第7話 ”要塞攻略戦 前編”
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夜の闇の中をESB軍の航空艦隊が進んで行く。
低いエンジンの唸りを響かせながら、整然と北を・・・
ゼナン軍の拠点〈エルファルド要塞〉を目指す航空戦艦達。
その内部では、全ての将兵達が『作戦開始』の合図を
緊張の面持ちで待ち構えていた。
作戦開始ポイントまであと僅か。
合図が下れば、全ての(艦載能力を有する)艦は搭載された
航空戦隊及び、陸戦部隊を放出し、航空戦艦の支援攻撃を
交えた『エアランド・バトル(空陸一体戦)』を展開する。
■2162年4月3日 01時46分〈現地標準時〉
エスバニア領空 北部国境付近
ESB空軍航空巡洋艦〈グローブマスターV〉
エルファルド要塞が目と鼻の先にせまり、艦内は
一種独特な緊張感と喧騒に包まれていた。
最終チェックに追われるクルー達。
その様子をコックピットのモニター越しに眺めながら、
パイロット・八坂ケイゴ少尉は直前のミーティングで
説明された作戦内容を再確認していた。
彼等、『フォート・エルズ駐屯組(他、複数の航空戦隊)』
に与えられた任務は敵戦力の攪乱・陽動。
作戦開始直後、「要塞突入部隊」が先行。
八坂少尉達は後発し、先発した
「要塞突入部隊」が適当に敵部隊を攪乱した所で
役割をバトンタッチ、「要塞突入部隊」の支援を行うと共に、
陸戦部隊と連携し敵部隊の攪乱・掃討を行う。
これは、後発した八坂少尉達の部隊を本隊だと思わせ、
突入部隊から目を背けさせる事を目的とした計画だが、
敵が引っ掛かってくれるかどうかは、先発する当の
突入部隊の演技力にかかっている・・・。
不意に、レッドアラートが艦内格納庫を紅く染め上げる。
『作戦空域に到着した、現時刻をもってミッションを
開始する、先発隊は順次発艦せよ、繰り返す・・・』
抑揚の無い艦内放送・・・しかし、それが余計に
緊張を増幅させる。
艦から次々と吐き出される戦闘機の群れ。
火蓋は切って落とされた。
−2−
■同 01時57分〈現地標準時〉
ゼナン領空 エルファルド要塞防空圏内
先発隊の出撃から数分後、後発部隊が漆黒の空に
踊り出る。
『セ、センパイ・・・あれ・・・』
ジム少尉の声、かなり緊張しているように聞こえる。
目の前に繰り広げられる光景に、八坂少尉も自分が
緊張していることを自覚する。
要塞の対空砲火が闇夜を切り裂き、それを縫うように
敵味方の戦闘機がドッグ・ファイトを繰り広げる。
数え切れない爆炎と銃火に照らされ、真夜中だというのに
周囲の山々の輪郭がハッキリと見て取れる。
友軍艦が対地ミサイルで山肌を焼き払い、要塞の
対空砲を沈黙させると、別の対空砲から放たれた
ミサイルがより大きい爆光を生み出す・・・。
これほど大規模な戦闘は、開戦以来数えるほどしか
行われていない。
この作戦に投入された戦力を鑑みれば、ある程度は
戦闘の規模を予測する事はできるが、実際に目の当たりに
すると、その圧倒的なリアリティに押しつぶされそうになる。
「そんなにカタくなるな、いつも通りやれば
少なくとも死ぬ事はないさ」
ジム少尉に答える、半分は自分自身に向けた言葉だ・・・
敵戦力が周辺の部隊から集められたものだということは
分かっている。
「ヤツも・・・いるな、おそらく」
呟く八坂少尉・・・彼は、ホワイトとダークグレーの
敵機と再び相まみえる事を強く予感していた。
−3−
■同時刻 エルファルド要塞中央司令室
「敵艦隊より戦闘機多数の発艦を確認!」
レーダー管制部員の報告が飛ぶ、それと同時に司令室正面の
壁一面に設置された大型マルチディスプレイに、恐らく
敵機のものであろう、 無数の光点が映し出される。
「来たか・・・」
エルファルド要塞司令、ライル・カーツマン中将が呟く、
がっしりした体格の、古強者を思わせる初老の男性である。
「かなりの戦力ですね、連中も本腰を入れてきたようです」
答えたのは、傍らに控えていた副司令官の
ウェルナー・レイノルズ少将だ。
「ああ・・・だが、こちらも準備は整えてある
・・・『本国』から横槍が入ったのは気に入らんがな」
「『シュヴァルツ・ガイスト』ですか?」
「ふん、後方でぬくもっている連中から見たら、ここの
戦力だけじゃ足りんのだろうさ」
顔をしかめるカーツマン司令、だがすぐに気をとり直すと
手元のコンソール・パネルを操作し、要塞内全ての
スタッフに向かって声を張り上げる。
「基地司令より全スタッフへ、敵戦闘機集団の第2波が
接近中だ、全員解っていると思うが、この要塞は戦線を
形成する要だ、何があろうと死守せねばならん、
各員奮起せよ!!」
放送を終えると、矢継ぎ早に指示を下す。
司令室内も、戦場さながらの喧騒と怒号に包まれる。
−4−
■同時刻 エルファルド要塞東側 メイン物資搬入口付近
エルファルド要塞各所にある物資搬入口や航空戦艦の
ドック、換気口等、侵入に使用可能なポイントには
特に選りすぐった精鋭部隊が配置されていた。
そして、このメイン物資搬入口近辺は、ゼナン空軍
特務飛行部隊、『シュヴァルツ・ガイスト』隊が守りを
かためている。
「ゴースト・リーダーより全機、今の放送聞いたか?」
シュターゼン大尉が周囲に展開している僚機に問い掛ける。
黒と血赤色に塗り分けられたSv−09r〈テンペスト〉が
十数機、夜の闇の中、爆光に照らし出される、
その中の一機・・・左肩の装甲に隊長機である事を示す
逆三角形のペイントをほどこした機体が彼の搭乗機である。
「各自レーダー・センサーで確認してると思うが、
さっきの放送通り、敵の第2波が接近中だ、
間も無くここにも敵機が殺到してくる、気を引き締めろよ」
上空で轟いた爆音が、通信の最後を締めくくった・・・。
『シュヴァルツ・ガイスト』隊、交戦状態に突入。
■同時刻 エルファルド要塞南側上空
戦場を駆け抜けるホワイトとダークグレーの
ツートンカラー・・・、クリスティア中尉が駆る
〈トーネード・プラス〉は尋常ならざる機動性を駆使し、
次々と敵機を血祭りにあげてゆく。
・・・しかし、彼女自身の関心はそこには無い。
「どこだ・・・どこにいる・・・」
数日前に彼女と互角以上に渡り合い、〈トーネード・プラス〉
に損傷を負わせた『E−9』ナンバーの〈アルバトロス〉を
探して、銃弾が飛び交う最中を翔ける・・・そして、
「・・・あそこか?」
彼女の目に入ったのは、レーダー・ディスプレイに写る
敵戦闘機群の第2波。
「恥はそそぐ・・・あいつは私が必ず墜とす!」
クリスティア中尉は、迎撃に出る要塞守備隊に混ざり、
前方からせまる敵の第2波に向かって〈トーネード・プラス〉
を駆る。
『戦いはこれからが本番だ・・・』と、誰もが同じ事を
考えていた。
・・・夜明けは遠く、戦いは始まったばかりである。
−おわり 第8話へエンゲージ−
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