第8話 ”要塞攻略戦 中編”


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■2162年4月3日 02時18分〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉上空

 戦闘開始から約20分が経過した。要塞上空では、ゼナンとESBの
両軍が入り乱れて開戦以来類を見ない、大規模な戦闘を繰り広げていた。
鉱山跡を利用し、その施設の大部分を硬く厚い岩盤に覆われた
〈エルファルド要塞〉は今だ、ESB軍の突入を赦さず、その威容を
数え切れない爆光の中に浮かび上がらせていた。

■同時刻 ESB航空艦隊旗艦
 オーガスタ級航空戦艦〈ヘリオン〉

 作戦指揮室を兼ねた〈ヘリオン〉の艦橋で、作戦指揮官アレック・
カッセル少将は秒単位で推移していく情報を捌き、戦局を見極めるために
全神経を集中していた。
「突入部隊はまだか?」
苛立たしげに、傍らに控える参謀仕官に問い掛ける。
「いえ、今だ・・・、一次陽動に成功はしましたが、どうやら要塞の
全ての入出口付近に精鋭の防衛部隊が配置されているようです」
参謀仕官レスリー・J・ナシメント准将が答える。
「どうも敵の動きが気に入りません、対応が迅速過ぎます、敵の
指揮官がよほど優秀か・・・あまり考えたくはありませんが、こちらの
作戦内容が漏れているのでは・・・」
さらに、ナシメント准将は続ける。
「このままでは消耗戦です、いったん体勢を立て直して・・・」
「そんな時間的余裕が無いことなど、貴官にも解っているだろう?」
カッセル少将が言葉を遮り、答える。
「・・・心配はいらん、所詮は出来レースに過ぎんからな、
冗長性が低い事に変わりは無いが・・・」
カッセル少将の言葉に、首を傾げるナシメント准将。
「『出来レース』?・・・それは、どういう・・・」
「貴官には関わりの無い事だ・・・それより、『揚陸班』のスタンバイは
出来ているか?」
「ああ・・・はい、所定のポイントにて作業を終了、現在待機中です」
上官の言葉に多少の疑問を覚えながらも、与えられた職務を忠実に
全うするナシメント准将。
「わかった・・・ではプラン3だ、現在敵部隊の攪乱を行っている
航空部隊の幾つかを、突入部隊の支援にまわす、2分で編成を完了しろ」
「了解!」

 近距離で迎撃した敵戦闘機の炎が、艦橋を紅く染めた。

■同時刻 〈エルファルド要塞〉南側上空

 「・・・っ!」
全方位から容赦無く襲いかかるGに呻き声をあげながら、八坂少尉は
敵機の位置を確認しようと、ヘッド・シートに押しつけられた頭を
無理にめぐらせる。
視界の端をかすめる敵機の影。
「食らえっ!!」
機体右腕に携行している40mmマシンガンを発砲、大口径機銃の
冗談のような発砲振動が機体を振るわせる。
その弾丸を易々と回避する敵機、その機動は迅速・正確、
一部の隙も無い。
「くっそ!・・・やっぱり一筋縄じゃいかないか!!」
八坂少尉は相対する敵機を睨み据える。
そのホワイトとダークグレーの敵は猟犬のように、彼だけを
追い続けていた。

 〈トーネード・プラス〉のコックピットの中で、
クリスティア中尉は嬉しそうに目を細めた。
「やっと見つけたんだ・・・逃がすものか」
呟く。
ESTIシステムのテストのために戦い続けてきた彼女は、あの時
初めて敗北を味わった。実験部隊の一員として、ESTIシステムの
性能を証明しなければならない彼女にとって、敗北は彼女自身の
存在意義を覆しかねないものだ。
システムの被検体として、遺伝子操作を受けて生まれ、
幼い頃からシステムを『自分の身体の一部』として認識しているが
故に、その思いはなおさら強いものだった。
・・・だから、目的の相手を見つけた時には胸が踊った。
〈トーネード・プラス〉のレーダー・センサーが、敵の第2波の中に
他の機体とは動きの違うヤツを捉えた時、『コイツだ』と直感した。
そして、その直感は間違っていなかった。
今、目の前に『E−9』のナンバーを刻んだ〈アルバトロス〉がいる。
彼女に敗北を味わわせた『敵』がいる。

 彼女は今、言い表しようの無い高揚感に包まれていた。



−2−

■同 02時20分〈現地標準時〉
 〈エルファルド要塞〉南側上空

 至近距離で起こる爆発、衝撃が機体を襲う。
「ぐぅっ!」
思わず声を漏らす八坂少尉、先刻から警報音が断続的に鳴り響く。
執拗に攻撃を仕掛けてくる〈トーネード・プラス〉、その姿からは
明確な『殺意』とそれを支える『執念』が圧倒的なプレッシャーとして
感じられる。
「恐ろしく執念深いな・・・くそっ!」
〈トーネード・プラス〉の攻撃をかわしつつ、愚痴をこぼす。
「だが、いい機会だ・・・今後の憂いを断つためにも、ここで
叩き墜としてやる!!」

 八坂少尉は反撃に転じた。
もとより、このホワイトとダークグレーの敵に遭遇したならば
墜とすつもりだった、彼が搭乗する〈アルバトロス〉にも
そのための武装(サラ中尉が選んでくれた物)が搭載されている。
「見てろよ・・・!」
誰にともなく呟き、敵機とディスプレイのターゲット・マーカーが
重なるように機動を行う。
ロックオンしたことを知らせる電子音、敵機と重なったターゲット・
マーカーが赤く表示され、『攻撃可』の文字が踊る。
操縦桿のトリガーに指をかけ、そして・・・
コックピット内に先刻とは違う電子音が響く、友軍からの緊急通信。
『こちらは旗艦〈ヘリオン〉、プラン3を実行する、A(アルファ)
・C(チャーリー)・E(エコー)の各飛行戦隊に所属する
201・208飛行部隊は要塞突入部隊の直接支援に当たれ、
繰り返す・・・』
高度な暗号化フォーマットによって伝えられる再編成命令。
「よりにもよってこんな時にかよ!」
叫び、〈トーネード・プラス〉と距離を取る。
『目の前の敵と決着をつけたい』という欲求はあるが、突入部隊が
苦戦しているなら(そして命令を受ければ)、その支援を
優先しなければならない。
そのことはちゃんと理解している・・・が、
「こいつがおとなしく見逃してくれるかどうか・・・」

 この眼前の敵に背を向ければ、次の瞬間には撃墜されている。
八坂少尉の頬を一筋の汗が流れた。



−3−

■同時刻 〈エルファルド要塞〉南側上空

 ジム少尉が部隊再編成の命令を聞いたのは、しつこく
食い下がってくる敵機を撃墜した直後だった。
「プラン3(再編成)!?・・・センパイ!!」
すかさずパートナーに呼びかける。
パートナー・・・八坂少尉と例のホワイトとダークグレーの
敵の交戦の様子は、可能な範囲でモニターしていた。
タッグ・パートナーとして、サポートしあいながら戦うために、
お互いの位置は常に確認しておかねばならなかった。

 命令が下り、ジム少尉達は可能な限り速やかにこの場を離脱し、
突入部隊の支援に向かわねばならない。
だが、あのホワイトとダークグレーの敵が立ちはだかる限り、
それは不可能に思えた。
(けど、これ以上突入が遅れたら・・・こんな時にこそセンパイの
力が必要なんだ!!)
八坂少尉も先刻の通信を聞いたのは間違いない、この場を
離れるために〈トーネード・プラス〉と距離を取ろうとするが
振り切れずにいる。
ジム少尉は意を決してパートナーと〈トーネード・プラス〉の間に
割って入ると、ヘッドセットのマイクに向かって声を張り上げる。
「ここは僕が引き受けます!センパイは早く支援に向かって下さい!」
『ジム!お前っ!?』
珍しく、驚いたような声を返す八坂少尉。
『お前も解ってるだろ!コイツは・・・』
「相手をするには僕じゃ役不足でしょうね・・・でも、
これ以上作戦の進行を遅らせる訳にはいかないでしょう?」
『・・・』
答えは無い、だが、無線を通じてパートナーの戸惑いが感じられる。
「僕の機体もサラ中尉がセッティングしてくれた武装を積んでます、
大丈夫、囮くらいなら問題無くこなせますよ」
一度、言葉を切るジム少尉。
「センパイの実力はパートナーの僕が一番よく知ってます、
ここは僕に任せて・・・行って下さい!早く!!」
『・・・了解した、後は頼むぞ!』
機体を翻し、飛び去って行く八坂少尉、それを追撃しようとする
〈トーネード・プラス〉の前にジム少尉が立ちはだかる。
「センパイはどんなピンチもひっくり返してくれる人だ、
今、センパイの邪魔をさせる訳にはいかない!
・・・悪いがしばらくの間、僕の相手をしていてもらおうか!!」

 〈トーネード・プラス〉のコックピットの中で、クリスティア中尉は
苛立ちを隠せずにいた。
歯噛みし、声を荒げる。
「邪魔を・・・するなっ!!」

 戦場で同じ敵に2度会う事は皆無と言っていい、だが今回
幸運と言うべきか、同じ相手と再戦する機会を得た。
彼女自身もその事は十分に理解している、『3度目がある』などとは
微塵も考えていない・・・『今』を逃せば次の保障など無いのだ。
だから、この戦いで決着をつけなければならない・・・。

 彼女は無言でトリガーに指をかける、邪魔する者を
全て掃滅するために。



−4−

■同 02時23分〈現地標準時〉
〈エルファルド要塞〉東側 メイン物資搬入口付近

 八坂少尉達支援部隊がポイントに到着した時、周囲には
敵の物なのか味方の物なのか、判別が出来ないくらいに
破壊し尽くされた戦闘機の残骸が一面に散乱していた。
「こいつは・・・」
目の前の光景に思わず声をもらす八坂少尉。
その惨状の中で、依然、突入部隊と敵の防衛部隊とが
戦闘を続けていた。
味方の部隊はかなりの損害を出し、一目で敵部隊に
押されていることが解った・・・そして、間断の無い
攻撃を続けている敵の部隊は・・・、
「黒い・・・戦闘機!?」

 話には聞いた事があった、ゼナン空軍内部に存在する
極秘の特殊部隊・・・もっとも、そういった噂話は
いつの時代、どこの軍隊でもまことしやかに囁かれている
類のものであったから、八坂少尉はその手の噂は話半分で
聞き流していた(ちなみにESB軍内部にも秘密部隊が存在する
という噂がある)。
実際問題として、その『噂の部隊』が存在しようと無かろうと、
遭遇すれば戦わなければならないのだし、
詳細が解っていなければ効果的な対策を確立することは
不可能だからだ。

 ・・・しかし、眼前で友軍と戦闘を繰り広げる黒い戦闘機の
部隊を見たとき、八坂少尉が真っ先に思い浮かべたのは
『彼等』に関する噂話だった・・・曰く、
漆黒の機体を駆り、亡霊の如く忍び寄るエグゼキューター・・・
〈シュヴァルツ・ガイスト〉。
およそ冗談じみた逸話の数々と共に語られるが故に、現実味が
伴わず、半ば笑い話にすらなっていた有名無実の特殊部隊。

 ・・・その、ハズだった。
「まさか・・・コイツらがそうなのか!?」
最強の処刑部隊〈シュヴァルツ・ガイスト〉・・・そんな噂など
信じてはいない・・・だが、この惨状を作り出したのが
目の前にいる『漆黒の部隊』だというのなら────!

 「・・・っ!!?」
全身が粟立つ、身体中の体温が一気に奪われるような感覚、
それと同時に『唐突に』鳴り響くアラーム。
熱源1・急速接近中・・・これは・・・ミサイル!?

 頭が理解する前に身体が動いていた、条件反射だけで
回避機動を行う、目と鼻の先をかすめていくミサイル。
「なんだっ!?どこから・・・レーダーには何も
映ってなかったぞ!!?」
自機の位置をずらしながら周囲を索敵する、反応は無い。
だが、ミサイルが飛んできた方向・・・その暗闇の空間に1機、
溶け込むように浮かぶ、漆黒の機体。
左肩に逆三角形のペイントを施したSv−09r〈テンペスト〉。
「・・・ステルス・・・なのか?」
影すら映さないレーダー・ディスプレイが、八坂少尉の疑問に
無言の解答を示していた。

■同 02時25分〈現地標準時〉
   〈エルファルド要塞〉南側上空
EP08
 小刻みな振動が全身を襲う。
自身がブラック・アウトするぎりぎりのレベルでの機動・・・
しかし、ホワイトとダークグレーの敵は、ピッタリ背後に
はり付いて離れない。
「くうぅっ!・・・引き剥がせないか!?」
ジム少尉の声はひどくかすれていた。
息があがり、鼓動は際限無くそのスピードを増してゆく。

 ロックオン警報、とっさに回避行動をとるが
避けきれなかった銃弾が〈アルバトロス〉の装甲をズタズタに
引き裂いてゆく。
機体のコンディションを示すステータス・ディスプレイは、
グリーンからイエロー、そしてレッドへと
その色を変えつつある。
「まだ、まだだっ!!」
独り、叫ぶ。
「この程度で根を上げるわけにはいかないだろが!」
それは自らへの叱責・・・
わずかに顔を覗かせた、ファイター・パイロットとしての
プライド。

 連続する高機動に全身の関節や筋肉が悲鳴をあげる、
敵が放つ圧倒的なプレッシャーに押し潰されそうになる・・・
だが─────!!
「まっ・・・けるかあぁっ!!」
叫び・・・そして、それに重なるアラーム。
〈トーネード・プラス〉がミサイルを放つ。
白い尾を引き、鋼鉄の殺意がジム少尉の〈アルバトロス〉に
殺到する

 閃光、爆音・・・そして、狂ったように立ち昇る
紅の炎────。



−おわり 第9話へエンゲージ



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