第4話”エース・パイロット”


−1−

エスバニアとゼナン・・・両軍の戦闘機が入り乱れて
ドッグ・ファイトを展開する。
鋼鉄の四肢を持つ巨人達、それは間違いなく、
『今の』時代の兵器体系の頂点に立つ、戦場の王者である。

21世紀末、アエタイト鋼(通称:レアメタル)の
発見によってもたらされた技術革新は、多方面で
その実を開花させた。
そういった中で、奇形的な発展を遂げたのが軍需産業である。

超軽量、高硬度、その他いくつもの特性を持つ
アエタイト鋼は、まさに『軍事利用されるために
発見された金属』と言ってもよかった。
中でも航空兵器に与えた恩恵は絶大で、この技術革新以降、
アエタイト鋼を利用した航空兵器群によって、
戦場の様相は一変する。

翼を持つ巨人”人型戦闘機”の登場である。

それまでは紡錘形の胴体に、主翼・各種補助翼、
推進装置を取り付けた(多聞に例外あり)、
いわゆる『エア・プレーン』型の戦闘機が
航空兵力の基幹であった。
しかし、アエタイト鋼によってもたらされた数々の
新技術は、『戦闘機』という単語の意味を瞬く間に
書き換えていったのである。

その特殊な電磁誘導特性を応用して開発された、
小型・高性能なコンピュータ・システム。
『電磁的流体制御理論』の確立、
それをさらに応用した『斥力場による自重軽減機構』
の完成・・・。
そして、さらなる他用途性の追求は、
場所を選ばず離着陸できる『脚』を、
あらゆる武器を使用できる『腕』を与え・・・、
空力特性に左右されることなく、縦横無尽に
戦場を翔ける鋼鉄の巨人が誕生したのである。


−2−
EP04
ホワイトとダークグレーの機体、クリスティア中尉の
〈トーネード・プラス〉が八坂少尉の〈アルバトロス〉に襲い掛かる。
2機の間の距離が一瞬で消失する。
咄嗟に、右手に持つ35mmマシンガンを撃つ、
命中こそしなかったが、足止めの効果は十分にあったようだ。
弾丸を回避するために軌道をずらす〈トーネード・プラス〉、
その隙に、飛び越えるような形で敵機の後方に回り込み
距離を取ろうとする〈アルバトロス〉。
「っ!!?」
八坂少尉は、声にならない悲鳴をあげる。
敵機からの攻撃、手にしたマシンガンのフルオート射撃。
〈アルバトロス〉が攻撃に移る前に、しかも正確に狙いをつけて・・・
「反応が早い!?」
回避行動をとりながら・・・それでも回避しきれない弾丸は
左腕に装備したシールドで防御しつつ、声を絞り出す八坂少尉。
「こっちの動きを読んでいたのか?
チッ!機体だけじゃなく、パイロットも一流か!!」
頭をもたげはじめた不安と焦燥を自制しつつ、必死に機体を
コントロールしながら、八坂少尉は次に打つべき手を練る。
眼前のホワイトとダークグレーの敵機は、
攻撃の手を緩めることなく、彼を追いつづける。

中世の騎士鎧を思わせるホワイトとダークグレーの機体、
〈トーネード・プラス〉のコックピットの中で、銀髪・紅眼の
ゼナン空軍パイロット、クリスティア中尉も焦りを禁じ得ずにいた。
E−9ナンバーの〈アルバトロス〉を見据え、うめく。
「私に・・・『E・S・T・I』システムに、ここまで
追随してくるなんて・・・」
半ば、信じられない物事を体験した心境だった。
自身と、この愛機と、それらを結ぶ『E・S・T・I』と
呼ばれるオペレーティング・システムに、
彼女は絶対の自信を持っていたのだ。

『E・S・T・I(エスティー)』システム。
戦闘機をパイロットの『脳波』でコントロールするシステムである。
パイロットの脳(正確には脳に近い脊髄:首筋の辺り)
にマイクロチップを埋め込み、そこに機体の
コンピュータ・システムを接続、オペレーティングを行う。
手足を介しての操縦よりも、より複雑な機動を、
より速く、より正確に行うことができる。
事実、クリスティア中尉は全く手足を動かしていない。
操縦桿やフットペダルに手足を添えているものの、これは
身体を固定するためであって、この操縦桿等も
『E・S・T・I』システムがダウンした時や、整備時の
為の『予備』に過ぎない。

彼女は『E・S・T・I』システムの実戦テストのために、
常にその身を戦火の中に置き、数え切れないほどの敵機を撃墜してきた。
確かに『システム』に拠る部分は大きい、しかし、
彼女自身の高レベルなパイロット・センスが無ければ
ここまで『システム』を使いこなすことはできなかっただろう。

彼女の、その自信を、この敵は打ち崩そうとしていた。


−3−

「このままじゃラチがあかんな」
E−9〈アルバトロス〉、八坂少尉は、敵機の間断の無い
攻撃をなんとか回避しながらひとりごちた。
・・・『E・S・T・I』システムを装備した
〈トーネード・プラス〉の攻撃を、全て回避しているのだ。
ゼナン空軍パイロット、フォウリィ・クリスティア中尉が
驚くのも無理はない。
八坂ケイゴ少尉、彼はエスバニア(以下:ESB)空軍の
中でも、トップクラスのエース・パイロットなのだ。

「もう少しで味方の増援が到着するだろうが・・・」
警報が響く、〈トーネード・プラス〉のマシンガンが火を吹く。
これも紙一重で回避。
「くっそ!!このままターキー(七面鳥)みたいに
逃げ回ってるわけにもいかないか!」
(そのうち、ハネむしられて丸焼きにされちまう)
と、胸中で付け足す。
このままではいけない、何か手を打たなければ・・・。
「ジムッ!!」
無線機に向かって叫び、パートナーを呼び出す。
『ちょっと待ってください!』
無線のスピーカー越しに、少しくぐもった彼の声。
次いでノイズ交じりの爆音。
八坂少尉も肉眼で確認した。
E−10〈アルバトロス〉、ジム少尉機が敵機を撃破したのだ。
『うっし!一丁あがり!!で、何ですかセンパイ?』
彼の声は相変わらず明るい。
「この『パンダもどき』を片付ける!手伝ってくれ!!」
『了解です!!』
どことなく嬉しそうな返事、おそらく、八坂少尉と
『パンダもどき』・・・〈トーネード・プラス〉の戦闘を
横目で見つつ、自分の出番を待っていたのだろう。

今日、十数回目の警報。
敵機の攻撃を回避しながら、その敵機、
〈トーネード・プラス〉を正面に捉えるように機体を
制御する八坂少尉。
「これでも喰らえ!!」
叫びつつ、腕部に内蔵されたワイヤーガンを撃ち出す。

「ワイヤー?何を考えているんだ?」
いぶかしみながらも、難なく回避するクリスティア中尉。
反撃を行うために、〈アルバトロス〉に狙いを定める。
まだ、ミサイルは使わない・・・決定的な
チャンスの瞬間でなければ、回避されるのがオチだろう。
あの敵機のパイロットも、同じ事を考えているらしく、
ミサイルを温存している。
「私は、敗けるわけにはいかない!」
マシンガンのトリガーを引き絞る・・・その直前、
眼前の敵機からの攻撃、機銃の弾丸が彼女の機体に殺到する。
当然の如く回避・・・が、鈍い衝撃が彼女を襲う。
「なっ!!?」
クリスティア中尉は驚きのあまり言葉を失う。
彼女の機体は、先刻〈アルバトロス〉が撃ち出した
ワイヤーに引っかかり、進行を妨げられていたのだ。

「俺にばかり執着してるから、足元をすくわれるんだ!」
八坂少尉は〈トーネード・プラス〉の背後、ワイヤーの
先端部分を見やる。
そこにあるパートナーの姿。
ジム少尉の〈アルバトロス〉が、ワイヤーの先端を持ち、
〈トーネード・プラス〉の進行方向に回り込んだのだ。

八坂少尉はこの瞬間を見逃さず、ミサイルを撃ち放つ。


−4−

嵐のような炎と爆音。
「やった・・・か?」
八坂少尉は緊張の面持ちで爆炎をみつめる。
今のは絶対に避けられなかったはずだ、と胸中でひとりごちる。
炎がおさまり、そして・・・
「チッ!!」
八坂少尉の鋭い舌打ちが〈アルバトロス〉のコックピットに響く。
爆炎の後に姿を現したのは、左腕を失いながらも、
いまだ健在な〈トーネード・プラス〉であった。

(いよいよヤバくなってきたかな・・・)
この敵機が腕一本失ったところで、
どうにかなるようには思えなかった。
冷や汗が頬を伝う、身構える八坂少尉・・・しかし、
〈トーネード・プラス〉は残弾全てを使って
弾幕を張ると、その身を翻し退却していった。
周囲を見渡すと、他の敵機も退却を始めている、
今まで援護射撃を続けていた2隻の航空艦も、友軍を
収容し、弾幕を張りつつ後退していく。

「やっと来たか・・・」
八坂少尉は、安堵の息と共に言葉を吐き出す。
レーダー・スクリーンに、味方の増援が光点として映し出される。

『センパーイ!!』
無線から流れるジム少尉の声。
『早く帰って、ギンギンに冷えたビールを
こう、ぐいーっと・・・』
そこに割り込んでくる、部隊長からの通信。
『合流した増援と共に、これより追激戦に移る!!』
「E−9(ヤサカ)、了解です」
『E−10(ジム)、了解・・・ちぇっ!』
「『ちぇっ!』って・・・お前・・・」

・・・とりあえず、彼等が自分達の『ネスト(基地)』に
帰れるのは、もう少し後の事になりそうだった。



−おわり 第5話へエンゲージ



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