第5話”復讐のメッセージ”
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ESB(エスバニア)フォート・エルズ空軍基地・・・
その施設の一つ、兵員用宿舎の一角にある自室にて、
ファイター・パイロットの八坂ケイゴ少尉は机に向かっていた。
先日のスクランブル(2隻の航空艦、及び2個飛行隊と、
ホワイトとダークグレーの『特殊な敵機』との戦闘)の
報告書を作成しているのだった。
彼は報告書の最後を、あの『特殊な敵機』が何らかの
実験機、もしくは試作機であり、その実戦テストを行うために
ここまで侵攻してきたのではないか・・・と締めくくった。
「けどなぁ・・・そんなことで敵の懐に飛び込むような
危険な真似をするかね・・・」
彼の見解は大筋で当たっているのだが、彼自身それを
いま一つ信じられずにいた。
『実戦テストの為だけに、前線を突破して包囲される危険を
犯してまで、こんなところまでやって来るのか・・・』
という疑問が頭から離れない。
「それにしても、あのホワイトとダークグレーのヤツを
仕留められなかったのはイタイなぁ・・・」
八坂少尉は嘆息まじりにつぶやく。
あの戦闘の後、追撃戦に移ったのだが、結局逃げられて
しまったのだ。
「次に会ったら勝つ自信ないぞ、あんなバケモノ相手に」
その『バケモノ』・・・〈トーネード・プラス〉が
彼の乗機である〈アルバトロス〉より、数段高度な
オペレーティング・システムを搭載しているにも関わらず、
それと交戦して退けた八坂少尉の方が余程バケモノじみて
いるのだが、彼自身そんなことは知る由もない。
「あ!いたいた、センパ〜イ」
気の抜けた声と共に現れたのは、この部屋のもう一人の
主であり、八坂少尉のタッグ・パートナーである
ジェイムズ・F・アーウィン少尉だ。
「さがしましたよ〜・・・ってセンパイまだ報告書
終わってないんですか?ふっふっふ、遅いですねぇ」
「・・・ってことは、お前はもう書き終わったと?」
半眼になって聞き返す八坂少尉。
「とーぜんです、ボクの座右の銘は『出前迅速落書無用』
ですからね、もう速攻ですよ」
と、胸を張って答えるジム少尉。
「出前って・・・なんか間違ってないかそれ?
いやそれより、念のために言っておくが3行程度のモノは
『報告書』とは言わないからな」
「大丈夫です!5行書きました!!」
「書き直しとけ・・・んで、お前何か用があるんじゃないのか?」
『書き直し』と言われて、ちょっとブルーになったジム少尉だが、
話題が変わった事をこれ幸いと勢いよく話しに乗ってきた。
「あっ!そうだ!!くだらない漫才してて
忘れるトコだったじゃないですか」
「俺の責任かい・・・」
ちょっぴり非難めいたパートナーの口ぶりに、
半眼を通り越してジト目になる八坂少尉。
「サラさんがセンパイを呼んでましたよ、格納庫に来いって」
「チーフメカニックが?」
首を傾げる八坂少尉。
整備の手伝いの為にメカニックから声が掛かるのは、
まあ、そんなには無い事だが、取りたてて珍しい事でもない。
しかし、整備主任から呼び出されるとは・・・。
「何だろ、何かあったのか?」
とりあえず、ジムに聞いてみる。
「さあ・・・あ、もしかしてセンパイに愛の告白を・・・」
八坂少尉は、このお調子者を黙らせるために、彼の頭を
軽く小突いた。
−2−
ところは変わって戦闘機格納庫。
中では、今日も大勢の整備スタッフが機体の整備に点検にと、
忙しそうに走り回っている。
「何か、こう、不良に呼び出されたみたいですね、
『体育館の裏に来い』みたいな感じで」
格納庫に入るなり、ジム少尉がのたまう。
「・・・言いたい事は解らんでもないが、別にサラ中尉は
そんな人じゃないだろ・・・っちゅーか、お前そーゆうネタを
どっから仕入れてくるんだ?」
「ナイショ事項です」
「あ、そう」
そんなくだらない会話をしつつ、チーフメカニックの
サラ中尉を探していると、彼等の頭上から声が掛かった。
「お!やっと来たね、待ってたわよ」
近くに各坐し、駐機・固定してある〈アルバトロス〉の胸元、
整備用ゴンドラに乗った女性の姿が目に入る。
肩のラインで無造作に切った髪、活発な印象の彼女が、整備主任
サラ中尉こと、サレナ・フィオレ中尉である。
サラ中尉は近くの(整備用に機体の周りにいくつかの足場がある)
整備スタッフに何事か言付けると、ゴンドラを降ろして
二人に歩み寄ってきた。
八坂少尉の肩をバンバン叩きながら、
「んっ!元気そうでなにより、若いモンは元気が一番ね」
などとフレンドリーに言ってくる。
彼女は階級にはあまりこだわらず、おおらか(大雑把とも言う)
な性格で、整備スタッフやパイロット連中にも
おおむね好かれている。
そして、このフォート・エルズにおける数少ない
『まとも』な人物の一人なのだ。
「で、さっそく本題に入りたいんだけど・・・こっち来て」
案内されたのは、格納庫の2階(格納庫の内部は吹き抜けに
なっていて、その外周を取り囲むように1Fと2Fに部屋が
並んでいる)にある一室・・・数台のパソコンが並べて
置いてある部屋で、フライトレコーダーのデータ解析等を行う、
言わば『分析室』とでも言うような部屋だった。
「八坂クン、君の機体のレコード見たけど・・・エライ相手と
やりあったみたいね」
言いながら、サラ中尉は一台のパソコンの前に立つ。
パソコンは既に起動しており、その画面に映し出されて
いたのは、先日の戦闘のデータ・・・あのホワイトと
ダークグレーの敵機の画像だった。
その画像を指で示し、彼女は続けた。
「コイツ、相当のポテンシャルを持ってるようだからね、
レコーダーのデータだけじゃなくて、実際に戦った人間の
ハナシも聞きたくて・・・」
「なるほど」
何故自分が呼び出されたのか、ようやく合点がいった
八坂少尉であった。
−3−
左腕を失った愛機、〈トーネード・プラス〉を見上げて
ゼナン空軍パイロット、フォウリィ・クリスティア中尉は
唇を噛んだ。
ここは、ゼナンの最前線基地『エルファルド要塞』、
その一角にある整備スペースである。
このエルファルド要塞は鉱山跡を利用した地下要塞で、
周囲にそびえる山々が攻手側に不利に働くばかりか、
網の目のように何重にも張り巡らされた対空・対地防衛網が
ESB軍の侵攻を阻んでいる。
ゼナン軍にとって、要塞自体の戦力もさることながら、
戦線を形成する上でも最重要の拠点である。
クリスティア中尉は愛機を見上げたまま動かない。
彼女は先日の戦闘の模様を、まるで記録映像を
再生するかのような正確さで思い出す。
「くっ!」
苦し紛れの舌打ちと共に、記憶の再生もストップする。
しかし、それでもなお、脳裏に焼き付いて離れない
敵の影・・・。
『E−9』のナンバーを刻んだ〈アルバトロス〉。
彼女に敗北を味わわせた敵。
「次こそは・・・必ず!」
戦場で、同じ敵に出会う事は殆ど無い。
いや、そもそも『敗北』が『死』と同義語である戦場で、
敗北を喫しながら生き延びること自体が奇跡的と言っていい。
だが彼女は、生き残った喜びより、運や奇跡で生き延びた
自分への憤りの念に支配されていた。
『E・S・T・Iシステム』の実戦テストの為、
そして何より自分自身の為に、敗北は許されなかった。
・・・しかし、彼女は敗けた。
性能的に劣る量産機を相手に遅れをとったのだ。
「私の手で、必ず墜とす」
それは、E−9〈アルバトロス〉と、
そのパイロット・・・顔すら知らない敵パイロットに向けた、
復讐のメッセージであった。
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八坂少尉達のスクランブルから3日後の
2162年3月末日―
この日、ESB統合幕僚本部にて、一つの作戦案に
GOサインが出された。
戦況が膠着状態に陥り、前線の兵士の体力と士気が
低下するいっぽうの状況を打破するために。
そして、戦略上の優位に立ち、この戦争をESBの
勝利で終結させる布石とするために。
『エルファルド要塞攻略作戦』発令。
八坂少尉とクリスティア中尉、二人の再戦の機会は
存外早く訪れることになる。
−おわり 第6話へエンゲージ−
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