第9話 ”要塞攻略戦 後編”


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■2162年4月3日 02時25分〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉南側上空

 視界いっぱいに広がる紅の炎、全身の血液が逆流するような振動。
『死んだのか?』
不思議と音は聞こえない・・・無音の世界の中で、ジム少尉は
そんなことを思い浮かべる。
迫るミサイルがコマ落としのように見えた、回避行動をとるが
間に合わなかった・・・そして、炎に包まれた。
『ここまでなのか?』
自問する。
自分はここで終わりなのか?
ここで終わりにして良いのか?
『いや・・・』
こんな所で終わるわけにはいかない!
やりたい事、やり遂げなければならない事がたくさんある!!
『そうだ、オレは死なない!センパイと同じステージに立つまでは───!!!』

 「・・・ぐっ!!!」
ひときわ大きな振動、急速に視界が戻ってくる。
「ごほっ!がはっ!!」
激しく振り回されたせいだろう、咳き込む・・・そして気付く。
「・・・っ!まだ、生きてる!?」
一気に意識がクリアーになってゆく、頭痛がかすめる頭で状況を把握し、
霞む目で計器類をチェックする。
ミサイルの直撃を受け機能を停止、搭載されたオペレーティング・システムが
エマージェンシー・モードに切り替わり、オートで再起動(さっきの大きな
振動はジェット・エンジンを再点火した時のものだ)。
その間数秒。
ステータス・ディスプレイからそれだけの情報を瞬時に読み取る。
機体各部の状況を示すコンディション・マーカーは酷い有様だった。
左腕が肘までキレイに無くなっている、左肩のジェット・エンジンも
使い物にならない、正常を表すグリーンの表示は無く、全身がオレンジと
レッドに染まっていた。
「そうか、咄嗟にシールドで防御してたんだ・・・!」
思わず、笑みがこぼれる。
機体が損傷し、状況は悪くなる一方・・・。

 だが、ジム少尉はまだ諦めてはいない。

■同 02時31分 〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉東側 メイン物資搬入口付近

 岩が剥き出しの山肌を、ぎりぎりの高度で〈アルバトロス〉が飛ぶ。
その一瞬後を追うようにして、弾痕が穿たれてゆく。
「だんだん詰めてきてるな・・・くそっ!嫌な飛び方しやがって!!」
八坂少尉は流れる汗を拭おうともしない・・・いや、そんな隙はない。
漆黒の敵機は夜の闇に紛れ、レーダー・センサーもその影すら捉える事が
出来ない。
「せめて視認できれば・・・」
いくら闇に溶け込んでいるとはいえ、接近してくれば肉眼でも確認する事が
できる。だが、相手もそれを警戒しているらしく、巧みに死角に
廻りこみ、慎重に距離を詰めてきている。
「調子にのるなよっ!!」
40ミリマシンガンを後ろ手に発砲、
だが、撃ち出されたのは通常の銃弾ではなく本来の銃口の下部・・・
アタッチメントに装着されていた照明弾である。
『ヒューーーッ』という甲高い音を残して上空に吸い込まれてゆく照明弾。
そして炸裂、真昼のような光量が周囲を照らし出す。
低空で飛ぶ〈アルバトロス〉の右側、並走するように等速度で移動する
敵機の影。
「見つけた!!」
すかさず機体をロール、推力線を軸に180度反転、そこには確かに、
漆黒の敵機の姿が───!!
「コイツは元々、白黒のヤツの為に抱えて来た物だが・・・くれてやる!!」
ミサイルを発射、漆黒の戦闘機はそれをぎりぎりで回避する。
・・・だが、八坂少尉は口元に笑みを浮かべた。
敵機の背後でミサイルが炸裂、そこから新たに射出された十数の
マイクロミサイルが無防備な敵の背中に殺到する。

 ───多弾頭型AAM(対空ミサイル) 通称”ウッドペッカー”
・・・弾頭に多数のマイクロミサイルを内蔵する特殊なミサイルである。
元々、多数の敵を一度に屠るために開発されたものだが、一発あたりの単価が
非常に高いため、よほど特別なケースでなければ使用されることは無い。

 今回の作戦にあたり、〈トーネード・プラス〉との再戦を強く懸念した
サラ中尉によって八坂少尉、及びジム少尉の〈アルバトロス〉に特別に搭載
されていた。

 連鎖する爆発、近接信管が作動し炎と爆風が黒い敵を包む。
八坂少尉は深呼吸をしつつ、注意深く爆煙が消えるのを待つ・・・そして、
「くっそ!頑丈だなっ、コイツ!!」
照明弾の残光を背に、消えゆく爆煙の中から現れたのは、傷を負った漆黒の影。

 その姿は・・・まさに『亡霊』・・・。



−2−

■同 02時36分 〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉南側上空

 満身創痍の〈アルバトロス〉を〈トーネード・プラス〉が猛追する。
はたから見れば、それは一方的な私刑だった・・・しかし、追われている
〈アルバトロス〉の機動は今だ鋭く、ジム少尉の眼は猛禽の輝きを失っていない。

 〈トーネード・プラス〉の攻撃、こちらの予測進路に機銃掃射、ジム少尉は
即座に回避機動を行う。右肩のジェット・エンジンをフルパワーで噴射、同時に
機体の脚を蹴り上げるように振り、その反動を利用して方向転換。
ぼろぼろの機体が悲鳴をあげ、計器類は『ダメージ過多』の警告をがなりたてる。
弾丸は標的に届くことなく、暗闇に吸い込まれてゆく。
「フンッ!センパイ直伝の機動テクだ、そう簡単に当たってたまるか!!」

 機体の手足を振り、反動を利用する機動テクニックは、ジム少尉が八坂少尉と
タッグを組んで一番最初に彼から教えられた操縦技能だ。
ESB空軍でも五指に入るエース・パイロットが、まず手始めにジム少尉に
教えたのは『逃げる』ことだったのだ。
それを不満に思い、食って掛かったこともあった。
ジム少尉が『何故戦う術を教えてくれないのか?』と言って詰め寄ると、八坂少尉は
『逃げることすら出来ないヤツが、戦えるわけないだろう』と言って彼を諭した。
・・・八坂少尉はいつもそうだった・・・仲間と、自分とが無事に生きて帰ることを
最優先していた・・・だから、解る。
(コイツは・・・前に出る事しか知らないんだ!)
そこに、付け入る隙がある。

 撃墜できるかどうかはかなり分の悪い賭けだろう、だからと言って、こんなところで
死ぬつもりも無かった。
「足止めするだけで命を落とすなんて、割に合わないからなっ!!」

 ジム少尉は〈トーネード・プラス〉に勝負を仕掛ける。

■同時刻〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉東側 メイン物資搬入口付近

 漆黒の戦闘機、Sv−09〈テンペスト〉のコックピットで、シュターゼン大尉は
苦々しい表情を浮かべていた。
「まさか、これほどの手練に当たるとはな・・・」
高速機動を行うたびに、機体に僅かな振動が走る・・・先刻、E−9ナンバーの
〈アルバトロス〉に負わされた損傷のせいだろう。
たいした傷ではない、戦闘の続行に支障は無いが・・・ダメージを負わされた
事自体が、彼にとっては大きな意味を持っていた。
確かに、今まで全くの無傷で戦場を渡り歩いてきたわけではない。
何度も傷を作り、撃墜されかかった事もある・・・だが、
(サシの勝負で傷を負わされるとはな・・・)
先刻から、二人の戦闘に割って入る者はいない・・・いや、割って入る事が
できないのだ。

 それは、シュターゼン大尉のパイロット技能の高さの現れであり、同時に
目の前の敵が、彼と同等かそれ以上の技能の持ち主であるということを
暗に示すものでもあった。
「任務に私情を挟むのは厳禁なんだが・・・」
彼の口元に薄い笑みが浮かぶ。
(久々に・・・楽しめそうだ)
胸中で呟く・・・部隊の指揮官ではなく、一人のパイロットとしての正直な
感想を・・・。

■同時刻〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉南側上空

 接近警報、甲高いアラームがコックピット内に溢れる。
「コイツっ、さっきまでと動きが・・・!?」
〈トーネード・プラス〉を駆るクリスティア中尉が驚きの声を上げる。
一方的と思われた戦闘はその流れを大きく変えていた・・・
ジム少尉の〈アルバトロス〉が変則的な機動を交えて、クリスティア中尉の
〈トーネード・プラス〉を翻弄していた。
「くそっ!!コイツも・・・コイツも、私の上を行くっていうのかっ!?」
クリスティア中尉の叫びがコックピット内に響く・・・
彼女にとって『敗北』は『死』よりも屈辱的であるが故に、今のこの状況は
受け入れ難かった。
「もう二度と負けるわけにはいかないんだっ、このシステムが・・・いや、
私自身が有用だってことを知らしめないと・・・私は、私はっ!!」

 E・S・T・Iシステムの被検体であるということ・・・それは自身を
OSの一部として機体に組み込むという事。
・・・いくら被検体が貴重な存在とはいえ、彼女自身に『備品』として
以上の存在価値は無い。

 「っ!?」
接近警報、ジム少尉の〈アルバトロス〉が迫る。
傷だらけの機体・・・しかし有無を言わさぬ迫力があった、
どうやらこれで勝負を決するつもりらしい。
「ふざけるなっ!私の相手はお前じゃない!!」
唯一、彼女に敗北を味わわせた敵・・・あの『E−9』のナンバーを刻んだ
〈アルバトロス〉を倒すまでは───!!

 夜空と・・・そこに閃く爆光を背に、二つの影が交錯する。



−3−

■同 02時43分 〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉中央司令室

 司令室内が喧騒に包まれる中、要塞司令官ライル・カーツマン中将は
ただ静かに、大型マルチディスプレイに映し出される情報を見つめていた。
その傍らでは、副司令官のウェルナー・レイノルズ少将が通信仕官と何事か
やり取りしている。
「・・・・・」
カーツマン中将はイスの背もたれに深く体重を預け、切りつけるような
厳しい目つきでディスプレイを見つめ続ける・・・レーダーで捉えた
戦況の推移を視覚的に解り易く加工し、リアルタイムで映し出す
タクティカル・ステータスディスプレイ・・・。

 先刻から、戦況に大きな変化は見られない・・・全くの膠着状態だった。
「・・・解せんな」
視線をディスプレイに固定したまま、ポツリと呟く。
「は?・・・何か?」
耳ざとく聞きつけたレイノルズ少将が聞き返してくる。
副官を横目に見やり、カーツマン中将は制帽を目深にかぶり直した。
「戦況は膠着状態、これでは消耗戦だ・・・だが、何故ヤツらは
撤退しようとしない?・・・いや、それどころかこの状況を打破しよう
という動きすら見られない・・・」
「確かに不可解ですね・・・まだ切り札がある・・・と?」
「そう考えた方がいいだろうな、だが、エースだろうとジョーカーだろうと
それだけでは何の『役』にもならん・・・敵の司令塔を叩く!副長!!」
「はっ!待機している部隊を全て、敵艦隊の掃討に当てます!」
敬礼を交えて答えるレイノルズ少将・・・ディスプレイに、新たに出撃した
ゼナン航空部隊のマーカーが無数に表示されてゆく。

■同時刻〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉東側 メイン物資搬入口付近

 「しつこいんだよっ!このっ!!」
八坂少尉が怒鳴る、かれこれ数十分もの間、この漆黒の戦闘機と
一進一退の戦闘を続けているのだ、大声で愚痴の一つもたたかなければ
神経がどうにかなりそうだった。
「こんなことしてる場合じゃないってのに!!」
一刻も早く、要塞突入の為の突破口を開かねばならない・・・だが、
漆黒の亡霊が彼の行く手を塞ぐ。

 戦場において、時間は最も貴重な物の一つだ・・・これ以上無駄にする
訳にはいかない。
「強行突入しかない・・・か?」
周囲をぐるりと見渡すと、友軍の戦闘機が次々と撃墜されてゆく様が
視界に入ってくる。
「リスクが高すぎるが・・・くそっ!どっちみちこのままじゃ
ジリ貧だしな・・・」
通信回線を開き、周囲の友軍機に呼びかける。
「こちら208・E−9、八坂ケイゴ少尉、周囲の友軍機全機へ。
これから自分が囮になってヤツらをできるだけ引き付ける、その隙に
突入してくれ!それから、何機かは入り口付近に残って追撃阻止役を
頼む、以上!!」
『201・A−1、了解!!』
『208・C−3、了解!死ぬなよ!!』
次々と返事が返ってくる、八坂少尉は覚悟を決める。
間違っても『死ぬ覚悟』ではない、死ぬつもりなどさらさらない。

 だが、無事に生きて帰れる可能性は・・・ゼロに近い。

■同 02時45分〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉南側上空

 一瞬・・・それで決着はついた。
右脚を根元から失い、バランスを崩す〈アルバトロス〉。
「くっ!動けぇっ!!」
ジム少尉はデタラメに操縦桿を動かすが、機体は全く反応しない。
コックピット内には、あらゆる警報が不協和音となって渦巻いていた。
『右脚・損失』、『メイン・ジェットエンジン・動作不良』、
『メイン・ジェネレーター・損傷』、『脊柱シャフト・損傷』、
『バッテリーパック・損傷、各部電圧低下』、
『A・F・F形成機・動作効率12%に低下』・・・。
今の一撃が引金となり、今まで蓄積したダメージが一気に顕在化したのだ。

 機体のほぼ全ての機能に異常をきたし、成すすべなく自由落下を始める
〈アルバトロス〉・・・そこに〈トーネード・プラス〉が追撃をかける。
手にした機銃のグリップで頭部を叩き潰し、返す刀で胴体に弾丸を叩き込む。
弾倉一つが空になる頃には、〈アルバトロス〉は上半身と下半身が
千切れかかっていた。

 「まだっ!まだ何か出来る事があるっ・・・あるはずなんだ!!」
ジム少尉はこんな状態でも、次に打つべき手を考えていた。
『最後の最後まで諦めるな』・・・八坂少尉の言葉を思い出す。
(そうだ、センパイはコイツと互角に戦ったんだ・・・ボクだってそれくらい
できなきゃ・・・!!)
ディスプレイに、かろうじて生き残ったサブカメラが捉えた映像が映し出される。
ホワイトとダークグレーの敵機・・・それに重なって表示される
ターゲット・マーカー・・・そして、電子音と共に『LOCK・ON』、
『RDY MSSL ×1 [AAM−W・PV]』の文字が打刻される。
「ミサイル?・・・まだ、使える!!?」

 ジム少尉は迷うことなく、トリガーを引いた。



−4−

■同時刻〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉東側 メイン物資搬入口付近

 八坂少尉は機銃でフェイクをかけ、漆黒の敵機・・・〈テンペスト〉の
脇をかすめる様にすり抜けてゆく。
フルスロットル、過度の『G』に押し潰されそうになる。
目指すは物資の搬入口・・・八坂少尉の〈アルバトロス〉に気付いた
敵部隊の数機が戦闘を中断し、こちらに向かってくる。
「かかった!!」
喝采を上げる八坂少尉、搬入口の直前で追って来る敵部隊に向き直り、残りの
ウッドペッカー・ミサイルを照準をつけずに乱れ撃ちする。
避けきれなかった敵機が数機、コントロールを失い地面に叩き付けられる。
ここぞとばかりに友軍機が要塞内部に突入、搬入口付近を残った数機がガード
する。

 「よっしゃ!成功・・・っつ!!?」
接近警報、反応する隙さえなく、続けざまに襲ってくる衝撃。
息が詰まる、視界がブレる、意識が飛びそうになる───!!
それらが全ておさまった時、八坂少尉の〈アルバトロス〉は岩が剥き出しの
山肌に叩き付けられていた。
眼前に漆黒の影・・・シュターゼン大尉が駆る〈テンペスト〉。
「まさか・・・あの一瞬で距離を詰めてきたのか!?」
八坂少尉は愕然とする・・・十分に距離は取っていたはずだ、それを
事も無げに・・・!!
しかも、〈テンペスト〉が手にしているのは機銃ではなく、大仰な
ナックルガードのようなものだった・・・あれは・・・、
「レーザー・カッター・・・か・・・」
機体が動かない、どうやらかなり深くやられたらしい。

 レーザー・カッターに代表される近接戦武装は、非常に高い威力を誇る
かわりに扱いが難しい・・・そんな武装を、あの一瞬でこれほど正確に
振るうとは・・・。
「・・・あ・・・れ?」
意識が遠のく、その時になって始めて、自分が頭から出血している事に気付く、
どうやらしたたかに打ち付けたらしい。
(やばい、やばい、やばい!こんな時に気を失うなんて・・・)
必死に意識の糸を手繰り寄せようとするが・・・うまくいかない。
目の前の敵機を見やる、オレに止めを刺すために、レーザー・カッターを
振り上げて───。
だが、〈テンペスト〉は止めを刺すどころか、こちらに背を向けて
飛び去って行く。
「な・・・?」

 八坂少尉は声にならない疑問の声を漏らす、何故止めを刺さない?
・・・疑問は膨らむ一方だったが、とりあえず彼は思考を中断した。
とにかく、今はここから移動しなければならない・・・動かない機体を捨てて、
近くにいる味方に回収してもらわなければ・・・。

■同時刻〈現地標準時〉 ESB航空艦隊旗艦
 オーガスタ級航空戦艦〈ヘリオン〉

 「東ゲート、突入に成功しました!!」
通信オペレーターの報告を受け、アレック・カッセル少将はイスを蹴って
立ちあがった。
「よしっ!機を逃すな!『揚陸班』は直ちに行動を開始せよ!!」
「了解!」
オペレーターが復唱する、と同時に作戦指揮室を兼ねる〈ヘリオン〉の
艦橋には、今まで以上の喧騒が渦巻きはじめる。
「まさか連中も、こちらが戦闘開始以前に歩兵部隊を展開していたとは
おもわないでしょうね」
レスリー・J・ナシメント准将が語りかけてくる。
「あの要塞は大きすぎるんだ・・・自分の足元が見えにくくなるのも
道理というものさ」
カッセル少将はつまらなそうに返事を返しながら、しばし黙考する。
(しかし・・・敵も馬鹿じゃない、自分の足元を探るセンサー類も無数に
設置されているだろう・・・今回の作戦は、そのセンサーの『隙』を
熟知していなければ、そもそもが成立しない)

 カッセル少将は上層部から1枚のディスクを渡され、『このデータを元に、
〈エルファルド要塞〉を攻略せよ』・・・との命令を受け、
今回の作戦を立案した。
そのディスクには、〈エルファルド要塞〉の詳細な図面が収められていた。

 しかし、彼はその情報がどこからもたらされた物なのか、知る術を持って
いない。

■同 02時47分〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉東側と南側を結ぶ直線上 上空

 〈トーネード・プラス〉が闇夜を切り裂いて飛ぶ、そのボディには無数の
傷が見て取れる。
ジム少尉の〈アルバトロス〉が最後に放ったウッドペッカーを
回避し切れなかったのだ・・・E・S・T・Iシステムを持ってしても、
全方位から襲い掛かるマイクロミサイルを全て回避するのは至難の技であった。
・・・しかし、それでも機体が五体満足で済んだのは、一重に
クリスティア中尉の『腕』のおかげだろう。

 だが、致命的でないとはいえ、蓄積されたダメージは如何ともし難かった。
「・・・くっ!右腕のダメージが酷い・・・こんな状態でアイツと戦えるのか?」
彼女は顔を歪める。
左腕の次は右腕、手足を一本ずつ削りとられる・・・そんな想像が脳裏を
かすめる。
激しくかぶりを振って、そのイメージを頑なに否定する。

 私は負けない・・・負けるわけにはいかないのだから───。

■同時刻〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉南側山岳中腹
EP09
 大破し、山肌に叩きつけられたジム少尉の〈アルバトロス〉は、もはや
原型を留めていなかった・・・かろうじてコックピットブロックが確認できる
のみである。
・・・全てのモニターが死に、真っ暗になったコックピットの中で、
ジム少尉は力無くシートに身体をあずけていた。
右足に激痛が走る、出血は無い・・・痛覚があるうちはそう心配は
無いだろうが、もしかすると骨折くらいはしているかもしれない。

 もはや何も映さないモニターに、無言で拳を打ちつける・・・。
〈トーネード・プラス〉を止める事ができなかった・・・。
涙が頬を伝う・・・ただ、悔しかった。

■同 02時51分〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉東側 メイン物資搬入口

 緊急脱出用の炸薬ボルトが作動し、コックピットハッチを吹き飛ばす。
視界一杯に広がる星空、そして一瞬で咲いては散ってゆく
無数の閃き・・・。
八坂少尉は朦朧とする意識に鞭打ってシートから立ちあがろうとする、
しかし、身体がうまく動かない、手足に力が入らない。
「っぐ!」
彼は喘ぎながら、無理やりシートから身体を引き剥がす。
しかしバランスがとれず、コンソール・パネルに手をついて、
何とか身体を支える。

 戦闘機のエンジン音が彼の耳に届く・・・他のものとは違う、
ひときわ鋭いジェット・エンジンの咆哮。
こっちに近づいてきている・・・何か予感めいたものを感じて、
八坂少尉はその方向に顔を向ける。
・・・甲高いジェット・エンジンの作動音、それと共に吹き荒れる暴風。
彼の目の前に降り立ったのは、ホワイトとダークグレーの戦闘機・・・
Az−11r[E] 〈トーネード・プラス〉。

それを最後に、八坂少尉の意識は途切れた・・・、意識が深く暗い淵に沈む
最後の瞬間・・・彼は、赤い瞳を持ち、銀色の髪をなびかせる『妖精』を
見た気がした。

 同日04時18分、エルファルド要塞陥落。
ESB軍はゼナン侵攻の大きな足がかりを得ることに成功した・・・が、
それはこの戦争が依然、長期に渡って継続されるであろう事を示していた。



−おわり 第10話へエンゲージ



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