ディヴィット・パーマーの合衆国大統領はツライよ   author miyuki

 私の名はディヴィット・パーマー。
 職務は、合衆国大統領。大国アメリカの一番上に立つ人間である。
 仕事のモットーは議員時代から、クリーンを第一としてきた。政治にはとかく汚い仕事や表だって言えない、裏の事があるが、私はそれらが大嫌いだ。
 アメリカ初の黒人大統領となった今、私が目指すのはクリーンな政治、そして真摯な態度で職務に臨む事。政治とは、国民の為にあるのだ。リンカーンが目指したそのものを全うする。それが私の今の目標である。
 ここの地位に来るまで、私は大変な苦労をしてきた。黒人だから、というだけで差別もあった。大統領選まっただ中でのテロ事件もあった。だが、それらを乗り越えて、私は大統領に当選した。皆が私を選んでくれた。その人たちの為に、私は大統領という仕事をこなさなければならない。国民の為、全ては国民の為に、私は命を賭けて大統領職を勤めあげるのが、義務だと思っている。

 本日の一通りの仕事を終え、私は秘書をいったん下がらせた。今日も忙しい日だったが、充実していた。私は椅子によりかかると、腹部の上で手を組み、天井を向いた。目を閉じて、息を吐く。身体は疲れてはいるが、仕事をやり遂げた事で、精神的には満足をしていた。私にはやはり政治の仕事は向いていると思う。大変だが、それをつらいと思った事は無い。どんな困難にも逃げようと思った事は無い。相手が誰でもそれは同じだ。  一日の仕事が終わった時のこの時間が私にとっては至福である。やり終えた充実感が私にはある。そして、明日に向かって頑張ろうという気が起きてくるのだ。

「大統領!」
 先ほど下がらせた秘書が血相を変えて飛び込んできた。何事だろうか?
「どうした?」
「お電話が緊急で入っています」
「どこから?」
「CTUのジャック・バウアーからです」
「切れ」
 即決の命令に、秘書は青い顔をして汗を流した。
 冗談では無い。青い顔をしたいのは私の方だ。
「で、でも、緊急回線で入って来てるのですが・・」
「いいんだ。切れ。ロクな用事じゃないんだから。大体、彼の番号は着信拒否にしておいたのに、どうしてかけられたんだ?番号登録はちゃんとしていたのかね?」
「CTUの支局長の方の回線できました」
「自分の携帯からはどうしても繋がらない事にようやく気がついたのか。そんな事に一年もかかるとは、それでもエージェントと言えるのかね、彼は。全く」
 ぶつぶつと言いながら私が電話に出る気が無いのに、秘書は益々青くなっていった。

「大統領、お願いですから、出てください」
「会議中だと言って断れ」
「駄目ですよ」
「なら、トイレだ。トイレ。3時に食べたケーキでピーピーだと言っとけ」
「無理です。緊急回線ですよ。出なければ、問題になります。司法裁判にかけられてもいいんですか?」
 司法裁判の方が楽なような気がする・・。
 秘書がどうしても譲らない気なのがわかり、私は仕方なく電話を取る事にした。
 しかし、億劫だ。
 見ろ。手が拒絶して、どうしても受話器を取ろうとしない。それどころか、私の腰は逃げ出したくて椅子から浮いている。私は半分立ち上がった姿勢で、受話器を何とか取った。
「パーマーだが」
 ゆっくりと声を出す。あくまでも動じない様子で。

「大統領。ご無沙汰をしております。CTUのジャック・バウアーです」
 電話の向こうの声は切羽詰まったようなものだった。
「ああ、久しぶりだね、ジャック。元気してるかね?」
「は、ハイ。おかげさまで。ところで、大統領、急な話で申し訳無いのですが、恩赦をお願いしたい人物がいるのです」

 出たな。この恩赦バカめ。
 テロと交渉する時、それは最終手段だと言っただろう。恩赦はタダじゃないんだ。サイン色紙じゃないんだぞ。簡単に書けたら苦労はしない。勿論大統領権限で独断で判断は出来るが、その後の非難ごうごうの嵐を一人で耐えるのは私なんだ。CTUなんかそれを脇から見てるだけじゃないか。この苦労を一度味わえばいいんだ!
 と、内心渦巻く葛藤を声には出さず、私は大統領として冷静に、応対をした。

「ジャック、恩赦を出した所で、君が望む情報は手に入るのか?」
「ええ、確実に」
「その人物が情報を持っている、という証拠はあるのかね?」
「いえ、まだ。ですが、確実に持っている事は持っているのです。私の独自の調査でわかった事なんですが」
 又この男はロクな証拠も集めずカンだけで突っ走っているのか。そんなのに恩赦なんて出して大丈夫なんだろうか。不安になる。

「ジャック、何度も言うようだが、私は、」
「お願いです、大統領!絶対に、間違いはありません。私を信じて下さい!」
 だから着信拒否にしていたのに(涙)・・・。かからないようにしていたのに。
 ここで断る事は出来ないでは無いか。彼は私の命の恩人なのだから。
(そうそう、冒頭で言い忘れていたが、私は義理固い事もモットーとしている。)
 いやいや、話が逸れてしまったが。

 今までの例からいくと、結局、彼の言う事は結果的に(えらい時間がかかる場合もあるが)正しいし、その捜査方法が乱暴だとしても、彼なりに事件を解決しようとする情熱がそうさせているのだ。現場を知らない私が叱咤する事では無いと思っている。彼と私は生きる場所が違う。だが、お互いに必要であるし、お互いの協力は不可欠だ。
 故に、彼の要求に対する私の答えは
「わかった、ジャック。君を信じよう」
 という事だ。
「有り難うございます。大統領。感謝致します」
「いや、礼には及ばない。君が今追っている事件を解決する事が私への最大の感謝だという事を忘れないでくれたまえ」
 電話口が一瞬、黙る。
「勿論です。大統領」
 その声はとても真剣で。彼の仕事に対する決意、そして覚悟の程を聞いた気がした。
 受話器を置く。ようやくそこで自分が変な格好をして立っている事に気がつき、肩の力を抜いて椅子に座った。

 彼がテロに対して、私と同様、命を賭けて戦っているのはわかる。わかるのだが。いつも彼は熱くなりすぎる。CTU内でもそれは問題になっている筈だ。もうちょっと突っ走る癖を直したらエージェントとしては尊敬出来るし立派なものなのだが。大体、自国のエージェントのクセして自国内の各組織からマークされてるってのもどうかと思うのだが。

 まあ、いい。

 今日はこれで、終わりだ。私はテーブルの上にある電話のボタンを押し、恩赦についての書類を揃えるように指示を出した。そこにサインをすれば、終わりだ。無事にテロはつかまり、彼によって事前に事件は押さえられるだろう。
 そんな事を考えて心を落ち着け、私は明日についての予定を思いめぐらせた。明日は演説がある。そして議会への・・。
 その考えは断ち切れた。廊下から誰かが走ってくる足音が聞こえたからだ。嫌な予感に私は咄嗟に立ち上がる。
 案の定、秘書が書類を片手に、血相を変えて飛び込んできた。

「大統領!CTUからの緊急回線で・・」
「今日はもう寝るぞ!書類は送るから文句は言うなと言っとけ!」
 私は書類に素早くサインをすると、飛ぶようにして秘書の隣をすり抜けて、アメフトでならした足で廊下を走って逃げた。後ろから悲痛に私を呼ぶ秘書の声が聞こえたが、かまうものか。
 緊急回線だなんて、厄介なものがあるからこんなに苦労をするんだ。
 いやそうではない。CTUがあるから苦労するんだ。
 ええい、全部まとめて着信拒否にしとけばいいんだ。
 恩赦も一枚書くのに有料だと脅しておけばいい。(給料の三ヶ月分だと言えば、さすがに生活がかかってくるからビビるに違いない)

大統領となって、責務が増える事は覚悟はしていたが。
正直、ここまでとは思わなかった。

任期満了まであと何年だ?
それまでは、穏便に、何事も無く過ごせる事を切に望む。

・・・・・と、今度電話で嫌がらせも兼ねて切々と訴えてやろう。


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