第3話 ”Good−luck”
−1−
ボギー(敵味方識別不明機)接近の報を受け、次々と
迎撃に飛び立つ戦闘機の群れ・・・。
10メートル近い鋼鉄の巨人が、ジェット・エンジンの
咆哮を響かせながら飛翔する、その姿は壮観の一言に尽きる。
飛び立つ機体の名は、F−30EJ〈アルバトロス〉。
ESB(エスバニア)空軍の主力戦闘機であり、
EJタイプはその最新改修モデルである。
設立間も無いESB空軍にとって(これはエスバニア国自体が
独立して日が浅いため。)この『初の純国産機』であり、
高いポテンシャルを秘めた〈アルバトロス〉は
象徴であり、誇りであった。
−2−
第206・第208両飛行隊、計12機の戦闘機達は、
青空を切り裂きながら最大戦闘速度で疾駆する。
予測会敵ポイントまであと僅か、敵は目前に迫りつつある。
出撃直後に入ってきた情報によれば、確認された敵戦力は
戦闘機4機と航空戦艦が2隻。
2隻とも、モビィ・ディック級と確認。
これは巡洋艦クラスであり、1隻につき一個飛行隊分の
戦力(戦闘機6機+α)を搭載する能力がある。
最大限に見積もって、二個飛行隊(先に確認された戦闘機4機は
これに含まれる)と巡洋艦2隻を相手にしなければならない。
戦力差だけを見れば、相手のほうが有利だった。
無線を通じて、部隊長の指示が飛ぶ。
『E(エコー)−リーダーから全機、我々の目的は後発の迎撃部隊が
到着するまでの敵の足止めだ、無理に戦う必要は無い、いいな!』
『E−3、了解!』
『E−5、了解!』
次々と復唱する声が無線から流れる。
「E−9(八坂)、了解!」
『E−10(ジム)、了解!!』
八坂少尉とジム少尉もそれにならう。
『センパイ、部隊長はああ言ってますけど、ココは一発
バーンと派手にいきましょうよ!!』
ジムからの通信、半眼になる八坂少尉。
「お前ね、向こうには巡洋艦が2隻ついてるんだ、最初は
足止めに徹して、後発の部隊が合流してから攻勢に出るのが
セオリーだろう」
『うぅ〜、了解です』
渋々と引き下がるジム少尉、やれやれといった感じで
彼の機体を見やる八坂少尉。
二人とも、エース・クラスのパイロットであるだけに、
戦闘に臨む直前の・・・この緊張した空気の中でも、
互いに軽口を言い合うくらいの余裕は持ち合わせていた。
『敵艦より戦闘機多数の発艦を確認!!』
『全機散開!丁重にもてなしてやれ!!』
レーダー・スクリーンの敵影が、7、8と増えていく。
全機、機体コンディションをドッグファイト・モードへ移行。
タッグ(二機一組)を組み、全6チームが放射状に散開する。
『Good−luck!!』
ジムの声が無線から流れる、
八坂少尉は『アイツらしい』と思い、表情を緩めた。
−3−
銃弾の火線と白煙の尾を引くミサイルが、幾何学的な模様を
描き出す。
その最中を縦横無尽に翔け抜ける、一機の〈アルバトロス〉。
左肩の装甲に『E−9』のコール・ナンバーを刻んだ機体。
八坂少尉の愛機である。
ロックオン警報が響く。
背後の敵機に捕捉され・・・八坂少尉は『最小限度』の
回避機動を行う。
勿論、その程度の回避運動で
ミサイルを避ける事はできない・・・が。
敵機がミサイルを撃とうとしたその瞬間、
その敵機が爆裂四散する。
直上方向からのミサイルの直撃。
八坂少尉は頭上の〈アルバトロス〉に向かって、ヘッドセットの
マイクを通じて話しかける。
「BINGO!よくやったな、ジム」
『センパイも、ナイスな囮っぷりでしたよ』
明るいジムの声が響く。
『さあ!次いきましょう!ネギ食ったカモがてぐすね引いて
待ってますよ!!』
「お前わざと間違ってるだろ!?ってそれより、敵の方が
戦力的に上なんだから、もうちょい慎重になれって・・・!?」
接近警報、敵の一機が一直線にこちらに向かってくる。
恐ろしく、速い!
「ジムっ!気を付けろ!!コイツ他のヤツラとは違うぞ!!」
『了解です!!』
依然、接近を続ける敵機、八坂少尉達とその敵との距離が、
見る間に縮まってゆく。
「コイツっ、どういうつもりだ!?」
真正面から突っ込んでくる敵機に、疑問とも悪態とも取れる
セリフを吐きながら、素早くコンソール・パネルを叩く。
RDY MSSL ×1 [AAM−W]
RDY R−GUN [25mmV]
RDY L−GUN [25mmV]
機体両腕に内蔵された25mmバルカンが火を吹く。
「ついでだっ!」
右手に携行している35mmマシンガンも同時斉射。
3本の火線が敵機に向かって伸びる・・・しかし、これはフェイク。
タイミングをずらしてミサイルを発射!
吸い寄せられるように殺到するミサイル・・・が。
全ての攻撃を紙一重の動きで回避すると、お返しとでも言うように
ミサイルを撃ち返してくる!!
「っ!?」
『センパイ!!』
ジムの声を聞き、声にならない驚きを発しながら、
身体に染み付いた操縦技能が条件反射的に回避行動を取る。
全身のジェット・エンジンを総動員して大G加速。
ミサイルを回避し、大きく、右方向から敵側面に
回り込むような機動・・・しかし、
眼前に敵機の姿、ほとんど接敵する距離。
ホワイトとダークグレーのツートンカラー、人間で言う
『目』の部分にスリットがあるだけの、のっぺりした顔。
中世の騎士鎧を連想させる、その敵機の細部まで
良く見ることができた。
ミサイルを囮にして、自らが接近してきたのだ、この敵は。
「コイツっ!強い!!」
敵機の銃口がこちらを向く。
この至近距離で撃たれたら、どんなに口径が小さくても
致命打になりかねない。
両肩の推力変更式ジェット・エンジンを敵機に向け、噴射。
めくらましと同時に、敵機と距離を置く。
「チッ!こんな手練がいるとはな、
足止めも満足にできるかどうか・・・」
眼前のホワイトとダークグレーの敵を見据えながら、
八坂少尉はひとりごちた。
−4−
「強い・・・」
狭いコックピットの中で、彼女はつぶやく。
顔は半分がマスクで覆われ、宇宙服のようなスーツに
身を包んでいるが・・・確かに女性である。
僅かに見える肌は真白く、髪は白銀・・・色が抜け落ちたような
容姿の中で唯一、瞳だけが深紅。
彼女の名は、フォウリィ・クリスティア。
階級は中尉。
ゼナン空軍のパイロットである。
彼女は、相対する『敵』を、その紅い眼で見据える。
左肩の装甲に、『E−9』のナンバーをペイントした〈アルバトロス〉。
今までの相手とは、違う。
「本気で行かなきゃ駄目ね・・・多分」
自然と、目つきが鋭くなる。
「『システム』の実験のために、危険な橋を渡ってきたけど・・・
その甲斐はあったみたいね」
口元を引き締める。
「覚悟は、いいわね?」
相手にではなく、自分自身に問い掛け、そして次の瞬間、
彼女の愛機、ホワイトとダークグレーの
Az−11r[E] 〈トーネード・プラス〉が
八坂少尉の〈アルバトロス〉に襲い掛かった。
−おわり 第4話へエンゲージ−
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