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徒然



2000/05/17  批判は何のため?



 批判する精神は大事だと思います。

 でも、批判するための批判は、見ていて滑稽なばかりか批判している本人の視野でさえも狭くしてしまいます。

 独自の視点は、誰も見ていない視点に、有用性がプラスされて初めて評価されるんだと思います。誰も言っていない「だけ」の発言なら、誰でも出来ます。そんなんだったら、何とかの一つ覚えのように、正論を言っている方が幾分ましかと思います。

 要は、バランスです。自分なりの味付けが出来、それが人に受け入れられるか?百年先を見越しているから誰も分かることは出来ないんだと言うなら10年先をまず示せばいい。人を納得させられないのなら、意味がない。少なくとも「見えていない」んだと思います。

 話はそれますが、アメリカ式経営・日本式経営、どっちが正しいと言うことはないはずです。要は見極め・進化し・変化してゆくことが大事なんだと思います。同じ場所に居続けるためにですら大変な努力が必要なのですから、前に向かうときは言わずもがなです。
 誰にとっても、隣の花は赤いことはよくあるはずです。それが一時的にであっても、より綺麗に咲いていたなら本当に赤いわけでもありますから。



 言いたいのは、頭ごなしに決めつけていてはよいものは生まれないって事。確かに間違ったものであっても「軸」を固定させると楽なんですけどね。
 あと、批判した先に向かうもの、どんなに遠くにあっても通り道があるはず。ワープなんて特殊能力は、もしあなたが持っていたとしてもみんなが持っていないので、ワープは禁止(笑)。つまり点と点を線で結べなければ、そこには到達できないって事。



 最後にもう一度言います 「変化してゆくため・進化してゆくためには批判する精神は不可欠ではある」 と。



 自分にとっても耳の痛い話であり、自戒を込めてということで言葉の粗雑・毒舌な点はご容赦願。