エリン・ドリスコルのCTUロス支局長はツライよ   author miyuki

ふと、手を洗ったついでに、目の前にある鏡を見てみた。そこに映っているのは、青い顔をしている一人の女の顔。
ああ、ひどい色だわ。
さっき化粧直ししたばっかりなのに。どうしてこうも崩れてしまうのだろう。
高いものを使っていても、こうだもの。効果を実感しているヒマも無いじゃないの。
息を一つ吐き、鏡の中の自分に向かって眉間に皺を寄せてみる。
そして又、性懲りもなくため息をついた。
どうも最近、物事が上手く行ってないような気がする。いいえ、気がする、という程度を超えている。采配通りに捜査が上手くいかない。
本部からは、クレームの嵐でここ最近は、電話を取るのも見るのもイヤだった。

曰く、一体全体君はどう部下を教育しているのかね。現場は何をやっているのかね。あまりにケガ人が多すぎるのではないかね。武器火力の使用率がやたら高いんではないかね。などなどなどなどなどなど。

ええい、そんな事私だって知ってるわよ。
原因はわかりすぎる程わかっている。
そう、ジャック・バウアー。
あの男一人のせいで。

ここCTUロス支局の拳銃使用率が異常に高いのは、あの男一人の功績によるものが大きい。というより、あの男しか使わない。
それだけでもやっかいなのに、どういう訳だかあの男は、掌握術に長けている。どう考えたって、どう見たって、ジャック・バウアーという男がやっている事は度が過ぎているのに、わかっているのに、実働部隊の連中なんぞは尊敬のまなざしで見て、何故か見習おうとしている!!

全くバカばっかりなんだから!!
皆、将来が心配じゃないの?
おとなしくしてないと、将来の職が無くなるわよ!これからの長い人生を見据えて生きなさいよ!
わかんないおっさんばっかりでやりにくいったらありゃしないわよ!

がちん

思わず鏡を殴りつけてしまって、私は慌てて部屋の中を見回した。勿論、、頭上にある監視カメラにも。音は聞こえていないが、鏡に拳を充てている所はしっかりはっきり映ってしまっただろう。
私は慌てず騒がず胸元のポケットに入っているスカーフを出し、手を拭った。そしてわざとらしくカメラに目線をくれると、レストルームを出る。
今更見られたってかまうもんですか。
大体、三日に一度は鏡を殴っているんだもの。まあ、そろそろ「鏡」の方が危ないのでは無いかと、業者に発注している頃かもしれないけど。

ドアを開けて、内部へと入る。途端に入ってくる機械音、電話片手に忙しそうに離すエージェントたちの姿が入ってきた。
ここは最先端の技術を誇る、CTU。
私は落ち着こうとゆっくりと息をはいて、中を見回す。
そして、自分はここの統括者。
まぎれもなく、ここでの指揮官なのだ。
そう、あの男じゃないのだ。絶対に!!

私がここでは一番だ。
私がここでの全てを決定する権限を持っている。
私、が、

「エリン」

ええい、今いい所なのに。浸っているヒマの無いのかしら。
聞こえてきたのは今一番聞きたくない声。

「ハイ、ジャック」

だけど、勿論私は、そんな心の動揺など見せる訳が無い。

今の心情を気取られぬように、表向き冷静に返事をしてみる。

そう、そこに立っているのは、CTU一の厄介男、ジャックバウアー。
この男のせいで、周りは凄く、えらく、大変に、多大な迷惑をこうむっているのだ。少しは人の話を聞け、が最近の口癖となっていた。こんな事、子供に言うだけかと思っていたけど、どうしてどうして、こんな男に!いい年の娘を持つオヤジだってのに!!まさにアンビリーバボー!

「先ほど、一報が入ってきたろう。空港に不審物があるとかで」
「あ、ああ。あれね」

私は慌てずに、ジャックの問いに一度返事をした。それから髪を少しいじり、支局長らしく慌てずにかえした。そう、こんな程度ではトップは務まらない。

「警察の方で対処して、もう終了したわ。中に入っていたのは、只の発火花火だったようよ。中国製の爆竹で、丁度今は中国の旧暦で言う・・・」
「エリン、本当に中に入っていたのは「バクチク」だったのか」

だから、そうだって言ってんじゃないの。全く人の話を聞かないおっさんね。

叫びたいのを我慢する。
「ええ、そう報告を受けたけど」
「俺も確認しよう。5番デスクに資料を送ってくれないか」

あーもーうざったいわね。
いいじゃないの。そう報告が来てるんだから。少しは人を信用しなさいよ。

早くこの男と離れたいわ。これ以上傍にいたら、私がどうにかなってしまいそう。
「わかったわ。5番デスクに送っとくから」
私はそう言うと、その場をすぐに離れようとした。
しかし。
「エリン」
何よ、全く。まだ何か用があるのかしら。
振り向くと、このオヤジ、なんだか殊勝な顔をして、私を見ていた。一体何かしら?
「ジャック?」
「あ、いや。大丈夫か?」
「何が?」
「君が、さ。最近、随分と疲れているようだから」

ぎりぎりぎり
歯をくいしばって、何とか堪える。
ええ、ええ、そうでしょうとも

一 体、誰 の せ い だ と 思 っ て る の か し ら

「何かあったら、相談してくれないか。俺でよければ、協力するよ」

にっこり笑ったその表情に何かが切れるような感じがした。
この男、本気で自分の暴走癖をわかってないのかしら。
私がいっつもいっつも尻拭いをして、いっつもいっつも本部に言い訳をして、いっつもいっつも上から叱られて!!

もう、我慢がならない!!

決めた。
クビよ!クビ!!

彼にはヤク中の過去があるじゃないの。立派に罷免する理由になるわ。

突然に思いついたナイスアイデア(死語)に、私は思わずニヤリと笑ってしまった。
こんな楽しい事、もっと早く思いつけばよかった。
あの男をクビにすれば、CTUは平和になるし、私は無事に支局長としての役目は果たせるし、本部はうるさくなくなるし。
いい事づくめじゃない。

そうと決まったら、善は(?)急げよ。
私は支局長室へと戻ると、少し息を整え、緊張を解いてから内線ボタンを押した。
「エリン?」
向こうから聞こえてきたのは、今日限りで聞く事も無くなるだろう男の声。

「ジャック?ちょっと話があるの。上に来てくれないかしら」


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