
そう言い置いて、あたしは思い出したようにリョウの部屋に向かった。ベッドの上のリョウは昨日と同じ姿で眠っていて、たぶんタキが調合した薬が効いているのだろう、痛みもほとんど感じていないみたいだった。
「ひとまず熱の方は下がったよ。早ければ今日にも意識が戻ると思うけど、意外に長引くかもしれない。祈りの巫女、本当に1度宿舎へ戻らないか? オレもそんなに長い間ごまかせないし、いつまでも顔を見せないでいると変に勘ぐられることもある」
「……もう少しだけ待って。せめてあと1日。リョウの目が覚めるまで傍にいたいの」
タキの言うことはすごくよく判った。でも、あたしは自分がしたことの結末を、この目でちゃんと見届けたかったんだ。
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「君はそう言うと思ったよ。……それじゃ、オレは台所にいるから、なにかあったら声をかけて」
あたしが振り返ってうなずくと、タキはにっこり笑って部屋を出て行った。タキに迷惑をかけていることも判ってたけど、今はリョウのことの方が心配で、あたしは再びベッドの脇にひざまずいてリョウの様子を注意深く観察していたの。リョウの眠りは安らかで、ランドが言っていたような命を落とすほどの危険はないみたい。全身の包帯は痛々しかったけど、それも徐々に回復に向かっているんだって信じることができた。
やがて、台所の方から食欲をそそるいい匂いが漂ってくるのを感じて、それであたしは初めて気がついたの。タキが、台所でいったいなにをしていたのか。タキはあたしが目を覚ましたから、あたしのために食事を作ってくれていたんだ。
「ごめんなさいタキ! あたしも手伝うわ」
そう叫びながら台所に駆け込んだあたしに振り返ったタキは、既に盛り付けが終わったお皿を手に持っていた。
「今呼びに行こうと思ってたところだよ。そうだね、お茶を入れてくれる?」
「ええ、判ったわ。任せて」
そうして、タキに仕事をもらって少しだけ恥ずかしさを消化したあたしは、どうやらタキが持参してきたらしい茶葉を使って2人分のお茶を入れたの。タキがテーブルに並べた食事に、カーヤの料理を見慣れていたあたしはちょっと驚いた。数種類の野菜がたっぷり入ったスープと、ソーセージとほうれん草を一緒に炒めたおかず。なにしろ野菜の切り方がすごく大きくて不揃いで、量もたっぷりで、カーヤの洗練された料理とはぜんぜん違っていたから。
タキは独身で神官の共同宿舎に住んでるから、きっと当番の時にはこんな食事を作ってるんだ。初めて男の人の料理を見たあたしは、その食事に上手な感想を述べることができなかった。
「お腹すいただろう? 祈りの巫女。口に合うかどうか判らないけど、ゆっくり食べよう」
「ありがとうタキ。気を遣わせちゃってごめんなさい」
食事は、見かけ通り味付けもぞんざいだったけど、それでもすごくおいしかった。
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昨日の朝以来何も口にしてなかったあたしは、しばらくの間はただ食べることに熱中していた。あたしはタキと食事をしたことってほとんどなくて、リョウとはたまに一緒に食べることもあったのだけど、一緒に食べ始めてもたいていはリョウの方が早く食べ終わってあたしを待っていたの。でも、今日は本当にお腹がすいてたみたい。一気に食べ終えて向かいを見ると、タキの前にはまだおかずが残っていたんだ。
「早かったね。お腹すいてたの?」
「そうみたい。昨日の夜は食事どころじゃなかったし、今朝も遅かったから、考えてみると3食も抜いちゃってたんだわ」
「身体に悪いよそれは。……オレ、今日は夕食当番だから夕方には帰らなくちゃいけないんだけど、自分で作って食べれる?」
「大丈夫よ! 今はカーヤに任せちゃってるけど、共同宿舎にいた頃は当番だってやってたもの。これからはちゃんとリョウの食事も作るわ!」
ちょっとムキになってそう言うと、タキは微笑ましそうに笑った。でもその表情の中にほんの少しだけ切なさのようなものを感じて、あたしは戸惑ってしまったの。……そうか、タキだってリョウのことではいろいろ思うことがあるんだ。タキはランドよりもずっと神殿のことを知っていて、だからそのぶん心配事だって多いはずだから。
「まあね。祈りの巫女に任せておけば安心だとは思うけど。君もいつまでもここにいられる訳じゃないから、明日からのことはまた相談しないといけないね。ランドにも自分の生活があるし」
「……やっぱり、神殿へ帰らなければダメ?」
「リョウのことはいつまでも隠し通せないよ。リョウの目が覚めなければ今の段階ではなんとも言えないけど、彼が死ぬ前とまったく同じリョウなら、君の祈りのことを守護の巫女に説明しない訳にはいかない。そうなると、今後の君の行動はすごく重要な意味を持ってくるんだ。守護の巫女を説得することも必要だし、村の祈りを今まで以上に行う必要も出てくる」
タキの言うことは間違ってなかった。あたしがみんなを必死になって説得しなければ、自分の命もリョウの命も危うくなる。それにはみんなのためによりたくさんの時間を祈りに捧げることも必要になってくるんだ。
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食後、タキは薬の調合をして、リョウの目が覚めたら飲ませるようにとあたしに託した。
「目が覚めるまで待ってていいの? その前に薬が切れるかもしれないわ」
「薬が切れたら痛くて到底眠ってなんかいられないよ。眠ってる人間に薬を飲ませるのって、すごい重労働なんだ。だから目が覚めてからの方がいい」
「そんな……。リョウがかわいそうよ!」
「祈りの巫女がそう言うなら挑戦してみてもいいけど、たぶん薬が無駄になるだけだよ。それに……早く目を覚まして欲しいんだろ?」
あたしが反論できなくなると、タキはちょっと意地悪そうに笑って神殿へ帰っていった。……タキって、リョウになにか恨みでもあるのかな。リョウはタキのことをあまりよく思ってないけど、タキの方もリョウのことをそれほど好きじゃないのかもしれない。
タキが帰ってしまってからは1人でリョウの様子を見守りながら、あたしは家の埃を掃除したり、リョウの着替えを用意したりしていたの。そうして、そろそろ日が沈みかけてきた頃、薬が切れてリョウが苦しみ始めたんだ。
「リョウ、リョウ」
あたしはそうリョウに声をかけながら、額ににじんだ汗をぬぐいつづけた。薬が切れたせいだって判ってたから、早く飲ませてあげたかったけど、でもタキは飲ませ方を教えてくれなかったんだもん。とにかく目を覚まして欲しくて、あたしはずっと声をかけ続けていた。
「リョウ、リョウ! お願い、目を覚まして!」
その時、ようやくリョウが薄く目を開けたの。あたしは嬉しくて、まだ視線をさまよわせているリョウに言ったんだ。
「リョウ! 目が覚めたのね、リョウ!」
声に反応して、リョウはあたしを見た。でも焦点は定まってないみたいで、ゆっくりとあたりを見回していった。
「……ここは……」
リョウの声はかすれていてほとんど声になっていなかった。それでもあたしは嬉しかったから、喜びで自然に顔が緩んでいた。
「ここ? ここはリョウの家だよ。リョウが自分で建てた森の家に戻ってきたんだよ」
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あたし、枕もとにおいてあった水差しを傾けて、リョウの口をほんの少し湿らせてあげた。リョウはゆっくりと唇を動かして、それだけでずいぶん渇きが癒されたみたい。目の焦点も少しずつ合ってきているようで、さっきよりもずっとしっかりした目線であたりを見回していたの。
「俺の……家……?」
「そうよ。リョウの家のリョウの寝室よ。リョウ、あなたは自分の家に戻ってきたのよ」
このとき、リョウはやっとあたしの存在に気がついたみたい。あたしの顔に目の焦点を合わせて、まだ希薄な表情で、そう言った。
「……誰だ、おまえ」
「え……?」
一瞬、あたしはなにを言われたのか判らなかった。でも、きっとよく見えないだけなんだって、ほとんど反射的にそう思ったの。
「ユーナよ、リョウ。よく見て。リョウの婚約者のユーナよ。まだ目がちゃんと見えてないの?」
その時、急にリョウの表情が変わったんだ。今までの希薄な表情から、何かに驚いているような顔に。それとほぼ同時にリョウは突然身体を起こそうとした。でもリョウは全身傷だらけだったから、すぐに苦痛の表情を浮かべてベッドに倒れてしまったの。
「リョウ! 急に動いちゃダメよ! 身体に怪我をしてるのよ。傷が開いちゃうわ!」
「おまえは誰だ! どうして俺のことをその名前で呼ぶ! いったい俺をどこに連れてきたんだ!」
―― リョウの目は、真っ直ぐにあたしを見ていた。驚いたような、怯えたような、怒っているような表情で。リョウの目は見えない訳じゃない。ちゃんとあたしのことを見て、それなのにあたしのことが判らない。まさか ――
「リョウ……記憶をなくしてしまったの……?」
目を見開いたまま、リョウは言葉を失った。
「あたしのことが判らないの? ユーナだよリョウ。リョウが20歳になったら結婚するって約束した、婚約者のユーナ。忘れてなんかいないよね。だってあたしたち、あんなに固く約束したんだもん。リョウがあたしのことを忘れるはずなんかないよね!」
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リョウの目が驚きに見開かれていた。まるで、あたしのことを初めて見る人のように見るの。嘘だよね、リョウ。今は混乱してるだけで、すぐにあたしのことを思い出してくれるよね。
「そうだ、リョウ。傷がまだ痛むんでしょう? さっき痛み止めを調合してもらったの。これを飲んで少し休むといいわ」
ベッドに寝たままでは薬を飲めないから、少しだけリョウの身体を起こしてあげようと思って手を伸ばした。でもその手がいきなりリョウに弾かれてしまったの。
「さわるな!」
まさかそんな反応がかえってくるなんて思いもしなかった。だからあたしは呆然として、手を元に戻すことすら思いつかなかった。
「俺に触るな! おまえはなんだ! 俺はおまえのことなんか知らない! 俺をこんなところに閉じ込めてどうするつもりだ!」
急に身体を動かしたせいで、リョウの息は荒くて、苦痛に眉を寄せていた。……怯えている? どうして? どうしてリョウはこんなに激しくあたしを拒絶するの……?
どうしたらいいのか判らなかった。涙がにじんで、知らず知らずのうちにあたしは部屋を飛び出していた。食卓の椅子に崩れ落ちるように腰掛けて、テーブルに突っ伏して泣いたの。息が詰まって、だから小さなうめき声しか出せなくて。
そのまま声を上げずに泣き続けた。一瞬の驚きが去ってしまってからも、あたしの涙は止まらなかった。あたし、いったいどうして泣いているの? リョウに手を弾かれたから? リョウにおまえなんか知らないって言われたから……?
リョウ。優しくて、やきもちやきで、あたしが何度も大好きだって言ってるのにいつも不安がってた。傍にいて欲しいって、あたしを抱きしめてくれた。あたしまさかリョウに、俺に触るな、って、そんなこと言われるなんて思ってなかったよ。
リョウに拒絶されるって、こんなに辛いことだったんだ。こんな、声も出せないくらいに。
泣き続けているうちに、あたしはたぶん少しだけ落ち着いてきた。リョウの目がさめて、あたしは元のままのリョウが戻ってきてくれた気がしたけど、でもリョウは記憶を失ってたんだ。昨日の夜あたしはランドと話したの。もしもリョウが影の手先だったら、って。
少なくとも今のリョウは影の手先なんかじゃない。たとえ記憶がなくたって、あたしはそのことの方を喜ぶべきなんだ。
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今のリョウは、小さな頃のあたし。シュウが死んでしまって、怖くて、6歳のあたしは記憶を閉ざした。リョウは影と戦って死ぬほどの目にあったんだもん。その時の恐怖の記憶と一緒に、あたしの記憶を失ったとしたってぜんぜん不思議じゃない。むしろ1度死んだ人が平然と生き返ることの方が不自然だよ。だってリョウは死んだんだから。その瞬間の恐怖って、きっと普通に生きてきたあたしたちには想像もできないものだろうから。
リョウ、あたしのことを知らないって言った。あたしの名前を聞いても思い出さなかった。自分が建てた家のことも、自分の名前すらも覚えてない。……どんなに不安だろう。誰が味方なのかも判らなくて、まわりのすべてに怯えて、身体に触れられることを恐れてもあたりまえなんだ。それに、リョウは今動けないの。なにも判らない状況に放り出されて、それだけでも不安なのに、安全なところへ逃げることすらできないと思い知らされるのは、この上なく不安なことに違いないよ。
こんなところで泣いてる場合じゃない。あたしなんかより、リョウの方がずっと辛いんだ。小さな頃のことはもうほとんど覚えてないけど、記憶がなかったあたしはきっと、リョウがいたから生きてこられた。リョウが優しくしてくれたから耐えられたの。だったら、今度はあたしがリョウに優しくしてあげる番だ。
さっきのリョウ、あたしが14歳の時に1度見たリョウに似てるって気づいた。あの時、あたしを睨みつけて、大きな声で怒鳴って、あたしが怖くて逃げ出してしまったあのリョウに。でも、そんなリョウだってリョウの一部だもん。今度は逃げないよ。リョウの記憶が戻るまで、あたしはずっとリョウの傍にいて、リョウを守ってあげる。
いつの間にか完全に日が落ちてしまったから、あたしは台所に灯りを入れて、顔を洗った。それから小さくリョウの寝室をノックする。返事はなくて、できるだけ音を立てないようにドアを開けると、ベッドの方から視線を感じた。
「リョウ、起きてたのね。……ごめんなさい。薬を飲まなかったから痛みで眠れなかったわよね」
手にしてきた灯りをリョウの枕もとに置くと、少し眩しかったのか、リョウが目を細めた。
「のどが渇いたよね。今、水をあげるわ。それと、夕食も作ってあげる。なにか食べたいものはある?」
リョウは片時もあたしから目を離そうとしなくて、それだけでもあたしを警戒していることが判ったの。
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リョウは何もしゃべらなかった。ずっとあたしを睨んだままで、口元に水差しを近づけても飲もうとしなかった。まるで野生のリグの子供みたい。時々身体に痛みが走るのか、眉を寄せて息を止めていたけれど、薬を差し出しても顔を背けるだけだった。
「これ、すごい匂いがするけど、けっして毒じゃないのよ。タキが調合してくれて、実はリョウ、眠ってる間に何回か飲んでるの。身体の痛みを取るのと、あと傷が化膿するのを防いでくれるんだって。だから飲まないと元気になるのが遅くなっちゃうのよ」
あたし、なんとなく子供を扱うみたいにリョウに話し掛けていた。リョウがあんまりかたくなに拒絶するから、まるで反抗期の子供を相手にしているような気がするの。そんなリョウを見ていてふっと思った。ずっと前に母さまやマイラが話してくれた小さな頃のリョウって、こんな感じだったのかもしれない。
もちろんリョウは大人だから、そうしてずっと睨まれたままでいるとすごく怖かった。でも、あたしなんかよりもリョウの方がずっと怖い思いをしてるの。だから、あたしはできるだけリョウを怯えさせないように、笑顔で優しく話し続けていた。
「そうだ、リョウが眠ってる間ね、あたしとタキとランドで勝手に家に入っちゃったの。台所も使っちゃった。あたし、リョウの目が覚めたら真っ先にそれを謝ろうと思ってたのよ。ごめんなさいね、リョウ。でも、もちろんあたしはリョウの狩りの道具には触れてないから安心して。ランドがきれいに整備してくれたけど、ランドだったらリョウも許してくれるよね ―― 」
少しでもリョウが記憶を思い出しす手助けがしたくて、あたしはしばらくの間、リョウにいろいろなことを聞かせていた。ランドの話から、夏の狩りの話。それから秋の結婚の話になって、神殿の結婚式の話から守護の巫女や運命の巫女が結婚した時の話。そのあたりまで話したとき、入口の扉がノックされたの。リョウの顔に緊張が走るのを見て、できるだけ穏やかな仕草で言い置いて部屋を出ると、外からタキが入ってくるのが見えた。
「祈りの巫女、リョウは?」
「目は覚めてるわ。だからあんまり大きな声は出さないで。ちょっと話しておかなければならないことがあるの」
「とりあえず安全なんだね。……判った。たぶんもうすぐランドもくると思うけど、先に聞かせてもらおうか」
タキは持ってきた荷物をテーブルに置いて、中身を広げ始めた。
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タキと二人で台所に立って、リョウとあたしの夕食を作りながら、あたしはリョウが目覚めてからの大まかなことをタキに話し終えていた。リョウが記憶を失ってしまったこと。リョウがあたしを警戒していて、今は一言もしゃべってくれないこと。薬も水も飲むのを拒否して、そうとう痛みがあるらしいこと。リョウのためのおかゆを作り終えたタキは、少し冷ますためにそのままテーブルに置いた。
「その話だけではまだはっきり判らないね。リョウにどの程度の記憶があるのか、すべての記憶がないのならいったいどの程度の理解力があるのか。祈りの巫女は子供のような印象を受けたって言ったけど、頭の中身まで子供なのかな。それによって神殿の対応もずいぶん変わってくるけど」
タキはランドとは違って、リョウが偽者だとか、影の手先だとかって可能性はあまり考えてないみたい。さっきも、薬が切れるのが判ってたのに、あたしとリョウを2人っきりにしてくれたんだ。もしあの場にランドがいたら、きっとなにがなんでもリョウが目覚める瞬間に立ち会おうとしていただろう。もしかしたらあたしを遠ざけようとすらしたかもしれない。
「リョウの話し方には子供っぽさは感じなかったわ。ただ、大人になってからのリョウはあんな風に人を警戒したりしなかったの」
「そう? オレはごく最近でもかなりリョウに警戒されてた気がするけどね。たまに関所で顔を合わせることもあったけど、けっこう無愛想だったよ」
タキの話し振りで、あたしはタキがリョウに持っている印象がずいぶんあたしと違うことに気がついた。あたしだったら、間違ってもリョウに無愛想だなんて形容はつけないもの。もしかしたらリョウって、あたしが思ってた以上にタキに嫉妬してたのかもしれない。
「まあ、とりあえずリョウと話してみよう。早いうちに確かめておかなければならないこともあるし。祈りの巫女、もしよかったら夕食を食べながら待っててもいいよ」
「そんなの……あたしも一緒にいるわ。話の邪魔だっていうんだったらぜったいしゃべらないから。お願い、立ち会わせて」
「邪魔ってことはないよ。でも、できるなら口を挟まないでくれる? 話の持って行き方によっては、祈りの巫女には不本意に思えることがあるかもしれないから」
タキがそう言って表情を引き締めたから、あたしは無心でうなずくしかなかった。
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その部屋のドアをタキがノックしても、中からの返事はなかった。タキはそれほど気にならないみたいで、ごく普通の動作でドアを開けて、部屋に入ったの。ベッドのリョウはさっきまでとまったく同じ姿勢で横たわっていた。視線はこちらに向けたままで、タキを見て少しだけ警戒を強めたみたい。
タキは部屋にあった椅子を引いてきて、リョウの枕もとに腰掛けた。
「オレが誰だか判る?」
リョウは口を閉ざしていたけれど、それでもタキが辛抱強く待っていると、やがて低い声でボソッと言った。
「誰だ」
「この村の神官で、今は祈りの巫女の世話係でもあるタキ。あなたは? 名前はなんていうんだ?」
「……リョウだ」
あたしは少なからず驚いていた。リョウは警戒は解いてなかったけど、タキの質問にはちゃんと答えていたから。あたしにはぜんぜん答えてくれなかったのに。
「それじゃ、リョウと呼ばせてもらうよ。オレのことはタキでかまわない。これからいくつか質問するけど、答えられる質問には正直に答えて欲しい。リョウの方から質問があればオレも正直に答えると約束するよ」
「……ここはどこだ」
リョウは、あたしにしたのと同じ質問を繰り返した。
「ここ? ここは山間にあるオレたちの村の、東の山の中腹にある神殿から少し下った森の中にある、狩人のリョウが建てた家の寝室だ。いずれは婚約者である祈りの巫女ユーナが彼と一緒に住むことになる。これで質問の答えになったかな」
「……」
「なら、今度はこちらの番だ。……リョウ、君はそこにいる祈りの巫女、彼女はユーナと名乗ったと思うけど、その彼女に危害を加える意思があるか? もしくは、彼女以外の村の人間に危害を加える意思があるか?」
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