真・祈りの巫女
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守護の巫女と運命の巫女は年が近いせいか5人の中ではいちばん仲がいいの。確かほんのちょっとだけ守護の巫女が年上で、子供も2人ずついて、それだけ見るとよく似てそうだけど印象がぜんぜん違うんだ。守護の巫女は女性にしてはすごく背が高くて、平均的な男性と同じくらいあって堂々としてる。でも運命の巫女は、割に小柄なあたしよりも更に小さくて、普通にしてると判らないけどちょっとだけ片足を引きずるような感じで歩くの。そんな2人はふだんでも仲がよくて、たまにあたしが守護の巫女に用事があって宿舎を訪れると、2人でお茶を飲みながら世間話をしてたりする。居間にはもう1人守護の巫女の世話係をしているノーラがいて、すぐにテーブルにお茶を入れてくれたから、あたしも自分の席に座った。
「ありがとう、ノーラ」
「祈りの巫女、そろそろ結婚式も近いわよね。神殿にまだ予約が入ってないようだけどちゃんと進んでるの?」
あたし、会議の時によくリョウとのことも話していたから、守護の巫女も運命の巫女もあたしが秋に結婚するって知ってるんだ。この前の会議の時は何も答えられなかったから、みんなを心配させちゃってたけど、そう守護の巫女に訊かれてあたしは思わず笑みがこぼれた。
「明日リョウがあたしの両親に正式に話をしてくれることになったの。あたしにも立ち会って欲しいって、昨日リョウが話してくれたわ」
「そう、それはよかったわね。おめでとう、祈りの巫女」
「おめでとう。リョウがその試練を乗り越えたらもうすぐね。安心したわ」
2人ともそう言ってあたしを祝福してくれる。あたしも笑顔でお礼を言ったけど、運命の巫女が言った試練て言葉はちょっとだけ引っかかった。まあでも、2人ともあたしの父さまが優しいってことを知らないから、そのまま聞き流すことにしたの。
「それじゃ、祈りの巫女は明日は実家に泊まりるのね。明後日は帰ってくるのでしょう?」
「ええ、一応そのつもりだけど。……何かあるの?」
運命の巫女と守護の巫女はちょっとだけ顔を見合わせて表情を曇らせた。その2人の視線が何かを隠しているように見えて、あたしは知らずに身構えてしまっていた。
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「どうかしたの? 確か明後日の午前中は特別な予定は何もなかったわよね」
そう、どちらにともなく言うと、運命の巫女は作ったような笑顔であたしに微笑んだ。
「ちょっと気になることがあるの。もうすぐ聖櫃の巫女と神託の巫女がくると思うから、その時一緒に話すわね」
運命の巫女は村の未来を予言するから、村の未来に何か不安なものを見たのかもしれない。でも、運命の巫女がそう言って話を終わらせてしまったから、あたしはそれ以上何も訊けなかった。あたしは黙り込んでしまったけど、守護の巫女と運命の巫女は自分たちが結婚した時の思い出話なんかを始めてしまったの。その様子はさっきまでとぜんぜん変わらないくらい明るかったから、しだいにあたしも巻き込まれて笑顔になっていった。
やがて聖櫃の巫女と神託の巫女が相次いでやってきて、ノーラがお茶を入れて宿舎を出て行ってから、恒例の会議が始まっていた。議長は守護の巫女で、だから最初に口を切ったのも守護の巫女だった。
「それじゃ、始めるわね。まずはいつものこの村の未来について。運命の巫女が見る未来が少し変化したわ。詳しいことは運命の巫女から直接話した方がいいわね」
このところずっと、運命の巫女には未来がきちんと見えていなかった。あたしが2年前に初めてこの話を聞いたとき守護の巫女が言ってたの。運命の巫女に未来が見えないのは、未来がまだ決まってないからなんだって。そして、その未来はあたし、祈りの巫女が握っているんだ、って。視線を運命の巫女に移しながら、あたしは少しドキドキしてきていた。
「前から話していた通り、私にはずっとこの村の未来が見えなかったわ。でも、この間の会議のあとからだんだん少しずつ見え始めてきたの。まだここで詳しく話せるほどはっきりとは見えてないけれど、1つだけ言えることがある。……近いうちに何かの災厄がこの村を襲うわ。そして、たくさんの人が死ぬの」
あたしは少し視線をずらして、正面にいた聖櫃の巫女を見遣った。聖櫃の巫女もあたしを見て、それからあたしの隣にいた神託の巫女を見たの。聖櫃の巫女につられてあたしも神託の巫女を振り返った。そうだ、2年前のあの時神託の巫女は、たくさんの人間が同じ時期に死を迎える予言をしていたんだ。
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「今の私に見えているのは、なにか大きな力に押しつぶされたいくつかの家、混乱したざわめきと苦痛の叫び、人の血の匂いと物が焼ける煙の嫌な匂い、緊迫した空気と、人々の焦りや不安、そういうものだわ。張り詰めた空気に鳥肌が立つの。いつもなら未来はもっとはっきりと見えるのよ。例えば……そうね、何年か前に祈りの巫女が西の森の沼に落ちたわよね。それを予知した時には、私には祈りの巫女が沼に落ちるのがいつの出来事なのかも、そのあと狩人のリョウが助けにくることも判っていたし、会話の内容や祈りの巫女の心の動きすらも、見ようと思えば見えたのよ。もちろんそこまで個人的なことには触れてないけれど。……だから、運命の巫女の私にとって、未来がこれだけしか見えないのは尋常なことではないのよ」
運命の巫女はことさらあたしに気を使って、あたしがすんなり理解できるたとえ話をしてくれたみたい。あたしが理解したという風に微笑むと、それ以上運命の巫女は話をしないで、神託の巫女が引き継いでいた。
「私に見えるのは人間ひとりひとりの寿命だけど、先代の神託の巫女が生きていた10年前までも、そのあと私が襲名してからも、若くして寿命が尽きる人の割合が増えつづけていたの。最初に疑問を持ったのが先代で、その人たちが亡くなる年齢を年代に換算してみたら1500年代初頭だったから、この偶然の一致に先代はとても驚いたそうよ。知っての通り今年は1501年で、実は去年からその時期に突入しているの。この事実に運命の巫女の予言を照らし合わせてちょうだい。おそらく今年、しかもそれほど遠くない未来に、運命の巫女が予言したような災厄が起こって村のたくさんの人が死ぬことになるのよ」
運命の巫女は今回、詳しい未来は見えてないけど、神託の巫女がひとりひとりの寿命を予言しているから、村に大きな災厄が起こると結論付けたんだ。運命の巫女には決まっていない未来は見ることができない。だから、村に災厄が起こることは、もう決まってしまった未来なんだ。
神託の巫女はいつ誰が死ぬのかを予言することができる。この人たちを救うことはできないの? 例えば、あらかじめどこかに避難させておくとか。
「神託の巫女、今年死ぬ人が誰なのか教えて。その人たちに神殿に避難してもらえばいいわ」
あたしのそんな言葉を、神託の巫女はとっくに予想していたみたいだった。
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神託の巫女は少しも驚いた表情を見せないで、用意していたようにあたしに語り始めた。
「人の運命には今でもまだまだ判らないことが多いから、もしかしたら祈りの巫女の言うとおりにしたら救える人もいるかもしれないわ。でも、過去にそれを考えた人がまったくいない訳ではなかったのよ」
……そうか、そうよね、今まで1500年もの間、運命の巫女や神託の巫女がそれを試してみなかったはずなんかないんだ。だって、2人には人の死と村の出来事が判るんだもん。
「800年くらい前に運命の巫女と神託の巫女が共同で研究した資料が残ってるの。いくつか例をあげてみるわね。 ―― ある若いきこりはその年に寿命がくるのが判っていた。運命の巫女はそのきこりが仕事中に崖崩れに遭う予言をしたの。2人はそのきこりに山での仕事を控えるように言ったわ。きこりは忠実に守っていたのだけど、ある日崖崩れが起こるのとはまったく別の森で、猛獣に襲われて死んでしまった。 ―― また、ある家族は、4人全員がいっぺんに寿命が尽きる。彼らが住む近所一帯が火事になることが判って、その一家だけを別の場所に避難させたの。でもその火事と同じ日に、一家は食事にあたって全員死んでしまった。 ―― ほかにもたくさんの例があるわ。でも、このときの運命の巫女と神託の巫女は、けっきょくただの1人も助けることができなかったのよ」
たとえ1つの危険を避けることができたとしても、そのほかの危険がちゃんと用意されていて、必ず死んでしまう。人の寿命はすでに決まっていて、それ以上生きることはできないの? この災厄で死んでしまう予定の人は、もう助けることができないの……?
「祈りの巫女。たとえ神殿に避難してもらっても、必ず助けられるとは限らない。助けられない可能性の方がはるかに大きい。むしろ、残り少ない寿命を無駄に過ごさせてしまうかもしれないわ」
「……無駄に?」
「ええ。死ぬまでの最後の数日間、その人たちは死の恐怖に怯えながら暮らさなければならないわ。自分の死期を知って平然としていられるほど強い人間なんて、世の中には数えるほどしかいないもの。どんなにその人の死を回避したいと願っても、それはかなえられない。すべて私の心の中にしまっておくしかないのよ」
そうなんだ。神託の巫女は、自分の辛い気持ちを押し殺して、村人全員の命を心に背負っているんだ。
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巫女は、強くなければならない。村を導いていく守護の巫女も、村の未来を見る運命の巫女も、人の寿命を見る神託の巫女も、みんな心の強さを持ってるんだ。神事を司る聖櫃の巫女もきっと同じ。だから、祈りの巫女であるあたしも、ほかの巫女たちと同じように、巫女の強さを持たなければならないんだ。
災厄や人の死に動揺しちゃいけない。心を強く持って、神様に願いを聞き届けてもらうんだ。その死が、たとえあたしの大切な人たちの死だったとしても。
「……もう、それほど遠い未来じゃないのね。村が災厄に襲われるのは決まってるんだ」
あたしが呟くと、それまで黙って見守ってくれていた巫女たち全員が、あたしを力づけるように微笑んだ。
「なんかあたし、自分のことで浮かれてる場合じゃないみたい。……明日実家に帰るのやめるわ」
神妙にあたしがそう言ったら、運命の巫女は急に明るい表情になったの。
「それはやめることないわよ、祈りの巫女。せっかくリョウがその気になってくれたんだもの。たかが村の災厄くらいで自分が幸せになるチャンスを逃すことはないわ」
たかが村の災厄、って……。こういう深刻な単語に「たかが」なんてつけていいものなの? そうあたしが驚いていたら、ほかのみんなの雰囲気も明るくなって、次々と運命の巫女に同調し始めたんだ。
「そうよ。祈りの巫女が結婚するなんて、こんなおめでたいことは中断しちゃいけないわよ」
「それに幸せな未来を思い描いていた方が、きっと祈りにも力がこもるわよね」
「そうそう、この未来を手に入れるために頑張るんだ!ってね。深刻になったからといって必ずしも未来が開ける訳ではないんだから」
そんな巫女たちの明るい声を聞いていたら、なんだかあたしもおかしくなってきちゃったよ。どうしてみんな、こんなに脳天気なんだろう。村が災厄に襲われて、たくさんの人が死んで、しかも村の未来はぜんぜん見えないっていうのに。
このときのあたしには、この明るさがみんなの優しさなんだってことには、まったく気付いていなかった。そして、この優しさが巫女の本当の強さなんだってことに気がついたのは、ずっとあとになってからのことだった。
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その日の午後、あたしはまた村に降りた。でも今日は村の人たちの話を聞くためじゃなかったの。いつものとおり村外れのマーサに挨拶して、家の中で太陽よりも熱いお茶をご馳走してもらいながら、昨日のレナの様子を少しだけ話した。それから今度は反対側の村外れまで歩いていく。西の森の手前には、ほかの家と少し離れたところに家があって、そこにはベイクとマイラ夫妻、そして小さなライが住んでいるんだ。
その長い坂を上がり切る頃にはすっかり息が切れてしまって、ノックをしてマイラがドアを開けてくれるのを待ってる間に汗がじっとりにじんでくる。ハンカチで額の汗をぬぐっていると、ライを抱き上げたマイラがドアを開けてくれた。あたしの顔を見てにっこり笑ったマイラは、昔の悲しい笑顔なんて嘘みたいだった。
「ユーナ、こんにちわ。よく来てくれたわね」
「こんにちわマイラ。突然でごめんなさいね。いま大丈夫?」
「ええ、あたしはこの通りライと2人きりだからね。ユーナならいつでも大歓迎よ」
そうマイラと会話を交わしている間にも、マイラに抱かれたライがニコニコしながらあたしに手を差し伸べてくる。そんなライの手を軽く握り返して、ライと手をつなぎながら食卓に案内されていった。ライはこの春に2歳になったばかりで、言葉をしゃべることはないけど、もしかしたらあたしのことを覚えているのかな。それとも、もともと愛想のいい子だから、誰にでも同じように愛想を振り撒いているのかもしれない。
「もうそろそろしゃべり始める頃?」
「ううん、まだしばらくかかるわね。ふつうは男の子の方が言葉が遅いから。最近ライは少しシュウに似てきたわね。このあいだまではぜんぜん違う顔をしてたのよ」
シュウの顔、か。あたしははっきり覚えてないんだ。シュウはあたしと同じ年で、5歳の時に死んでしまったから。
「そういえば、この前見たときはベイクによく似ていたのに、今はそれほど似てないわね。なんだか子供って不思議」
片手でライと遊びながら、あたしはライの笑顔に、シュウの面影を探していた。
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マイラがお茶を入れてくれる間、あたしはライを膝に乗せて、両手をつないで遊んでいた。でもライはすぐに飽きてしまったみたい。床に下ろすと、トコトコ歩いていって、積み木のおもちゃで独り遊びを始めてしまったの。
「あのまま遊ばせておいて大丈夫?」
「目を離さなければ大丈夫よ。ちょっと目を離すとすぐ高いところによじ登るけど。でも、シュウがあのくらいの頃はもっとすごかったのよ。積み木と椅子を使って窓から外に出ようとしたんだから」
「窓って……。窓の下まで椅子を引っ張っていって、その下に積み木を積んで踏み台にしたの?」
「そうよ。だからあたしはほんとに目が離せなかったの。ライにはそこまでの知恵はないみたいね。自分で降りられなくなるほど高いところには登らないから、けっこう慎重みたい。シュウよりはずいぶん安心して見ていられるわ」
ライはこんなに小さな男の子なのに、もうシュウとは違った個性があるんだ。たぶんあたりまえのことなのにあたしは驚いていた。
「シュウはやんちゃな子だったのね。あたしは優しかったシュウしか覚えてないわ」
「あたしもそうよ。ずっと忘れていたことも、ライを育てているうちに少しずつ思い出してきたの。こんな風に穏やかな気持ちでシュウを思い出せるなんて、以前は思いもしなかった。だからライが生まれてあたしは本当に幸せなのよ」
マイラはすごく自然な表情でそう言ったの。あたしはまだほんの少しだけシュウの命に責任を感じていて、マイラにはいつもどこかで負い目を持っていたけれど、そんな気持ちは持っていちゃいけないものなんだ、って、そう思った。だって、マイラは今本当に幸せなんだもん。ライを育てて、シュウを思い出して、でもそれでも幸せだって言えるんだもん。
「ユーナはどうなの? あたしは早くユーナが子供を産んで、その子をライの友達にしたいと思ってるのよ」
さりげなく、でも突然マイラがそんなことを言ったから、あたしはちょっとだけ顔を赤くしてしまったの。
「もう、マイラったら……。あたしはまだ結婚もしてないのよ」
「でももうすぐでしょう? 早ければ来年の今ごろには、ユーナも母親になってるわ」
マイラの言葉に照れながら、あたしはリョウとのことをマイラに話したんだ。
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マイラとの久しぶりの歓談はライがいたこともあってあまり落ち着かなくて、あたしは早々にマイラの家を辞すことにした。マイラに抱かれて笑顔で手を振ってくれるライはやっぱりかわいかったから、あたしもなんとなく自分の子供のことを考えちゃったよ。リョウと結婚して、2人の間に子供ができたら、ライのような男の子がいいな、って。リョウに似た男の子ならぜったいかわいいと思うもん。でも、祈りの巫女の仕事をしながら子供を育てるのはやっぱり大変だから、あたしも守護の巫女や運命の巫女のように、最高でも2人くらいしか育てられないと思う。
そんなことを考えて、ちょっとニヤニヤしながら向かったのは、あたしが生まれ育った実家だった。明日リョウをつれて帰ることを母さまに報告しておかなければいけないから。あたしは実家に泊まるから食事やベッドの用意もお願いしないとならないし、きっとリョウと父さまは飲みながら話に花を咲かせるものね。お酒もたくさん用意してもらって、リョウの緊張を少しでもほぐしてもらうようにするんだ。
あたしが家につくと、母さまは笑顔で迎えてくれて、オミが作ったというガラスのコップに冷えたお茶を入れてくれた。
「オミはもうこんなものまで作れるようになったのね」
弟のオミは13歳で、村のほかの子供たちよりも早くガラス職人の修行を始めたの。オミが作ったコップは父さまが作るのと比べたらガラスの厚みも不均一で、よく見るとほんの少し傾いていた。
「父さまね、オミにはまだまだだって言うのだけど、オミがいないところでは誉めてるのよ。オミは本当に真剣に仕事をしてて、その分覚えも早い、って。でも独り立ちはまだできそうにないわね。父さまのように、ほかの村でも売れるような品物を作るには、あと10年はかかるのですって」
あたしは今まで父さまの仕事のことを詳しく知らなかったのだけど、オミが修行を始めてから、時々母さまが話してくれるようになった。父さまのガラス細工は村で使う分だけじゃなくて、村の外にも輸出されてるんだ。特に動物や植物の形をした文鎮が貴族たちに人気があって、村の人に頼まれた仕事がない時は余分に作ってるんだって。
母さまは、オミがだんだん一人前になっていくのが、自分のことのように嬉しいみたいだった。
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母さまに明日のことやリョウのことをいろいろ話して、オミの話をたくさん聞いていたら、時間は瞬く間に過ぎていった。もちろん夕食は宿舎で食べることにしていたけれど、それよりもずっと早く母さまは夕食の用意を始めたの。リョウとの待ち合わせにはまだ時間があったから、あたしも母さまの食事の支度をお手伝いした。そうして夕ご飯が作り終わる頃、父さまとオミが連れ立って帰ってきたの。
あたし、まさか今日父さまに会えると思ってなかったから、すごく嬉しかった。父さまもあたしがいて驚いたみたい。お互いちょっとびっくりしたように顔を見合わせて、やがてどちらともなく笑顔になっていった。
「お帰りなさい、父さま」
「ユーナ……。今日はどうしたんだ? 泊まりにきたのか?」
「ううん、違うの。でも明日泊まりにくるから、そのことを母さまに話にきて話し込んじゃったの」
「ユーナったらね、明日リョウを連れてきたいのですって。いよいよリョウとの結婚のお話を進めるみたいよ」
「なに? ユーナとうとうリョウと結婚するのか?」
父さまが返事をするよりも早く、うしろにいたオミが声を出していた。あたしはオミに視線を移して、ちょっと驚いた。ついこの間会ったばかりなのに、オミはなんだか背が伸びたみたい。いつの間にかあたしを追い越して、それだけじゃなくて少し大人っぽくなった気がするよ。
「オミ、背、伸びた?」
「……さあ、どうかな。自分じゃあんまり判らないけど、たぶん少しは伸びただろ?」
「その仕事着もだんだん窮屈になってきたわね。そろそろ少し大きめのサイズで新しく作ってもらいましょう」
母さまはそう言ってオミを食卓に促したから、あたしも自分の席に腰掛けた。母さまは父さまとオミの食卓に食前酒を用意して、あたしにも訊いてくれる。あたしはこれから宿舎に帰らなければならなかったから断ったけど……。
オミったら、いつの間にか父さまと一緒にお酒まで飲むようになってる。オミはあたしよりも3歳も年下なのに、あたしよりずっと大人になってしまったみたいだった。
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「ユーナは食事をしていかないのか?」
「今日は宿舎に帰らなければならないの。カーヤがしたくしてくれてるから。でも明日は一晩泊まって、朝食も食べていけるわ」
「そうか。それは楽しみだな。明日はリョウも夕食をうちで食べるつもりなのかな?」
「リョウは自分の実家で食べるみたい。夕食のあとに時間を見計らってくるって言ってたから。リョウね、今からすごく緊張してるの。父さまはあたしとリョウの結婚を反対したりしないわよね」
父さまは食前酒を一口だけ口にして、ちょっと複雑な表情をして言った。
「まあ、リョウのことは小さな頃から知ってるからね。仕事もきちんとしているようだし反対する理由もないだろう。とにかく明日リョウの話を聞いてみて、すべてはそれからだな」
父さまは言葉では反対していなかったけど、なんとなく歯切れが悪くて、あたしが思ってたみたいに手放しで喜んでくれてはいないみたい。あたし、今日せっかく父さまと会えたから、父さまはちゃんと賛成してくれるってリョウに伝えて安心させてあげたかったのに。
そろそろリョウとの待ち合わせの時間が近づいていたから、あたしはそのまま席を立った。
「それじゃ、あたしこれで行くわね。母さま、明日のことよろしくね」
「ええ、判ったわ。リョウによろしく伝えてちょうだいね」
母さまの声にうなずいて、あたしがドアを出かかった時、いきなりオミが立ち上がったんだ。
「母さん、オレ、ユーナのこと送ってくる!」
「オミ、もうお夕飯ができるのよ。それに外はまだ明るいわよ」
「リョウがどんな顔してるか見てやりたいんだ。ユーナ、リョウはマティの酒場だろ?」
「え? あ、うん」
「ほら、行くよ」
そのあと母さまがなにを言っても聞く耳を持たない感じで、オミはあたしを引っ張って外へ連れ出してしまったんだ。
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