第6話 ”黒い亡霊”
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ゼナン領、エルファルド要塞。
月が明けた2162年4月1日、1隻の航空戦艦が
この要塞のドックに入港した。
その戦艦を見た要塞駐留の兵員達は、例外無く
驚きの声をあげる。
ドラグン級(これはモビィ・ディック級の2段階上にあたる
階級で、主に大型の戦闘艦や戦闘空母がこれに当てはまる)
戦闘艦、艦首部分に刻まれた所属・艦名は・・・
『ZS−0199A ODYSSEIA(オデュッセイア)』
ゼナン空軍で、この所属ナンバーの意味を知らぬ者はいない。
曰く、どんな激戦区からでも勝利を引っさげて帰還するという
ゼナン空軍特務飛行部隊、通称『シュバルツ・ガイスト』。
誰もがその存在を知りながら、誰一人その実態を
知り得なかった『公式には存在しない部隊』。
『黒い亡霊』の名を冠する特殊部隊を目の当たりにした
エルファルド要塞の兵員達は皆、畏怖の念を禁じ得なかった。
さながら亡霊のように、ほぼ全ての情報を秘匿された
この特殊部隊の姿は、彼らの目に『異形のモノ』として
映ったに違いない。
ESB軍の『エルファルド要塞攻略作戦』を早々に察知した
ゼナン連合王国軍上層部が、要塞の防御を
磐石のものとするために、そして、ESB軍に痛烈な
ダメージを与えるために送り込んだ『懐刀』・・・。
特務飛行部隊『シュバルツ・ガイスト』は、同日の正午には
諸手続きを完了し、要塞内の他の部隊と同様に
臨戦態勢を整えつつあった。
−2−
エルファルド要塞内、司令区画の通路に二人分の足音が響く。
一人は、いかにも『職業軍人』といった雰囲気の初老の男性、
もう一人の人物は、痩せ型の鋭い眼をした若い男だ。
初老の男性は、入港したばかりのドラグン級戦闘艦
〈オデュッセイア〉艦長、ジェイク・ハワード大佐。
若い男は、オデュッセイア艦載部隊チーフ・パイロット、
カシェル・L・シュターゼン大尉。
・・・つまり二人は、ゼナン空軍の最精鋭部隊、
『シュバルツ・ガイスト』の一員なのだ。
「分かってはいたが、あまりいい顔はされなかったな」
ハワード大佐が『やれやれ』といった風に口を開く。
「そうですね・・・まあ、彼等から見れば、我々は
得体の知れない集団でしょうから」
並んで歩くシュターゼン大尉が僅かに肩をすくめてみせる。
要塞司令室で命令書の受領や、指揮権云々といった
手続きを終わらせ、オデュッセイアに戻る途中・・・。
お世辞にも『協力的』とは言えない要塞司令官の
顔を思い浮かべ、眉間にシワを寄せる二人。
「情報を秘匿する、その弊害か・・・まったく、
行く先々でいやな顔をされると、いいかげん気が滅入る」
「まったくです・・・ですが、大佐殿はこの程度で
疲弊するような神経は、持ち合わせていないのでは?」
ハワード大佐の言葉に、軽いジョークで答える
シュターゼン大尉。
「貴官も言うようになったな」
苦笑を浮かべるハワード大佐。
「冗談ですからスネないで下さい、大佐殿」
「・・・一応言っておくが、フォローになってないぞ
シュターゼン大尉」
ハワード大佐の言葉に、今度はシュターゼン大尉が
苦笑を浮かべる。
味方からも畏怖される精鋭部隊とはいえ、
四六時中、気を張っているわけではない。
まあ、それを周囲の人間がどう見ているのかは、
また別の問題ではあるが・・・。
−3−
数回に渡り警備兵に身分証を提示し、それに倍する
警備・保安用シャッターを潜りぬけ、ハワード大佐と
シュターゼン大尉は整備・格納区画の通路に出た。
ここから、この区画を一望する事ができた。
地下施設でありながら広大なスペースを誇り、戦闘機は
もちろんのこと、航空戦艦も『モビィ・ディック級』なら
8隻を収容する事ができる。
この要塞にはこことは別に、同じような整備・格納
スペースがあと2箇所存在する。
3箇所全てをあわせれば、収容可能な戦力は一個師団を
ゆうに上回るだろう。
今現在はESBの侵攻に備え、収容率80%といった
ところだ(常時駐留している戦力は、補給等の問題から
一個大隊程度である、そもそも周辺の友軍戦力との
連携によって防衛任務を遂行するため、1箇所に
戦力を集中する事にはあまり意味はない)。
広大な整備スペースを見下ろすシュターゼン大尉。
多種の戦闘機・航空戦艦が並ぶ中で、彼の乗艦である
ドラグン級戦闘艦〈オデュッセイア〉が、何人も
寄せ付けないといった雰囲気でその巨体を
横たえている。
「どうした、大尉」
ハワード大佐の声、どうやら自分でも気付かぬうちに
歩みを止めていたらしい。
「いえ、何でもありません」
「『何でもない』ような顔じゃないな、ここにいるのは
我々だけだ、言いたい事があるならハッキリ言いたまえ」
ハワード大佐は非常に部下思いの人物で、他の所では
公言できないような意見にも真摯に答えてくれる。
そのため、部下からの信頼は厚い。
「自分は、コトが上手く行き過ぎている気がして
ならないのですが・・・」
ハワード大佐が片方の眉を起用に吊り上げて聞いてくる。
「・・・と、言うと?」
「今回のエスバニアの侵攻作戦・・・情報源は
先日送り込んだ諜報員だという話ですが・・・」
「ああ、そのことなら私も聞いている、確か4日前に
戦艦2隻を囮にして送り込んだヤツだな」
ハワード大佐の合の手に頷くシュターゼン大尉、続ける。
「こちらに情報が流れてくるのが早過ぎます、
現地で他の諜報員と接触したとしても・・・いや、
それでも・・・」
諜報員同士の接触は、入念に計画を練り、万全を期して
行われる。
敵国に潜入して僅か4日の諜報員が、
これほど重要度の高い情報をもたらすのは、確かに
不自然に思える。
「ふぅむ・・・確かにな・・・しかし、エスバニアが
動いている以上、それに応じた対策を打たざるをえん、
『連中』が何を企んでいようと、現時点では情報が
皆無だからな」
「ええ・・・ですが、やはり誰かの手の上で
踊らされているように思えて・・・」
「それは私も同意見だ、年のせいかここのところ
いやな予感ばかりが先走ってね、気のせいだと
思っていたんだが・・・」
と、ハワード大佐は言葉を切る。
顎に手を当て、考え込むような仕草と共に続ける。
「・・・いたんだが、気を引き締めてかかった方が
良さそうだな」
「・・・」
無言で頷くシュターゼン大尉。
彼は、杞憂に終わってくれればいいと思いながら、
自らの予感に確信めいたものを感じていた。
−4−
同日深夜−
集結した全ての部隊の指揮官クラスの人物によって、
大掛かりなミーティングが行われた。
このミーティングにはハワード大佐と
シュターゼン大尉はもちろんのこと、
『E・S・T・Iシステム実験部隊』から技術仕官と
クリスティア中尉も参加していた。
特務部隊と実験部隊・・・『一般の隊とは一線を画する
部隊に所属するパイロット』という点で、
シュターゼン大尉とクリスティア中尉は
『似たもの同士』と言えるだろう・・・が、
この顔合わせでは、両者共にそれぞれ異なった
『懸案事項』を抱えていたため、お互いを特に
意識する事は無かった。
シュターゼン大尉は、この状況の『お膳立て』の
不自然さについて推考し。
クリスティア中尉は、自分を退けた相手、『E−9』
ナンバーの〈アルバトロス〉に執着していた。
・・・個々人の思惑がどうあろうと、
事態は加速度的に動きを早めていく。
何者が整えた舞台であるのか・・・
判然としないままに、戦いの幕は上がる。
−おわり 第7話へエンゲージ−
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