アーロンのシークレットサービスはツライよ 2 author miyuki 愛する息子よ。元気でやっているか。 無事に軍へと復帰を果たし、随分と活躍をしているようだと、聞かされている。お前は自慢の息子だ。私も鼻が高い。 だが、お前の今日の活躍があるのも、ディヴィット・パーマー氏の恩があるのを、常日頃から忘れる事の無いように。 私は、日々、彼の傍にいて、彼を守る事が出来るのを、大変光栄に思い、人生を悔いなく生きている。お前同様、私も彼の恩を感じて、生きている。とても、幸せだ。 それから今回はメールを送るのが遅くなってすまない。色々仕事でゴタゴタしていて、これから、 がたんがたん がらがらどーん 「持っているものを床におけ!両手を挙げて、壁に向け!そのまま壁に身体をつけるんだ!早くしろ!ナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァウ!!!!」 又やってる・・・・。 一体、あの男の記憶回路はどうなっているんだ?一回頭の中を解剖してみたい。テロリストの顔やプロフィールは一瞬で覚えるくせに、どうして牛乳配達のオバサンの顔が覚えられないんだ?あの男の脳は一部しか突出してないんだろう。よくぞ今までエージェントなぞやってきたもんだ。 ああ、いかん。このままじゃキャリーが身体検査されて、又私のところにつまみ出されてくるに違いない。いい加減にしないと、小岩井乳業から訴えられてしまうではないか。 私は広げていたノートPCを保存させて、閉じた。全く、ちょっとの休憩時間にメールを打つ事さえままならないのか。 「バウアー」 私は、現場へと赴いた。案の定、壁にはいつくばり、拳銃をつきつけられているキャリーが泣きそうな目で私を見る。これで彼女も何度目だ?覚えている限りでは3度目だったかな。 「ああ、アーロン、不審者が侵入してきたので・・」 私はため息をついて。大げさに腰に手をやる。 「彼女は毎朝来る、牛乳配達だろう。いい加減覚えてくれないかね。何処も不審者ではない」 「アーロン、そう思うのは危険だ。毎日顔を見せて、油断させておいて、ある日いきなり、というのは常套手段だ。俺はそんな修羅場を何度もくぐってきた」 私は何もこんな所で、君の素晴らしい戦歴の自慢話を聞きたい訳では無い。 「誰一人油断は出来ない。俺に尋問させてくれ」 相手は牛乳配達のオバサンだって言ってるだろうが。人の話を聞けよ。 「キャリーはここに越してから、良くしてくれている。身元は既に政府の方で確認しているがね?」 「アーロン」 「何だ」 「エピネフリンはあるか?」 ねーよ。 まともに考えろ、阿呆めが!そんなもん普通のご家庭にある方がおかしいだろう! バウアーが私の話を全く聞いてくれないので、哀れなキャリーは泣き出してしまった。仕方が無いので強硬手段に出て、バウアーの拳銃を取り上げる。そしてキャリーには私から最大の謝罪の言葉を投げかけて、とりあえずは引き取ってもらった。 そんな苦労も知らずに、バウアーは機嫌が悪い。 全く。 平穏無事だったこの場所もあの男のおかげで、戦場行きだ。折角政治の駆け引きから引退した大統領に余計なストレスをかけてどうする? 繰り返す事も無いと思っていたが、我々はディビット・パーマー氏をお守りする為に、ここにいるのだ。面倒ばかりかけて、迷惑をかけては、意味が無い。 「何やら騒がしいようだが」 ウワサをすれば何とやら。朝の一仕事(体操とかジョギングとか)を終えた、大統領が顔を覗かせた。 「大統領」 私は何でも無い、と返事をしようとしたが、大統領は不思議そうな顔をして、私を見た。 「今しがた、外から戻ってきたんだが、玄関で帰る所のキャリーにつかまってね」 あちゃー。 よりによって、その被害者に遭遇してしまうとは。仕方が無い。私も腹をくくって大統領に真正面から向いた。何しろ、彼に隠し事など、出来ないのだ。察しがいい上に、人道から外れた事をするのをひどく嫌う。それが、人格者として、大統領の地位を築いてきたディヴィット・パーマーの武器でもあるのだが。 因みに、彼が人生で大嫌いなのは、ウソツキとゴキブリだ。よって、毎日清掃係は、ゴキブリを出さないようにするのが大変らしい。 話が逸れたが。 大統領は、腕を組んだ。私の言葉を待っているのだろう。私が正確に報告をするのを待っているのだ。私は直立不動になった。 「大統領、その、バウアーは大変、熱心に仕事をしているので・・」 だが、どういう訳だか、大統領は、私の「言い訳」を聞かず、手で遮った。 「ああ、わかってるよ。大丈夫。ジャックは私の為を思ってくれている」 大統領? 「彼はどうも、仕事熱心すぎるきらいがある。いや、そんな所が彼の良さなんだがね。今回も私を守る為に必死だったんだ。どうか許してはくれないか?」 許すも何も、私は被害者ではありませんが。 「キャリーの方はどうしますか?」 「こういう事は急いだ方がいいな。宜しい。私がキャリーの職場に電話をしておこう。それでいいだろう」 大統領。 前々から思っておりましたが、あなたは、バウアーの事となると、行動力が早すぎませんか。おまけに、バウアーの行動を見る時に、必要以上に彼を庇うように感じるのは、私だけでしょうか、大統領・・・。 勿論、そんな事を訴えるなんて出来ず。大統領は何だか上機嫌で、自室へと戻って行った。まあこれで騒ぎが収まるのならば、それでいい。 私は大統領を守る為に、ここにいるのだ。それ以上の事に口を出すのは、管轄外である。私は取り上げてしまったバウアーの銃を、恐らく今頃になってようやく冷静になっているだろう彼へ戻す為に、持ち場へと戻って行く事にした。 午後になり、私は明日に予定されている講演会についてのスケジュールの確認を取る為に、パーマー氏の私室の前へと来ていた。昼食が終わっただろうと予測されている時間に私が訪ねて行く事は既に伝えてある。 ドアの前に立ち、私はノックをしようとして、その手を止めた。 中から、声が聞こえてきたからだ。明確に聞こえる音声に私は不審に思って手元を見た。ドアが僅かに開いている。最後に入った人物が確認をしないで慌てて入った様子が見てとれた。すると、中にいるのは。 悪いと思ったが、私は隙間から、中を見た。いや、言い訳めいているが、もしも大統領が銃をつきつけられていたら大変だと思ったからだ!勿論、そうである。警備責任者として、それは当然の事だろう。 だが、中にいたのは、予想していたとうか何と言うか。 まあ、大統領の私室に慌てて入って行く事が出来るのはここではバウアーしかいないのだが。 大統領は、その大きな身体を、執務机によりかかるようにさせた格好で立ち、腕を組んで、目の前の男を見ていた。バウアーは珍しくすっかり頭を垂れていて、大統領の方を向こうとはしない。 「申し訳ありませんでした。大統領。結局、あなたに迷惑をかける形になってしまいまして」 その言葉に、大統領は笑った 「いや、何、気にするな」 それから彼は組んでいた腕を解くと、今度はそれを両のズボンのポケットに入れて、机から離れた。ゆっくりとバウアーに近づいていく。 「君が任務に忠実なのを、私は知っている。昔からそうだったな。仕事の性質上、あまり言う機会は無かったが、私はいつも君の行動に感謝している。ありがとう、ジャック」 落ち着きのある低い声で言われて、バウアーの顔にようやく安堵の色が見えた。傍目から見ても緊張が無くなった事がわかる。彼は少し照れたように又下を向き、ありがとうございます、と礼の言葉を言った。 ん? おい、ちょっと待て。 うっかり思わず感動してしまったが、大統領!又バウアーをつけあがらせるような事を言ってどうするんですか!あなたは!!!そんなことを言ったら、益々調子に乗るだけです!大統領! それに、何だ!バウアー!貴様、大統領の前では借りてきた猫みたいにおとなしくなって!私に対する態度と随分違うんではないかね?ええ? 等という言葉の叫びは決して二人には聞こえないが(大体、こうやって覗き見しているのだって内緒なのに)そんな私の心情をよそに、大統領とバウアーは会話を続ける。 「なかなか動きづらいと思うかもしれないが、ここではアーロンが指揮を執っているからな。彼もSSのプロだ。プロ同士意見が対立してしまう時もあるだろう。だが、アーロンもきっと、君の事を認めるから、大丈夫だ」 いいえ、大統領。 わかりたくもありません。 ああ、すいません、泣いていいでしょうか。 そんなドアの影で涙をこっそり流す私などに気がつく筈も無く。バウアーは妙に納得した表情で、頷いている。 私はそれ以上の事を、知る事は無かった。何だか本当に悲しくなってきて、そこにいられなくなってしまったからだった。 大分時間が経ってから、私は普通に、何も知らないふりをして、講演会のスケジュールを持って大統領の私室へと顔を出した。 打ち合わせは、スムーズに行われた。行き慣れた場所であるし、私も警護としてはやりやすい場所だ。私は色々と説明をし、大統領はそれに対して質問もしなかった。 ただ、最後に 「ああ、アーロン。今朝のジャックの事なんだが」 と、だけ言ってきた。 いつもは自信に満ちている大統領は、少し困ったような笑みを浮かべている。 私はそれに対して、何でしょうか、と返事をした。 「君としては、色々とやりにくいかもしれない。だが、彼もプロで、ここでの仕事を本気でやろうとしているのだ。そう、めくじらを立てないでくれんか?」 私の心は静かだった。いつもならば、私も仕事に大してプロ意識は持っている以上、仕事に関する彼の意見には自分の意見を言う時もある。珍しくディヴィット・パーマーという人物は下の者の意見も聞いてくれる人物だという甘えもあるかもしれない。 だが、このときの私は本当に何も言う気が起きなかった。 「彼なりに頑張っていると思うのだ。わかってやって欲しい」 「そうですね」 反論もしない。 「彼は現場で実績を積んだエージェントですから、心配は無いでしょう。そのうちに慣れると思います」 と私は答えておく。 ディヴィット・パーマーは私の言葉を聞いて、少々の間、黙った。それからおもむろに顎に手をやり、少し笑った。 「有難う、アーロン」 私はそれに対して、いつもの言葉を並べて、部屋から退出をした。ドアを閉める時に、視線の端で彼の姿を見たが、彼はドアを閉める瞬間まで、私を見ていた。 私はといえば、ドアを閉めた後でも、しばしの間そこから動けなかった。 大統領とバウアーの絆はあの事件の時から繋がっている。大統領はバウアーをいかな時でも信頼し、それはバウアーも同じだ。エージェントで無くとも、与えられた任務をこなそうと彼なりに頑張っているのだ。私とはここまで来た経緯が違うので、私には違和感があるが、それは向こうとて同じだ。大統領の言うとおり、頑なに彼の事を否定してはならない。彼の事を認めなくては。 ああ、そう考えてみると、何だか気分がすっきりしてきたぞ。雲間から見える光のように、希望が見えてきた。よし、これで仕事へと気分よく戻る事が、 がたんがたん がらがらどーん 「武器を置け!そのまま腹ばいになれ!ナァァァァァァァァーーーウ!!」 ・・・・・・・・・・ ギリギリギリギリ あいたたたたた。 いかん、すっかり持病となってしまった胃痛が。 私はポケットを探った。情けない事に、いつもポケットに常備するようになった胃薬だが、最近使いすぎて、又無くなってしまったようだ。 後で、休憩を取った時にでも、買いに行かせて貰おう。 大統領には却下されるだろうが、私はこれを必要経費として落として欲しい。それとも労災は認められるのだろうか。 私は胃を抑えながら、そろそろと歩き出す。 おのれ、バウアー。 胃痛で死んだら貴様のせいだ。私は一生、貴様を許さん。貴様にエピネフリンを打ってやる。ああ、そんな事をしたら逆に生き返るか。それは(私が)困る。 今度こそ拳銃は没収だ、と固く、固く誓って、私はバウアーが騒いでいる方へ向かった。 |