真・祈りの巫女
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「誰か……」
神殿の石段を駆け降りながらそう言いかけたけど、大きな声を出すのはためらわれた。不意にリョウの存在を説明するのが困難だって気づいたから。だって、死んだ人は生き返ったりしない。少なくとも今までは、死んだあとに生き返った人なんかいない。神殿であったこと、ぜんぶ正直に話したとしても、話を聞いた人の中にはリョウが悪いものだって思う人がいるかもしれないんだ。
それにあたし、禁忌に触れた。自分のことを祈っちゃいけないっていう戒めを破ったの。それによってあたしが罰を受けるのは仕方がないことだけど、せっかく生き返ったリョウにまで罪が及ぶようなことがあっちゃいけないよ。
リョウのことはまだ隠しておかなきゃいけない。だけど、あたし1人じゃリョウを神殿から運び出すことも、怪我の治療をしてあげることもできない。誰か、信頼できる人には正直に打ち明けなきゃ。……タキ、タキならリョウを運ぶこともできる……?
「どうしたユーナ! なにかあったのか?」
突然声をかけられて驚いた。振り返った視線の先には、本当ならここにいるはずのない人。あたしの肩を力強く掴んだのはランドだったんだ。
「ランド……。ランド助けて! お願い、何も言わないであたしを助けて!」
「……判った。助けてやるから説明しろ」
「ついてきて!」
ランドはあたしの必死の表情になにか感じるものがあったんだろう。あたし、そのままランドを引っ張って石段を上がった。ランドなら信頼できるよ。だって、ランドはリョウの親友なんだもん。リョウにとって悪いことなんかぜったいにしないはずだから。
神殿の扉を開ける瞬間、あたしは目を離していた間にリョウが消えていそうな気がして、少しだけ怖かった。でも、ようやく月が山の間から顔を出して、その明るさに照らされた神殿の床に、さっきと変わらない様子でリョウは横たわっていたの。その姿を目にしたランドは、もうあたしが導くのを待つことはしないで、自分からリョウに近づいていった。
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無言で倒れた人影に近づいて、そのまま倒れずにあったろうそくをかざして顔を覗き込んだランドは、一瞬息を飲んだ。
「……まさか。……そんなバカな! リョウは死んだはずだ!」
「怪我をしてるの! お願いランド、リョウを部屋に運んで! あたし1人じゃリョウを助けてあげられないの!」
勢いよく振り返ったランドは、あたしの肩をきつく掴んで言った。
「ユーナ! いったい何があった! どうしてリョウがここにいるんだ!」
「神様が……神様があたしにリョウを返してくれたの! あたしがリョウを生き返らせて欲しいって祈ったから、神様が奇跡を起こしてくださったの!」
ランドに言いながらあたし、その言葉をだんだん自分でも信じるようになっていったの。これはあたしを哀れんだ神様が、あたしのために起こしてくれた奇跡なんだって。
「オレはリョウが死ぬところを見たんだ! バラバラになったリョウの亡骸を集めて、草原と森の間に穴を掘って埋めるところも手伝った。おまえがいくら祈ったところであんな状態の人間が生き返る訳がねえだろ!」
「だったらランドはこれがリョウじゃないって言うの? よく見てよ! どう見たってこれはリョウだよ! リョウ以外の人だなんてこと絶対にありえないよ!」
「……ああ、確かにリョウだ。リョウに見える。だけど、これがリョウじゃない可能性だってまったくない訳じゃない」
「リョウだよ! だって、今は気を失ってるけど、さっきほんの少しだけ意識があったの。その時あたしの顔を見て“ユーナ”って言ったんだから! ……ねえ、ランド。今あたしをユーナって呼ぶ人はすごく少ないんだよ。神殿ではカーヤだけで、村ではランドや小さな頃からあたしを知ってる人たちだけで、あとの人はみんなあたしを祈りの巫女って呼ぶんだもん。あたしのことをユーナって呼んだだけで、この人はリョウなの。お願い信じて! リョウを助けてよ!」
「おまえの、名前を呼んだのか……? おまえのことをユーナって……」
ランドはあたしとリョウを交互に見て、しばらく絶句していた。あたしも黙ったまま、ランドが信じてくれるのを辛抱強く待っていた。
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しばらく考え込んでいたランドは、やがて顔を上げた。
「……判った。どっちにしろこのまま放っておく訳にはいかねえ。ユーナ、こいつをどこに連れて行くつもりだ」
それについては、ランドが黙っていた間にあたしもいろいろ考えていたの。あたしの宿舎に運び込めたら1番よかったけど、今はオミもいるし、それにあたしの宿舎にいたら神殿のみんなにリョウのことを隠すことなんかできない。いずれ判ってしまうことだったけど、今は少しでも時間を稼ぎたかったの。せめてリョウの意識が戻って、リョウが自分でみんなを説得することができるようになるまで。
「リョウの家に連れて行って。そこなら神殿から遠くないし、あたしも看病に通えるから」
「リョウの家、か。村へ運ぶよりはマシだな。だがリョウはオレよりでかいし……。ユーナ、少しだけここで待ってろ」
あたしが不安な気持ちでランドを見送って、しばらくリョウの苦しそうな顔を見つめてじりじりしながら待っていると、かなり時間を置いて再びランドが戻ってきたの。その時ランドは手に担架を持って、うしろにはタキを従えていたんだ。
「タキ……」
「祈りの巫女! リョウが生き返ったっていったい……」
「怪我をしてるの! お願いタキ、リョウを助けて!」
どうしてランドがタキを連れてきたのかは判らなかったけど、今はそんなことを追求する気はなかった。タキは横たわるリョウを覗き込んで、そのあと信じられないような顔であたしを見つめる。そしてやがて、気づいたように目を見開いたの。
「まさか、君は祈ったのか? リョウの復活を神様に祈ったのか!」
自分が戒めを破ったことをタキに責められているのが判って、あたしはそのうしろめたさに答えることができなかった。
「なんでそんなことを……! このことがみんなに知れたら、君はどうなるか……」
「あたしのことなんかいいの! それよりリョウを助けて! リョウを助けるために力を貸して!」
「ユーナ、見た目はひどいがリョウの傷はそれほど深くねえ。心配するな。タキ、リョウを運ぶのを手伝ってくれ」
いつの間にかリョウを担架に移し終えていたランドがそう言って、まだ心を決めかねていたタキを促した。
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タキが持ってきていたランプをかざして、あたしは担架を持った2人をリョウの家まで先導した。リョウはずっと意識を失ったままで、ベッドに寝かせたときに多少のうめき声は上げたものの、目を覚ますことはなかった。家の中を灯りで満たしたあと、あたしはランドとタキに家を追い出されたの。リョウはほとんど全身に渡って怪我をしていて、治療のためには服をぜんぶ脱がさなければならなかったから、独身の女の子が見るものじゃないっていうのがその理由だった。
ランドは狩人だから、怪我の応急処置には慣れていた。タキも神官だったから、ローグほど本格的じゃなくても怪我や病気の治療には精通している。だから2人に任せておけば安心だったのだけど、家の扉の前で待っているあいだ、あたしはものすごく不安だった。だって、あたしは1度リョウが死んだときの絶望を味わったんだもん。リョウが生き返ってすごく嬉しかったのに、もしもまたリョウが死んでしまったら、その時自分がどうなるのか判らなかったから。
もう2度と、あんな想いはたくさんだよ。もしも今度リョウが死んじゃったらあたしも一緒に死のう。誰に止められたって、誰が悲しんだって、あたしはリョウと一緒にいるんだ。だって、リョウがいないあの時のあたしは、もう祈りの巫女じゃなかったんだから。
ううん、禁忌を破った時点で、今でもあたしは祈りの巫女じゃなくなってるのかもしれない。殺されるのか、追放されるのか、神殿が与える罰がどんなものかは判らないけど、あたしはリョウを生き返らせたことを後悔はしないよ。たとえ村を追い出されることになったって、リョウと一緒ならその方がずっと幸せだと思うから。
リョウ、お願い、助かって。神様、もしもあたしにまだ祈りの巫女の力があるなら、リョウの命を助けて。
そうして、あたしが心の中で祈りを捧げていたその時、不意に人の気配があって扉が中から開いたの。
「ランド! リョウは? リョウは大丈夫?」
ランドは1人きりで、外に出たあと後ろ手に扉を閉めた。まるで、会話を中にいるタキに聞かれまいとするかのように。
「ああ、怪我の方は大丈夫だ。さっきも言った通り、数は多いが1つ1つはそれほど深い傷じゃないからな。あれが本当にリョウなら、鍛えてるから心配することはない」
その言い方から察するに、ランドはまだ少しリョウのことを疑っているみたいだった。
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「リョウの傷は獣に噛まれた傷がほとんどだ。おそらくリグか、それに似た獣の群れに襲われたんだろう。群れに囲まれて、あれほどの傷を負って、それで自力で逃げられたのだとしたら奇跡に近いな。普通はあそこまで怪我をしたらそのまま喰われちまうもんだが」
深く考えたら、リョウがリグに襲われた怪我をしているのは、すごく不思議なことだった。でも、あたしはそれほど深く考えたりしなかった。それを考えるのは危険だって、心の底で警告が発せられているように。
「リョウは強いもん。リグの群れなんかに殺されたりしないわ」
「そうだな。だからこそ、ふだんのリョウならリグ相手にあれほどの怪我を負ったりもしねえんだ。……あのな、ユーナ。オレは今はおまえの説得を諦めてる。今のおまえには何を言っても無駄だ。だから、これは説得じゃなくて、単なる情報として聞いておけ。……リョウは、本来のリョウは、リグ相手にあれほどの怪我を負うことはぜったいにない」
ランドがいったい何を言いたいのか、あたしには判らなかった。
「万が一、リョウがリグに襲われてあの怪我をしたのだとしたら、その時はもう自力では逃げられねえ。誰かに助けてもらったか、リグたちが別の危険を察知してリョウを喰うのを諦めたか、そのどちらかだ。ユーナ、リョウは神殿へはどうやってきたんだ?」
「神様が連れてきてくださったのよ。突然神殿が光に包まれて、気がついたらリョウがあの場所にいたの」
「光……? オレはあの時ずっと神殿を見ていたが、光なんか漏れてこなかったぜ」
え? あの巨大な光は神殿の外からでは見えなかったの? ……それより、ランドはどうしてあの時あんなところにいたの? だってランドは村の、あたしの実家近くに住んでいて、家は影の襲撃からは逃れてたはずなのに。
「もしかして……あたしのことを見張ってたの……?」
「しかたねえだろ。あの時のおまえは普通じゃなかったんだ。同じことをタキの奴も考えてたらしくて、途中からは交代で見張ることにして……。まあ、そんなことはどうだっていいんだ。ユーナ、リョウには今はこの家にあった服を着せてあるが、さっきまでのリョウの服と、身につけていたものをどうする? おまえが望むんならオレが処分してやってもいいが」
話を聞いているうちに、あたしの足元からは震えが伝わってきていた。
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リョウの服と、持ち物。
あの時、ただでさえ神殿の中は真っ暗で、しかもリョウは身体にたくさんの怪我をしていて、着ていた服はボロボロだった。だからリョウがどんな服を着てたかなんて、あたしは覚えてない。覚えてなかったけど ――
なんだかすごく嫌な予感がした。あたしは考えちゃいけない。……ランドはすごく正直で公平な人だ。あたしがなにを恐れているのか、ちゃんと判ってくれている。
「ランド、お願い、あなたが保管していて。誰の目にも触れないところへ」
「処分するんじゃないのか? 保管しておいていいのか?」
「判らない。判らないけど、それはあたしの自由にしちゃいけないような気がするの。せめて、リョウの目が覚めるまでは、そのままにしておいて。……ランドには迷惑かもしれないけど」
「……判った。オレが自宅に隠しておく。ミイには中身については内緒にしておくが、おまえかリョウのどちらかが取りに来た時にはすぐに渡せるように話しておく。……それでいいか?」
「ええ、ありがとう」
少しの間、2人に沈黙が流れていた。その時に家の中で気配がして、タキの足音が近づいてきたの。タキは扉を開けて、あたしを見ると少し複雑な表情で微笑んだ。それだけでタキが、ランドと同じようにリョウについて疑っているらしいことは感じられたから、あたしも曖昧に微笑み返すことで答えた。
「祈りの巫女、ランドに聞いたと思うけど、リョウは命には別状ないから安心するといいよ。オレはこれから戻って薬を調合してくる。君も宿舎に戻るなら一緒に行こう」
「ううん、あたしはリョウの傍についてるわ。カーヤにはタキがうまく言っておいて」
「そう言うと思った。判ったよ。カーヤにはなんとかごまかしておく。少し熱が出るかもしれないから、額を冷やしてあげてくれる?」
あたしがうなずくと、タキは神殿へ戻っていった。そのうしろ姿を見送ったあと、あたしとランドは再び家の中に入ったの。
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また、ほんの少しだけ、リョウに会うのが怖い気がした。リョウが消えてしまってるとか、あるいは、明るい光の下で見たら、リョウがリョウとは似ても似つかない別人だったりとか。でもランドはずんずん部屋の中へ入っていってしまって、だからあたしも遅れないようについていったから、あまり考える暇もなくその怖さは氷解していったの。覗き込んだあたしの目に映ったのは、それはあたしが2年前に1度しか見たことがない眠るリョウの姿だったけど、その時目に焼き付けた顔と何ひとつ変わっていなかったから。
もし、たとえほんの少しでもリョウの様子が違っていたら、たぶんランドはもっとはっきり「これはリョウじゃない」と主張したのだろう。情報としてではなく証拠として数々の不自然さを挙げ連ねて、あたしを説得しようとしたのだろう。でも、たとえ着ていた服がいつものリョウと違っていたとしても、ほんの少し髪形が違っていて、少しだけ肌の日焼けが少ない気がしたとしても、ここにいるのは紛れもなくあたしのリョウだったんだ。まつげも、唇も、首筋のほくろも、生きていた時のリョウと何ひとつ違うところなんてなかったんだから。
「リョウ……ほんとに帰ってきてくれた……」
ベッドの脇に膝をついたあたしは、リョウの頬に手を伸ばして、その熱さに気がついた。呼吸も少し荒いみたい。たぶんタキが言ってたように熱が出始めてるんだ。
「ランド。リョウ、熱があるわ」
「これだけ派手に獣に噛まれれば熱も出るさ。すぐに引けば問題はない。ただ……長く続いたら危険だな」
「危険? 死ぬかもしれないってこと?」
「そうだ。ごく稀にだか、獣に噛まれた傷口から悪い風が入って、時には命を落とすこともある。だがそれはもうそいつが持って生まれた運の強さがものを言う世界の話だからな。リョウほどの体力があれば、よほど運が悪くない限り大丈夫だ」
あたしは、枕もとに用意してあった桶で手拭を絞って、リョウの額に乗せた。その作業を見守ったあと、ランドが言ったの。
「ユーナ、これからどうするつもりだ。……さっきタキに聞いたんだが、おまえは祈りの巫女がやっちゃいけねえことをしたそうだな」
そう問われて、あたしは言葉に詰まった。
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ランドはふいっと部屋を出て行って、帰ってきたときにはコップを2つ手にしていた。その1つをあたしに手渡してくれる。
「茶葉が見つからねえからただの白湯だ。酒の方がよければそうしてやるが」
「……ううん、ありがとう」
少しぬるくなった白湯を一気に飲み干してランドを見ると、どうやらランドはお酒にしたみたい。半分くらい飲んで、そのままリョウの様子を見つめている。たぶん、あたしが話し始めるのを待っていてくれてるんだ。リョウの様子を注意深く観察しながら、あたしは静かに話し始めたの。
「祈りの巫女はね、自分のことは祈っちゃいけないことになってるの。自分のことは強い想いになる。そんな強い想いで祈るのはよくないことだから、神殿ではあたしが自分の願いを祈るのを禁じているの」
あたしはさっき神様に、リョウを返して欲しいって、そう祈った。あたしの願いを神様に伝えてしまった。その祈りはとてつもなく強くて、だからリョウが甦ってしまったんだ。あたしの祈りが今までよりもずっと強かったから、初めて神様はあたしに神様の声を聞かせてくれたんだ。
「オレにはよく判らねえ。つまり、おまえは悪いことをしたんだな。それなのになんで神様はおまえの願いをかなえたりするんだ? 神様は悪い願いでもかなえてくれたりするのか?」
「神様はね、善と悪を区別したりしないの。それを決めるのは人間で、神様はただ祈りの巫女の祈りを聞き届けてくれるだけ。例えば、あたしが村を滅ぼす祈りをして、その祈りが神様に届いたとしたら、村は滅んでしまう。だから祈りの巫女は、常に正しい心を持っていなければいけないの」
ランドはあたしを見て、少しあとずさるような仕草をした。今までランドは神殿とはほとんどかかわらずに生きてきた人だった。もしかしたら、あたしに対して恐れの感情を抱いたのかもしれない。
「祈りの巫女は、村に幸せをもたらすけど、同時に村にとって危険な存在でもあるの。あたしは禁忌を破ることで、神殿の信頼を失ってしまったかもしれない。だから、このことが神殿に知られたら、あたしは殺されてしまうかもしれないの」
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たぶんランドは、あたしが祈りの巫女になってからもずっと、あたしのことは小さな女の子として認識してきたのだろう。近所に住んでいて、いつもリョウのことを追いかけてた、小さな女の子。それからまだ何年も経ってないんだもん。あたしがそう祈ることで人を生き返らせたり、村を滅ぼしたりできるなんて、きっと思ってもみなかったんだ。
もちろんあたし自身だって思ってなかったよ。自分にリョウを生き返らせる力があるだなんてこと。でも、あたしはリョウを生き返らせてしまったの。この事実だって、これから先ぜったいに消しようがないんだ。
「神殿が巫女を殺したなんて話は聞いたことがねえ。それは本当にありうることなのか?」
「今までの巫女は禁忌を犯したりしなかったもの。……あたしもね、考えてた。たとえ守護の巫女が神殿からあたしを追放したとしても、あたしの祈りの巫女としての力が消える訳じゃない。この力はあたしが生まれたときに神様が与えてくださったもので、神殿はあたしに名前を与えただけだから、名前だけを奪っても力は消えないの。もしもあたしの力を恐れて消そうとするなら、あたしを殺すしかない」
ランドはしばらくの間、一点を見つめて何かを考えているようだった。やがて、残りのお酒をぜんぶ飲み干したランドは、コップをベッドの枕もとに叩きつけるように置いて、言ったの。
「つまり、今のままじゃ遠からずユーナが殺される可能性がある訳だな。神殿がリョウのことを知ったときには」
「あたしは村を滅ぼそうなんて考えてないわ。でも、みんながそう信じてくれなかったら、そういうこともあるかもしれない」
「要はおまえが自分のことを祈ったのが問題なんだな。……だったら、その証拠を消しちまえばいい」
ランドがそう言って、ベッドの上のリョウに視線を向けたとき、あたしは背筋がゾクッとした。
まさか……ランドはリョウを殺そうとしているの? リョウを殺して、あたしの命を救おうと言うの?
「やめてランド! リョウはなにも悪くないわ! リョウを殺すなんて言わないで!」
「今なら知っているのはタキだけだ。証拠を消しちまえば、おまえが禁忌を犯したことは誰にも知られないで済むはずだ」
「リョウを殺したらあたしも死ぬから! ……もしも死ねなくても、その時は本当に村を滅ぼす祈りの巫女になるわ!」
表情を変えずに、ランドはあたしを振り返った。視線の駆け引きには負けないって、あたしはランドを正面から睨みつけた。
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睨み合いの緊張感はしばらくの間続いた。でも、やがて大きく息をついて、ランドが視線を外した。
「……たかが男1人に命なんか張るな、バカ」
そのままランドは立ち上がって、部屋を出て行ったの。戻った時にはお酒を瓶ごと持ち込んでいた。
「リョウはたかが男じゃないもん!」
「気に入らねえなら言い直す。 ―― 恋人のために命をかけるのは男の仕事だ。女は見掛けだけでもか弱いフリをしてろ。……でねえと、男の度胸のなさが目立っちまうじゃねえか」
言いながら、ランドはコップにお酒を注いで、言葉が終わった時にほとんど1口で飲み干したの。そして、少し潤んだ目をあたしに向けて、にやりと笑った。その笑顔はすごくアンバランスで、あたしも思わず頬が緩んでいたの。
「あたしはリョウを守りたいの。だから、みんながあたしを信じてくれるまで、何度だって説得する。それでも信じてもらえなかったら、その時はしょうがないわ。素直に殺されるわ。でも、リョウだけはなんとしても守りたいの」
「もしもリョウが今までのリョウとは別のものだったらどうする。村を滅ぼすために現われた、影の手先だったら」
「その時は……あたしがリョウを殺すわ。約束する」
リョウに聞かれるのを恐れて少し声を潜めて言うと、おもむろにランドは無言であたしのコップにお酒を注いだ。そのあと自分のコップにも同じだけ注いで、軽く縁をぶつけてくる。仕草で飲むように言われて、あたしはほんの1口だけコップに口をつけた。
「判った。……ユーナ、おまえのことは、オレが守ってやる。おまえが神殿に殺された時にはオレがリョウを守ってやる。そして……おまえがリョウに殺された時には、おまえの代わりにオレがリョウを殺してやる」
ランドの言葉に、あたしは一瞬身体を震わせた。怖かったけど……でも、ランドはリョウを殺すって言ってるんじゃない。ランドはあたしの味方についてくれたんだ。あたしと一緒にリョウを守ってくれるって、そう言ってくれてるんだ。
心を憎しみで満たしたあの時、あたしは誰も頼れないって、そう思った。あたしの気持ちは誰にも判らないんだ、って。
1度孤独に落ちたあたしには、ランドの言葉はすごく心強く響いたの。
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